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♯8 甘い砂糖菓子






 連邦州国家の治安を担うのは警察、軍、そしてギルドの三つだ。

 国が組織する警察や軍と違って、民間の団体であるギルドは権限では上記二つに及ばないモノの、フットワークの軽やかさでは群を抜いており柔軟性も高い。緊急を要する場面では、彼らほど頼りになる存在は他にはいないだろう。

 大手ギルドともなれば人員、装備共に小さな軍隊レベルにまで達している。


 民間でそこまでの戦力を持ち合わせる事は、通常であれば危険視され政府の監察が入るところだが、大手には後ろ盾となる権力が存在するからだ。

 軍閥、財閥、政府高官など、軍事や政財界と大きな関わりがある為、黙認されている。

 持ちつ持たれつ、ウィンウィンの関係というモノだろう。


 その為、大手ギルドの幹部やエースともなれば、各所のお偉いさん方から揉み手でお出迎えされるほどの厚遇を受ける。

 当然、クエスト発注の為の料金は高いが、そこは実力主義社会。報酬が高い人間ほど、優秀さの表れでもある。トップクラスの存在ともなれば、一等地に豪邸を持てるほどの実りを得ることが可能だ。


 まさにクラスランドドリームとでも言うべきか。

 当初は無法者の集まりと称されていたギルドも、数ある大手ギルド達の努力のおかげで、今や確固たる地位を得るまでに登り詰め、子供達の間では憧れの職業、大人達には成り上がりの希望として、広く認知されるのに至った。


 一方で、無法者の存在意義を更に高めた職種もある。

 空賊と賞金稼ぎだ。

 空賊はいわゆる犯罪組織なので、今更説明するまでも無いだろう。

 問題なのは賞金稼ぎの方だ。

 ギルドの活躍が目立つようになったからと言って、連邦州国家の治安が劇的に改善したわけでは無い。まだまだ開拓の余地がある土地は山のようにあり、都市の開発が進めばあおりを受ける者、甘い汁を吸おうとする者で治安は乱れる。

 組織レベルから個人の諍いまで、大陸は問題のオンパレードなのだ。

 フットワークが軽いといっても、ギルドも組織な以上、動くにはそれなりに書類を右へ左へ動かす必要がある。


 そこで更に小回りが利くようにと政府が打ち出したのが、賞金稼ぎ制度だ。

 政府や地方自治体がターゲットに懸賞金をかけ、確保したり始末したりする事で賞金を支払う単純なシステム。個人でも政府機関の申請が通れば、懸賞金をかける事が可能になっている。

 ギルドと違い組織を立ち上げる必要は無く、ライセンスも必要無いので、組織に馴染めない無法者共がこぞって賞金稼ぎへと転職を始めた。


 金の為なら何でもやる奴らが揃えば、導き出される答えはトラブルしかない。

 確かに犯罪者の検挙率は劇的にアップしたが、賞金稼ぎ達が好き勝手に暴れた代償は決して安くは無い。抗争や事件の無為な拡大で、二次被害が発生し賠償問題にまで発展する事案は少なくない。

 毒を持って毒を制す。とは、簡単にはいかなかったわけだ。

 爆破的に広がってしまった以上、今更制度を廃止するわけにもいかない。

 民間の一部では、賞金稼ぎはイナゴより迷惑。などと言われる始末。

 全員が全員、他人の迷惑を顧みない無法者ばかりでは無いのだが。


 多かれ少なかれ、ギルドでは無く賞金稼ぎになる人間は、真っ当とは言い難い性質を持っているのだろう。しかし、忌み嫌われる存在でも賞金稼ぎを職業とする人間が減らないのは、それだけ需要があるのもまた事実。

 なにより無法の中の法と自由な生き様に、魅せられる少年少女が多いからだ。

 そしてここにも一人。無法に生きる賞金稼ぎが。


 うららかな日差し差し込む静かな部屋には少女が一人。

 真っ白なテーブルクロスの引かれた丸テーブルの上には、豪華な料理が並べられていて、少女はその前に腰を下ろし、風が奏でる木々の葉擦れの音に耳を傾けながら、最後の一口まで食事を堪能し尽くしていた。

 料理の盛られていた色彩の美しい陶磁器が、食後にも目を楽しませてくれる。

 実に優雅な、上流階級の食事風景だろう。


「お嬢様」

「ふむ」


 ナプキンで口元を拭い、食事が終わったのを見計らって、左目に眼帯をした執事服の老女が、淹れたてのお茶を静かに目の前へと置いた。

 昼食は必ず正午きっかりに。

 そして食後には絶対にストレートの紅茶で締めくくる。

 これが彼女、メイベル・C・マクスウェルのこだわりだ。

 一口含むと、強い紅茶の香りが鼻を抜けていき、メイベルは満足げに微笑んだ。


「実に素晴らしい。今日日の日和をまさに、風光ると言うのでしょう。紅茶を通じて香る日向の温もりが、何とも言えず風靡を誘う」


 古風と呼ぶには仰々し過ぎる言い回しで、香る風味を存分に味わう。

 情熱をイメージさせる真っ赤なドレスを身に纏い、左右に編み込みのあるプラチナブロンドの少女。年の頃は16,7といったところか。

 お嬢様然とした雰囲気だが、鼻の頭にあるそばかすが何処か野暮ったい、田舎臭さを誘っていた。


「地は乱れても今この瞬間は太平の時。この甘露な平穏に身を浸す瞬間こそが、何よりの贅沢では無いかしら……ねぇ。シャーリー」

「左様で御座います」


 直ぐ後ろにティーポットを持って控える老執事も、静かに微笑みを湛える。

 髪の毛は真っ白に染まり、眼帯を身に着けた顔は皺くちゃではあるが、ピンと背筋を伸ばした佇まいは実に若々しく精力的。女性でありながらも、執事としての風格を漂わせていた。

 一般的な執事とお嬢様とは、似て非なる存在。

 それでもこの二人が揃うとぐうの音も出ないほど、完成された構図を生み出していた。


 その後は、特に会話も無くメイベルは食後のお茶の時間を微睡む。

 風や木々の音、小鳥の囀り。

 楽器や歌などで無粋に音楽をかき鳴らさずとも、人は自然の奏でる音色だけで十分に耳を楽しませる事が出来る。

 それ以外の物音、会話など、無粋の極みでしかないだろう。


「これ、まさに風流」


 瞳を閉じて陶酔するように、メイベルは自然にその身を委ねていた。

 紅茶を口に運ぼうとしたその時、部屋の片隅にある棚に置かれた、無線機のベルがけたたましく鳴り響く。

 瞬間、手に持っていたティーカップを乱暴に投げ捨てた。


「――シャーリー!」

「御意に」


 素早く指示を飛ばすと同時に、メイベルはテーブルクロスの端を右手に握り、まだ片付けが終わっていない食器事、乱暴に引っぺがした。

 がなり立てるベルに負けじと、落下した高級陶磁器が破壊音を撒き散らす。

 床の上には破片が広がり、皿やカップに残っていたソースや油、紅茶を踏み散らかしながら、シャーリーが棚の上から持ってきた通信機をテーブルの上に置く。


「お嬢様」

「うむ」


 備え付けのヘッドフォンを被ると、聞こえてくるのは声では無く電子音。

 不規則に途切れたり流れたりする音は、電信を利用した暗号だ。

 繰り返される短点と長点を慎重に聞き分けるメイベルは、同時に用意されたメモ帳にペンで暗号を素早く書きなぐる。

 書き写しながらメイベルは不敵に、ニヤリと頬を吊り上げた。


「耳の早い賞金稼ぎ連中め。まさか、自身が盗聴されているとは思わないでしょうね」

「灯台下暗し。で、御座いますなお嬢様」


 メモ帳の限界まで暗号を書き写すとページを一枚破り、シャーリーに手渡した。

 渡されたメモを顔に近づけ右目を暗号に走らせると、一度頷いてからヘッドフォンを外す主へと視線を戻した。


「お嬢様。どうやら割の良い賞金首に、無法者共が色めき立っている様子に御座いますな」

「然り。太平の微睡は十分に興じたわ。ここからは、労働という美徳に酔いしれましょう」

「しかしながら、お嬢様……」


 言葉に興奮の色を浮かべる主に、静かな口調で老執事は注意を促す。


「空賊や賞金稼ぎは野蛮にして下劣。事をならさるには、細心の注意を払うべきかと」

「笑止」


 しかし、お嬢様は一言で注意をぶった切ると、自ら椅子を引いて立ち上がる。


「甘い砂糖菓子に蟻が群がるのは自然の理。ならば私が力を持ってその砂糖菓子を奪い取るのも、一興だとは思わないかしら?」

「それはまさに、無法者の所業に御座います」

「そう。無法の中の法よ」


 自信に満ち溢れた顔で、シャーリーに微笑みを向けた。

 失礼しましたとばかりに彼女が一礼すると、メイベルはスカートを翻してドアの方へ向かう。


「さぁ、出発の時よ。アイアンメイデンは動かせるかしら?」

「何時でも。準備万端抜かりは御座いません」

「ならばよし」


 勇往な笑みで頷くと、無法の少女メイベルは老執事を率いて、颯爽とした足取りで部屋を飛び出していった。

 床板を踏み締める足音に、勇ましさを滲ませながら。




 ★☆★☆★☆




 雲一つ無い蒼天。

 眼下には一面を緑色に染める田園風景が広がる中、祝砲のような音と共に黒煙が雲代わりに青空を彩る。

 黒煙の塊を突き抜けるよう飛び出したのは、ジョウの空戦機バッドラック。

 右手に握った長剣で視界を塞ぐ黒煙を切り払い、背中のウイングから魔力粒子を噴射して空を飛翔する。

 弧を描き旋回する軌道を追うよう、地表からは幾筋の閃光が爆ぜていた。

 砲火による火線だ。


 田園には十を超える陸戦仕様の魔導機兵が横並びに列を作り、手にした銃火器でバッドラックに一斉砲火を浴びせ掛けている。

 並ぶのは魔導機兵のみでは無く、対機兵用の自走砲台まで持ち出すという用意周到っぷりだ。

 途切れなく響く銃火。特に自走砲の爆音は、振動となって地面を震わせる。

 流石に高機動で飛翔する空戦機兵に、そうそう当たる物では無いが、絶え間なく続く弾幕は相当なプレッシャーをジョウに与えていた。


「ああっ、チクショウ!? 冗談じゃないぞクソッたれめがッ!?」


 毒づきながら握った操縦桿を操り、狙いを付けられないよう機体を左右に上下に動かす。

 近代錬金術の発展により生み出された火薬は、魔導技術の発展。

特に銃火器に対して、大きな進歩を生み出した。

 火薬を利用して鉛弾を撃ち出す銃火器は、操縦者が魔力を注ぎ術式を起動せずとも使用でき、尚且つ高い火力を生み出せる事から爆発的に広がり、魔力適正のあるウィザードで無くとも、十分に戦える戦力として重宝され始めた。

 補給や戦闘の脆弱さなど問題は多いが、圧倒的な数が用意出来る面では心強い。

 何よりもコストの安い量産型魔導炉との相性が抜群だ。

 安さと利便さの所為で、ジョウ達は集中砲火を浴びる羽目に陥っているのだが。


「もうかれこれ、三時間近くはこの調子だぞ。ったく、賞金稼ぎの連中の間じゃ、こんな優雅さの欠片も無い花火大会が流行ってるのかぁ?」


 背後から飛んでくる弾丸を器用に回避し続け、ようやく射程外に入ったのか銃声が徐々に遠ざかる。

 ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。

 数発の弾丸を装甲に受けて、乾いた音と共に機体が大きく揺れる。


「――ッ!? またかよッ!」


 吐き捨てながらバッドラックを左側に大きくロールさせた。

 ほぼ同時に集中砲火の火線が、寸前までいた場所を銃声と共に撃ち抜く。

 外部モニターから外を見下ろすと、今度は前方を挟み込むよう左右にわかれて、魔導機兵達が列を作り待ち構えていた。

 思わずジョウが、ため息と共に下唇を突き出す。


「おいおい、勘弁してくれよ」


 終わりの見えない状況に、ドッと疲れが押し寄せてきた。

 出発して二日目でこのザマでは、先が思いやられてしまう。

 相手は恐らく徒党を組んだ賞金稼ぎ連中。何処で噂を嗅ぎ付けてきたのか、懸賞金がかけられたユーリを狙って、バッドラックに襲い掛かって来たのだろう。生死を問わないという記述があるからか、初手から全く容赦をする様子がみられない。

 特にバッドラックの装甲は紙切れ並。

 威力の弱い火薬の銃火器でも、下手な箇所に当たれば爆散する恐れがある。


「面倒クセェなぁ、おい……限界加速で振り切れれば、楽なんだけど」


 空を飛び、尚且つ速度自慢のバッドラックなら、如何に地表から集中砲火を浴びようと、逃げ切れるだけの速度を生み出す事は可能だ。それでなくとも高度を上げて、射程外にまで出れば安全なのだが、それが出来ない理由がある。

 原因は必死で操縦桿を動かす背後で、不気味な声を漏らしている人物だ。


「う、ううっ……ギ、ギボヂワルイぃぃぃ……」


 真っ青な顔をして、背もたれに抱き着くよう座り込むユーリの姿が。

 たださえ揺れる空戦機兵。更には飛んでくる弾丸を避ける為、無軌道に動き回った挙句、ユーリが完全に酔ってしまったのだ。

 下に仮眠用の毛布を敷いただけで座席らしい座席は無く、身体を固定しておくベルトも無い。不慣れな空戦機兵に何時間も押し込められ、派手に右へ左へと旋回を繰り返していたら、踏ん張るだけでも体力を消耗するし、酔うなと言うのも無茶というモノ。

 これ以上、無理な機動で振り回すと、酷い結果を招きかねない。


「勘弁してくれよ。吐かれても、暫く掃除出来んぞ」

「わ、わかって……うぐっ!?」


 反射的に反論しようとするが、込み上げてきた吐き気に慌てて口元を両手で押さえた。

 その間にも次々と弾丸は飛来し、背筋が寒くなるような音と共に装甲のあちらこちらを掠め機体を大きく揺らす。

 悲鳴を上げるかのよう、バッドラックの全身が軋む。


「――わッ!? っと。賞金稼ぎ共め。上がりが期待出来るからって、派手に弾薬ばら撒きやがって」

「うぷっ。も、文句ばっかり言ってないで、少しはこっちも、うっ……反撃、し、したらどう、なのよ……んぐっ」


 何度もえづきながらも、ユーリは不満を口にする。


「残念だが、うちのお姫様に遠距離用の武器は搭載されてないんだよ」

「搭載されてないって……まさか、武装は剣一本だけなの……おうぷっ!?」


 驚きと同時に、ユーリの表情に険しさが増したが、込み上げる吐き気には勝てなかった。


「どうにも俺は、射撃ってのが苦手でねぇ」

「……ロートルにも程があるでしょう」


 毒づく言葉にも力が無い。

 最低限の動きで地上からの一斉射撃を回避する。

 言葉でするほど簡単では無い行為を、軽口混じりでこなしつつも、ジョウはどうしたモノかと内心で辟易としていた。


 懸賞金がかけられているとはいえ、ユーリは犯罪者というわけでは無い。これだけの規模の戦闘となれば、警察だけでは無く州軍の介入があるべきなのだが、そこは賞金稼ぎ達の上手いところ。

 警察や軍が介入し辛い、人気の無いポイントで待ち伏せをしていたのだ。

 連邦内で賞金稼ぎ達の騒動は日常茶飯事。

 よっぽどの事が無い限りは、軍も重い腰を上げる事はないだろう。


「大手のギルドが手を引いた理由はこれか……キャシーめ。欲に目が眩んでルートの割り出しを失敗しやがったなぁ」


 現在、ギルドにいるキャシーとの通信は繋がっていない。

 恐らく今頃、必死で新たなルートを計算し直しているのだろう。

 とりあえず今は、この危機的状況を脱する事が先決。

 幸いな事にあと十数キロ進めば、大きな町のある場所へと出る。

 そこまで逃げれば、流石に連中も派手な追撃はしてこないだろう。


「――ッ!? ちょっと、右ッ!?」

「――なにッ!?」


 思考に割り込むよう、唐突にユーリが叫ぶ。

 真横からは砲撃や弾丸とは違う、赤く発光する火球のような物が不規則な軌道を描き二つ、バッドラックの右手側から襲い掛かる。

 明らかにバッドラックを狙う軌道。


「誘導式の魔導砲弾かッ!?」


 火薬では無く魔力そのものをエネルギーにした、術式砲塔から放たれる砲撃だ。

 魔力が込められた砲弾を発射するだけなので、ウィザードの使う魔導兵装のように使用者が魔力を供給する必要は無いが、そのぶん通常の銃火器より値段が張る。勿論、値段に見合うだけの威力と性能が保証されているが。

 舌打ちを鳴らしながら、ジョウはフットペダルを踏み込み加速する。


「――んぐッ!?」

「んにゃろう。町に逃げ込ませたくなくて、んなモンまで引っ張り出してきやがったか」


 ウイングから更に激しく魔力粒子が放射され、強い加重が身体に負荷をかける。

 背後で危険な物音が聞こえた気がしたが、今はそんな事を気にしている場合では無い。

 赤い魔導砲弾は誘導式なので、横からの砲撃を回避しても大きく弧を描きバッドラックの背後へと付いた。

 誘爆を避ける為か、地上からの銃撃も今は止んでいる。

 その代り、後を追う砲撃の数が二つから六つへと増えた。


「大盤振る舞いじゃないか」

「~~~~~ッ!?!?」


 何処か楽しげな声を上げ、限界までフットペダルをベタ踏みにする。

 バンバンと背もたれを叩く音が聞こえるが、それをあえて無視。

 如何にバッドラックの速度が優れていても、砲撃の速度は振り切れず、間合いはドンドン狭まっている。

 砲撃の威力は弾丸とは段違い。喰らえばバラバラだ。


「飛び道具は無くったって、こういうのはあるんだよッ!」


 素早く左手の操縦桿を離し、側のスイッチを幾つか指で叩く。

 瞬間、ウイングから放射される青い粒子が赤へと変わり、バッドラックは急激に推進力を失いガクッと急降下した、

 正面にかかっていた重力が、今度は下向きに負荷をかける。


「――ッッッ!?!?!?」


 急激な加重の変化に、ユーリの顔色が見る間に変化する。

 減速した事により魔導砲弾との間合いは一気に狭まる。が、錐揉みしながら落下するバッドラックを追尾せず、空中に散布された赤い粒子に取りつくよう接触すると、魔導砲弾は次々と爆散していった。

 口元を押さえながら、振り返ったユーリは目を見開く。


「誘導妨害!? ……おおうっぷ」


 爆散を確認してからウイングの粒子を青に切り替え、推進力を取り戻すとバッドラックは機動を取り戻す。

 そして再加速する頃には、もう前方に町の姿が見え始めていた。

 流石にこの付近には賞金稼ぎ達も潜んではおらず、ジョウは安堵の息を吐き出すと共にバッドラックの右手に握られていた剣を収納する。


「やれやれ。どうにかなったな……ったく。先が思いやられるぜ」


 呟いた瞬間、ジョウは右肩を背後から叩くように握られる。

 震える手が爪を立てるように強く肩を圧迫したかと思うと、切羽詰ったか細い声が直ぐ背後から聞こえた。

 その言葉に、ジョウは顔面が蒼白になる。


「も、もう、駄目……限、界」

「――ちょッ!?」


 横目で見たユーリの顔色は、青を通り越して土気色に変わり果てていた。

 錐揉み上の落下からの再加速が、トドメとなったのだろう。

 魔導砲弾が背後に取りついた時のも動じなかったジョウが、今まさに真後ろに迫った危機的状況に悪寒が全身を駆け巡る。


「ま、待て待て待てぇッ!? 後少ししたら降りるから、せめてそれまで待て。いいかお嬢。絶対に、絶対にここで吐くなよ!?」

「わ、私だって、誰が好き好んで……うぷっ」

「お~い! おいおい、勘弁してくれよお嬢様。全速力で急ぐから、それだけは勘弁してくれ!」

「い、今、負荷をかけられると限界が……」

「じゃどうすればいいんだよ、コンチクショウッ!?」


 阿鼻叫喚の操縦席に、通信機からノイズが走ったかと思うと、呑気なキャシーの声が響く。


『ハァイ、ジョウ。まだ無事かしら? ようやく、新ルートの割り出しが終わったんだけど……』

「間が悪いんだよ金髪女ッ! 今、それどころじゃねぇッ!」

『へッ!? そ、そんなに大ピンチなの!?』


 いきなり怒鳴られ、通信機から狼狽したようなキャシーの声が届いた。

 一方背後では、今まさにユーリが限界を迎えようとしている。

 振り切ったと言っても町の中に入るまでは、まだまだ予断を許さない状態なので、途中で着陸など出来る筈も無い。せめて見晴らしの良い田園では無く、視界が遮られる山中ならば話は別なのだが。

 更に間が悪い事を述べるなら、必死で何かを我慢するようなユーリの状態は、声色だけ聞けば誤解を招きかねないと言う事だ。


「駄目……もう、本当に駄目……我慢、出来ない」

『――ちょッ!? ジョウッ、貴方、一体何やってるのよッ!? 駄目って、我慢できないって、大人の貴方が我慢しなきゃ駄目でしょう! 犯罪よ、不謹慎よ、不潔ッ! ジョウの裏切り者ッ!』


 背中に感じる嫌な気配と、勘違いして涙声で飛ぶ罵倒に、ジョウは心底疲れ切った表情で大きくため息を吐いた。


「ああ、煙草吸いてぇ」


 現実逃避をするように、ジャケットから取り出した空の煙草の箱を、手の平の中で丸く握り潰した。





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