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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1-10 霊刀と違和感

「死ね、雅弓」


 日守の門をくぐると同時に陰から白刃が煌いた。

 刃渡り二尺八寸ほどだろうか。俺はゆうゆうと見ながら避けると、それを握っている名前負けの少女に視線を向ける。


 攻撃を行う。


 キリヒトの上段斬りを背中でふわりと避けると、互いの足を絡ませて固定する。降り下ろしている左腕にぴたりと当てた。


 落下式の体当たり。

 中国武術で言えば『こう』に近い。


 しれっと腕も絡ませて力を逃がさないように直撃させた。


 そして崩れ落ちようとするキリヒトに追撃をかける。絡ませた腕で鳩尾を一帯を強く打った。


「はぐッ!? ぐあ!!」


 女の子とは思えない悲鳴を上げながら左腕を圧し折られて横隔膜を容赦なく叩かれた少女――キリヒトは足を滑らせて長い階段を自動的に転げ落ちていく。


「ふむ」


 ついでに武装解除ディスアームさせたので俺の手の中にキリヒトの持っていた刀が握られている。なかなか上等なものなのか、所有者の危機に反応して何かを行おうとしているようだ。しかし俺が使用している力場で押さえつけているために何も発動していない。


「あっぐ――」


 キリヒトが二十段ほど階下で受身を取って無理やり止まったようだ。右手で階段を強く掴んだのだろう。いくつかの爪が剥がれて割れていた。


「どうした、キリヒト。おしまいか。今は腹が空いているから今度にでも遊ぼう。気にするな、もう怒っちゃいないよ」


 さらっと煽っておく。


「それに危ないからこれは預かっておこう」



 刀を握るのも久しぶりだ。


 俺は手にした刀を解析するために思考閲覧リーディングを行う。本来は前頭葉の一時記憶野に保存されたどうでもいい情報を読み取るためのものだ。もしくは精神干渉マインドハック情報解析サイコメトリーの足がかりにする程度のしょぼい力だ。


もちろん使い方によっては高い性能を秘めているが、正直言えばそんなに有用でもない。しっかり読むためにはいちいち接触しなければならないし、空間に残った情報はあまりにも揮発性が高くて使い物にならない。


 これがまともに運用できるようになる頃には、そもそも普通に強い。




 ――――――?


 ――――


 ――




「む」


「雅弓?」


 リキマルが隣で声をあげる。

 おそらく、一瞬だけ俺の雰囲気が変わったことに気が付いたのだろう。


「いま、精神干渉マインドハックを受けた。霊刀の類か、これ」


 精神干渉系の能力を持った無機物は初めて見た。

 どうやらそんなに強い能力ではないらしい。俺の干渉を利用してきたので、こちらからちょっかいをかけなければ問題なさそうだ。


「ちょっと、だいじょうぶ!?」


「大丈夫だ。高負荷論理ロジックボムを叩きつけたら逃げてった。念入りに焼いておいたから問題ないだろう。脳を持った高次元精神生命体『人間』を舐めんなよ」


 焼くときに多少の痛みを覚えたが問題ない。すでに傷もない。


 リキマルが珍しく動揺しているようだが、意を決したように俺の前に出た。


「キリヒトちゃん、これはどこから盗んできたのかなぁ?」


 リキマルが他者からひんしゅくを買うような笑顔でキリヒトに近づく。たまに思うのだが、この二人は本当に姉妹なのだろうか。人様をボコボコに殴っている俺が言えた義理はないが、それでも自家の兄弟仲は悪くないためにそう思う。何か不穏なものを感じる。


 とはいえリキマルの発言も気になる。


 どの分家にも宗家から賜った基礎体術と護身術が存在する。

 基本的にその技のいくつかは刀を装備している前提のために各分家の床の間や押入れに刃物が転がっているのは珍しくない。俺も床の間に飾られていたそれで幼少期の頃に遊んでいたものだ。だからこそ今の力場の操作で『刀』を具現させることが可能になった、はずだ。


 俺のことはどうでもいいか。


 そのために刀類はどこの家にもあるのだが『霊刀』の類は無い。

 宗家が裏で渡していない限りは絶対に無いと言い切ってしまってもいいだろう。


 危ないので緋守家がすべて管理しているからだ。

 そのほとんどに封印を施して持ち出せないようにしているので、そもそもここにあるはずがない。だからリキマルの家である氷神家が裏で貰ったというのが正しい流れであるはずだ。

 しかしリキマルは知らないという。


 だから盗んだ。


 いや、別に盗んだと決定付けることもないと思うのだが、リキマルはそう思わなかったようだ。

 そもそも緋守家から盗めるのか?


「ね、姉さん……」


 弱った体に力を込めて石段を踏みしめるキリヒト。

 だがその前にリキマルがキリヒトを立ち上がらせた。


 胸倉を掴みあげて。


「ごめんなさい……姉さん、ごめん」


 いきなり涙を流し始めるキリヒトを正面から見据えると、リキマルはキリヒトは高く放り投げた。


 下に向かって。


「助け――」


 その細腕にどれだけの力があるのか。リキマルはまるで紙飛行機を飛ばすかのように優しく放り捨てて、そして俺の方を見た。


「ごめんね、雅弓。ご飯に行こうよ」


 そうして笑う。


 当たり前だがキリヒトは何もない中空へ投げ捨てられて落下している。

 予測落下地点は石段の最下、百メートル以上先の石畳の上だ。無策で衝突したら俺でも即死するだろう。いや、どうかな。試したことはないからわからないな。今度、十メートルから順に落ちて受身の練習でもするか。


 俺の遠見クレアボヤンスがキリヒトの表情を捉えている。

 それは悲しみと怒り――嫉妬であった。姉に放り投げれたことを悲しく思いながら、俺を妬ましく思う怒りが見えていた。両腕を姉に向けながらもまったく意識されていないその想いが心に痛い。おそらく嫉妬はされている。だがしかし俺は『無関係』なのだ。


 キリヒトにとっては俺の存在を羨むことよりも姉に自分を見てもらうほうが数万倍は重要なのだろう。


「あのままだとキリヒト、死なないか?」


「別にいいよ。できそこないだし。父様も期待してない」


 確かにキリヒトは弱い。クズであると言い換えてもいいだろう。『とりあえず』の努力で急場をしのいでいるようだが、その程度では


何もできない。もちろんそれが身にならないとは言わない。おそらく十年ほどでそれなりの力を持つことになるのは確実だ。だが、今の努力を十年間も続けているかはキリヒト次第だ。


 だが、それは別に『死んでもいい』ということとイコールではない。



 それは『当たり前』のことだ。




 日守家において『当たり前』というのは、つまり『強さ』の結果が確定しているということだ。


 悪魔と戦い、これに勝利する。これは『当たり前』のことだ。

 そして『日本守護』という仕事をこなさなくてはいけない。そのためにはある程度の力が必要だ。悪魔と戦う力。外敵を排除するための力。そして身を守る力だ。何はなくても力を持っていないと何の意味もない。


 だからといって力だけあっても意味がない。

 頭のおかしいやつは『叩いて矯正』のが基本だ。誰でもやっていい。誰が誰に対してもやってかまわない。


 たとえば俺がキリヒトに対して『矯正』するのも問題ない。

 もちろん、殺しては駄目だ。後々に残る欠損やダメージも駄目だ。与えた傷は数分で治療できることが前提だ。

 だから御前試合の席であれだけのことをやって放置しても咎められることはなかった。


 仮に『俺が間違っているのであれば誰かが俺を矯正してくれる』のだ。それが格下であれ、格上であれ。俺たち日守家の連中はそれを言われたときに自分のやっていることを見直すのが相互的な関係であり、宗家分家関係なく行っている戒律であった。


 だが、さすがに――





「リキマル、さすがにそれは……かわいそうだ・・・・・・





 ――間違っている。


 そういうべきであったはずだったが、俺は優しい言葉をかけた。自分に好意を持っている相手に対して『間違っている』とは言いづらかった。


 果たして、あのときに直接斬撃リッパーで殺しかけた相手がリキマルであったら、俺はあそこまで強く攻撃したのだろうか。いや、やらなかっただろう。おそらく、たぶん、確実に。


「…………ああ、うん、そうだね。かわいそうだね・・・・・・・・


 笑顔を俺に向けて肯定するが、リキマルは何もしない。

 キリヒトへ手を伸ばさない。リキマルの異能力は迷彩ステルス身体強化パワーアップ以外知らないが、できないわけはないだろう。身体強化してから走れば落下中のキリヒトに手が届くはずだ。


 俺たちは見つめ合った。


 何事もないように。































 そして落下まであと一メートルを下回ったところで、俺はキリヒトを巨大腕ラージアームでキャッチする。衝撃の大半は相殺したが、さすがに一メートル程度では衝撃のすべてを無効化できなかった。少なくはない衝撃がキリヒトに叩きつけられただろうが日守の人間がその程度で死ぬこともない、と俺は信じている。


 すぐさまバイタルチェックを行うが、俺が与えた骨折と指先の爪剥離に今の落下による打撲がすべてのようだ。さすがにこれ以上の診断は俺にはできない。


「あとはまあ、気絶か」


 落下の途中ですでに気絶していたのは死ぬつもりだっただのだろうか。

 姉に殺されることを受け入れている時点でどうかと思うが、程度の差はあれ俺も姉に殺されるのであればそれは受け入れなくてはならない事実として認識しているのでどっこいどっこいだ。


 リキマルがこちらを見ている。


 見続けている。


 その表情には黒く澱んだものはない。

 ただ純然と俺を見ているだけだ。好意すら感じる。今日、寝ているときを除いてリキマルの好意で満たされている。


やりすぎだ・・・・・。キリヒトは別に死んでもいいやつじゃない。そしてお前が手を汚して殺していいやつでもない」



『じゃあ、何時、誰なら殺していいの?』



 そう聞き返されると思ったが、そんなことはなかった。


「あ、そうだよねー。やりすぎちゃったね。あー、びっくりした」


 リキマルは優しく笑った。




 そうか、さっきの笑顔は……




「そうだよね。何かに使えるかもしれないしいきなり殺したら父様にも叱られるよね」


 もちろんそういう意味で言ったのではないが、無理に説明して話を抉らせることもない。俺は口を挟まずに話を聞いて、近づいてきたリキマルの横顔を撫でた。嬉しそうだ。俺は傍らでキリヒトの治療をしながらリキマルの話を聞いて撫でていた。




 そうだ。さっきの笑顔は、『威嚇』なのか。




 俺はそう受け取った。



 そういえば、リキマルが『人を殺そうとした』のは初めてだな。

 そんなことを考えた。



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