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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1-15 『ひかみ家』③

 攻撃が変化した。

 水の刃だけだった攻撃に大量の水が押し寄せてきたのだ。


 津波だ。


 俺たちは屋根に立っているので直接的な被害はない。

 だが、その下にある屋根が屋敷ごと倒壊していくので、なんとかしなければ水流が早く瓦礫が流れている濁流に飲み込まれて死ぬだろう。瓦礫が多すぎる。ジュースに入った氷くらいの比率だ。一分もしないうちにバラバラになるだろう。


 鉄土瓦を力場で操作すると瑞香を抱えてその一枚に飛び乗った。そして数枚の鉄土瓦で作り上げた座椅子に瑞香を置いた。震える座椅子は瑞香を少し離すことで安定した。


 リキマルは浮遊している。

 理屈はわからないが、そんなに珍しい異能でもない。どこでパクってきたのかわからないが驚くに値しないだろう。というか、足場を崩しておいて自分だけ津波に巻き込まれたらさすがにどうかしている。


 地上五メートル辺りでリキマルと視線を合わせる。


 合わせているのではあるが、互いにそこまで乗り気ではない。


 俺としては別に戦う理由などなく、

 リキマルとしては俺と戦うのは本意ではなく、瑞香を殺したい。

 俺はその瑞香を守っている。


「なあ、なんどでも言うが、やめないか?」


 巨大腕ラージアームを重ねに重ねる。

 すでにまともに防御できるレベルではなくなってしまった。千手観音のように二十対四十本両腕を作成すると、瑞香の前に立ちふさがり壁となるようにリキマルの攻撃を弾いていく。


「嫌だ。絶対に嫌だ」


 そこまでして『日守』を殺す必要なんかないのだが。

 なんで宗家なんかにこだわるのだろうか。別に楽しくもないだろうに。


「ふふふ、私は雅弓に愛されているのですね」


 こいつ……

 

 俺は遠見クレアボヤンスで全方向を確認しながら正面から遅い来る水の刃を迎撃しつつ、負担にならない範囲で瑞香に近づいた。


「寝言は寝てから言えよ。お前がいなくなると日本が大打撃受けるんだよ。なんでお前一人で日本の水量の八割を担ってるんだよ」


「さあ、それはわかりかねます。大昔につくられたシステムをそのまま引き継いでいるだけなので。あ、もしかしたら力丸がいても日本は水没することはないのかもしれませんよ」


「お前、自分の役目わかってないのかよ」


 危機感があるのかないのか。瑞香は楽しそうに笑いながら俺への反論を行う。

 だが瑞香が二人いたら日本が沈没するのは間違いないだろう。本人が言いやがったから、そうなのだろう。おそらくその過程で地面プレートを支えている智香ちかも死ぬだろう。どぼーん、海の底だ。命名法をミスった風香ふうかだけは元気に日本大陸があった場所で生き続けるだろう。極東は台風のメッカとなり暴風域でフィニッシュだ。


「しかし、私の代わりを行うことができるということは智香や風香の代わりもできるはずです。そしたら私たちはいらないですよね」


「そうやって極東龍穴の日守屋敷に縛り付けておくわけか。それは俺が許さん」


「じゃあ、私たちは縛り付けられてもいいのですか?」


 少し、考える。

 ほんの少しだけだ。


 日守家は昔に『日本列島を多少まともにしたシステム』だ。


 大昔、十六人の神々ひとたちが極東に島をつくった。巨大な島だ。巨大な棒で地面を割り、かき混ぜ、泥を積み上げて島をつくった。

 大昔の神々はアホだったのでプレートにヒビを入れた上に火山活動が活発になるような雑な塞ぎ方で日本を作り上げたのだ。気がついたときは大量の植物や動物たちを島に放して活動を始めたあとだった。

 水不足、大地震による地盤の脆弱性、雑に島を作ったために台風が直撃する、地面割ったときの影響で物凄い勢いで火山が噴火っていうか爆発する。おおよそ島として機能するものじゃなかった。

 やっぱり神々はアホだったので十六人のそれぞれが島を管理して、それぞれの問題を十六人で問題のないように機能させた。くさいものに蓋をする理論だったので、別に解決はしていないのがミソだ。


 そのときに神々はそれぞれの分野を名前で名乗るようになった。


 火山を管理している火の神であるから『火神ひかみ』であり、

 水を引いて増幅させている水の神であるから『水神みずかみ』であり、

 毎年馬鹿みたいにやってくる台風を逸らす風の神であるから『風神かぜかみ』であり、

 地震でバカスカ割れる大地を修繕する大地の神であるから『土神つちかみ』であるといったように十六人全員が専門のひととなった。


 そして寿命で神が死んだ。

 その頃には次代への管理者引継ぎも終了しているので問題なかった。そしてそれは何世代も続けられていった。


 あるとき、災害を防げない弱いレベルの管理者が生まれてしまった。


 神々と呼ばれるやつらつよいひとたちでは楽勝であったことも数世代先では難しくなってしまっていた。単純に力が弱まった可能性もあるが、そもそも『力を強くしよう』という明確な目標がなければ異能力は圧倒的にその力を減じることになる。この時代ではそういう流れだったのだろう。


 危機感を覚えた人々は努力を重ねてその力を強くした。

 そして有事の際に自分たちがいなかったときのために新しい考えをする。

 かんりしゃは自分たちを手伝ってくれる補助的な要員として新しい人員を組織したのだ。これならば何らかの理由で管理者が動けないときでも、多少はなんとかなる。

 名前は『守』の字を与え、火神なら『火守』という風に名前をつけた。


 そしてアホ筆頭である我々人間はエリート化したことによって破滅の道を少しずつ歩むことになる。神の力が衰えたときを好機と見て下克上を行い、一部の神を追い払ったり全滅させたりした。自然災害でまずいものがあった場合、だいたいはこのときのせいだ。洪水があるのも、日照りがあるのも、冷害があるのも、凶作なのも、大地震や大噴火や大津波や隕石が降ってくるのも、だいたいはこときの馬鹿のせいであると言っても過言じゃない。

 『管理』とはそれほどの効果だったらしい。


 そして数百年前になる。

 当時は『神』、『守』、『上』、『下』という厳格な身分構成があったらしい。上であればあるほど力が強く、下に行くほどゴミ。上の人間は下の人間と結婚して子をなしてはいけない。まあこれは強い血を残すのが目的だったらしいが。

 呼び名はじん一族であり、幕府にも親交が厚かったそうだ。


 その中の『日守』がある画期的な方法を生み出した。


 『現象に名前をつけて受肉させてみてはどうか?』


 今聞いても「こいつ何言ってんの?」みたいな扱いを受ける言葉だ。当時はかなりのバッシングがあり、発言を取り消さないと一族もろとも死罪にするぞ、となるまで発展したらしい。

 だが当主はこれを強行する。

 すでに命名法はあったようで、それといくつかの術法を混ぜて『風』や『水』を捕まえたらしい。母体は死んだらしいが。

 結果を残した神一族はちょっとだけ割れた。分裂しそうになった。ぶっちゃけ外法だからだ。だが結局のところは純化させた強力な現象を捕まえて結果を出してしまったので認めざるを得なかったようだ。


 そしてその能力は異常すぎるものとなった。

 『水』の名前を持つ者は水神家が必要ないほどの水を生み出し、『地』の名前を持つものは土神が必要ないほどの肥沃な大地を生み出し、『風』の名前を持つものは台風のすべてを弾き返した。このときにはすでに風神はいなかったらしかったので嵐には相当頭を痛めていたそうだ。


 そんなわけで『要らない子』扱いされたすべての一族。

 ぶっちゃけ『日守家』以外は必要なくなったのだから仕方ないだろう。

 日守家当主はさすがに馬鹿じゃなかったので、「いやあ普通に考えてこれだけでなんとかできるわけないのだから今まで通りでいいじゃないですか」と言って回ったが、プライドの高い連中はそれを許さなかった。


 神一族の仁義も何もない戦いが勃発した。


 あらゆる手段で日守家を抹殺しようとするが、普通に考えて日本の水量を八割も担えるレベルの異能者と戦うのが無理なのだ。たった四人の異能者によってあっさりと鎮圧された。


 一族は分解して、逃げ出した。


 火神、火守、日守の順番で偉かったので、上位の二つは日守家に着くのを嫌がって出奔する。

 氷神家はおとなしくついたので、その下の下の下の下である俺たち『氷上家』も日守家につくことになった。

 そして神一族の二割程度が固まり、『日守家』として再編成されたのだ。


 おそらく、なんだが……

 ここ百年間で世界中から大量の異能者が生まれだしたのはこの辺が関係していると俺は睨んでいる。

 どうでもいいことであるが。


 この事態をかなり重く見た日守家当主はこの力が悪用されないように、また内部抗争にならないようにいくつかの条件や呪いを準備した。

 それが俺や他の第三位階の連中が宗家になりたがらない理由だ。


 守護天命の儀もそのひとつで、簡単に言えば「あなた方には日本を守護するに値しません。天に決めていただきましょう。拳で語り合ったとに」という単なる下克上である。

 そして宗家が変更されるというわけだ。


 巷でいうところの宗家の意味とかなり違うが、うちじゃこうだ。


 その呪いが今、瑞香を縛ってリキマルを攻撃させないようにしているし、手を出しても殺せないように強力な異能ジャミングがかかっているのだ。

 日守は分家に対して常に誠実であり、分家を攻撃できないし、また攻撃されても傷を負わないようにしている。そして基本的に四人の守護者で日本を守っているのだ。今代は三人しかいないが。ひとりくらいいなくても問題はない。自然災害は増えるが、この程度はなんとかなるだろう。だいたい台風をすべて止めたときの気流災害がしゃれになっていなかったので多少は『回さない』と駄目であるようだ。


 俺はそこまで考えたあとで、瑞香の質問に答える。


「ああ、縛り付けられていてくれ。俺と、リキマルのために」


「即答ですか。わかっていましたけどね」


 瑞香が悲しそうに笑う。

 同情はしない。


 そんなこと言ったらみんなそうだ。こんな馬鹿な一族の役目なんか放り出して大陸辺りに逃げたいくらいだ。なんでこんな不安定な場所に好き好んでいるものか。

 と、口にしようと思うが、不思議と出てこない。一族自体にかけられた呪いかと思うが、おそらくそうではないのだろう。単に地元が好きなのだろう。


 遠い歴史から今に至るまで争っても、分裂しても、膝をつこうが頭を下げようが、みんなで守って生きてきた場所なのだ。ここが好きだ。


「瑞香は守護役、嫌いか?」


「いえ、好きですよ。ここにいれば日本のすべての水脈が見える。私にとって最高の遊び場ですね」


 本当に嬉しそうに瑞香が笑う。

 なんだかんだと言って、やはり瑞香は『水』なのだろう。


「けど、最近思うんですよね。他に楽しいことがあるんじゃないかって、誰かといっしょにいるのも悪くないんじゃないかって」



「ふうん」



 俺は一刀両断する。

 が、あまり効いていないようだ。


「だからたまにはこうやって意地悪もしたいと思うこともあります」


「今は本当に死ぬか生きるかみたいなところがあるから、今度な」


「はい」


 水の刃が止む。

 すでに四十本の腕はボロボロだ。受けながらわずかに修復を繰り返しているので完全破壊は免れている。完全破壊を免れているだけで、すでに動いているのもやっとの有様だあるもの多いが。


「話、終わったかな?」


「まあ、そこそこは」


 不機嫌なリキマルの顔。

 すっと、本来の自分の顔に戻った。服装もすべて元に戻った。


「おもしろい話じゃなかっただろう?」


「ううん、聞いてない。嫌だったから」


 こいつもたいがいめんどくさい。聞いておけよ。


「……雅弓」


 不機嫌な顔であったが、同時に俺を心配する視線も向ける。


「なに?」


「痛く、ない?」


 ……こいつ、今更何を言っているんだろう。

 巨大腕の擬似神経は俺にしっかりと痛みを与えてくれている。激痛であると断言してもいいだろう。黎明期の歯科医と同じくらいか、それ以上に痛い。黎明期の歯科医なんぞにかかったことはないが、たぶんそrくらいだ。


「いや、物凄く痛いが」


「だよね」


 だから止めたのだろうか。

 こいつの心が動くポイントがよくわからない。

 俺が痛そうだったから止めたのであれば、できればそれよりも前に止めて欲しい。ってか、敵対するのを止めて欲しい。


「あのね、私も雅弓を傷つけたくない。本当に。だからさ……」


 もじもじと恥ずかしそうに俯くリキマル。

 瑞香が「今だやれ!」と視線で訴えかけてくるが、「リキマル攻撃したら超痛いんで嫌です」という私的な理由でさらりと断っておいた。口には出さなかったが、瑞香は理解できただろう。こいつはこういうときの察知能力はかなりできる、はずだ。


「瑞香、殺してよ。雅弓の手で」


 とりあえず、こっちも断る予定だ。




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