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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1-18 『ひかみ家』⑥

 上天の閃光が降り注ぐ。


 不可思議な太陽が見えなくなるほどの圧倒的な大爆発が起こった。


 十万を超える大量の矢は空から重力加速度で威力を増して降り注いでいったのだ。いくら十万の攻撃といえど、ここにあるすべてを吹き飛ばすことは不可能だ。リキマルの回避行動も考えて直径一キロメートル以上の範囲攻撃を行っている。当てるつもりで撃っているが、やはりどうしてか、当たらない。矢除けの加護は発動していないはずだ。俺と違い、リキマルはその自前の回避能力を必要としている。


 俺とリキマルの差はそこだ。


 地面を流れる濁流に惜しげもなく叩きつけられる俺の攻撃がその流体を粉々に砕いていく。大量に固まっていたその水は一瞬で飛沫に変換され、それでもエネルギーを消費できずに更に小さな粒へと変化していった。濃霧よりもなお濃い霧、水の壁と呼べるだろうその密度と量は光すら屈折させて一瞬で視界を暗闇へと移っていく。


 暗い。

 暗いが、光が通っていないわけではない。灰色の靄が、濃密な口付けで全身を舐めていく。


 視界が奪われている。

 そう断定してもいいだろう。


 だが、俺は十万の矢を、高い高い空から地面に向けて垂直に放ち続けている。

 霧は、靄は、壁は、陰は、晴れることはないだろう。


 落ちてくる矢が灰色を切り裂いて一瞬の晴れ間を作ろうとするが、その前に落ちてきた矢によってさらに暗い色を塗りたくっていく。


 視界はない。


 視界はないが、常に動き続けていた。

 龍の腹の底のような場所に、止まない轟音が鳴り続けている。


 正面の霧が動く。

 なんと言えばいいのか、『横』に動いた。


 縦にしか動かない世界でわずかな違和感の動きが見て取れる。

 俺はそこに向かって矢を放つ。

 降らせている矢だけですべてではない。まだまだ同時発射できる数は残している。相手のミスのみで勝利を勝ち取るつもりはない。


 飽和攻撃で相手にミスをさせるだけだ。


 飛来する矢。

 俺はそれに自分の矢を当てる。正面から、直撃させる。


 一瞬だけの抵抗の後、俺の矢が砕けた。


 だがその直後でリキマルの放ったであろう矢が自壊する。

 放たれる矢の威力はリキマルのほうが上である。上であるが、これだけの高速と異常環境で飛ばしていれば負荷が凄まじいのだろう。俺の矢が与えたダメージで俺に到達不可能になって破壊されたのだ。


 俺の『矢』よりも威力が高い。おそらく精度も上がっていると見て間違いはないだろう。


 しかし、そう大きくは違わない。

 勝てなくはないだろう。


 俺と同じ能力が使えるのであれば、

 俺と同じように遠距離攻撃をしてくるのであれば、


 矢除けの分だけ俺が有利だ。


 より強度を上げてリキマルがいるであろうポイントへと射撃を行う。

 ここまで視界が塞がると千里眼クレアボヤンスの精度がガタ落ちする。もちろん使えなくはない。だがそれはリキマルも同じだ。俺と同じように千里眼を使って矢を発射するはずなので、こうやっていれば至近距離からの射撃を防げる。

 さすがに至近距離からの射撃回避はわずかに運が寄る。

 俺のほうが運が悪いと即座にやられるので、運の要素をできるだけ排除したいのが本音だ。


 こうやって情報しかいを塞いでいればあとは潜水艦ゲームといっしょだ。感知センサー座標攻撃こうげきで相手を的確に攻撃可能だ。現在、雨のように降り注ぐ矢でリキマルの行動を少しずつ阻害して、仕留めればいい。


 轟音の中、風切り音が聞こえた。


 ……きたか。


 十分に構え、集中する。



 十万と六千の矢が俺に飛んできた。


 それは半数以上が俺を焦点として半数以上を自壊自爆させながら突き進み、それ以外は確実に俺の回避範囲を覆うように攻撃してくる。もう、除けるとか避けるとか避けないとか、そういうレベルじゃない。撃てば当たる、それ以外にない。


 さすがに俺もこの万を超える攻撃に矢除けがどこまで通じるかなどという漢の極みみたいなことをするつもりはない。確実に当たらない数まで減らしていく。


 それは十万の矢を俺に放ったが、生きているのはほんの二万程度だ。俺がもっと手前にいたら自爆する数も減っており、それだけ防御が難しかっただろう。

 逆に言えば、俺を焦点にしている以上、退いてしまえば角度が鋭くなり自爆する量も増えていく。


 退けばいいのだ。


 それだけで数がぐんと減る。

 だがそれでは勝ち筋にならないので俺は正面へと出た。


 四十の腕が攻撃を防ぐ。

 相殺しているのではない。確実に弾いて、逸らし、叩き、防いでいく。それは基本的な近接武術による防御術だ。時折にこちらも矢を発射して矢の固まり撃って大きく潰す。こちらに向いている矢の側面から攻撃を当てればそれだけで破壊できる。破壊できずとも矢にダメージを与えれば少なからず破損して、自壊を誘える。こちらへと向かってくる速度であればそれは免れない。


 俺の矢の能力はその辺りの物理法則を強く受けているのだ。

 そもそも俺は最初から不可視の矢を放っていたわけではない。最初は普通の飾り羽のついた木製の矢だ。それが順当に強化されていき、『存在しない矢』を撃ったあたりからそれは存在しないので見えなくあるべきだと思うようになったのだ。

 それから遠見と併用するようになったので、矢の出現位置、発射位置を変更していたために、『矢』は矢としてただ見えないだけになったのだ。


 いくら強化しようがその辺りを変更するには最低でも数分はかかる。

 矢のフォーミュラを確認してから書き直さなくてはいけないからだ。


 もちろん圧倒的な脳容量で俺の攻撃を捌きながらそれを行っていると思えなくも無いが、瑞香の異能力をコピーしたときを考えると、俺の矢を今さっきコピーしたとは考えにくい。知り合ったときから今までのどこかでコピーの条件を踏んで盗られたと考えるのが妥当だ。


 それだけの時間がありながら今のような杜撰な焦点攻撃を行っていることを考えると、エネルギー式の矢の攻撃を持っていると考えるのは難しいだろう。


 それだけでリキマルのコピー能力の弱点がわからなくもない。

 もちろん、わかったところで勝てるかどうかは未知数ではあるが。


 秒間に数千の矢を防いで、第一波を枯らすとさらに距離を詰めて攻撃をかける。


 正直、当たっているかどうかはわからない。


 それどころか的確な攻撃をしているのかもわからない。


 俺の能力のキモはその隠密性にある。

 射程距離はほぼ地上をカバーできるだけはある。遠見で確認できれば即座に爆撃が可能だ。そしてその痕跡から追跡されることはない。今のところ、俺だけしか持っていない組み合わせだ。アメリカにこのコンボを知られてしまった以上は数年以内に同じ能力を持ったやつが出ないとも限らないが、今考えることではないだろう。


 ……?


 進みながら違和感を覚える。

 体が重い。雲の中にいるような状態であるためにすでに全身は濡れている。だがその程度で動きが鈍るはずもないのだが、どうしてか体が重い。



 ……ッ!

 まさかッ!!



 自分の体に力場で作った波を当てる。。

 凄まじい衝撃が身を貫く。内蔵の一部が一時的に麻痺するが一旦は放っておくと、すぐさまその場から離れた。衝撃を受けたときに体についた水分のほとんど消えたが、また霧の中を進んでいれば濡れていく。


 今度は体に重さを感じない。


 リキマルのやつ……

 瑞香の『スレイブユニット』の支配権を奪ったのか!


 本来、瑞香の生み出した『水』は瑞香の支配下にある。その支配権が委譲されることはまずない。俺のように解呪ディスエンチャントのような技で無理やり消すこともできるが、基本的に移ることはない。

 所詮は水だろ?

 そう思うかもしれないが、厳密に言えば異能で作り上げた品は、とてもとても似て非なるものだ。たとえば瑞香の『水』は『水と成分がまったくいっしょの異能力』だ。ちょっと汚い言い方をすると瑞香自身を切り取っているようなものだ。水分子としては申し分ないが、ゼロから作り上げたために本来の水とは程遠い。

 俺が生み出している剣や矢が本当のそれではないように、瑞香の『水』もまったく違うものなのだ。


 その支配権を奪ったとなると正直、俺の予想が少し外れていたということになる。


 まず大前提として、であるが。

 俺はコピー能力というのをあまり強い能力であると思ってはいない。

 確かに強力な能力である。

 その能力に制限がないのであれば最強になれる可能性を大いに秘めている。


 だがそれだけだ。


 能力をコピーするのに条件が必要である場合、それを満たすまで能力は使用できない。

 俺とリキマルの関係のように、瑞香とリキマルの関係のように隙があればいくらでも奪取できるであろうが、これが普通の敵と戦った場合はどうだろう。


 俺と敵同士であり、初見の戦闘を行う。

 リキマルは俺の能力を知らずに、あっというまに全身を矢で貫通された後で強力な爆発を受けて塵に変わるだろう。

 炎使いならどうだろう?

 以前、十万度のコロナ線を使う脅威の異能者と戦ったことある。相手の能力を知らないまま初見戦闘は無理だろう。日守家のほとんどの連中と相性が悪い。相手は自身のコロナ線の中にいることも可能だからだ。

 あるいはリキマルも戦えるのかもしれないが、勝てるのかもしれないが、その勝利の方程式を導くのは少し難しいだろう。

 さすがに俺も直接攻撃は届かなかったのでコロナ野郎の足元に飽和攻撃で動かなくしてから一キロメートルの穴を掘り、二週間ほどかけて倒した。さすがに飢えと渇きには勝てなかったようだ。


 俺がほとんどの相手と相性がいいのはここにある。

 相手と顔を合わせなくても済み、一方的に攻撃を仕掛けることが可能だからだ。

 俺と似たような攻撃をしてくるものは多いだろう。

 そのときに負けることになる。


 他人の記憶や術を使用することができても、仕様を判断するのは自分の思考だ。

 他人の能力をまるまるパクっているようなやつが他人の意見に従うのかはわからない。そもそも自分で判断できないから対処も多少は遅れるだろう。

 事実、俺の戦闘判断ではありえないほど遅いタイミングでの攻撃だ。


 俺と戦いたくない、と思っている時点で俺の戦闘経験をうまく使えていない証拠になる。


 まず、負けない。

 あからさまに不利だろうとだ。


『雅弓、雅弓、聞こえますか? 私は今、あなたの脳内に直接語りかけています』


「なるほど、この辺りだとお前のスレイブユニットは生きているのか。さっさと支配権を奪い返せ」


 脳内、というかこの濃い霧を通して話しかけてくる瑞香。かなり遠い場所まで退いてもらったが、さすが自分の能力を媒介したらこれくらいは問題ないようだ。その辺りはさすがであると思う。


『雅弓、気をつけてください。私のスレイブユニットの一部はリキマルに支配権を奪われています』


「知ってる。攻撃を受けそうになった」


『雅弓、私はこうやっている今も支配権を奪い返そうとしていますが、うまくいきません。しかし私よりも効果的な力を持っている力丸がほんの一部しか奪えていないということは他の能力に集中力を裂いているということです』


「それはどうかな。最悪、いつでも俺を殺せるだろう。俺の姿を見つけたら高密度で矢を放って隙を見て水で捕縛、もしくは土行で水を潰すかもしれん。土神がいたからな。どうにかして奪っている可能性もある。今みたいに五行因素の塊が多いときに効果を最大限使う技術なんだろう」


『それは大丈夫です。彼はただの伝令です。仙術を使う道士というわけではありませんので。使えたとしてもたいしたことはないでしょう。それにこれ、別に水というわけでもありませんので』


 そういわれても納得できるものでもないが、とりあえずは戦闘に集中を続ける。


 俺が天より降らせている『驟雨』は大量破壊に向いてはいるが、その実、精密攻撃にはまるで向いていない。最初の一射こそ十万を超える数と精密性を持っているが、次射以降は特定座標に飛んでいくだけの代物だ。しかも次弾装填と発射にすべてを奪われているので大した命中精度も持たないし威力もダダ下がりする。ついでに実は数も少なくなっている。

 まさに『驟雨』、ただのにわか雨だ。

 だがそれでも初段を回避した相手にも十分な牽制圧力になる。当たろうが当たるまいが十分な攻撃メリットを持つのだ。


 ……だからこそ、リキマルも使ってくると思ったのだが、どうやらそうでもないようだ。


 そもそも手加減をしているのか、俺が有用とする異能力のほとんどを使用しない。

 記憶が読まれているのであればほとんどが使用可能のはずだ。


 だが、火神の異能である融解青銅・焦熱波ビームライフルはさすがに青銅霊剣オリハルコンが必要になる。あれを超伝導で電離させて放つビームは正直、何かで代用が利くとも思いにくい。もちろんそういうビームライフルの能力はあるだろうが、火神が使うのは媒体が必要だ。


 そのため俺の強化脳内ハード的の関係上で使用できているだけであり、リキマルでは使用できない可能性がある技も確かにある。あるが、無理をしたら使えないこともないのだ。かなりの偏頭痛と一時的な視覚障害が襲うのであまり使おうとも思わないだろうが。


 となると、だ。

 やはり状況や条件的に使えない異能力も多いのだろう。

 そこそこか細いがまだまだ見捨てるほどじゃない勝利の線を俺は離すつもりはない。


 確実に手繰り寄せる。




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