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♯7 男には乙女心は図り難い






「……ぐっ。狭い」


 苦労して操縦席に乗り込んだユーリは、苦しげな第一声を発した。

 バッドラックの操縦席は基本的に一人乗り。操縦者以外を乗せられるよう設計されていないのだが、場所が空いていないわけでは無い。

 座席の後ろ側には荷物などが置けるよう、僅かなスペースが空いている。それに操縦時は前のめりの態勢になる為、背後に人がいても邪魔にはなり難い。しかし当然、人が入る事を想定していないので、狭くて窮屈、おまけに煙草臭い。

 意外なのは、埃が溜まらないよう、綺麗に掃除してあることくらいか。


「そういう繊細さとは、無縁なタイプに思えたけど……んしょ。んしょッ……ああッ、もうッ、狭いッ!」


 足を折り曲げたり、また戻したりを繰り返し、ユーリは何とか居心地の良い体勢を作ろうとするが、中々上手い具合には運ばなかった。

 悪戦苦闘するユーリを背中に感じながら、ジョウは慣れた手つきでコンソールを弄る。

 出発の為の最終調整をしているところだ。


「あんまり暴れないでくれよ。ウチのお姫様はデリケートなんだ。ご機嫌を損ねると、上手い具合に飛んでくれないぜ」

「う、うるさいっ……んぐぐ。こ、これで……」


 何とか座りの良い位置を見つけたのか、首筋に僅かだが安堵の吐息がかかった。

 ジョウの方も親指で幾つかのスイッチをオンに入れ、モニターに展開した別ウインドウが映し出す項目は、全てオールグリーンと正常を示す。

 背後からその様子を覗き見たユーリは、表情に怪訝な色を浮かべた。

 展開したウインドウが珍しいのでは無く、その下にある年季の入った計器がだ。


「……随分と古臭い計器を使ってるのね」

「そりゃま、新しくは無い機体だからな」


 バッドラックが開発されたのは、十年近くも前の話。

 日々、魔導技術が進歩を続けているとはいえ、魔導機兵が十年程度で古臭くなったりはしない。しかし、搭載している計器など細かい部分は、下手をすれば月単位でバージョンが上がっているので、十年前の計器を乗せている機体はさぞ珍しいことだろう。

 だが、ユーリが言いたのは、そんな事では無い。


「今時計器くらい、簡単に載せ替え出来るのに。常に機体の状態を把握しておかなければならない空戦機なら、必須だと思うのだけれど」

「必要ないさ。腹の減り具合と速度、後方角と高度さえわかっていりゃ、何とでもなる」

「玄人ぶった人間が言いそうな答えだわ」


 呆れるような声に、僅かだが非難の色が滲む。

 技術屋の家系だからか、計器類を軽んじる発言が許せないのだろう。


「別に玄人ぶるつもりは無いさ。ただ俺は、細々とした作業が苦手でね」

「いつか後悔するわよ」

「後悔ならいつだってしてるさ。口うるさい小娘を後ろに乗せた時なんか、特にな」

「――ッ!? ふんッ!」


 意趣返しのように皮肉を言われて、ユーリはむっつりとした不機嫌な気配を残しつつ黙り込んだ。

 腹の虫が治まらなくなったかわりに、尻の方はどうにか収まってくれたようだ。

 子供相手に、大人げなかったかもしれないと、内心でちょっとだけ反省する。

 気を取り直すよう両手の平を擦り合わせると、改めて操縦桿を握り締めた。


「さぁて、お姫様。ご機嫌が麗しかったら、一仕事参りましょうか」


 呼吸を浅く早く繰り返し、ジョウは集中力と体内の魔力を高める。


「――スタンドアップ」


 キーとなる言葉を発し、ジョウのバッドラックの魔力が結びつく

 身体を巡るジョウの魔力に呼応するよう、バッドラックは徐々にその駆動音の音量を上げていった。

 その瞬間、操縦席内の空気がガラリと変化する。


「……これが」


 思わずユーリも不機嫌さを引っ込め、驚きの声を漏らした。

 魔導機兵の動力源である魔導炉。その魔導炉の基礎である精霊核から生み出される、莫大な魔力が推進力となって、バッドラックが背中に装備するM字型のウイングから、青白い魔力の残滓を放射する。


 純度の高い精霊核を元にしている証。

 甲高い歌うような駆動音が、踏み込むフットペダルに反応して鳴き声を奏でた。

 高まる魔力に応じて、機体全体がビリビリと震える。

 震えるのは機体だけでは無く、操縦席の空気。そして、ユーリ自身もだ。


「凄い、これ……本当に、凄いっ」


 内臓まで響く機兵の振動を愛おしむよう、自分の身体をギュッと抱き締める。

 甘く痺れるような感覚が臀部や足裏、背中。機体と接した全ての箇所から伝わり、ユーリの心の身体を蕩けさせた。

 酷く悩ましい濡れる吐息が、ユーリの唇から滴り落ちる。


「この感覚……堪らない」


 頬を赤く染めながら、窮屈な後部の中で前屈みに身体を倒した。

 秘め事のような少女の気配に素知らぬ顔をして、ジョウは小刻みにフットペダルを操りつつ発進のタイミングを確かめる。


「急加速だ。下っ腹に力を入れときな」


 ジョウの忠告に、無意識に反応したのか、背後から息を飲む音が聞こえた。

 駆動音も、高まった魔力も臨界に近い。

 早く飛ばせると急かすような振動に、ようやくジョウは操縦桿を押し込んだ。


「――行くぞ」

「――ッ!?」


 瞬間、撃ち出さされるようバッドラックは、滑走路の上を滑るように走る。

 前方からの重力加速度がユーリの身体を押し潰し、歯を食い縛るのが精一杯で悲鳴すら上げる余裕も無い。


 けれど、圧し掛かるような感覚も一瞬。

 操縦桿をゆっくり引きながらフットペダルを踏み込むと、押し潰されるような息苦しい重さから解放された。

 激しい機体の振動も治まり、今度は全身をフワリとした浮遊感が襲う。


「――ッ!? ハァッ!? ……はぁはぁ……あ」


 堰き止められていた息をドッと吐き出したユーリは、顔を上げると同時に飛び込んできた視界に、大きく瞳を開いた。

 眼前に広がるのは、抜けるような青空。

 グルリと左右と上の景色を映し出したモニターの映像は、空の青と僅かにかかる雲の白に支配されていた。


「……ッッッ!?」


 強く息を飲み込む音だけが、背後から聞こえてきた。

 地上から見上げるのとはまるで違う蒼穹に、声も出せないのだろう。

 緩やかに上昇する機体は、回転するような駆動音と共に軌道を正面へと変える。


「姫様のご機嫌は……ふぅむ。少しグズッてるかな?」


 握る操縦桿から伝わる僅かな違和感に、普段とは違う調子を抱く。

 飛行には全く問題無い程度の違和感だが、ちょっとばかり気になり、ふむとコンソールを弄り微調整を試みた。

 背後のユーリは同じ違和感を抱くわけも無く、流れる外の風景に見入っていた。

 首を巡らせ遠くに流れる景色を目で追いながら、興奮するよう何度も唾を飲み込んだ。


「これが空戦機……普通の飛行船とまるで感覚が違う」


 当然、ユーリが飛行する物体に乗り込むのは、これが初めての事では無い。

 空を飛ぶという行為自体に違いは無い。けれども、飛行船や飛空艇よりもずっと小さい空戦機兵は、もっとリアルに自身が飛んでいるという感覚を与えてくれた。

 空に憧れ空戦機兵に初めて乗った者なら、誰でも同じ感想を抱くだろう。

 平然とした表情で操縦桿を操るジョウも、例外では無い。


「さて、お嬢。ウチの姫様の乗り心地はどうだい?」

「ええ。とっても夢見ごこ……んんッ!?」


 興奮の為、我を忘れていたのか、柔らかい口調と共に素直な感想が飛び出したかと思うと、ユーリは我を取り戻したかのよう咳払いをし、また普段通りの無愛想な仮面を張り付けた。

 そして一拍間を置いてから。


「まぁまぁね」


 とだけ答えた。

 吹き出しそうになるのを堪える代わりに、ジョウの肩が小刻みに上下する。

 笑われた事にムッときたのか、不機嫌なユーリの気配が増大した。


「……ねぇ、ちょっと」

「なんだい、お嬢様」

「まずそのお嬢様って呼ぶの、止めてちょうだい。不愉快だわ」

「悪いね、お嬢様。クライアントのご令嬢には、敬意を払わなければいけない。大人として当然の配慮ってヤツだお嬢様」

「……馬鹿にしてッ。嫌な男ッ」


 吐き捨てるも、ユーリは怒りを飲み込むよう深く息を吸い込む。

 気持ちを切り替えるよう間を置いてから、元のクールな口調で問いかけてきた。


「父さんのところに行くと言ったけれど、具体的には何処に向かっているのかしら?」

「なんだよ。父親の出張先も知らないのか?」

「知らないわ。父は、私に仕事の事なんて何も話さないから」

「……ふぅん」


 僅かに声のトーンが落ちるが、ジョウは気が付かないフリをした。


「ま、心配する必要は無いさ。仕事を請け負った以上、不手際は出来ないからな。その辺りのことはちゃんと、リサーチ済みさ」


 明るい口調で軽く言い、ジョウは通信機のスイッチをオンにする。

 ノイズの混じる通信が、ダイヤルを調節して周波数を合わせる事で鮮明になっていく。

 完全にノイズが消え、通信機の向こうから人の息遣いが聞こえてきた。


『……ジョウ? ハロー、聞こえているかしら。此方、ギルド空撃社』

「感応石による長距離無線通信? 計器は古臭いのに、通信機は軍事機密レベルなのね」


 驚いたユーリが思わず言葉を零す。

 通信機の仕様を見ただけで判別出来る、ユーリの審美眼も驚くべきモノだが。

 音量を程よく調節してから、ジョウは改めて返答する。


「オーライ、キャシー。こっちは問題無しだ……お嬢様の方は少々、ご機嫌斜めの御用すだがな」

『どうせジョウが余計な事を言ったんでしょう』


 諦め気味のため息が、通信機から届く。

 付き合いが長いだけあって、そこら辺の事はお見通しのようだ。


「……誰?」


 気心の知れたやり取りも、ユーリにとっては声だけ聞こえる見知らぬ相手。

 怪訝さの滲む声にキャシーは、『あら?』と通信機越しに気が付く。

 軽く咳払いをしてから、事務用の綺麗な口調で、ユーリに向かい挨拶の言葉を発する。


『声だけで失礼します。今回、空賊連中からお嬢様奪還のクエストを、お父上から頂きましたギルド空撃社のギルドマスター、キャシー・シャムロックです。この度は大変なご不幸に見舞われまして、私共と致しましても空賊連中に対して遺憾の意を……』

「キャシー、長い。営業トークなら後にしてくれ」

『長いって……あのねぇ。私達みたいな零細企業ギルドは、こうして地道に営業していかなきゃ生き残れないのよ? それなのに貴方ときたら毎回毎回好き勝手好き放題に暴れてくれちゃって……』

「やれやれ。長い説教も勘弁して欲しいな」


 通信機の音量を絞り、くどくどと続くお説教をカット。

 二十代も後半に入った所為か、年々キャシーの説教臭さは増していく一方だ。


「年は取りたくないモンだな」


 失礼極まりない言葉で舌を滑らせていると、突き刺さるような視線を後頭部に感じた。

 誰かと問うまでも無いだろう。


「やっぱり貴方って、人に迷惑をかける最低男なのね」

「……ま、否定はしないさ」


 肩を竦めてから説教が終わったタイミングを見計らい、音量を元に戻した。


「雇用主の苦言はありがたく頂くとして、現場の陳情はお聞き届き頂けたのかな?」

『絶ッ対、反省してないでしょッ』


 いい歳した大人の癖に、拗ねるような声を出す。

 きっと通信機の向こう側では、年甲斐も無く唇を尖らせている事だろう。


『全く……ちゃんと調べておいたわよ、レイモンド社長の出張先』

「……ッ」


 父親の名前に反応してか、ユーリが僅かに身体を震わせた。


『社長は現在、建造中の造船所の視察の為にジリアン州に行っているわ』

「ジリアンは大陸の南側だったな。ここからだと距離は1500ってところか……飛ばせば一日で着く距離だな」


 軽く零した言葉に、背後のユーリはギョッとした顔になる。

 通信機からは、キャシーの呆れるようなため息が。


『あのねぇ……貴方ならともかく、空戦機の全力加速にユーリお嬢様が耐えられるわけ無いでしょ?』


 速度に特化したバッドラック故に、最高速でかかる加重は大きく、身体の負荷も生半可では無い。

 生み出される重力によって、脳に十分血液が行き渡らない状態になれば、脳虚血になる可能性もある。

 当然、ジョウだってそんな事はわかっている。冗談で言ったのだ。


「燃料も馬鹿にならんしな。ま、ヌルッと飛んでいくさ……あんまり無茶なぶん回しかたすると、姫様がご機嫌を損ねるかもしれんし」

『? ジョウ。もしかして、バッドラックの調子が悪いのかしら?』

「愚図ってるってほどじゃないが、上機嫌でも無い。ってところか」

『そろそろオーバーホールの時期なのかもしれないわね。わかったわ。この仕事が終わったら直ぐに取り掛かれるよう、スケジュールを調整しておく』

「そりゃありがたい」


 素直に感謝を示したところで、逸れてしまった話を元に戻す。


「それで社長様はジリアン州のどちらにいらっしゃるんだ?」

『ミザリー群島よ』

「ああ。あそこね」


 ジリアン州は大陸の南に突き出した大きな半島。

 南方に広がる海は大陸同士に挟まれた地中海になっており、大小様々な島が連なり群島を形成している。

 ミザリー群島とは、ジリアン州が自治を担う近海の島々のことだ。

 冬場でも半袖で過ごせるほど温暖な気候で、まさに南の楽園と言ったところか。


『群島の一つにグーデリア重工が所有する島があって、造船所建設の視察をする為に現在、社長が滞在なさっているはずよ』

「南の島でバカンスも楽しまずに仕事とは。勤勉さに頭が下がるぜ……マネしようとは思わないけれど」


 茶化しながらモニターで方位を確認する。


『予定ではあと十日程は滞在するらしいから、安全運転で三日かかったとしても、一週間の猶予があるわね』

「……だな」


 軽い調子で言うが、ジョウはある種の不信を感じていた。

 娘が誘拐されたというのに、十日以上も家を空ける事が果たして普通の事なのだろうか。

 大企業の社長とやらが、どれほど多忙かはジョウには予想も出来ない。しかし、新たに建設する造船所の視察とやらが、娘の誘拐事件より重いとはどうしても思えなかった。

 それに、未だ解かれない懸賞金の問題もある。


「場所の事はわかった……その他の厄介事の方はどうだ?」

『その他? ……ああ』


 資料を探しているのか、通信機からの音声が一端途切れる。


『えっと、そっちの方はちょっと問題ありかもしれないわね』


 困ったような声と共に、資料らしき紙を捲る音が聞こえた。


「厄介な連中でも動いてるのか?」

『まぁ、あんまり良い噂を聞かない賞金稼ぎ連中が動き回ってるし、どうやら空賊連中も嗅ぎ付きだした様子があるのよね』

「あいかわらず鼻の利く奴らだな」


 額が額なので、その手の無法者達が垂涎なのは当然の事。ある意味で予想通りだろう。

 空賊が動くのも、まぁ面倒は面倒だが、想定の範囲内だ。


『助かるのは、大手のギルドやマフィア連中が動かない事かしら』

「賢明だな。普通の神経があったら、こんなきな臭いヤマに手を出すはずがない」

『……嫌味ったらしいんだから。ばかっ』


 通信機から拗ねたような声が漏れる。

 依頼を受けていた大手ギルドも、空撃社がユーリを確保したという情報を得て、半ば撤退気味なのだろう。


「機兵乗りってのはプライドが高いモンだ。大手なら大手ほど、賞金稼ぎの真似事を嫌うのさ」

『プライドじゃ明日のパンは買えないのにね。労働の価値は、やっぱり報酬でしょう』

「守銭奴め」

『褒め言葉として受け取っておくわ。何とでもおっしゃい』


 鼻息の荒いキャシーに直接的な嫌味を飛ばすが、彼女はそれをモノともしない。


『一部では成り上がり者として、財界の中心にはまだまだ届かないけれど、治安が安定して軍需産業が斜陽に向かえば、民間の航空事業を着実に手中に納めつつあるグーデリア重工の時代がくるわ。ここで社長に恩を売って置けば……くっくっく』

「……そう上手い具合に、事が運ぶモンかねぇ」


 怪しく皮算用を始めるキャシーの言葉に、皮肉めいた笑いを浮かべ肩を竦めた。

 実の娘がいるのも忘れて、随分と腹黒い話を口にしているようだが、当の本人は外の景色に夢中で会話を気に留めている様子はなかった。

 あえて無視しているようにも思えたが。


「大手の連中もそれくらい考えそうなモンだが……もしかしたら、ババを引かされたのは俺達かもしれんがな」

『くっふっふ……うん? ジョウ、何か言ったかしら?』

「いや、何にも」


 誤魔化しながらも、内心で面倒な事になりそうだと呟く。

 だと言うのに、ジョウの頬は笑みを浮かべるように吊り上り、何処となく楽しげな雰囲気を漂わせていた。


 数時間後。

 ジョウ達は何故、大手ギルドがこぞって依頼からドロップアウトしたのか。

 その理由を、身を持って知る事となる。





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