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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1-20 『ひかみ家』⑧

 すべてがゆっくりと見える。


 終わらせてはいけないこの戦いを、俺の脳が限界まで遅くしている。

 できることのすべてを行わせるために純然たる思考時間と最後の動作をやらせてくれるようだった。


 閃光のように目も眩むようなリキマルが正面で俺に向かって壁のような矢の集合体を放っている。直撃したら塵も残らないだろう。

 だが現に俺は生きている。

 なぜか俺に矢が当たらない。


 減速した世界は俺の力場武装アームズがすべて破壊された後の時間の、俺の集中力が強く作用したであろう、そんなすべてが遅い世界だ。


 破壊された。


 だから俺は何も持っていない。

 あるのは思考時間と、いくばくかの、リキマルの隙だけ。


 ほっとしたような表情でリキマルは吹き飛ばされそうになっている俺を見ている。

 俺は右手を前に、何もない何かを掴もうとしているのか、ひたすらに伸ばしていた。

 かっこ悪い姿だ。


 諦めるな、まだわからない。


 嘘で塗り固めた強靭な精神を鼓舞して己を奮い立たせる。

 いとも易く俺の体は奮起する。


 そうだ。

 その通りだ。

 そんなことは関係ないのだ。

 ただ現状を望まないから足掻くだけなんだ。

 それ以上に意味も機会も要らないのだ。


 破壊された四十本の巨大腕ラージアームの再構成には五秒ほどかかる。一本でよいなら、いや、四本まででよいなら俺が腕を動かすのと同じだけの現実行動で即座に作成してしまう。

 だが四本では何もできない。

 それこそ即座に叩き潰されるだろう。そもそもリキマルよりも少ない数ではなんの意味もない。むしろ多くなくてはならない。

 しかし四十本が戦力値としては最大数だ。それ以上になると集中力の問題で連係や強度、精密性が少しずつ落ちてくる。下手を打つと今のように不測を突いて一気に破壊されてしまう可能性が高いので意味はない。



 即座に、四本の巨大腕を構成する。

 息をするように現れる巨大腕。俺が指先を動かすようなシンクロ性で現れた。


 リーチの関係で武器を握らせたかったが、とりあえず状況打破として距離を取らなくてはいけない。巨大腕で防御をしながら一時的に退かなくてはいけない。

 五秒、いや、三秒もあれば復帰することが可能だ。

 もちろん、そんな余裕がないからこんな状況になっているのであるが、それでも俺は手を伸ばすしかないし、脳が潰れるほど考えるしかない。つまらない事柄をひとつひとつ吟味するように、俺は実行可能な手札と睨めっこををする。

 もちろんなんの意味もない。手札は決まっている。四本の巨大腕だけだ。それ以外に何もない。だから巨大腕を出すことにためらいはなく、確実に行動を進めているのだ。


 本来であれば退くべきだ。

 退かなくては何もできない。


 だが、俺、考えて欲しい。

 戦闘開始してあれだけの時間があったのだ。

 四分、五分? お前はそれだけの優位性を持ちながら今こうやって敗北している。


 相手のほうが強い?

 それはわかっていただろう。お前が覚悟を決めたときから、わかっていただろう。だから決心したんだろう。それとも、お前は弱い相手にしか戦いを挑めないのか? 必勝必殺の万全を期さなくては軽口のひとつも叩けないのか?


 そうじゃない。

 違うだろう。

 もともとそうやって戦ってきたわけじゃない。先手を打って有利な状態で戦うだけじゃなかっただろう。賞金稼ぎに命を狙われて至近距離戦闘を行ったときもあっただろう。


 今更、決心を深める。


 巨大腕は、俺の腕だ。

 俺の動きを最大限に発揮できるパフォーマンスを有している。


 それを防御するだけ?

 必殺の矢を放つだけの盾にするだけ?

 剣を持つ握りにするだけ?


 そうじゃないだろう。


 他にも道はあるだろう。


 お前は何のために三尺一寸の、俺の能力の中では弱い武器を使い続けている。

 使い勝手や状況において役に立つ場所が多いからだろう。


 確かに矢は早く、強く、状況を選ばない。


 しかし、今のこの場で使うべきだろうか。

 違うからお前は巨大腕を選んだはずだ。


 使うべきは『俺の腕』だ。

 タイムラグなどなく、自分の手を伸ばすように巨大腕が伸びていく。


 今、使うべきは、ただの『突き』である。


 自然と指先が伸びる。貫手じゃない。触るように、伸ばす。

 全身を優しく捻り、ゆっくりと開放する。弾けるように、伸ばす。


 そうだ。別に『攻撃』でなくてもいいのだ。

 ただ、リキマルに届けばいい。

 俺の手が、届けば――


 リキマルが放った数万発の矢が俺の巨大腕を破壊して、その尾が消えないうちに――

 俺がすべてを見限って新しい腕を四本作成したほんの一瞬――

 自分でも気づいていない勝利の安堵を吐き出した時――

 視線がすでに戦闘を見ていないわずかな今――

 両腕で矢と水を同時に使っている――

 駆け引きも何もない――

 ただ、即座に――

 即座に――



「雅弓、ごめんね」


 リキマルの言葉よりも先に、俺の巨大腕は砕けた。


 氷上八掛陣ひかみはちかけじん


 俺の記憶だけにしかく、俺は使うつもりが皆無だったために一度も振るうことのなかった技法が俺の四本の巨大腕を潰す。正面より振り下ろされる四本の巨大直剣ラージソードで動きを止めた後に、その隙間から巨大直剣で刺すだけという無粋な八人術だ。

 爺さんに連れ出されたときに、お抱え忍者軍団とかいう恥ずかしい連中が使っていたのだ。


 ああ、八人で対象をひとつしか取れないのか。役に立たないな。そう覚えている。


 だがこの陣はたとえばライオンより大きな生き物でも正面から受け止められる優秀な技だ。

 誰もが俺みたいに射撃攻撃に特化したような、阿呆のような能力を使うやつらばかりじゃない。それに俺だって『弓』の名前がなければ活用していたかもしれない術だ。


 ああ、ちゃんと教わっておけばよかったな。


 砕けた巨大腕に、更に攻撃を重ねて霧散させる。


 ……まあ、四本の腕だけで、リキマルの巨大腕十六本の腕を使わせたんだ。

 良しと、しよう。



 俺は自分の手で組んだ『印術シノビワザ』を開放する。


 リキマルが驚いた表情で俺を見る。

 即座に巨大腕で対処しようとしているが、遅い。


 俺が組んだ印の意味は『火』、爆発する威力特化の技だ。隠密を主とする忍者には特別向かない術だ。

 ただ効果はしっかりとしており、熱、衝撃、威力ともに問題ない。


 もともと爺さんは俺忍者にしたかったようだが、日守双子であるために諦めていたそうだ。それでも数回ほど忍者修練に付き合っているので少しくらいはできないことはない。本当に少しなのだが。


 火弾が飛ぶ。

 遅い、弱い、意味がない、攻略される。

 どうしようもないほど下級の術に辟易するが、これが俺の今の状態だと思うと腹も立たない。いや、なおのこと腹が立つ。

 すぐさま『氷』の印を組む。下級の汎用異能であるために雑な動作でも機能する優れものであるが、リキマルには効かないだろう。


 リキマルは俺にかまうことなく、自身の防御を遂行する。火弾は巨大直剣で弾かれて消えた。あの程度では火傷ひとつも起こせるか怪しいのに、なぜ防御したのかと不思議に思うが、俺は続けて『つらら』を放つ。遅い。


 集中力が確保できた。

 つららはいらなかったか。

 俺は再度、巨大腕を四本作り上げる。さっきよりも状況は良い。『踏み潰された蟻』が『踏み潰される憤然の蟻』くらいまでは息を吹き返した。


 だが、諦めていたらこんな状況まで復帰することすらできなかった。

 状況は依然悪いが、確実に、ほんのわずか、爪の先ほどくらいはよくなった。

 後は本当にか細い勝利までこれを繋いで――――――?












 とても、遅い、気がする。


 世界が、とても、遅い、気がする。


 どうしたと、いうんだろう。


 目の前にドラム缶のような石が浮かんでいる。大きさもそれくらいだ。


 どこにあったんだ、これは。


 いつのまにか俺とリキマルの距離が離れている。


 その真ん中に石が浮かんでいるのだ。


時空転移プレーンシフト


 リキマルがそう呟く。どうやらリキマルの異能のひとつらしい。かなり稀少なものか、俺の感知できる範囲では未知の能力だ。波形も見える部分のフォーミュラもまったく理解できない仕様プロトコルで動いている。既存の数字や文字や記号とも違う。


「雅弓、本当に強いよね。『大魔法グレートマジック』と『現象複製バス・プリント』を使っちゃったよ」


 リキマルが困った表情の笑顔で俺を見てくる。

 そしてゆっくりと時間が進み始める。


 浮遊感が俺を襲う。


 なぜ、俺は落下している。力場を解除した覚えはない。


「あ、と。ごめんね」


 俺は一メートルほど落下して、やはり何もない場所に着地する。リキマルが作った足場だろう。


 見れば俺の異能力はすべて消えていた。

 巨大腕はもとより、『眼』や三尺一寸、|溜め込んでいた一時領域エネルギープールまですべてなくなっている。なぜか再作成ができない。

 というか、『消費した』扱いになっているようだ。

 いわゆる、ガス欠だ。それでも少しずつ溜まっていっているので、直接斬撃くらいは可能ではある。しかしこの状況を理解しないことにはまた同じような状況にされるだろう。

 諦めはしないが、今は話を聞くことが先決か。

 言いたそうだしな。


「ごめんね。雅弓が未来で全力を出すことが確定したから、今のエネルギー量が減ったんだよ」


「お前、何言っているんだ?」


 俺が未来で全力を出すことになったからといって、『現在の俺』からエネルギーロスが行われるわけがない。エネルギーが時間に対して不連続なのに未来の俺がフルゲインできるわけがない。


 背中に冷たいものが走る。


「まさかとは思うが、お前、『時空魔法タイムダイブ』を使用していないだろうな」


「大魔法で起動した時空魔法なら、『時神ときがみ』感知されないよ。だから『大魔法グレートマジック』なんだ」


 禁呪である、『時空魔法』を使ったと言った。

 リキマルが禁呪を使うと公言した。





 手が、出せなくなった。






 現状、俺の敗北が決まってしまった。



 俺の全力ではリキマルに勝てない。


 俺が勝利したとしても『時空魔法』で『なかったことパラドックス』として扱われてしまう。


 そして極め付けだ。




 『時空魔法』を使ったらわざわざ『時神』がその異能者を殺しにやってくるのだ。




 そう、自分と同じ能力を持った奴を、わざわざ殺しにやってくるのだ。

 殺すのだ。

 過去から現在、現在から未来に至るまでの時間系異能力のすべてを持つ者を殺しにやってくるのだ。


 殺しにやってくるのだ。

 意味がわからない。



 おそらくは自分の異能力を唯一無二とするためにといわれている。


 

 大魔法で起動したら大丈夫だとか言っていたが、過去から現在までちょっかいだしてくる神様にどこまで通じるか怪しいものがある。


「頼む。その魔法、使わないでくれ。もう、金輪際、絶対に」


「約束、できないよ」


 俺はあまりの悔しさに歯噛みする。

 絶対に俺には関係ないと思っていた『時神』が、わざわざこうやって関わってくるとは思いもしなかった。


 おそらく、俺は勝利したのだろう。

 俺は、あのままだとリキマルから勝利をもぎ取ってしまったのだ。


 だからリキマルが『なかったこと』にしたのだろう。




 反則だろうがよ……




 さすがにそれは反則だろうが……




 実際に『時間の蒔き戻しタイムリープ』を行ったのか、近似値異能力である『予知プレコグニション』なのかはわからない。ただし、俺のエネルギーロスを行ったのは確実だ。あれは確実に『時空魔法』の領域になるだろう。


 絶対に、使ってほしくない。


「雅弓……」


 リキマルが何か思いつめたような言葉を、漏らした。


 俺の取れる行動は少ない。


 すべてを無視して、リキマルに戦いを挑むか、


 敗北を受け入れて瑞香を殺すか、


 なぜか現れた時神バカに嫁を殺されるか、



 どちらにせよ、





 どっちかが死ぬか、

 

 どっちも死ぬか、だ。






 それくらいしかない。



 俺は見えないように作っていた武装力場アームズをすべて解除した。解除した上ですぐには使用できないようにちょっとした封印をつける。万が一にもリキマルを刺激しないようにだ。


「雅弓?」


 俺の行動が予想と違ったのだろう。

 リキマルから油断が消えた。


 俺が何かを狙っていると思っているようだ。


 そうだ。その通りだ。確かにそうなんだ。


 俺はゆっくりと腰を落として膝を屈める。

 本当に、本当に刺激しないようにゆっくりとだ。いきなりやっても結果は変わらないかもしれない。むしろそれだけの速度でやっただけ時間がお得だろう。


 だが、それでも俺はこれは絶対に成功させたい。

 本当に、失敗させたくない。


 俺の誠意だ。


 リキマルが前面に、背後に、大量の武器を持たせた巨大腕と、大盾を作り上げていく。

 リキマルがかざした刀から大量の金属が排出されていき、それらが完全重甲冑フルプレートの鉄騎兵に変わっていく。かざしてから瞬きひとつで百体になり、二度三度繰り返していくと整列した軍団レギオンが完成した。


 赤城一子の『鉄騎兵軍団』だ。

 やはりコピーしていたか。そりゃそうだよな。


 全部で何トンあるかわからないが、リキマルはその重さを力場で作った足場で支えている。苦しそうな様子には見えない。もっと呼んでも大丈夫だろう。


 しかし鉄騎兵の前で俺がこうするとはなかなかしゃれが効いているな。



 俺は、地面に、膝をつき、両手をつき、頭をつけた。




「ごめんなさい。ゆるしてください。リキマルも、瑞香も、誰も殺したくないです。お願いします。ゆるしてください。おねがいします……」



 あまりの不甲斐なさに、自分の弱さに、目の前が歪む。

 なんでもできると思った自分の怠惰さと傲慢さで腸が煮えくり返りそうだ。


 結局、俺も、ただのその辺にいる子供と変わらないというわけか。








 目の前に落ちる涙を見て、奥歯がバキリと鳴った。




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