1-19 『ひかみ家』⑦
こちらの不利なところをあげよう。
相手の位置が完全に把握できていない。
ただしこれはだいたいの場所がわかる。一射につき十万の矢を放ち、爆発させ、それなりの範囲を攻撃しているのだ。固定配置している俺の『眼』がそれらを観測しており、不可解な動作を見せたものから場所を割り出す、つもりであったが、極端に早い速度で飛翔しているようでありその姿をはっきりとつかめない。
解決策としては楽で、『驟雨』の範囲を狭めて攻撃したらいい。精度が悪いとか威力が低いとか数が少ないとかどうでもよくなるほどの効果をあげるだろう。
リキマルもそれがわかっているから広範囲を移動し続けているのだ。
リキマルの隠密を俺が感知できない。
本気で隠れた場合、俺が知覚することが適わなくなる。ただこの場合も『驟雨』なりなんなりで広範囲を攻撃してやれば何かしらの反応があるだろう。
問題なのは幻術の類を併用されると危険であるということだ。そんなに珍しい異能力ではないので、使えても何もおかしくない。
リキマルが使える異能力を俺が知らない。
もちろん日守の分家くらいなら大まかに知っているが、巷にあふれた『下級』まで覚えているほど俺も暇ではない。
それどころか先の『コロナ魔人』をはじめとしたちょっとした有名人の能力とか持ってこられるとかなり拙いだろう。あれらは劣化された簡略異能をさらに自分に合わせて極強化したものなので、初見ではかなり破りづらい。
しかも一昨日に大魔術師と呼べるマナと会ったのが本当に問題である。
マナの能力を奪っているのであれば相当な戦力が加算されたことになる。
リキマルが自分で集めた能力を誰かの分で使う分には問題ないが、マナが集めた能力をマナの能力で使う技法をリキマルが覚えたのはよくない。正しい意味の適当で正しく使用されるだろう。
思えばマナもコピー系能力なのか。
大きく問題になるのはこれくらいだろう。
それ以外は特にどうでもよいことばかりだ。
俺はそこにあると仮定した地面を踏みしめると、空中を駆け出した。
駆け出した瞬間に俺が立っていた場所に矢が落ちる。一瞬と呼べるようなあまりに短いタイミングで落ちていった。ちょっとでも長くたっていたら確実に当たっていたと思えるような、そんなタイミングだ。
もちろん、当たりはしないだろう。
降り注ぐ破壊の雨と、その祝福を最大限に受ける地面。
水分に混ざって塵が目立ってきた。肺に入ればそれなりに咳に繋がるだろう。
俺は一度だけ大きく息を吸って、そして止めた。
配置している『眼』の観測で薄らと発見しているリキマルを負う。
『驟雨』の攻撃範囲と密度は変更しない。ただのフェイクである可能性もあるからだ。だがそれでも攻撃の密度、というか命中可能性を上げるべきだと考えるやつもいるかもしれないが、そもそもそうやって腰も据えずにほいほい攻撃方法を変えていては、それをリキマルに逆手に取られることになる。
裏をかくほど切羽詰っていない。
正面から、圧倒的火力で潰すだけだ。
そのためにこうやって視界も塞いだのだから。
見つけた。
視界を覆う灰色がリキマルの飛翔によって飛行模様ができている。
『整列攻撃』
感覚三十センチ、多段整列に敷き詰めた矢を等間隔で整列発射する。時間差も行いながら丁寧に攻撃を作り上げる。
わずかに掠らせた。
六単の裾を裂いたようだ。
正面二時から七時に時速六百キロメートルで移動を行っていることを理解すると、上天の縦方向から矢を放つ。これも多段整列に敷き詰めた攻撃だ。
掠らなかった。
配置しておいた『眼』に映ったので問題ない。
加速して音速を超える速度になって回避運動を取っただけだ。
さらに準備していた矢を発射する。回避方向へと。
少しずつ範囲を狭めながら確実に逃げ場を減らす。
俺はリキマルの回避方向を予想しながら最終攻撃のための位置取りを行おうと移動を続けている。しかしリキマルもそれを理解しているのだろう。俺の裏をかくよう刻みながら動いていく。
どちらにせよここにいるのはリキマルで問題なさそうだ。
『整列攻撃』は俺が使う戦術攻撃法だ。相手の動作方法を理解してから相手の進行方向と予想進行方向でに矢を配置して、無理やり回避させて追い込むやり方だ。等間隔に置いた矢と時間差の攻撃で相手の移動速度や進行方向を観測できる。それに対して更にに矢を配置、一番効果的な攻撃を行い、連続で回避させて最終的に当てることを目的としている。俺のどこにでも発射口を置ける異能力であるからこその戦術である。そもそも相手が動いていないのであれば確実に命中を奪えるのであるが。
ともかく本来なら二度か三度の攻撃で命中を得られるはずなのだが、どうも当たらない。
リキマルも防御をしているということなのだろう。
しかたないので飛び道具で追い込むやりかたは放棄する。もともと成功するとは思っていなかったが、それにしてもプライドに多少の傷がついた。嫁になる女がつけた傷であるのなら、そこそこ誇らしくもなるが、さすがにそれは後にしよう。
叩く。
また同じように『整列攻撃』と同じ方法で矢を構成して発射する。
リキマルもまた、同じように回避行動を取っているだろう。
なので、矢を自爆させた。
強烈な衝撃波が生まれて空間にダメージを与えながら引き裂いていく。
俺の感覚が確かならば、至近距離で矢を避けている最中で衝撃波に巻き込まれたはずだ。
駆け出す。
一射目で自爆させた範囲のを囲むように矢を放ち続けて衝撃波を放ち続ける。
使い方は知れていてもそうと考えさせければ問題ない。さすがにわかっていても回避できるようなものではないのだが。
俺は『眼』で観測したリキマルを追い込むように次々に攻撃を仕掛けて、その場に止まらせて、そして巨大腕からの巨大剣を振り下ろした。
俺の遅い足でも間に合ったようだ。
喜びも束の間、振り下ろした巨大剣が破壊された。
リキマルが自分で作った巨大剣をぶつけてきたのだ。それによって半ばまで斬られた俺の巨大剣は亀裂を伴って、そして砕け散った。
見逃さない。
俺は本命である巨大刀をリキマルの巨大剣に振り下ろして、これを破壊した。真っ向からかち合わせたためにかなりのダメージを受けていた巨大剣が破壊される。俺の巨大剣と同じように、やはり亀裂が入り、一瞬の優しさを置いてから割れた。
滑らせる。
両手持ちの巨大刀は左手で振り下ろして墓石、そしてそのまま右手で押し込んでリキマルを狙う。直撃したらリキマルの体を半分に分けることが可能だ。その位置への攻撃。それだけの威力。そこまで覚悟した俺の一撃だ。
しかしそれは脆くも破れた。
俺と同じように大量の巨大腕を作り出したリキマルがその腕すべてに剣を持たせており、俺の攻撃を軽く防いでしまった。
巨大重槍の『直線突撃』を繰り出す。巨大腕四本で支えた強靭な攻撃だ。無骨で単純な斬撃を同時に八発受けると、さすがにどうすることもできずに槍、腕ともども破壊された。さらに振り下ろされる八発を受けて再利用不可能なほどまで分解される。いや、そこまでやるのかよ。買いかぶりすぎだ。
完全な至近距離戦闘に移った。
俺は手にしている三尺一寸でリキマルを攻撃していく。が、もちろん弾かれていく。その一撃一撃は全力ではあるが、最大無比の一撃というわけではない。次へと繋ぐ牽制であったり、反撃覚悟の苛烈な攻撃であったり、自身のダメージをも勘定に入れた本気の技術であったりした。
しかし、届かない。
いや、届くのだ。届くはずだ。
リキマルのその瞳は確実に焦りを映している。それがどういう種類の焦りなのかはわからないが、この状況はリキマルが望んだものではない。
何より、俺が丁寧に攻撃していれば二手三手、届いたはずだ。
リキマルが手にしている刀が俺の三尺一寸に弾かれる。こちらが弾かれたか。自画自賛か、あまりに技巧にリキマルに賞賛の声をあげたい。七歩七手詰みをいくつか行うがその切っ先はリキマルを捉えることがない。
正面から、大上段から振り下ろしたひょろい一撃をリキマルは無遠慮に弾かない。弾かれたら左手に準備した脇差型の力場で攻撃するつもりである。が、この手の不意打ちは一度目が最大の効果を発揮する。二度目はない。そのために相手が弾いてくるか防御するかしないと安定して左手打ちができない。
それをわかっているのか、腹立たしい。
防戦かと思えば瞬きひとつで攻守を入れ替えてしまうような好機が転がっているが、それでおしまいだ。リキマルは俺の直の戦いはお気に召さないようだ。
防御に回ったリキマルのほうが、俺よりも優秀だった。
俺は仕方なく、こちらも勝負を捨てることなく、集中する。
俺の背後に存在する巨大腕二十対四十本。
リキマルの背後に存在する巨大腕二十対四十本。
計八十本の腕の攻防が俺たちを挟んで行われていた。
そのそれぞれの腕に武器が握られている。例外はない。そのすべてに巨大直剣が握られており、正面に位置する四十本が剣戟を繰り返していた。背後を担っている四十本は確実にその巨大腕の数を減らそうと隙をうかがっている。
どちらも防御の構えであり相手の失敗を誘って攻撃するやりかただ。
ただ防御型は俺にとんでもなく不利だ。
この空間があと数分で破れる。
俺の攻撃を完全に学習される。
俺の怒りが鎮火する可能性が大きい。
何をするにも時間がネックだ。
俺は攻撃に集中する。確実に一本ずつ砕くように無理やりにひとつ、一歩、前に進みながら傷もいとわずに先読みと攻撃を繰り返していく。
一本、巨大腕が斬られた。無論、俺の巨大腕だ。
痛みに震える脳内が痛覚を俺に表現するが、あっさりと無視させていただいた。腕を一本犠牲にした分の隙は見つけた。攻撃する。
――迂闊に間合いを詰めた巨大腕の二本が圧搾された。柔らかい霧がはさみ潰した。
こ、れは、拙い。
しまった、この辺りの『水』も強奪されたか。
考えるのが早かったか、どうだったか、リキマルが放った数万の矢が俺に向かう。一息で作れる限界だろう。
大量の矢が俺を穿ち、貫き、衝撃を撒き散らしてバラバラに引き裂いていった。
ただし、後方に存在する巨大腕だけだ。
俺は無傷だった。
命名法、すげえ。
もう、勝負は、ついた。
俺の、負けだ。




