第三話
俺は目の前の少女に見とれていた。
金色の髪は肩までかかり、光を反射して輝きを放っている。
肌は白くきめ細やかであり、少々薄汚れていても充分に美しい。
その瞳はエメラルドのような碧であり、不安げにこちらを見ているのが愛らしい。
体は抱きしめたら折れてしまうのではないかというくらい華奢であり、ほんのささやかに膨らんだ胸が女性を感じさせる。
そしてなにより、彼女の耳は長く、尖っていた。
「ハッ、いかん、トリップしていた。えーと、大丈夫か?言葉は通じるよな、さっき日本語だったし。ていうかなんで日本語が通じるんだ?ここ異世界だろ。じゃなくて今は目の前のこの娘が重要だろ。なんで木箱の中にいるんだ?」
しかし少女は怯えるばかりでなにも答えようとしない。
仕方ないので〈鑑定〉してみる。
〈エレミア〉
年齢:15
Lv.1
種族:森人
職業:奴隷/魔法使い
体力:200/200
魔力:400/400
筋力:20
耐久:20
器用:20
敏捷:20
智慧:130
精神:130
スキル
〈生活魔法〉Lv.3
〈火魔法〉Lv.2
〈水魔法〉Lv.3
〈風魔法〉Lv.3
〈土魔法〉Lv.3
〈光魔法〉Lv.3
〈魔力操作〉Lv.3
加護
〈エルフの加護〉
称号
〈追放者〉〈永久奴隷〉
〈奴隷〉
容量0の職業。所持者の立場を表す。取得時にLv.1になる。
〈魔法使い〉
容量10の職業。魔力、智慧、精神の成長率を40%上昇させる。
〈生活魔法〉Lv.3
使用者が不要と判断した物質をLv.×100立法センチメートルまで消失させることができる技能。消失させた物質の体積÷10立法センチメートルの魔力を1消費する。
〈水魔法〉Lv.3
Lv.×100リットルまでの水を生み出す技能。生み出した水のリットル数÷10の魔力を消費する。
〈土魔法〉Lv.3
Lv.×100キログラムまでの土を生み出す技能。生み出したキログラム数÷10の魔力を消費する。
〈光魔法〉Lv.3
怪我や病気、状態異常を治す技能。Lv.×100ワットの光を生み出せる。生み出したワット数÷10の魔力を消費する。
〈エルフの加護〉
寿命が500年延びる代わりに生殖能力が低下する。魔力、智慧、精神が100上昇する。
〈追放者〉
生まれ育った土地を追放されたものの称号。称号獲得から1カ月運命が不安定になる。
〈永久奴隷〉
一生を奴隷として生きることを課せられたものの称号。奴隷身分の解除が出来なくなる。生殖能力が止まる。
「永久奴隷!?」
思わず言ってしまったこの一言に少女、エレミアはビクッと反応した。
「ご、ごめん。怖がらせるつもりは無かったんだけど」
エレミアはしばらくじっとこちらを見ていたが、何かを決心したかのように首を上向けて見せてきた。そこには金色の首輪が填められていた。首輪を〈鑑定〉してみる。
〈永久奴隷の首輪〉
この首輪を填めると〈奴隷〉になる。また、主の血を首輪につけると、〈永久奴隷〉になる。〈永久奴隷〉は〈契約魔法〉による契約を本人の許可なしに結ばされる。
「〈永久奴隷の首輪〉………。もしかして、あの商人、スレイってやつの〈契約魔法〉のせいで喋れないのか?正しかったら頷いてくれ」
エレミアがコクリと頷いた。
「この木箱からも出られない?」
またコクリと頷いた。
「もしかして、スレイが死ぬと君も死ぬ?」
コクリ、コクリと何度も頷くエレミア。
「参ったな。どうにかしてやりたいけど………」
ん、まてよ?血の契約によって一生の主人が決まるなら他人に売れないはず。それなのにエレミアは〈永久奴隷〉になっている。他人に売るにはそれではまずいはず。ということは………。
「血の契約は上書きが可能?」
エレミアがコクリと頷いた。
「上書きしたあとに〈契約魔法〉を使えば契約も上書きできる?」
またコクリと頷いた。
「俺は〈契約魔法〉を持っている。君と血の契約をすればスレイとの契約を無かったことにできるだろう。一時的でもいい。俺と契約してくれないか?」
エレミアは目を大きく見開き、何か悩むような仕草を見せた。
「酷いことはしないと約束する。一度だけでいい。………俺を信じてくれないか」
エレミアは決心したのか、大きく頷き、首を持ち上げた。
俺は剣の切っ先で親指を傷つけると、〈永久奴隷の首輪〉につけた。
「コントラクト!」
契約を告げる魔法によって〈永久奴隷の首輪〉が発光し、血が吸い込まれた。
俺は何かがエレミアと繋がる感覚を得て、エレミアが俺の奴隷になったことを実感した。
「命令だ。君は自由に行動していい!」
その瞬間エレミアはスレイが契約した内容を破棄され、自由に行動できるようになった。
「………ありがとうございます」
エレミアの声は高く澄んだ美しい声だった。俺がその声に聞きほれていると、
「あの人達は、あなたが倒したのですか?」
「あ、ああ。急に襲われたから、仕方なく。君は、大丈夫か?といっても、奴隷身分じゃ大丈夫も何もないか」
「………優しいんですね。私は大丈夫です。覚悟は出来ていますから。それよりも、急に襲われたとのことですが、彼らはそれなりの手練れだったと思うのですが………」
「ああ、俺には〈鑑定〉スキルがあるからな。奴らが犯罪者なのはすぐに分かった。それですぐに準備してた〈火魔法〉で一網打尽に出来たんだ」
「〈鑑定〉スキル!?その黒髪黒目………まさか〈異世界人〉なのですか?」
なぜばれたし。
「うっ、か、〈鑑定〉スキルを持っていると〈異世界人〉だとかあるのか?」
「〈鑑定〉スキルは異世界からやってきた初代勇者様が持っていたスキルとして有名です。勇者様が〈鑑定〉スキルを〈ステータスカード〉に劣化複製されたので、普通は習得する必要がないんです。………それに今年は確か百年に一度〈異世界人〉がやって来る年です。さっき異世界がどうとか言ってましたし」
「うぐっ、………はあ、仰るとおり、俺は〈クウヤ・カザオカ〉。〈異世界人〉だ」
俺は謎の黒い物体に吸い込まれたこと、目覚めたら森の中にいたこと、スキルを使って生き延び、川沿いに南下したらここに来たことなどを話した。〈スキルコピー〉のこともだ。
「………私の新しい主は途轍もないお方のようですね。〈異世界人〉のもつユニークスキルはとても強力だと伝わっていますが、ご主人様のスキルはその中でも特別かもしれません」
「ご、ご主人様ぁあ!?」
「?いけませんか?奴隷の主はご主人様だと思うのですが」
「いや、確かにそうかもしれないけど。………まあ、いいや。それより、これからどうする?」
「そうですね。彼らの〈ステータスカード〉を回収して、西にある街に行くのがいいと思います。彼らは犯罪者なので、懸賞金が貰えるかもしれません」
「その〈ステータスカード〉?って何なんだ?」
「これは申し訳ありません。私はエレミアと言います。こちらが私の〈ステータスカード〉になります」
そういってエレミアは懐から銀色のカードを取り出した。
「それを持って〈ステータス〉といってみて下さい」
「分かった。〈ステータス〉」
〈エレミア〉
年齢:15
Lv.1
種族:森人
職業:奴隷/魔法使い
ギルドランク:D
スキル
〈生活魔法〉
〈火魔法〉
〈水魔法〉
〈風魔法〉
〈土魔法〉
〈光魔法〉
〈魔力操作〉
加護
〈エルフの加護〉
称号
〈追放者〉〈永久奴隷〉
「なるほど、〈鑑定〉よりも情報量が少ないんだな。このギルドランク:Dっていうのは?」
「ギルドランクというのは、冒険者ギルドの位階のことです。Fから始まり、E、D、C、B、Aと位階が上がっていき、Sが最高です。ランクによってカードの色が変わり、F、Eが銅色、D、Cが銀色、B、Aが金色、Sが白金色になります」
「なるほど………よくわかった。エルフの里にも冒険者ギルドがあるのか?」
するとエレミアは顔を曇らせた。
「はい………冒険者ギルドは初代勇者様が創られたものなので」
「あ………悪い。嫌なこと思い出させちゃったか?………もし良かったら聞かせてくれないか?」
「分かりました………いずれにせよお話ししなければならないことなので。私に〈追放者〉の称号があるのはご存知ですよね。………私がエルフの里から追放されたのは〈火魔法〉を習得してしまったからなんです」
「え?そんな理由で?」
「私達エルフにとって森は全ての命の源というべき存在です。その森を焼き払う火はエルフにとってのタブーなんです。普通はエルフ達は火というものを知らずに育ちます。そうすることで〈火魔法〉を習得する可能性を極力排除するのです。唯一の例外として、生まれつき〈火魔法〉を持って生まれてくる子以外は………」
「それが………エレミア?」
「はい。生まれつき〈火魔法〉を持って生まれてきた私は里の掟に従って15歳で追放されることが決められていました。追放された私は人里を頼って南下し、冒険者の活動をしていました。すぐに商人の護衛の依頼が入り、私はその依頼を受けました………」
「それがスレイだったと」
「はい。彼らの〈ステータスカード〉を見せてもらったので、私は油断して寝ている時に〈永久奴隷の首輪〉を填められてしまって………」
「スレイは〈隠蔽〉スキルを持っていた。それで称号をごまかしたんだな」
「はい。そして、今に至るということです」
「エレミアは、悔しくないのか?」
「私は災いを呼ぶとされる〈追放者〉です。これも私の運命が招いたこと。私はその運命に従うだけです」
「違うだろ!運命なんてもんに人生を決められていいのかよ!エレミアは何も悪くないじゃないか!」
「じゃあ、どうしろっていうんですか!何も解決できないくせに勝手なこと言わないで!」
「ああ、俺は何も出来ないかも知れない!でも、何とかしようと足掻くことは出来る!俺はエレミアのために何かしてやりたいんだ!」
「なら、私を一生守ってよ!私を一人にしないで!もう、一人ぼっちはイヤなの………」
俺はエレミアを抱きしめた。
「分かった。俺は一生エレミアのそばにいる。もう君を一人にしない。俺が、君を守るよ」
「うっ、うわぁぁーん!うわぁぁーー!」
エレミアの涙が俺の凍った心を溶かしていくようだった。
俺はなぜこの異世界にやって来たのか悟っていた。
俺は誰かに必要とされたかったのだ。エレミアにはその誰かが必要だった。
俺達は逢うべくして出逢ったのだと思えた。
いつしか俺の頬にも涙が流れていたが、それは今まで感じたどんなものよりも暖かいものだった。