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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1ー1 だいたいみんな敵

 三つの県境にある開発が行き届いていない山の中を俺は疾走していた。重機が入らないほど狭苦しい濃密な緑に囲まれた山間にも関わらず、手間のかかった化粧石の石畳と灯籠が並んでいる。


 不意に景色が切り替わるように手入れされた森を抜けると途方もなく高い石段が目の前に出現した。


 ふわり、俺は浮き上がるように跳躍すると十段ほど先へと着地する。そして平坦な道を走るように、やはり速度を緩めなかった。


「あー、気が重い」


 俺はぼそりと漏らす。


 発端は帰宅した家の玄関に挟まっていた二つ折りの紙切れだった。丁寧に作られた便箋用の和紙であり、うちの宗家の家紋が入ったそれをさすがに無視するわけにもいかなかったのだ。


 中にはただのひとこと、


「午前十時」


 それだけ書かれていた。


 そのため俺は驚くほど疲れた体に鞭を打って、その足のままで宗家へと向かっていたのだ。


 現在の時刻は午前七時三十分。


 約束の二時間以上前だ。瑞香はーー宗家の次女で、手紙の送り主であると確信している女は絶対に時間をずらしてしているはずなので「出来る限り」は早く来たのだ。チャリンコで六時間ほど走り、二時間ほど両の足で走り続けている全力ダッシュもそろそろ終わりだ。


 というか、届ける時間が二十四時間ほど遅い。


 もっというなら二週間以上は早く届けて欲しい。


 つまりはそういうわけだ。


 俺、「氷上雅弓ひかみ まさゆみ」は宗家に好かれていないというわけだ。それ以上に余分はない。


 石段の中頃を走っている。


 雪が溶けたばかりの新緑の青が視界の端に大きく広がっている。胸がすくような、それでいてびりびりと感じられるほど豊かな自然が雲ひとつない透き通る朝空の下で輝きを放っている。


 あまり見られない光景をわずかにでも味わいたかったが、どうやらリアルタイムでは無理らしい。


 正面に土塊の巨大人形が二体、道を塞いでいる。


 敵だ。


 だが破壊すると何を言われるかわからない。こんなものでも宗家の持ち物だ。もしかしたら他の分家の嫌がらせかもしれないが、さすがにそこまではわからない。


 つまり、敵なのだ。


 あとで記憶の中の新緑をしっかりと見ると決意しながら、俺は愛用の刀を呼ぶ。アポート能力により呼び寄せられた刀は一見はただの刀に見える。その実は近くの金属を取り込む「鉄食い」と呼ばれる魔剣の類いであり、それなりに役に立つものだ。


 これが土塊に効果的なのかって?


 大丈夫か、お前?


 効果的なわけないだろ。


 使える武器が少ないだけだ。


 鉄食いの刃の厚みを変更し、重い鉈のようにする。斧まで太くすると両断するのにかなりの腕力がいるので面倒くさい。鉈で大丈夫なのかと思うかもしれないが、これがわりとよく斬れる。鉈は切断だが斧は割断するものだ。


 巨大人形は肉厚のデッサン人形を思わせるのっぺらぼうで、こちらを察知するなり即座に戦闘に入った。この辺に相当な問題があると思うのだが、この際はどうでもいいことにする。いちいちめげているとおちおち宗家に会うこともできない。


 人形の反応できない速度で攻撃する。


 硬い音をたてて刃が腕にめり込む右への薙ぎ払い。途中で止まったので即座に刀の背に蹴りを入れると、蹴りにより多少ひび割れながら人形の腕が切断された。


 そして刃が腹で止まる。


 そのまま横一文字に両断してしまいたかったが、驚くほど俺が弱く、人形がそれなりに硬かったことでその目論見は脆く崩れた。


 刀の背に蹴りを入れる。


 腹の半ばまで埋まった刃を切り離し、新しい刀身を生成してからゆっくりともう一体の人形の攻撃を防御する。刃先を滑るように人形の拳が抜けていくのを確認してから、擦過によりデコピンの要領で力を溜めた一撃を左の足へと叩き込む。やはり切断できない。


 蹴り込む。


 人形がバランスを崩して倒れた。しかし人形もなんとか安定を図ろうと両手を石段につけて踏ん張りを効かせた。


 尻を蹴る。


 哀れ。ゴロゴロと石段を転がっていく人形が少しずつ、本物の土塊へと変わっていくのが見てとれた。


 腹に鉄を差し込まれた人形がもがいている。どうやら何らかの影響を受けているのか、挙動が不審だ。やるな、鉄食い。まだしゃべることはできないようだがだからといって意思がないわけではないようだ。


「てい」


 蹴りを入れる。


 人形がバランスを崩して石段を転がっていった。五段ほど跳ばして落下して石段の角に頭をぶつけて跳ねて、また落下。少しずつ土塊に還ってゆく様はあまりに諸行無常を感じる。そのまま完全に落下して先にゴミになっていたやつのうえに重なり、新しいゴミに変化していった。


 ちなみに刃はさっさと回収しておいたので、俺が破壊したという証拠は残っていない。まあこの考えでなんとかなるだろう。


 というかいきなり戦闘行為に移ったということは他分家への攻撃、ひいては宗家への反逆と取れないこともないような気がするが、この辺りは我が「氷上家の次男坊」には当てはまらないのであろう。


 ま、普段の行いは重要というわけだ。


 三十秒ほどロスをしたが問題ない。

 これで問題があるならもうすでに問題が発生しているということだ。その場合は俺に非はない。


 という非が、俺にはあることになる。


 そういうピラミッド式社会の問題点だ。何を言っても上の人間が偉いのだ。やったね。


 あの弱い人形で何をしたかったのかわからないが、しっかりと嫌がらせになったので効果は抜群と言ったところだ。この程度で俺の怒りの沸点を超えることはないが、今度同じことをされたら人形と使用者のラインを逆手にとってリバースアタックを入れてやる。俺の友人にはその手に詳しいやつがいるので覚えるには良い機会だ。できるかどうかはわからないけど。


 そんなことを考えながら石段を登りきった。


 ……この感覚は。


 重厚な門が俺の行く手を阻んだ。

 左右に広がる山を包むかのような巨大な壁が荘厳な神秘性を放っている。その正面にそびえ立つそれは左右に身の丈十尺の仁王像が屈むように来訪者を睨み付けていた。これ、動くらしい。


 いや、そんなことはどうでもいい。


 今、問題なのは、この中だ。


 これは、まさか……


 俺はこちらを睨み付けている仁王像に一瞥すらくれることなく、人の手だとかなり重い門扉を片手で、ゆっくり、こっそり、誰にも気づかれないように開けた。


 意識を向けたその時、門前の最後の敵が忍びよる。


 俺の背後を狙った最後の土塊人形が門の仁王像の陰から姿を現したが、さすがにそれは察知していた。さっさとサイコキネシスを使って思い切り蹴りを入れると、やはり石段をを落ちていった。


 さすがに受け身を取れないようにサイコキネシスで細工しているとかなり効果的だ。笑っちまう。石段、強い。


 いや、それよりも問題なのは、この奥だ。


 ほとんど音を鳴らさずに門を開けて俺一人が通れる隙間を作った。いつの間にか動いている仁王像がそれ以上に開けようとするが、もちろん無視して置いていく。開閉音を殺しながらやはり仁王像よりも強い力で閉じる。正面の衝撃的な映像を見るために両手では閉められないが、問題はないこととしたい。


「あのアマ……」


 漏れた言葉が歓声に掻き消された。


「勝者、キリヒト!」


 審判が大きな声でいとこの名前を呼ぶ。


 宗家を上座として砂利の広場で真剣を使った御前試合が行われていた。皆、椅子に座り手に汗を握っていたようだ。参加している分家と参加していない分家を分けることなく雑に座っているのか、偉いやつが一番見やすい場所を陣取っていた。


「御前試合の大成者は『コオリカミのキリヒト』とする!」


 キリヒトと呼ばれたのは、一人の少女だ。

 白の胴着に紺の袴というオーソドックスな格好の剣士で、黒髪の頭は馬の尻尾ような女性髷が揺れている。

 遠目でわかるのはそれだけだろうと思うが、少女の大きな黒瞳はそんな距離をものともしないほど目を引いた。童顔めいた顔はやはり血筋か、それに低い鼻がよく似合う小顔に、先まで戦闘を行っていて上気した赤みを加えた表情は純粋にかわいいといえる。だが胸はない。


 キリヒトは俺と同じ年齢で、俺とは違い特に秀でた才能はなかった。言霊法による切断武器術の能力が擬似的に与えられており、どの分家にも一振りくらいはあるだろう「刀」がの扱いが特に上手かったくらいだ。


「これにて春の御前試合を終了する!」


 血も涙もない声だ。


 それは年二回ある御前試合が終了したことを指している。これは参加は必須ではなくその年によっては行われないこともあるので、開催の判断した宗家からの連絡でその可否が決まるものだ。


 失念していた。


 開催の日取りは三ヶ月前に行われるもので「今年はないのか」と気楽にしていたが、まさかこんなことになるとは。


 別に出なくてもいいし、強すぎるやつは出してもらえないのであるが、俺は弱い部類に位置付けられているはずなので参加が必須だったはずだ。というか、前期に他の分家にいちゃもんつけられたので出なくてはならなかったはずだ。宗家もそう聞いていたはずだ。


 日頃の行いが悪いとこの様だよ。


 自業自得なのでいかんともしがたいが、俺の評価はともかく自家の評価まで俺のせいで下げられては敵わない。あれからは、この手の催し物には絶対に出るようにしていたが失敗したものだ。今度はどこで宗家の不況を買ったのやら。


 門を締め切っても仁王像の馬鹿が開けようとしているので、やはり門扉向こうをぶん殴って仁王像二体を石段の下へと叩き落とした。やはり受け身を取れないようにしてから確実に地面に叩きつけておく。くそ、まだ動きやがるが、さすがに射程距離外だ。近づいてきたら壊す。


 怒られるのは確定しているので問題ない。どうせ俺の株が下がるだけなのだ。


「雅弓」


 恐ろしいほど透明感のある冷たい氷のような声だ。


 宗家の声で俺が呼ばれる。


 ちなみに俺はちゃっかりと一番後列に空気椅子で座っている。この光景を見るや否や全神経と持てる技術のすべてを使って、誰にも気づかれないように移動しながら着ていたものを脱いで後列に位置してからの空気椅子だ。


 確実にバレなかったと確信し、その最大効果を得たはずだ。


「コオリノウエの次男坊がいるだと!? どこだ、探せ!」


 まるで敵がいるような声が飛ぶ。周りがきょろきょろとしているので俺も同じことをしておいた。


 俺はいつもサングラスと赤色こコートを手放さないのでみんなそれを探して回っている。俺の顔は女の子めいているので、たった今かぶったウィッグで俺の変装は抜群のはずだ。


「いた! 一番後ろ!」


 御前試合勝者、氷神切人ヒカミ キリヒトが宗家の視線から俺の位置を割り出した。く、味な真似を。


「コオリノウエ!」

「遅れておいてよくも顔を出せたな!」

「よかった! きてくれたんだね!」


 野次に混ざってキリヒトの声がして、それぞれが俺の姿を視認していく。俺は一歩も退かずにその場で不適で不敵な笑みをみんなに向ける。


 前回までの腫れ物みたいな扱いは俺が真面目であったかららしい。御前試合をぶっちした今となってはなかなかの罵詈雑言が辺りを駆け巡った。


 まあ仕方あるまい。

 これが親戚での俺の扱いなのだ。

 こうなったのは俺の態度が問題なのだ。


「雅弓、早くこっちに来てよ!」


 キリヒトが俺の前に来ると俺のてを引いて宗家の前に引きずり出す。キリヒト本人には特に悪気のようなものはない。単純に俺に会えたのが嬉しいのか、もしくは感情が何かで高ぶっているのか、その程度だ。


「瑞香様、連れてきました!」


 元気よく衆人のど真ん中で発声するキリヒトに、ではなく、俺に衆人環視が集まる。状況から「あれ、キリヒトちゃんって俺に恨みでもあるの? あ、いや、あったな」とか考えたが、平静に努める。


「雅弓、遅かったな」


 宗家、日守瑞香は冷たいような、暖かい笑顔を俺に向けた。



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