♯9 発言が重いのは妻帯者
誤解と混乱が渦巻く中、何とか最悪の事態は回避され少女の体面は保たれた。
ジョウ達が逃げ込んだのは田園のど真ん中にある小さな村。
観光客など滅多に訪れない、のんびりとした風土の村でも、無法者達が暴れ難くなる程度の秩序は保たれている。例え常駐している警察官が、暖かな陽気に誘われてうたた寝に船を漕ぐ老人一人だけだったとしても、だ。
とは言え、追われている身のジョウ達が、何時までも留まっているわけにはいかない。
時間的な猶予も無い事だし。
キャシーが大急ぎで修正した飛行ルートと、燃料の補給の為にこの村に一件だけ存在する小さな工場に、バッドラックを停泊させる事にした。
工場は家族経営で、普段は農業用の小さな魔導機の整備や修理を請け負っているらしく、魔導機兵に関しては門外漢。バッドラックを運び込んだ時は、堅物そうな工場主の親父は、唖然とした顔は中々に見物だった。
魔導機兵を収容出来るガレージが無いので、補給は外で行っている。
その間、ジョウは地図でルートの確認。辛うじて乙女の体面を保ったユーリは、まだ青白い顔を晒したまま、木陰の下で地面に座り込んでいた。
「ううっ……まだ気持ち悪い」
工場の横に生える木を背にし、ユーリは抱えた膝に顔を埋める。
折り畳んだ地図を小脇に挟み込み、片手に水の注がれたカップを持ったジョウは、やれやれといった表情で蹲るユーリに近づいた。
「おい、大丈夫か? ほら」
「…………」
「気休めだが、無いよりはマシだろ。飲んどけ」
苦笑交じりにカップと酔い止めの薬を差し出すと、顔を上げたユーリは此方を一睨み。
もごもごと唇だけを動かし、手を伸ばして薬とカップを受け取った。
よく冷えた水で錠剤を流し込みながら、一気にカップをあおり中身を飲み下す。
「……ふぅ」
胸の奥に渦巻くドロドロとした気持ち悪さを、清涼な水のおかげで少しは緩和出来たのだろう。心持ち、表情も赤味が戻ってきたかのように思えた。
少しだけ申し訳なさそうに、ユーリはチラリとジョウを見上げる。
「これは、貴方が?」
「この工場の親父が。体調不良だって話したら気を利かせてくれてな。俺には別に構わんが、親父には後で礼を言っとけよ? 頑固っぽい風貌だが、あれは娘がいたら相当の子煩悩だな」
言いながら、息子と共に補給作業をしている親父に視線を向けた。
多少、頭髪が寂しく腹が出ているが、日焼けした肌と体格の良さは男臭い逞しさがある。
視線を追うようにユーリも顔を向けると、少し寂しげに目を細めてから、「……うん」と蚊が鳴くような声で頷いた。
息子はユーリと同い年が、少し下くらいだろう。
幼い顔立ちだが父親と同じく、日焼けした健康的な肌の色をしている。
まだ手伝いを初めて日が浅いのか、仕事の手際が芳しくないらしく、もたついては父親に怒鳴られ不貞腐れたような表情をする。けれど、どんなに叱られても不機嫌を晒そうとも、仕事を続ける手を止めないのは、少年なりの賢明さの表れなのだろう。
やる気の源を作る原動力が、目の前にあるのも要因の一つだ。
やはり年頃の男の子だからか、工場の前に座り込む空戦機兵には興味津々。
仕事をこなしながらもチラチラと視線がバッドラックの方に向けられ、それで手元が狂っては失敗。父親に叱られるの繰り返し。
父親も原因は理解しているらしく、最後の方は呆れながらも「仕方ねぇな」と苦笑いを浮かべていた。いや、理解していると言うよりも、理解出来ると言った方が正しいかもしれないのは、父親がバッドラックに向ける眼差しを見れば、容易に理解出来た。
大人でも子供でも、性別は同じ男。
それも親子なのだから、似通った趣向を持っていても驚くことは無い。
「……ねぇ」
膝を抱えたまま、黙ってその光景を見つめていたユーリが、感情の薄い声で問いかけてくる。
「なんだよ」
「……あ」
口を開き何かを言いかけるが、そのまま何も言わず口を閉じてしまう。
ジョウも、あえて聞き返すようなマネはしなかった。
数秒、整理を付けるように間を置いてから、ユーリは自然な口振りで、何事も無かったよう問いを続けた。
「空戦機兵って、随分と揺れるのね。知らなかったわ」
「そりゃま、戦う為の機体だからな。お宅さん家の旅客船に比べりゃ、乗り心地はダンチだろうさ」
「そうね。なら、ここの人達にお願いして、後部座席でもつけて貰おうかしら」
「勘弁してくれよ。ウチの姫様は、乗り合いの馬車じゃないんだ」
肩を竦め、前髪を掻き上げる。
「それに、んな野暮なモンくっ付けちまったら、姫様のご機嫌が損なわれちまう。それでまともに飛んでくれなくなってみろ。役立たずの穀潰しとして、守銭奴金髪女に首切りされちまうぜ」
「……前々から気になってたんだけれど」
普段通りの調子に良い軽口に、顔を此方に向けたユーリは眉を潜めていた。
「その姫様って、何なのかしら?」
思わぬ質問に、ジョウは目をぱちくりとさせた。
この如何にも、何でそんな質問をするんだと驚く表情に、ユーリは信じられないと眉間を指で揉み込んだ。
「自分の愛機に愛着を持つのは結構だけれど、お姫様扱いは流石に度が過ぎているんじゃないかしら? ハッキリ言って、気持ちが悪いわ」
「気持ち悪いって、おいおい」
「お人形さん遊びの趣味があると言われても、信じてしまうわね」
歯に衣着せぬ発言に、ジョウは苦笑いを零した。
確かに冷静に考えてみれば、愛着と呼ぶには少しばかり過剰かもしれない。しかし、あくまでそれは一般的な物の考え方だ。魔導機兵乗り。特に純度の高い魔導炉を操るウィザードの価値観とは違う。
どう答えるべきか考えながら、ジョウは買ったばかりの煙草の箱を取り出す。
愛飲している銘柄は切らしているので、この村で買った吸った事の無い煙草だ。
厳しめの視線を横顔に感じながら、煙草を一本口に咥えると、マッチを擦って先端に火を点けた。
「……ふぅぅぅ」
肺一杯に紫煙を吸い込み、青空に向かって吐き出す。
やはり銘柄が違う為か、風味が独特。だが、悪くは無い。
染みるような煙草をたっぷりと堪能してから、「そうだなぁ」と口を開いた。
「別段、小難しい事を考えているわけじゃないさ。機械と人間、なんて枠に括って考えるより単純で、何より面白いだろ?」
「なにそれ。ごっこ遊びの延長かしら」
やっぱりお人形遊びじゃないかと、呆れたような顔をしてから、ユーリはバッドラックの方へ顔を向けた。
地面に膝を突き、専用の機器で補給を受ける姿は、何処にでもある普通の魔導機兵だ。
「純正の魔導炉は人の魔力に呼応して動く。魔鉱石から生成され抽出されたマナだけじゃ、ウィザード級の魔導機兵は動いてはくれない」
「知っているわ。未だのその原理が解明出来ていない事も含めてね」
「神代の頃。まだ、剣と魔法で戦ってた時代には、魔術師は使い魔と呼ばれる魔法生命体を操っていた。言ってみれば、その名残みたいなモンなのかもしれないな」
口から煙を吐きつつ、得意げな表情でジョウは語る。
「そんな訳のわかんないモンに命を預けるんだ。そいつはきっと、相棒とかそういうモンじゃなけりゃ成り立たないんだろうさ」
「……相棒」
時が移り変わり、幻想の時代が終わりを告げても、世界の根源たる存在に変わりはないのかもしれない。幻想種は人の入れぬ未開の地へと去り、魔導革命により人の時代は幾つものステップを駆け上った。
長い戦争の終結により、幕を開けたのは黄金の開拓時代。
軍事は縮小され戦争の華とされた魔導機兵は、多くが民間へと払い下げられ、今度は賞金稼ぎや無法者、ギルドの象徴となった。
何時の日かか、時代の象徴となる日が、来るのかもしれない。
バッドラックを見つめるユーリの視線に、僅かだが熱が籠る。
「やっぱり、理解出来ないわ。機械は機械よ。使うか使われるか、それだけだわ」
「そこらはまぁ、普通の人間には理解出来ないだろうさ……いいこと教えてやるよ」
含むような言葉に気を惹かれてか、ユーリはまたジョウの顔を見上げた。
「魂魄共鳴……知っているか?」
「ソウルハーモニクスね。雑誌で読んだ事があるわ」
期待を煽ったモノの、知っている知識だった為かユーリはガッカリした表情を見せる。
「純正魔導炉と魂を共鳴させる事で機体のオーバースペックを引き出す……まるでオカルトの類ね」
「だから、俺達はウィザードなんて呼ばれ方をしてんのさ」
純正の魔導炉を宿す魔導機兵は、人に近しい魂を持っている。
生物とは違い明確な自我や思考があるわけでは無いが、確かに個としての魂を鋼の身体に宿し、時に明確な意思表示を操縦者に示す事もある。ジョウが機体の調子の良しあしを、ご機嫌伺いに例えるのはこの為。そしてバッドラックは、姫様と呼称されるように性別的な物の見方をすれば、女性に区分される。
魔導炉の元となった精霊石の個性もあるが、一番大きな要因は、バッドラックの制作元であるワルキューレ社の意匠と言えるだろう。
純正魔導炉搭載の機兵が減少傾向にある昨今では、薄れつつある認識であるのは確かだ。
ユーリの感想も、概ねそんな感じらしく。
「……胡散臭いわ」
と表情を顰めた。
飲み干して空になったカップを地面の上に置くと、二人の会話も途切れた。
水分を取ったおかげか、先ほどまで死にそうな表情をしていたユーリの顔色も、大分赤味が戻りつつある。
それでも万全と言うには、まだほど遠いのだが。
沈黙の中、風が吹き抜ける音と、息子を怒鳴りつける父親の声だけが響く。
傍目からは厳し過ぎるのではと思う叱り方だが、それはやはり実の息子だからだろう。
小さな村の工場であっても、魔導炉を扱う以上、大なり小なり危険を伴う。ましてや相手が普段、見る事もあまりない魔導機兵なのだから補給だけだとしても、過剰なくらいに注意を払っても問題は無いだろう。
叱られ過ぎて遠目から見ると、涙目になっている息子には、申し訳ない気持ちが湧くが。
「…………」
バッドラックを……いや、親子を見つめるユーリの瞳に、悲しげな色が宿る。
膝を抱えて座る彼女の横に立ち、煙草を咥えながら同じ光景、厳しくも暖かい親子の仕事風景を眺めた。
ジョウは気づいていた。本当は、先ほどまでの会話に意味なんか無い事に。
「……ねぇ」
暫く間を開けてから、またユーリの方から話しかけてきた。
視線は向けず煙草を指で挟み、ふぅと煙を吐き出す。
「どうした」
「貴方は、聞かないのね。私の事」
「…………」
答えずに、ジョウは煙草を口に咥えた。
「おかしいでしょう? おかしいにきまっているわ。娘が空賊に誘拐されて、助け出されたのに迎えにも来ないどころか、報奨金をかけて危険に晒すだなんて」
返答するしないに関係なく、自嘲気味の声がユーリの口から飛ぶ。
言葉だけ聞けば、感情の動きは殆ど見られない。無理に押し殺しているのは、過剰に早口になる事から察しがついていた。
無言を貫くジョウが咥えた煙草から、長く伸びた灰が勝手にポトリと落ちる。
「普通じゃないのはわかっているわ……だって普通じゃないもの、イカれているわ。父さんも母さんもあの女も……私も」
「…………」
「ねぇ、知っている?」
「さぁ」
妙に挑戦的な言葉に、ジョウは肩だけを竦める。
ユーリはクスリと嗤ってから自虐を装い、努めて何事も無いよう次の言葉を発した。
「私は父さんの、本当の娘じゃないの」
「……そうか」
「驚いたかしら? 飛ぶ鳥を落とす勢いのグーデリア重工社長の一人娘が、実は血縁関係が無かっただなんて、三流紙なら大喜びするネタだと……」
「お嬢ちゃん」
言葉を遮るよう、強い口調で割って入る。
ジョウは根元まで吸い切った煙草を下に捨て、靴裏でもみ消してから、視線をユーリの方へと落とした。
「悪いが、不幸自慢がしたいんなら余所でやってくれ」
「――ッ!?」
瞬間、ユーリの柳眉が吊り上り憤怒の形相を浮かべると、地面に手を付いて立ち上がるとする。
「……あっ」
しかし、まだ体調が万全では無い上、急に立ち上がろうとした為、立ち眩みを起こして結局は元の態勢に戻ってしまう。
それでも悔しさと恥ずかしさから、目尻に涙を浮かべてジョウを睨み付ける。
ジョウも尻餅を突くユーリを見下ろすが、その視線に特別な感情は無い。
いや、真っ直ぐと睨んでくる瞳を見れなかったのは、後ろめたさがあったからだろう。
「親父に話はつけてある。工場の休憩室で横になってろ……出発する時に起こす」
「……ッ。馬鹿にしてッ」
落ち着き払った声にキツク唇を噛み締めて、ユーリは逃げるよう俯いてしまう。
短く息を吸い込む音と共に、目元を服の袖で拭うと、今度は立ち眩みを起こさぬよう、ゆっくり立ち上がり、もう一度ジョウを睨み付けてから、ふら付く危なっかしい足取りで工場の方へと向かって行った。
ユーリの弱々しい背中を見送ってから、大きく息を吐き出す。
「難しいモンだな。年頃の娘っこってのは」
親父臭い物言いに、自分はまだそんな歳では無いと心の中で否定しながら、ジョウは取り出した煙草を咥えて火を点けた。
意地の悪い言い方だったのは、自分でも認めている。
大人げない態度である事も。
だが、ジョウにだって言い分はある。
他人に不幸話をするのは簡単だ。親や兄弟、家族がいない。仕事を失った、病気になった、済む場所を無くした。理由は様々あるだろうし、不幸話を聞かされた人間だって多くは同情的な言葉をかけてくれるだろう。
そして不幸話をした人間は思うのだ。お前は何も知らない癖にと。
世の中に生きる人間の大半は不幸だ。このご時世なら尚更。自分は幸せだと思っているのなら、それは思い込んでいるだけ。自分が幸せだと感じているなら、それは気が付かないだけ。誰だってそうだ。ユーリも、キャシーも、そしてジョウも。
「他人の不幸話なんて、まっぴらゴメンだね」
煙と共にそう嘯く。
他人に情けをかけたところで、あぶく銭ほどの儲けにもならないのは、過去の経験から実証済み。リラ・ハモニカの一件だって、お節介を焼いた揚句に出来たのは、父親の死という余計な結果だ。
腹が減ったと吠える野良犬に、気まぐれで餌をよこすべきでは無い。
餌をやれば野良犬は懐くが、得られるのは金では無く役にも立たない情だけ。
話を聞けば捨てても捨てても無くならない情が、ムクムクと心の中で膨れ上がるのは、わかり切っている事だろう。
ユーリは依頼人では無い。ただの届け物だ。肩入れする理由は皆無なのだ。
「……チッ」
自分自身に言い訳をするような見苦しさに苛立ちを感じ、ジョウは舌打ちを鳴らすと、まだ半分ほどしか吸っていない煙草を地面に捨て、足でもみ消した。
口内に残る煙の味は、酷く不味かった。
「旦那」
不意に此方に呼びかける男の声が聞こえた。
顔を向けると、手拭いで顔と汗を拭きながら近づいてくる、工場の親父の姿があった。
「よう、工場長。調子はどうだい?」
「補給は終わった。後、簡単だが装甲表面の弾痕は消しておいた」
苛立ちを隠すようフランクな口調で声をかけるが、工場長はニコリともせず、簡潔に物事を語る。
「ま、上に鉄板張って塗装塗っただけの、ハリボテだがな。見てくれだけはまともになったんだから、それで勘弁してくれ」
「いやいや。十分さ」
煙草を口に咥え火を探そうとする工場長に、摩ったマッチの火を近づけた。
「補給だけでも大助かりだよ。何より姫様は、見た目を飾らなくちゃな」
「いいなら別に構わんが。それと忠告させて貰えば、近い内に正式な整備に出すことをお勧めする。パッと見ただけだが、細かい部品が随分と摩耗していたぞ」
火を借りた工場長が、ぷはぁと煙を吐き出す。
「言っとくが、ここでメンテは無理だぞ。俺は魔導機兵なんざ弄った事が無いし、何よりこの村には部品が無い。町から取り寄せるくらいなら、出かけて行った方が早い」
「そこまで無理は頼まないさ。燃料を分けてくれただけで御の字だよ」
「……金、持ってんだろうな?」
煙を吐きつつ怪しむような視線に、ジョウは誤魔化すよう笑って見せる。
「領収書、後で切っといて貰える?」
「わかった……それとな」
ぷわっと、工場長は吐き出した煙で輪っかを作る。
「女の話は素直に聞いてやれ。機嫌を損ねると、後で面倒だぞ」
「言われなくたって、身に染みてわかってるよ。実践出来ないのが、悩みの種だけど」
「女を怒らせる一番の理由はな。何で怒らせているのか、本人がわかってない事だ」
煙草を咥えたまま、ジョウは目を数回、パチクリとさせる。
「そりゃ、工場長の体験談か?」
「嫁と娘を持つ身になるとな、色々とあるんだよ」
「そりゃ心強い助言だ。そのついでに一つ、聞いていいかい?」
「なんだ」
ジョウは取り出した三本目の煙草を指に持ち、工場長を差す。
「アンタ、今幸せかい?」
今度は工場長の方が、驚いたように目を瞬かせた。
「……幸せなモンかよ」
煙と共にため息を吐き出す。
「今年に入って税率も上がった癖に仕事は少ない、おまけに物価は高騰してやがる。嫁は口煩くて、娘は何を考えてるかわからねぇ。弟子の息子の何時まで経っても仕事を覚えやがらねぇで、毎日毎日てんてこ舞いさ」
湿っぽい愚痴を零すが、工場長の顔には言葉とは裏腹、一切の暗さは見られなかった。
「でもよ、何処も同じようなモンだろ? だったら嘆いてたって仕方ねぇじゃねぇか。不幸だって腹は減るし明日は来ちまう。嫁と娘のご機嫌を取って阿呆な息子を鍛えて、ド田舎暮らしをしてるんだ。不幸でも、まぁ楽しい毎日さ」
「そりゃ、難儀なモンだ」
無愛想な表情に照れを浮かべ、鼻先を掻く工場長に、ジョウはフッと笑みを浮かべた。
工場長は吸い尽くした煙草を地面に捨てると、ジョウの方に視線を向ける。
「旦那。もうすぐ補給は終わるが、何時出発するつもりだ」
「今日中に出るつもりだ。予定では日が落ちた後、かな」
「日が落ちた後だって?」
眉を潜め怪訝な表情をする。
「暗い夜の中を、空戦機兵で飛ぶつもりか?」
「まぁね。色々と、こっちにも事情があるのさ」
「……そうか」
賢明な工場長は、それ以上追及する事は無く言葉を引いてくれた。
このご時世、関わり合いにならない事、聞くべきでない事が多々としてある。
親子でも兄妹でもない二人が、銃創を受けた空戦機兵に乗って転がり込んできた時点で、厄介事を運んで来たのは目に見えている。それでも黙って補給をしてくれたのだがら、礼以外に述べるべき言葉が見つからない。
普通なら通報されても、おかしくは無いのだから。
「工場長。悪いけど、うちのツレをもう少し休ませてやってくれないか?」
「別に構わん。なら、飯を食ってけ。ちょうど嫁が準備してるところだ……安物で美味くもねぇけどな」
「……んじゃ、ご相伴に預かろうかな」
火を点けたマッチを振って消し、咥えた煙草を箱へと戻した。
小さな村の夜は早い。
まだ日が高い内の夕食は賑々しく、家族団らんを描いたような温かな雰囲気に充てられてか、顔色を取り戻したユーリは馴染めぬ空気に気恥ずかしげで、ちょっと不機嫌な表情が印象的だった。