♯5 飼い猫は警戒心が強い
キャシー・シャムロック。
真っ赤なスーツにタイトスカートを着こなす、ストロベリーブロンドの美女。
ふくよかな胸元に濡れた唇、垂れ気味の目元には泣き黒子のある、大人のお姉さん的雰囲気を漂わす彼女は、その美貌とスタイルの良さから、大劇場に立つ女優か、大企業の社長に付き従う秘書兼愛人とよく間違われる。
だが、その正体は、聞いた者全てを驚かせるだろう
ギルド・空撃社を主催するギルドマスター。それが彼女の、現在の肩書だ。
午後の業務もひと段落して、休憩がてらに大好きなミルクティーを嗜む。
普通のミルクティーでは無く、手間をかけて淹れたロイヤルミルクティーをだ。
口の悪い友人などは、「見た目に反して、乳臭い中身にはお似合いだ」などと、失礼な皮肉を叩くが、普通より甘く仕上げられたミルクティーを一口含めば、日々の激務によって溜まったストレスを、少しだけ和らげてくれる。
名が売れ初めているとはいえ空撃社は、まだまだ業界的には若手も若手。
海千山千の同業者達とやり合う日々は、若いキャシーには気苦労が絶えない。
ミルクティーの一杯で、ギルドマスターとしての重圧が少しでも軽くなるのなら、安いと言っても良いだろう。
もっとも、気苦労の原因は、口の悪い友人兼契約者の所為でもあるのだが。
「……彼ったら、ちゃんと仕事してるかしら?」
不意に思い出した男の顔に、キャシーは心配そうな色を表情に浮かべる。
心配の種である彼とは、いわずもがな、ジョウのことである。
優秀だが素行に問題がある性格破綻者で、空撃社の悪名は、彼の所業によるところが大きい。良い意味で捉えるのなら、その悪名のお蔭で短期間の内に、業界でも一目を置かれる存在になれたのだが。
「本人の活躍と実で得る報酬が、釣り合ってないのが一番の問題なのよねぇ」
カップを両手に持って肘を付きながら、ふぅふぅと冷ますよう息を吹きかける。
腕も立つし度胸もあり、頭も悪くないので機転も利く。飄々としていて、此方の言うことをあまりよく聞いてはくれないが、警察でも手を焼く無法者共を相手取る場合も多いので、それくらい胆が据わっている方が頼もしい。
問題なのは、危険や厄介事を好む困った性分だ。
その捻くれた性格故か、面倒なトラブルを引き寄せてしまう傾向がある。
「悪運に愛されているというか何と言うか。ああも行く先々で問題事を引き起こせるのか、本当に疑問だわ……その後始末を押し付けられるのは何時も私だし。本当にもうっ、少しは感謝して、ディナーの一つでもご馳走するべきなんだわ、アイツはッ!」
思いだし起こりをしながら、ミルクティーを啜り窓から晴れ渡る空を見上げた。
今頃はこの空の何処かで、確りと依頼に勤しんでいることだろう。
意識を遠くに飛ばしていると、不意にデスクの上の電話が鳴り響く。
「…………」
虫の知らせを感じてか、キャシーはティーカップを持ったまま、一瞬固まる。
ギルドマスター直通の回線に繋いで来る人間なんて、指で数える程しかいない。
面倒な予感に眉根を寄せる中、けたたましく音を立てて電話機は鳴り響く。
無視することも出来ないので、ため息を一つ付いてから、受話器を手に取った。
「はい。こちら空撃し……」
『――どうなっていやがるキャシー!』
受話器を耳に添えた途端、音が割れる程の怒鳴り声が響いた。
不意打ちの怒声に驚いて耳を離したキャシーは、顔を顰めつつ改めて受話器に近づく。
「電話口で怒鳴らないでジョウ。私は貴方を投薬実験のモルモットのように、四六時中モニタリングしているわけじゃないの。どうなっていると怒鳴られても、経緯を話して貰えなければ、答えようが無いわ」
落ち着いた口振りで、キャシーが語りかけると、舌打ちを鳴らす音が聞こえる。
むかつく態度だが、これに怒鳴り返してはいけないのは、長年の付き合いで理解出来ている。
口喧嘩でキャシーがジョウに勝てた試しなど、今まで一度も無いのだから。
『……今回、俺が請けたクエストに関することだ』
「ちょっと待って」
受話器を首で挟み、デスクの引き出しを開けて、中から一枚の書類を探し出す。
ジョウに発注したクエストの依頼書だ。
手に持ったそれに素早く視線を走らせ、ザッと内容を把握すると、手を受話器に戻した。
「オッケ、確認したわ。グーデリア重工からの依頼ね……内容は、誘拐された娘の奪取。内容の割には随分と事務的な文章ね……まぁ、いっか。これが、何か問題でも?」
『その依頼の中には、ガキの子守りも含まれているのか?』
「はぁ?」
首を傾げながら、改めて依頼書に目を通すが、勿論そんな項目は存在しない。
「一体、何があったって言うのよ。トラブル?」
『……助けたガキを引き取って貰おうと、クライアント側に連絡を取ったんだが、忙しくて手が離せないとのことだ』
「――はぁ?」
不機嫌な物言いでの説明に思わず、キャシーはデスクから立ち上がってしまう。
「忙しいって、誘拐された自分の娘のことなのよ?」
『俺に言われても知らん。電話対応したのは、秘書だからな』
「今、娘さんは?」
『地元警察署内で事情聴取中……ああ。いっそのこと、警察に引き渡しちまうか』
「それは駄目よ」
ピシッと厳しい言葉を浴びせて、キャシーは受話器を右から左へと持ち変える。
「娘を引き渡すまでが、クエストの一環よ。でなきゃ、報酬の支払いが発生しないわ」
『じゃあ、どうするんだ。このままクライアントがお暇になるまで、乳臭いガキの子守りか? 悪いが、俺はガキが嫌いなんだ。何とかしてくれ』
「な、何とかしろって言われても、ねぇ」
そんなことを急に電話口で言われても困ってしまうと、眉を八の字にしながら、キャシーは椅子に座り直した。
とは言え、ジョウに女学生の相手など出来ないのは、重々承知するところだ。
どうしたモノかと、大きくため息をついてから、
「わかったわ。私の方から、クライアントの掛け合ってみる。可能なら追加報酬の交渉もしてみるから、少しの間だけお願い出来るかしら?」
『断る。ガキは、特にメスガキは好かん』
「もう、子供みたいな拒否の仕方しないでよ。これも仕事よ、ジョウ」
『俺だって我儘だけで言ってるわけじゃない。考えてもみろ。ドヤ街育ちの俺と、大企業のお嬢様。碌な結果にならないのは目に見えてるだろう』
「あ~、まぁねぇ。気持ちはわかるわ。ただでさえ年頃の女の子って、色々と面倒だから」
『女の子じゃない癖に、お前は色々と面倒臭いけどな』
「――むっかぁっ!?」
キャシーは柳眉を逆撫でるが堪えて、怒りを飲み込むよう喉を鳴らす。
これは、ジョウがやる何時もの手だ。
此方をワザと怒らせペースを握り、無理難題を吹っかける。
その証拠に、怒りを耐えたのを察して、舌打ちを鳴らす音が聞こえた。
「と・に・か・く! ジョウは連絡があるまで、ターゲットと待機。置いて逃げ出したりしたら、賠償金を請求するわよ。わかった?」
『……はいはい、わかったよ。なるべく早く頼む』
「夜までには何とか、連絡をつけておくわ……それと、ジョウ?」
『なんだよ?』
急にしおらしい態度になると、キャシーは空いた手で、受話器と電話機を繋ぐコードを指に絡ませるようにして弄る。
「貴方、ロリコ……んんッ! 年下好きじゃ、無いわよね」
『……次に連絡する時までに、その茹であがった頭ん中を、氷水で洗浄しとけ』
それだけ言い残して、ジョウは一方的に電話を切ってしまった。
キャシーはゆっくりと受話器を戻し、深呼吸をしながら「大丈夫よね? 恋、芽生えたりしたいわよね?」と自分に言い聞かせるよう、繰り返していた。
★☆★☆★☆
日が沈み始め、後一時間もすれば西の空が赤く染まり出す頃。
警察署の前で目的の人物が出てくるのを、ジョウはボンヤリと待っていた。
鉄柵に背を預け、内ポケットから取り出した煙草を一本、口へと咥えると、守衛が物凄い形相で睨んで来たので、肩を竦めながら諦める。
「煙草の一本くらい、いいだろうが。っかく」
文句を垂れつつも、国家権力には逆らえない。
取り出した煙草を箱に戻して、大きく息を吐きながら鉄柵に体重を預けた。
面倒なことになったモンだ。
さっきから、頭の中で繰り返す単語はそればっかり。
また数分ほど空を眺めながら待っていると、警察署の扉を開いて出てくる影が見えた。
「おっ」
ようやく来たかと、預けていた鉄柵から背を離した。
敬礼する守衛に一礼して制服を着た少女、ユーリ・グーデリアは長い髪の毛を一掻きすると、真っ直ぐ警察署の敷地外を目指して歩き始めた。
ジョウの目の前を、素通りして。
「お、おいおい、ちょっと待てッ!」
「……何ですか? 変質者? 通報するわよ」
慌てて呼び止めるとジョウの方を振る返り、思い切り迷惑そうな顔をする。
痴漢呼ばわりに、ジョウは思い切り歯を噛み鳴らした。
「誰が変質者だ。まさか、助けてやった人間の顔を見忘れるほど、薄情者なのかいユーリお嬢様?」
「……その不快な呼び方、止めてちょうだい」
お嬢様という部分を強調すると、本気で不機嫌そうに顔を顰めた。
皮肉を込めた意味もあるが、ユーリ・グーデリアがお嬢様なのは。紛れも無い事実だ。
グーデリア重工。
飛空船造船における連邦州国家のシェアの、実に60パーセントを占める最大手で、その歴史は古い。元々は魔導機兵の部品製造を行う、小さな町工場だったらしいが、航空技術の発達により、事業を大幅に方向転換し、見事大成功を成し遂げた大企業だ。
周囲がこぞって軍事重工に力を入れる中、民間用の飛空船作りに集中したのが、成功の理由だとされている。
代表を務めるグーデリア社長は、政界にも太いパイプを持つと聞く。
目の前の少女は、そんな財界の大物を父に持つご令嬢なのだ。
ユーリはほぼ初対面のジョウにも臆することなく、不遜な表情で見据え、苛立ちを表すよう自分の髪の毛を手で梳いた。
「で? 無礼にも私を呼び止めたのは、何故かしら?」
「お嬢扱いを嫌がった分際で、随分と態度は尊大なんだな」
「早く喋りなさいな、変態」
「…………」
口の減らないガキだと、怒りを堪えるように眉間を揉み込む。
マイペースというか、ペースを掴ませないというか、何処かで覚えがある。
何時もジョウがキャシーに対しての態度に、似通っていた。
「ふぅむ」
すると、口の悪さの意図も、大体読めてきた。
顎を摩り黙り込むと、ユーリの視線はより訝しげなモノに変わる。
「……なにか?」
「いや」
顎から手を離し、ジョウは肩を竦ませる。
「まずは自己紹介くらいしておこうか。俺の名前はジョウ。ギルド空撃社と契約してる、フリーランスのウィザードだ」
名乗ってから、友好を示すよう右手を差し出す。
ユーリは無言のまま視線を差し出された手に落とし、眉を潜めて見上げた。
「……ユーリ・グーデリア。ぼっち女学生よ」
自虐なのか冗談なのか、ユーリは不機嫌な表情でそう自分を名乗った。
「なるほど」
ジョウは握手して貰えなかった右手を、ギュッと握り締める。
これだからガキは嫌いだと、見せる笑顔が露骨に引き攣っていた。
そんな態度が伝わっているのだろう。
ユーリも横目で向ける視線を細め、フンと興味無さげに鼻を鳴らした。
「不本意なのは俺も同意だ。だが、働かなければ、俺は明日のパンにも温かいベッドにも有りつけない」
「それはご愁傷様。でも、私には関係の無いことだわ」
素っ気ない言葉を残して、再び目の前を素通りしていく。
取りつく島も無いとは、まさにこのことを言うのだろう。
グルッと首を回して、足早に去っていくユーリの背中をジト目で見送る。
「コイツは、予想以上のじゃじゃ馬だな」
放り出して帰りたい気持ちが湧いてくるが、そういうわけにもいかない。
ついてくるなと言われてついて行かないのは、ガキの使い以下だ。
バリバリと頭を掻き毟ってから、背中を丸めてユーリの後を追い駆けた。
警察署のすぐ目の前は大通りになっていて、路肩を縦に並んで歩く二人の真横では、ビュンビュンと車が走り抜ける。
地方の田舎ではまだ、馬車を利用しているところも多いが、やはり都市部となると乗り物はもっぱら自動車。大きな戦争も終わり、軍事産業が縮小した変わりを補う為、この手の重工業がもっぱら盛んになったのが要因だろう。
近年では値段も手頃で、少し裕福な家庭ならば、一台くらい持っていると聞く。
万年金欠病のジョウからしたら、何とも羨ましい話だ。
目の前を歩く上々の上流階級のご令嬢は、一体自宅に何台の自動車を持っているのか。
「同じ運なら、俺も悪運じゃなく、金運のご利益にあやかりたいモンだ」
つまらないことを呟いていると、ユーリが軽く此方を一瞥してから、右折して横の小さな路地へと入る。
宛も無い癖に、何処に行くつもりなのだろうか。
疑問に思いながらも続いて路地を曲がると、直ぐ目の前にユーリの頭部が迫ってきた。
「おっと」
どうやら曲がった直後に足を止めたらしく、少し驚きながらジョウもその場で停止する。
何事かと訝しげな顔をするが、問うまでも無く原因は判明した。
狭い路地を塞ぐように、二人の体格の良い筋肉質の男達が、ニヤニヤとした笑みを浮かべ此方を……正確にはユーリのことを見ていた。
「なんだ、ありゃ。知り合いか?」
「柄も顔も悪いから、貴方のお友達かと思ったわ」
減らず口を叩いてから、ユーリは堂々とした態度で数歩足を進める。
しかし、正面の男達は道を空けるどころか、値踏みをするような視線を向けた。
無視して横の隙間を通り抜けようとするユーリの行く手を阻むよう、男達が動くと、彼女が足を止めるよりも早く口を開いた。
「ユーリ・グーデリアだな?」
男の一人が確信を込めて、そうユーリに問い掛ける。
「……ッ」
流石に嫌な気配を察知したのだろう。
足を止めるとユーリは引き返す為、無言でグルリとその場を反転した。
直後、ジョウを、正確にはジョウの背後を見て、驚きに目を見開く。
「――危ないッ!?」
「あん……ッ!?」
問いかける間も無く、ジョウの後頭部に衝撃が走る。
頭蓋骨が割れるかと思う音と共に、視界が白く揺れ、目の前に立っているユーリは、驚いたように口元を押さえ表情を青ざめさせていた。
ジョウの背後から、男の笑い声が耳に届く。
「へへっ。邪魔すんなよぉ。こっちも仕事なんだ」
石で作られたブロックを両手で持ち、後頭部目掛け振り下ろしたのだろう。
死んでもおかしく無い一撃。いや、殺すつもりで放たれた一撃だった。
前のめりに倒れていくジョウを見て、前後計三人の男達は不敵な笑いを浮かべていた。
が、しかし。
倒れ込むと思っていたジョウの身体は、一歩踏み出した足により支えられる。
「……へっ?」
同時に、殴りつけたブロックは真ん中から割れ、砕けるよう粉々に崩れ去った。
唖然とする男は砕けたブロックと、頭の破片を手で払うジョウを交互に見た。
「……ってぇんだ、よッ!」
「――ほげぇ!?」
勢いをつけて戻された後頭部が、ちょうど視線を向けていた男の顔面を叩く。
ブロックすら砕く石頭に、鼻っ柱を潰された男は鼻血を撒き散らしながら、白目を向いて後ろ向きに倒れ気絶してしまう。
唖然とするユーリや男達の視線を受け、何事も無かったかのよう後頭部を手で摩った。
ジロッと正面の男達を睨み付け、平然とした様子で頬を軽く吊り上げる。
「んで? おたくら、何処のどちらさん?」
「へっ? ……あ、あの……その」
すっかり気圧された様子の男の一人は、しどろもどろで言葉に詰まってしまう。
左側にいるもう一人が舌打ちを鳴らしてから、刃物か拳銃か何かを取り出そうとしたのだろう。
腰の後ろに手を回すが、それより早くジョウが動く。
「――ッ!?」
ユーリの真横を突風が吹き抜ける。
「――よっと!」
軽い掛け声と共に二メートル近く上へ跳躍したジョウは、振り上げた右足で、ちょうど大振りのナイフを抜き放った男の顔面を、叩き潰すかのような勢いで、思い切り硬い靴底で踏みつけた。
くぐもった声と共に顔面を踏み砕かれ、ナイフを手放し膝を落としてしまう。
更に空いている左足で、横の男の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばした。
「――ギャウン!?」
犬の鳴き声に似た悲鳴を漏らして、顎を蹴り上げられた男は、後ろ向きに蹴り飛ばされてそのまま気絶してしまう。
男が倒れる前に踏みつけた顔から地面に降り、襟の後ろを掴んで引き起こす。
「――ひいっ!?」
顔面を血に染めた男が、悲鳴を上げながら自分の顔を手で覆う。
恐怖は瞬く間に仲間達に伝播し、殺気は一蹴の下へし折られてしまった。
張り詰めていた雰囲気が一転し、情けない姿にジョウは鼻から息を抜いた。
「おいおい。これじゃ、俺の方が乱暴者みたいじゃないかぁ。ええっ?」
「ひゃ、ひゃめてくれぇ! ひゃんぺんしへくれほぉ!」
踏まれた際に前歯が何本か折れたらしく、酷く聞き取り辛い声で男は懇願する。
だが、ジョウは構わず引き摺り起こした男の身体を壁に叩きつけ、拷問でもするかのようギリギリと背後から圧迫する。
「う、うぎゅぅぅぅ……ぐ、ぐるぢぃ……」
「――ちょ!? 何をやっているの! やり過ぎだわ!?」
暴漢の狼藉に青い顔をしていたユーリが、ハッと意識を取り戻し、慌てたような声を張り上げる。
過剰防衛のように、彼女の目には映るのだろう。
男を締め上げながら、ジョウは横目の視線だけを、まだ顔色を青くするユーリに向けた。
「おいおい、世間知らずのお嬢さん。コイツは、アンタの為にやっていることだぜ?」
「私の為? ……ハッ!」
訝しげな顔をしたユーリは鼻で笑い飛ばすと、耳を露わにするようサイドの髪の毛を掻き上げた。
妙に動きが早いのは、彼女が虚勢を張っている証拠だろう。
「過剰防衛で私を助けたと恩を売るつもり? それとも暴力を誇示して、自分が強いことをアピールしたいのかしら? ……情けない男ッ!」
「情けないのはアンタの頭の中だよ、お嬢ちゃん」
「……何ですって?」
怒気の滲む声で、ユーリはジョウを睨み付ける。
ジョウは男に視線を戻し、拘束した腕を絞り上げると、与えられた苦痛から苦悶の声を漏らした。
「こいつらは明確にアンタを名指しで狙ってきた。わざわざ、挟み撃ちなんて方法を用いてな。つまり、警察署から出てきた時点で、もう目を付けられてたんだ」
「……えっ?」
ユーリの顔に、動揺の色が浮かぶ。
「そ、それっていったい、どういう……」
「さぁな。それを、コイツに問い質そうってわけ。だから俺は、人を痛めつけて喜ぶドS野郎でも、ガキんちょに良いところを見せて好感度を稼ごうとするロリコン野郎でも無いってこと……理解出来ましたか、お嬢様?」
「――ッ!?」
勘違いしていたことが、恥ずかしくなったのだろう。
肩を上げ大きく息を吸い込むと、強張ったユーリの顔に赤みが差していく。
恨みがましい視線を向けてくるが、自業自得の勘違いなのは、自分でも理解しているらしく、それ以上は何も言ってこなかった。
改めてジョウは、拘束する男の尋問に取り掛かる。
「それで? おたくは何処の誰?」
「ぎ、ぎりゅど、ハーベイのモンりゃあ」
「ギルドのモンが、何だってグーデリア重工の令嬢を狙う? 空賊にでも堕ちたか?」
「へ、へっ! あんらりゃって、どうりゅいだりょうがぁ」
「あん?」
調子づいた言葉を牽制するよう、腕を締め上げる。
「あたたたた! わ、わりゅかった!」
「何で俺が、お前らの仲間扱いされなきゃなんないんだ?」
「そ、しょのガキ。しょうひんがかけりゃれてるから、あんらもねらっれんらろ?」
「しょうひん? ……賞金かッ!?」
予想外の答えに確認するようユーリの方を見るが、彼女も寝耳に水の情報だったのだろう。驚きに目を見開き、唖然とした様子で首を左右に振った。
どういうことだ?
疑問に思いながら、再び男を厳しく問い詰める。
「コイツに賞金をかけてるのは誰だ?」
「しょ、しょれは……」
「言っとくが、嘘やだんまりは無しだぜ。その若さで総入れ歯にゃ、なりたくないだろ?」
「いいい、いうよ、いう! べべひゅに、かくしゅようなことらにゃい」
そう断ってから、男は素直にその人物の名を口にした。
「れいみょんどって、おとこりゃ」
「……れいみょんど?」
聞き取り辛い声に、ジョウは眉を潜めた。
その瞬間、何かに気が付いたのか、よろけたユーリが転がっていたバケツを蹴り飛ばして、壁に寄りかかる。
何事かと視線を向けると、ユーリは顔面蒼白で今にも倒れそうな様子だった。
震える唇から、掠れる声が零れる。
「レイ、モンド」
「レイモンド? ……ッ!? レイモンド・グーデリアかっ!」
レイモンド・グーデリア。
その名が示す通り、グーデリア重工の社長であり、ユーリの父親だ。
実父が娘のユーリに、多額の賞金をかけている?
そんな馬鹿げた話が、あり得るのか。
大きく首を振るうと、尋常では無い気配を察知したのか、男は問いかける前に必死の声を張り上げる。
「ほ、ほんりょら! うそりゃない! し、しらべれりゃわかるころら! ……つれれくれりゃ、しょうひんがもらえりゅって……せ、せいひは、とわらいとも、かかれてた」
最後の方が、刺激しないようにと、恐る恐る伺いを立てるように言った。
生死は問わない。
疑惑が大きくなる単語が並び、予感が緊張感と共に増していく。
チラッと背後のユーリを盗み見ると、彼女は必死で唇を真一文字に結び、痛みを堪えるよう厳しい表情を浮かべていた。ただ、顔色までは隠せていないようで、少女の顔は酷く青白かった。
「……随分ときな臭い匂いがしてたな」
嘘が真かは、後でキャシーに確かめさせればわかること。
ただ一つわかることはこの依頼、子守りをすれば万事解決。
とは、いかないということだ。