第十八話
「おー、ここがプールでありますかー!」
「広いわねえ」
「人がいっぱいです」
「まあ、休日だからねー。みんな日曜日には息抜きがしたいのよー。冒険者も日曜日は休みにする人が多いわー」
そのプールは広大な敷地面積を誇っていた。正面に巨大なウォータースライダーとそれに繋がるプールがあり、左手に向かうと5分置きに様々な高さの波が出てくるプール、右手に向かうと反時計回りに水が流れる全長1キロメートルの円形のプールがあるようだ。正直舐めていたところがあったが、凄い規模のレジャー施設だ。日本のものよりも凄いかもしれん。しかし、この場にはもっと凄いものがあった。
それはもちろん、みんなの水着姿だ。周囲の客の目も釘付けにしているようだ。それもそのはず、いずれも勝るとも劣らない美女・美少女が4人揃って色違いのお揃いのデザインのビキニを着ているのだから。
エレミアは緑色のビキニを着ている。瞳の色と相まって清楚なイメージを醸し出している。
シルヴィアは橙色のビキニだ。活動的なイメージにぴったり似合っている。
リサは黒のビキニである。白い肌に黒いビキニが妖艶な美しさを魅せている。ちなみに、面倒なことになりそうなので人間の姿のままだ。
ナターシャさんは白のビキニ。褐色の肌に白いビキニが映え、大人の魅力を引き出している。って………
「なんでナターシャさんもいるんですか!?」
「あら、いけないー?今日はオフなんだから、みんなと一緒に遊んだっていいじゃないのー。それともお姉さんと一緒にいるのはイヤ?」
「い、いや、そういうわけでは………」
「なら、決まりねー。今日はとことん遊びましょー?それっ!」
「うわっ!」
ドボン!とプールの中に突き飛ばされる俺。ステータスに差がありすぎて、踏ん張ることも出来なかったようだ。
「ぷはっな、なにするんですか、まったく」
「とうっ!」
掛け声とともに飛び込んでくるナターシャさん。
「それ禁止ー!」
「は、はい?」
「だから、その敬語よー。今日はみんなで遊ぶんだから、対等にいきましょうよー」
「いや、しかし、そういうわけにも………」
「お姉さんの言うことは聞くものよー?」
「わ、わかった、ナターシャ」
「うん、よろしいー!」
「こ、こらー!な、なにイチャイチャしているでありますか!」
「そうよ!今日はあたし達とのデートなのよ!?」
「イ、イチャイチャなんてしてないぞ!?」
「あらいやだー、うふふふふ」
「?………そういえば、エレミアは?」
エレミアを探すと、まだプールサイドに立ったままだった。
「おーい、エレミア、お前も早く来いよー!」
「も、申し訳ありません、ご主人様。じ、実は私、泳いだことが無いんです!」
「えっそうなのか!?」
「故郷の森には川がありましたけど、流れが速いので入ることは禁じられていました。それに、私こんなに広いとは思わなくて………」
「あー、怖くなっちゃったのか」
「はい………」
「大丈夫だよ。足も着くし、冷たいだけで、お風呂に入るのと変わらないって。まずはプールサイドに座って足をいれてみな」
「は、はい。………ひゃっ冷たいです」
「ほら、おいで」
「ご主人様………えいっ」
「ほら、足も着くし、なんでもないだろ」
「は、はい。………なんだか不思議な感覚ですね。体が変に軽いです」
「それはねー。浮力っていって、水が体を浮かしているのよー。お姉さんが昔聞いた話によると、この浮力があるおかげで人間は泳げるんですってー」
「へー、なるほどであります」
「さすが、年の功ね」
ピキッと空気が凍る音が聞こえた。
「あら、なにかいったー?」
「イエ、ナンデモナイデス」
「よろしい」
す、凄まじいプレッシャーを感じたぜ。
「そ、それじゃあみんなで遊ぶ前に軽く水泳講座をしようか。俺がエレミアに泳ぎ方を幾つか教えるから、参考にしてくれ」
「よろしくお願いします。ご主人様」
俺はエレミアに基本のバタ足から教え、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、潜水などをレクチャーしていった。器用が高いせいかエレミアはどれもあっという間に会得し、他のみんなも習得したようだ。
「ご主人様ー、クロールって速いでありますなー!」
「平泳ぎも楽ね、これ」
「ご主人様、泳ぐのって楽しいですね!」
「ナターシャは、最初から知っていたみたいだな?」
「まあねー、お姉さんは万能なのよん」
「よーし、みんなで競争しようぜ!よーい、ドン!」
「ふー、泳いだ泳いだ。腹減ったな。なんか食いに行くか」
「そうですね。この施設内に食べ物屋さんはあるのでしょうか?」
「それならー、お姉さんイチ押しの名物料理があるわよー」
「名物料理でありますか」
「なんか凄そうね」
俺達はナターシャの案内で波のプールがあるところまで来ていた。
「これは………砂浜!?」
「そうよー、このエリアは海を再現しているのよー。プールに入ると分かるけど、手前の方が浅くて、奥の方が深くなっているわー」
「これが、海なんですか?」
「海なんて、初めて見たであります」
「どうかしら?海って先が見えないくらい大きいって聞くわ。壁に絵を描いて誤魔化してるけど、ちょっと遠近感がおかしいわよ」
「まあまあー、海のことは置いておいて、名物料理を食べに行きましょー」
それは薫り高い芳しい匂いを放っていた。黒いソースは麺が焼きあがる度に追加され、白い麺を茶色く染め上げている。麺には細かく切られた肉と野菜が散りばめられ、彩りを添えていた。そう、つまり………
「焼きそばか!」
「そうよー、ここの名物料理、焼きそば。ちょっと大味だけど、そこがいいのよねー」
「ヤキソバ、ですか?」
「いい匂いでありますなー」
「マスターが知っているってことは、異世界の料理か。興味深いわね」
「と、とりあえず、食ってみるか。すいませーん、焼きそば5つ!」
「はいよっ焼きそば5つ入りましたー!」
「まいど!焼きそば5つ2500円ね」
「ああ、わかった。………こ、これは青海苔と紅生姜!?い、いったいどうやって………」
「それはねー、もちろん外の国から輸入しているのよー。迷宮都市でないと手に入れられない物は多いから、輸出の方が利益が大きいのー。つまり、所謂貿易黒字になっているからこの値段で出せるのよー。もっとも、輸入先の国では何故こんなものが売れるのかわからないらしいけどねー」
「な、なるほど………では、いただきます。………う、美味い、美味すぎるぞー!」
「美味しいですね!ご主人様」
「ハシが止まらないであります!」
「本当に美味しいわね、これ」
「うふふ、気に入ってくれたようで、お姉さんも嬉しいわー」
「な、何故こんなにも美味いんだ?」
「それはねー、器のおかげよー。その器に使われているのは、デリシャス・シャークという魔物が残す骨が混ぜられた陶器で、盛り付けられた食材の美味しさを引き出してくれる効果があるのよー。ここは儲かってるから、ちょっとお高い素材でも手が出るのよねー。そういう訳だから、食べ終わったらちゃんとお店の人にお皿を返すのよー?」
「「「「はーい!」」」」
俺達は全員揃って焼きそばをお代わりし、お皿をちゃんとお店の人に返した。………帰りにこの陶器でできた食器を揃えよう。
「さて、飯も食ったことだし、せっかくだから波のプールで遊ぶか!」
俺達は波のプールでひとしきり遊ぶと、お次はいよいよ巨大なウォータースライダーに挑戦することにした。
「改めて見るとでかいなー、これ。いったい何メートルあるんだ?」
「高さ15メートル、全長120メートルよー。身一つで滑り落ちるから、2人で滑ったりは禁止されているわー」
「ちょっと怖いですね」
「自分は楽しみであります!」
「そうよね。こういうのは楽しんだもの勝ちよね!」
俺達は次々に滑ると、ウォータースライダーを堪能した。特にシルヴィアが気に入ったようで、何度も滑っていた。逆にエレミアは1回で懲りたようだ。
「最後は流れるプールだな。まあ、今日はもう充分遊んだし、適当に流れるだけで終わりにするか」
「そうねー、流れに逆らったりも出来るけど、疲れるものねー」
「私もそれでいいとおもいます」
「自分は流れに逆らって泳いでみたいでありますよ」
「シルヴィアは元気ねえ。あたしも流れに沿って泳ぐだけでいいわね」
「まあ、また来る機会もあるさ」
「むう、仕方ないでありますな」
そういうわけで、最後は流れるプールを3週回っただけで終わり、今日はお開きとなった。
「あー!、今日は目一杯遊んだな。しかし、あの焼きそばは美味かったなあ」
「ふふふ、そうですね」
「また食べたいでありますー」
「もう、今日はプールでデートだったっていうのに、感想がそれ?」
「い、いや、だってさ。あの焼きそば、異世界のものよりも美味かったんだぜ。迷宮都市には色んな食材があって、異世界の料理も再現できると思うけど、如何せん知っているレシピが少ないからなあ」
「あらー、そういうことなら、私、かなりのレシピを知っているわよー。条件次第じゃ、教えてあげてもいいわよー」
「そ、それ本当か!?じ、条件ってなんだ?」
「簡単よー。クウヤ君のユニークスキルを教えて欲しいのよー。もちろん他の人には秘密にするし、ギルドにも報告しないわー。〈契約魔法〉を使ってもいいわよー」
「い、いきなりだな。どうしてそこまでしてしりたいんだ?」
「うふふ………クウヤ君に興味があるからっていったら、信じる?」
「うぇっ?」
「あはははは、まあ、興味があるのは本当だけど、それは戦闘力のほうねー。ギルドマスターとして、迷宮都市の戦力は把握しておきたいのよー」
「そ、そうか。〈契約魔法〉まで使っていいなら、教えるのも吝かじゃないが、ここじゃダメだな」
「今は………午後3時くらいかー。時間もあるし、続きは私の家で話しましょうかー」
「そうだな、そうしよう」
というわけで、俺達は服を着てから、乗り合い馬車でナターシャの家があるという、西区の外れに………って、
「お隣さんじゃねーか!」
「あらー、そうだったのー。お姉さんここしばらく家に帰ってなかったから、知らなかったわー」
そうなのだ。引っ越して来て最初の日曜日にご近所の人にはご挨拶に伺ったのだが、この右隣の家だけはいつも留守で、挨拶出来ていなかったのだ。
「とりあえず………隣に越してきたクウヤです。今後ともどうぞよろしくお願いします。これ、入浴剤です」
「あらー、ご丁寧にどうもー。どうぞお上がりになってー」
「失礼します」
「今、防音の魔道具使うわねー。………これでよし、じゃあさっそく話してもらおうかしらー」
「ああ、わかった」
俺は〈スキルコピー〉について説明した。
「スキルを複製成長させることのスキル………。なるほどねー。それで〈武神〉なのかー」
「なにかわかったのか?」
「〈武神〉は多分、ありとあらゆる武器スキルを習得したものが就ける職業なのよー。多分、8種類以上とか条件が決まっていたんじゃないかしらー」
「ああ、確かに武器スキルは8種類以上持っているな」
「これでスッキリしたわー。ありがとうね。クウヤ君」
「いや、別にかまわないさ。それより、ナターシャはここで1人暮らしなのか?旦那さんは?」
「あらいやねー、私は独身よー。なんでってそうか、〈異世界人の信愛〉かー。………この称号をくれた人はね、もうこの世にはいないのよー。ずっと昔の話………」
「へ、へー、そうなのか。そ、そういえばナターシャは腕時計してるんだな。この世界で腕時計って見たこと無いんだけど、どうやって動いているんだ?」
「ああ、これはね、中にある魔導石が装着者の魔力を吸って、中の歯車を動かしているのよー」
「魔導石?」
「魔石を特殊加工すると得られる魔力を蓄えることのできる石よー。………この腕時計は、あの人の最初で最後のプレゼントなのよー」
「あの人っていうのはナターシャの………」
「恋人………じゃあなかったわねー。戦友っていうのが一番しっくりくるかなー。あの頃は、私も若かったから、あの人につっかかってばかりだったわー」
「その人は、俺と同じ異世界から?」
「そう、400年前にこの世界にやって来た、ゴンゾウ・カゲムラ………迷宮都市の礎を築いた英雄………」
「英雄?」
「そう。簡単に言うと、様々な国の陰謀渦巻く迷宮都市を、冒険者ギルドの治外法権が許されるように尽力した人物だったのよー」
「簡単に言うが、それって大変なこと何じゃ………」
「まあねー。性格は、なんていうか真面目で一本気な人だったわー。私は迷宮都市は独立運営されるべきだっていうあの人の理念に共感して、解放軍に志願した。なのに、あの人ったら『女子どもが男の戦場に入ってくるな!』なんて………まったく失礼しちゃうわー」
「それでよく〈異世界人の信愛〉を得られたな」
「全くその通りねー。でも、幾つもの戦場を一緒に駆け抜けている内に信頼が芽生えたのか、この戦に勝てば自由を勝ち取れるという時になって、私言ったのよー。『〈異世界人の信愛〉を手に入れられれば私はもっと強くなれる。だから私を抱きなさい、ゴンゾー』ってねー。あの人はただ一言、『わかった』とだけ言って、キスしてきて、それから………」
「それから………?」
「わからないの。あれは睡眠薬を使われたのね。私は眠ってしまって、起きたらベッドが血で汚れていて、腕にはゴンゾーの腕時計が巻かれていて、称号に〈異世界人の信愛〉があった………。戦いはもう始まっていたわー。私は急いで戦場に行ったわー。敵兵を倒しながら奥へ向かった私が見たのは、敵の大将の首をはねるゴンゾーの姿と、彼の心臓に突き刺さった槍の一撃だった………。私はすぐに槍を持っていた敵兵を殺して、彼に駆け寄ったけど………彼は即死だった。………満足そうな顔をして、私を1人残して………。」
「それから、どうなったんだ?」
「戦いは終わって、彼は英雄になったわー。私はギルドマスターになって、迷宮都市を守るようになった。まったく、いくらユニークスキル〈武芸者〉を持つからって、無茶ばかりするから………。」 「ち、ちょっと待て。ユニークスキル〈武芸者〉ってことはつまり………」
「ええ、彼、ゴンゾウ・カゲムラは〈武神〉だったのよー」