1-14 『ひかみ家』②
三尺一寸の刀を模した力場を構える。
普通の刀を構えるように、不可視の刀が俺の手に納まっている。
その硬度は鋼をはるかに凌駕しており刃の先にも極薄の刃先が構成されており、鋼鉄の塊程度であれば切り裂くことはわけもない。
それが人体であれば言うに及ばず。
特殊型の霊刀であるならともかく、この世において『刃物』としてみるのであればこの上を探すことは難しいだろう。
そして俺が使用する直接斬撃はこの三尺一寸を上回る。
言ってしまえば、武器や技術として考えるのであればこの三尺一寸は弱い。
だが、俺はこれを自分の武器として使用している。
これが俺の根源であり、直接斬撃を生み出した原点だ。
俺が使用する武器はこれ以上の構成力を持ったものはないだろう。破壊されても即座に修復が可能であり、構成を解いて別の力場に変化させることもできる。
高い汎用性を備えた近接武器と表現したほうがより適切だ。
何者にも侵されない力だ。
いるだけで迷惑な瑞香と接触していてもその力が衰えることはない。
「雅弓、どうしても戦う?」
「リキマル、良く聞け。どうしても戦うのか?」
「私は戦いたくない」
「ならば引け。今なら笑い話で済ませられる」
「まあ、それはどうかわかりかねますが」
「瑞香は、もう、敵だよ」
「それもわかりかねますね」
「瑞香、黙れ」
俺は瑞香をかばうように前に出る。つかず離れず、二メートルほどだ。
もう一メートルほど離れればほぼ最大値で俺の力場や異能力が使用できるが、この位置では七割程度だ。本来なら七割程度でもなんの問題もないがリキマルが相手だとその範疇に納まらない。
とりあえず、リキマルは分家すべての能力を使えるとして仮定する。
火神の青銅霊剣は持っていないようなのでその辺りは省いてもいいだろう。あったところで剣の一本程度では何もできないので問題はないはずだ。きっと。
遠距離、中距離、近距離で『水』の援護を使われ、『緋守』で霊刀などの呪霊武装は即座に解呪されてバラバラ、もしくは封印され、『氷鏡』の自立型の大魔法で自身を除いたすべてを破壊していき、『水鏡』の現象複製で多重攻撃を行われることになる。
どういえばいいのか。
絶え間なく人を殺せる水攻撃がどこにいてもとんでくる空間で、配置型の超強力な自分には影響を及ぼさない自走爆弾が俺に向かって走り続け、それがそれぞれの分家が使う二倍の量で俺を襲ってくるのだ。しかも雑な魔道具を使うと即座に破壊される。
といえば少しはわかりやすいか。
もっとわかりやすくいえば、素っ裸でレーザーと大量のミサイルに狙われているといえば少しは俺の気持ちを察してくれるだろうか。
詰んでいる?
いや、それはこれからわかる。
まだ俺は納得していないので少しは抗わせてもらう。
特にこの三尺一寸の不可視の刀は分解されず、攻撃と防御に使える。大量の力場で構成してやればそれだけ強度も増していくので使いやすい。何より使うのに集中力がいらないのが大きい。なにせ手で振り回してやればいいのだ。何度もやったことを繰り返すだけだ。そこに余分はない。
だが俺と同じ能力をまるまるコピーしているというのであれば……
「わかった。瑞香からだね」
瑞香の姿をしたリキマルが刀を手に迫ってくる。
その柄頭を掴んでいる左手の動きが俺のそれと良く似ている。嫌になってくる。
水が飛ぶ。
飛沫のひとつもない。水の刃が瑞香を目掛けて飛んだ。
速い。
俺は即座に水の刃を弾く。
三尺一寸の力場にぶつけて水の刃を分解した。別に解呪めいたそれではない。水の刃に接触した後、わずかに斬り裂いてから力場の放射を行い、切り込みからの破壊を行っているだけだ。
これは前々から考えていたことだ。
素行の悪い俺はちょいちょい瑞香から殺されそうになるので、真面目にヤバイときはこうやって相手の攻撃をしっかりと破壊する予定だったのだ。
いける。
そう考えた瞬間に追撃が大量にきた。
一瞬で生み出された千を超える水の刃が波紋が揺れるように俺にしなだれかかる。おそらくリキマルの中では「ああ、この攻撃だと雅弓は死なないな」とか思ったのだろう。飽和攻撃で瑞香を攻撃するつもりなのだ。
水の刃を迎撃していく。三尺一寸だけではなく、七割程度の出力で構成された巨大腕がその身を粉々に分解させながら水の刃を的確に相殺していく。腕をまとめて十本ほど圧し折る以上の痛みの風が俺に吹き付けるが、何の問題もない。不快ではあるが、その程度で収まる。
巨大刀も出したいところであるが、巨大腕のほうが勝手が良い。巨大刀は所詮はただの力場の塊であり、ただの武器である。しかし巨大腕は擬似神経で繋がっているので触感が存在し、次攻撃の『繋ぎ』のようなものがわかる。ジャブの後にフックがくるのかストレートがくるのかはわからないが、攻撃がくるのは予想可能。そして状況からの類推でどちらかにヤマを張ることも可能といったようにだ。
デメリットは巨大腕が破壊されたとき、それに準じた痛みが帰ってくるくらいである。たかがそれだけなので巨大腕のほうが使い勝手がいいのだ。
大量の巨大腕を作成して構える。ヤマを張る。次に攻撃が着そうな場所を予想して反撃の準備を行う。一本の巨大腕の消費が終わる寸前に新しい巨大腕を作成して、慌てずにゆっくりと相殺を行っていく。できるだけ多くの水の刃を巨大腕が、明らかに殺しにかかってきている水の刃は三尺一寸で確実に撃墜していく。
「ふふふ、そもそも私を水で倒そうなんて考えが甘いですよね」
「なに、効かないのか!?」
これはよかった。いくらかでも瑞香に迎撃してもらえば――
「いえ、良く効きます」
「てめえ黙ってろ。役立たずめ!」
「強さと弱さを兼ね備えた最強の女ですから」
「マジちょっと黙っててくれるかな。わりとしんどいんでな」
背中越しの会話をする俺と瑞香。胸を張って威張っているが何も威張れる場所などない。その大きな胸が六単を貫通するかのようにポケット状になっているのがよくわかった。って、さっきまでそんな服装じゃなかっただろうお前。
おそらく自分の能力で少し変化させたのだろう。靴下や手袋のように、乳に乳袋と呼べるような袋状の防寒具のようなものを着ている、そんな胸部になっている。若干、ショックを受けるくらいの奇妙な状態であるので服を取っ払ってよく観察してみたいくらいだ。もちろん服のほうをだ。
目に見えて攻撃が強くなる。
俺は巨大腕の形状を多少変化させる。大した変化ではない。擬似筋肉の密度を上げてさらに少しだけ大きくしたのだ。等間隔で水の刃が飛んできているので、より良い形状にしただけだ。
一瞬と呼べる時間で千の攻撃、数秒で万に迫ろうかという極大な攻撃範囲と密度を誇るが、残念ながら技の能力としては巨大腕のほうが強い。単純な硬さでは大盾のほうが上であるが、物理盾として構成しているために『持って動かす』行為を行わなくては移動は難しい。いつもは普通に力場で掴んで動かしている。
つまり防御能力という面では痛いということを覗けば巨大腕が優秀なのだ。
もっといえば巨大腕は攻防一体の万能異能という扱いでもいいだろう。
さすがは俺が良く使う技術だ。
そしてリキマルに使われたらまずい技術でもある。
巨大腕の仕様として他の技術と相性が良い。あくまでも『自分の腕』として使用できるからだ。手慰みに覚えた軽い印術を使ったら通常の威力よりも跳ね上がったし、掌から出るタイプの式で利用したら、おそらく効果は大きくなるだろう。
だいたいそれ以前に二本の腕というのは基本的に人間が持っている有能な道具だ。これを何十年も使っていくことになる。それだけの洗練された技術をそのまま使うことが可能になるすばらしい異能であるので、それだけでも効果は高い。無論、規格が違うので使いこなすまでに多少の時間はかかるだろうが、それでも使いこなせたら圧倒的なメリットがある。
水の刃が続いて降ってくる。放たれる。圧力を見せた。
リキマルはまだ『水』しか使ってこない。




