第五話
勇者とは世界の願いの体現者である。
500年前の賢者はそう言った。世界が願うことと人々が願うことが一致しなければ、勇者は召喚されないらしい。事実、勇者は1000年前の初代勇者と900年前の2代目勇者と800年前の3代目勇者の3人しかいない。
初代勇者は〈平和〉の体現者だった。1000年前、魔物達が跋扈し、戦争が絶えず起こっていた時にとある小国が勇者召喚を成功させた。召喚された黒髪黒目の少年は、初めは戸惑っていたもののすぐに世界の状況を理解し、戦争を止めることに奔走した。
戦争の原因が魔物の領域があることによる安全な土地の奪い合いだと分かった初代勇者は〈迷宮〉を作り出し、そこに魔物達を封じ込めた。
人々は勇者に感謝したが、今度は魔物の領域の奪い合いが始まり、戦争はなくならないかと思われた。しかし、初代勇者はこう言った。
「〈迷宮〉を攻略せよ。さすれば汝は富と栄誉を与えられる。だがしかし、〈迷宮〉の攻略を疎かにするものには〈大侵攻〉による災いに飲み込まれるだろう」
この言葉を信じたものと信じなかったもので命運が完全に分かれた。勇者召喚を行った小国は堅実な迷宮攻略を行い、富を得た。野心に満ち溢れた帝国は領土の拡大にうつつを抜かし、迷宮攻略を蔑ろにした。その結果、帝国は同時多発的に〈大侵攻〉にあい滅びた。初代勇者の活躍によって無辜の民は守られたが、帝国の領土は荒廃してしまったのだ。
勇者はこの荒廃した土地も〈迷宮〉の宝によって肥沃な大地に出来ると言い、迷宮攻略を進めるための組織、〈冒険者ギルド〉の設立を各国に要請した。
帝国の末路に戦慄していた各国は互いに争っている場合ではないと互いに協力しあい、〈冒険者ギルド〉は設立された。協力して迷宮攻略をするうちに互いの理解が深まり、種族ごとの対立も収まった。こうして世界に平和が訪れたのである。初代勇者の功績を称え、世界共通語は日本語となり円が金銭の単位となったのだった。
2代目勇者は〈生命〉の体現者だった。
召喚された勇者は農家の出身で、農業大学を卒業して食品会社で働いていたと言った。勇者は高度な農業技術を伝え、農耕、牧畜、畜産に革命を起こした。また、たまたま持ち込んだ米による稲作も広めた。
他にも製塩技術や、製糖技術、漁業に革新をもたらし、衛生管理の概念をもたらした。
醤油や味噌、マヨネーズなど、様々な料理の調理法も伝え、世界はより豊かになったのだった。
3代目勇者は〈文化〉の体現者だった。
〈創作者〉のユニークスキルを持っていた勇者は様々な道具、魔道具を作り出し、生活を豊かにした。火薬を作り出し、製鉄技術を革新し、製紙技術や学問、建築技術などを伝えた。水の湧き出す魔道具、光が灯る魔灯、冷蔵庫、洗濯機、乾燥機、掃除機、暖房、冷房、通信機、風呂などを作り出した。
それらはこの世界で再現可能な技術で作られていたが、〈迷宮〉でしか手に入らない素材である魔石を消費して動いていたので、国々はますます迷宮の攻略を奨励した。
これが、〈三大勇者〉の功績である。
しかし、勇者はこの3人以降現れていない。その理由は一度は滅びた帝国にあると言われている。帝国は100年ごとの勇者召喚を行っていた小国に攻め入り、勇者召喚の秘術を盗み出したのである。帝国は勇者を独占しようと勇者召喚の儀式を行ったが、勇者は現れなかった。
それを知った各国は激怒し、帝国を再び滅ぼした。その後、勇者召喚の秘術は小国に返還されたが、再度勇者召喚の儀式を行っても勇者は現れなかった。しかし、その代わりに〈異世界人〉を名乗る存在が各地に出現し始めた。彼らは勇者ほどの力や知識は持っていなかったが、一人一人がユニークスキルと〈鑑定〉スキルを持っていた。各国は〈異世界人〉達を時に優遇し、時に傀儡にしようとしたが、うまくいった例はなかった。
こうして100年に1度の勇者召喚は100年に1度の〈異世界人〉来訪にとって代わり、世界は安定期に入り今に至るのだった。
「なるほど、元の世界に戻った人はいなかったのか?」
「いない、と聞いています。元々〈異世界人〉は元の世界への未練が少ない人が選ばれるらしく、皆この世界に永住したと言われています」
「なるほど、確かに俺もそうかもな。それと、〈迷宮〉に魔物を封じ込めたといったが、俺は何度か魔物に遭遇しているんだが」
「迷宮攻略をしていても完全に魔物が発生しなくなるわけではありません。ですが、そういった魔物は大抵弱く、数も少ないので人里に降りてこなければ問題ないんです」
「なるほど、そういうことだったのか。暦や時間感覚はどうなんだ?」
「3代目勇者様によると、時間の流れは勇者様達の故郷である〈地球〉とまったく同じらしいです。1年は365日、12ヶ月あって、月曜日から日曜日までの7日間で1週間です。1日は24時間で、1時間は60分、1分は60秒です。今日は勇歴1000年6月2日火曜日ですね」
俺達は日が暮れてきたので休憩していた。馬車にはスプリングが付けてあったらしく、乗り心地はそこまで悪くなかったが、さすがに長時間乗っていると疲れる。
「ありがとう。だいたい分かったよ。ということは俺が〈異世界人〉だとばれれば厄介なことになりそうだな」
「ご主人様には〈隠蔽〉があるので、〈スキルコピー〉、〈鑑定〉、〈異世界人〉と、多すぎるスキルを隠せば問題ないと思います。黒髪黒目は珍しいですが、勇者や〈異世界人〉の子孫にいないわけではありませんから」
「分かった。………あとはこの学生服も目立つから着替えた方がいいか」
「そうですね。それがいいでしょう。………それでは日が暮れる前に食事にしましょう。食材を出していただけますか」
「おう、分かった。俺も手伝うよ」
「だめです。食事を用意するのは女の勤め。ご主人様はテントを設営していただけますか」
「分かったよ。じゃあ頼むな」
「はい!おまかせくださいご主人様!」
「フー、ようやっと出来た」
苦労してテントを張り終えるといい匂いがしてきた。
「ご主人様ーできましたよー!」
「おう!こっちも終わったぜ」
折りたたみ式テーブルの上にはパンとオニオンスープが置かれていた。………何気にこの世界に来てから初めて食事だな。女の子の手料理も初めてだ。………なんか緊張してきた。
エレミアがじっとこっちを見つめている。
「い、いただきます」
スープを啜ると素朴な味わいが口の中を占めた。
「ど、どうでしょうか」
「うん、うまいよ、これ。あんな少ない食材でよく頑張ったな」
「本当ですか!?ありがとうございます。干し肉が塩漬けだったのでスープに入れて味を整えてみたんです。調理スキルってスゴいですね!いつもよりも味をうまく整えられました!」
「いやいや、エレミアの腕が良かったからだよ。俺じゃあこうはいかなかったろうな。………それより、エレミアも食べないのか?」
「あ、はい。いただきます」
「じゃあ、俺は馬車で寝るから、エレミアはテント使ってくれ」
「あ………あ、あの、ご主人様!」
「ん、どうした?」
「い、一緒にテントで寝てくれませんか?」
「うぇ?い、いや年頃の男女が1つ屋根の下というのはいかがなものかと………」
「一人ぼっちにしないっていったじゃないですか………」
「いや、うん、あー………わ、分かった。今日は一緒に寝よう」
「はい!ありがとうございます!」
ところ変わってテントの中、俺は緊張していた。
いや、美少女エルフと枕を並べて仲良く寝ているとか、普通に考えて緊張しないほうがおかしいだろ。枕ないけど。
「………ご主人様。………手を繋いでくれませんか?」
「え………う、うん」
うわー!なんだこれなんだこれなにがどうなっちゃってるわけ!?
「私………ご主人様には感謝しているんです」
「え………?」
「私はずっと1人ぼっちでした。里の中で排斥され、認められようと魔法の腕を磨きました。でも、どんなに頑張っても認めてくれることはなかった。15歳になって追放されて………騙されて奴隷になって。このまま一生望まない生を生きるのかなって思うと怖かった。そうしたら、あなたが来てくれた………」
「………」
「初めは怖かったけど、すぐにこの人は悪い人じゃないって解りました。そのあと、私が取り乱した時も、私のことを凄く思ってくれてるんだなって解って嬉しかった。だからいつまでも一緒にいてくださいね。私のご主人、様………」
「………エレミア?」
「………すーー」
「寝ちゃったか。………俺のほうこそ、ありがとう、エレミア。いつまでも一緒にいるよ………」
俺は暖かいまどろみにまかせて目を閉じた。
「………様。………人様。………ご主人様!起きてくださいご主人様!」
「んぁ?うーん、おはようエレミア」
「おはようございます、ご主人様」
「よし、テントを片づけて、出発するか!」
「はい、ご主人様!」
こうして俺達は西の街に向けて馬車を走らせた。