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♯3 運の悪い男・後編






 静けさに沈む真夜中の港町。

 その上空、夜と帳を引き裂くように、二機の青白い魔力粒子が飛翔する。

 M字型のウイングを展開し、蛇行しながら飛ぶバッドラックを追い駆けるよう、背後から武骨な軍用空戦機兵が追い回す。


 ハイアームズ社製空戦機兵HA-14・ホークス。

 連邦共和国に属する全ての州軍に実戦配備された、正式軍用空戦機だ。

 内部はバッドラックよりずっと簡素で、シンプルな作りをしているコクピット。

 中古の横流し品らしく、使い古した感のあるシートに座を下ろし、ダニエル・ハモニカは血走った目で薄ら笑いを浮かべる。


 異常なまでに息遣いが荒く、瞳が充血しているのは、追われている恐怖を紛らわす為に薬物を利用しているたからだろう。

 自分を鼓舞する為、ぶつぶつと呟いていた独り言がボリュームを増していく。


「ホークスはなぁ、次世代機に取って代わられた現在でも、物資の行き届かない地方では実戦配備されてる名機なんだよぉ! 馬鹿でもエースになれる操作性と戦闘能力を相手に、そんな失敗兵器、相手になるかッ!」


 ブースターを吹かせて急加速すると、追いついた背に体当たりを仕掛ける。

 モニター越しの風景が激しく揺れ、バッドラックは衝撃にバランスを崩した。


 ◆◇◆◇


 一撃を背中に受け、推進力が低下した機体がガクッと高度を下げる。

 素早く操縦桿を操り、微妙なフットペダルの操作でスラスターを小刻みに噴射させると、クルッと機体を半回転。もう一度体当たりをしようとするホークスを、剣を振るって牽制した。


 しかしホークスは、咄嗟にブースターを逆噴射させ、足を上げた態勢で急停止。

 一撃は切っ先が僅かに装甲に振れ、塗装を剥がしただけでダメージは無かった。

 反撃とばかりに魔術兵装を作動させたので、慌てて反転し離脱を開始する。

 後ろで爆炎が炸裂するのを、赤い閃光で確認してジョウは口笛を鳴らした。


「流石は天下のハイアームズ。取り回しの良さは天下一品だな。素人でもエースパイロットってキャッチフレーズも、あながち間違いじゃ無さそうだ」


 レーダーが点滅し警戒色を示す赤のポインタが、後ろから迫る脅威を知らせる。

 別ウインドを開き確認すると、炸裂した火炎弾の爆炎から飛び出すよう、急速度でホークスはバッドラックを追って来た。

 遠目から見えれば、二筋の閃光が尾を引いて、夜空を縦横無尽に駆け巡っているだろう。


 軽量なバッドラックは見た目通り、速力と機動力を重視した設計がされている。

 確かにホークスの方が取り回しが良く、操作性も高いのだろうが、空戦での機動力勝負ならバッドラックの方が格段に上だ。

 バッドラックに遠距離用の兵装が無い、ということを差し引けばだが。


「さぁて、一つ競争といくかッ!」


 ペダルをベタ踏みにして、ウイング型のスラスターから魔力粒子をばら撒く。

 身体が背後に引っ張られる感覚と共に、バッドラックは残像を残して加速した。

 高速で真っ直ぐ飛翔するバッドラックの加速力は凄まじく、港町に灯る僅かな町灯りはあっと言う間に遠ざかってしまう。


「――んぎぎぎぎッ」


 重力加速度で、目の奥が痛くなる程、身体全体に負荷がかかる。

 古い機体だからか操縦席の至るところから、加速の振動でカタカタと音を立てていた。

 流石に直線での加速では勝負にならず、ホークスとの距離がどんどん開く。


「こっからが気合の見せ所。頼むぜ姫様」


 鼻から大きく息を吸い込むと、下っ腹に力を込めて体内の魔力を循環させる。

 無言で数字を数えタイミングを図りながら、一気に循環した魔力を注ぎ込む。

 瞬間、頭の中で大きく火花が散り、全身の五感が鋭さを増した。


「――行くぞッ」


 加速度の影響で酷く重い操縦桿を、力任せに強引に押し込むと、速度は維持したまま急旋回。

 ジョウの身体には更に、遠心力による負荷が加わった。


 ◆◇◆◇


 前方を飛翔するバッドラックが、壁に跳ね返るような動きで急速旋回してくる。


「――なんだとッ!?」


 あり得ない。と、ダニエルは絶句する。

 あの速度を維持したまま鋭角にターンするなんて、常識的に考えてあり得ない。

 まるで、ボールか壁に跳ね返ったかのような超軌道だ。

 身体にかかる負担も凄まじいだろうし、下手をすればブラックアウトの危険性も高い。


「……クッ」


 剣を構え突貫してくるバッドラックに、ダニエルは血走った視線を向ける。

 このままでは正面から斬撃の直撃を受ける。

 しかし、ダニエルには加速状態で斬撃だけを避けるような、高等技術は持ち合わせていない。


「机上の空論ばかりを詰め込んで、三度のトライアウトで全てにおいて基準値以下の数値しか叩き出せなかった欠陥兵器に、俺の輝かし未来を……ッ!」


 怒鳴る言葉と共に、こめかみから額にかけて、ピキピキと血管が浮き出る。

 ホークスの装甲に刻まれる刻印が魔力の供給を受け反応し、通常より更に多い、倍の数の火炎弾を生み出した。


「邪魔をするんじゃねぇぇぇぇッ!?」


 赤い尾を引いて飛来する十を超える火炎弾。

 無軌道な動きで夜空を赤く照らす火炎弾は、まさに弾幕と言っても良いだろう。

 避けられないなら、相手の方を叩き落としてしまえばいい。

加速状態では回避運動が難しいのは、程度が違えどプロも同様なはず。直撃を嫌えば今の直線的な軌道から、大きき外れるしか方法は無い。

 素人ながら考え抜いた作戦だったが、数秒後、脆くも崩れ去る結果となる。


「な、なぁにぃぃぃぃぃぃ!?」


 目の前で起こったあり得ない光景に、ダニエルは驚愕し我が目を疑った。

 上下、左右を含めた八方向。

 重力を無効化するような常識外れの軌道を描き、バッドラックは弾幕の回避していく。


 ジグザグだなんて表現は生易しい。

 迫り通路を跳弾し続ける弾丸の如き動きで、僅かに開いた隙間を正確に撃ち抜く多角的な機動は、神業というレベルを遥かに超えていた。

 まさに、超絶機動と呼ぶに相応しいだろう。


「あ、あんな機動、何処のマニュアルを探したって、乗ってないぞ!」


 マニア気質のダニエルですら、見たことも聞いたことも無かった。

 想像もつかないデタラメな動きに、ただただ圧倒され、驚愕するばかり。

 思考が真っ白になり、ダニエルは状況を忘れ無防備を晒してしまってた。


「――ハッ!?」


 気が付いた時にはもう遅い。

 急ぎ回避行動をと思考が判断した時には、もう目の前まで迫ったバッドラックが、構えた剣を打ち出していた。


 ◆◇◆◇


 振り抜いた剣は、ホークスの右腕を斬り落とした。

 ただ、それだけだった。

 斬り落としたホークスの腕の断面から紫電が飛び散り、バッドラックは一瞬静止した後、ウイングから魔力粒子を噴射して、後方へと抜けて行った。

 ジョウは悔しげに表情を顰める。


「……ああッ、クソッ!」


 苛立ちから乱暴に、コンソールを右手で殴りつけた。

 機体は優秀だが、相手は素人。

 近接してしまえばどんなに予測不能な機動をしたとしても、プロであるジョウが外す道理は無い。

 ましてや相手ば無防備を晒し、此方の攻撃に全く反応出来ていなかった。

 外れた理由は明白。ジョウは自ら意識して、狙いを逸らしてしまったのだ。


「一緒に飯を食ったのが不味かったな……あのガキの姿が一瞬、目の前でチラつきやがった」


 自らの甘さに、吐き気を催してしまう。

 鉄火場で情けをかける人間なんて、使えないにも程がある。

 もしも、キャシーがこの現場を目にしていたのなら、ヒステリックに喚き散らしながら、散々口汚くジョウを罵っていただろう。

 キャシーが薄情なのではなく、報酬を貰って働く人間なら当然だろう。


「そんな融通の利かない硬い頭してっから、婚期を逃し続けるんだよ!」


 この場にいないからとジョウは酷い言い草で、妄想の説教に反論する。

 だが、失敗した。

 一撃をミスっただけならいざ知らず、今度はホークスに上を取られてしまった。

 剣を妙なタイミングで振り下ろした所為で、バッドラックの高度が大きく落ちたのだ。

 その所為で背後にホークスを、見上げる形で背負ってしまう。


「おいおい。素人さんなら、腕斬られた瞬間に、パニック起こして行動不能になってくれよ」


 呟きながらも、ホークスは背後上にぴったりと張り付く。

 完璧に捕捉されたと思った一撃が、腕一本だけで空ぶったのだ。

 驚きでは無く、安心が先に来たのだろう。

 もしくは、歓喜の方かもしれない。


 ◆◇◆◇


「は~っははははははははッ! 付いてる、俺は付いてる。やはり、風は俺の方に向いてるんだぁ、あの一撃が外れたんだから間違いない。今の俺は無敵無敵無敵なんだぁ!」


 圧し掛かる重力加速に、顔を真っ赤に染めながら、ダニエルは歓喜に叫ぶ。

 頭の血が上り過ぎているのか、逆に血が殆ど通っていないからなのか、薬物の効果もあって異様な程のハイテンションで喜ぶ姿は、狂気が宿り瞳に灯す光がドロリとにごり始めていた。

 ダニエル自身、自らの異変に気付く様子も無く、独りよがりに狂喜乱舞する。


「マークせぇぇぇぶぅぅぅん! 史上最速をテーマに作られて設計しておきながら、三度挑戦したトライアウトでは全て基準値以下の数値しか叩き出せなかった欠陥品ッ! それどころかッ、最終三度目では墜落事故を引き起こし空戦機で一大ムーブメントを巻き起こしたワルキューレ社倒産の切っ掛けを作った曰く付きっ!」


 何とか逃げようと速度を早めるバッドラックを、ホークスが上空から抑え込む。


「七番目の機体、ラッキーセブンの数字を持ちながら最低最悪の結果をもたらした皮肉からつけられたコードネーム・バッドラック! 銃撃も剣戟も外すテメェにはピッタリの名前じゃねぇかッ、ああッ!」


 唾を撒き散らし、唇の端には泡が浮いている。

 顔色は既に赤を通り越し、どす黒く染まりつつあった。

 マークⅦ・バッドラックの特徴はその機動力。

 逆を言えばそれ以外は、標準を下回っているのだ。


 特に装甲。機動性と速度は、現行の最新鋭機に匹敵するだろう。しかし、極限まで装甲を薄く削ぎ落とされている為、防御力は紙と表現して良いだろう。

 機体の総合力だけを見れば、バッドラックがホークスに勝てる道理は無い。


「腕の差で空戦を制する時代は終わったんだよッ! 接触すれば装甲の差で、バラバラに引き裂かれちまうようなハリボテが、俺の、俺様のホークスに勝てるわきゃねぇんだよぉぉぉぉぉ!!!」


 大きく円を描き逃げるバッドラックを、更に加速するホークスが追う。

 何とかホークスを振り切りたいと、必死なのだろう。

 せめてホークスと同等の高さまで上昇しなければ、攻勢にも回れずバッドラックはただの的だ。


 現在、ホークスが上に、バッドラックがその下にいる。

 通常、ドックファイトでは背後を取った方が有利とされる。その為、空戦においては背後の取り合いが重要になり、機動しながらの旋回、宙返りなどを繰り返して、いわゆる巴戦を行うのが通例だ。

 空戦機は当然、下降すれば速度は速くなり、上昇すれば遅くなってしまう。

 焦って頭を上げようとした瞬間、バッドラックは唯一のアドバンテージである速度を失い、ホークスに追いつかれるだろう。

 装甲の薄いバッドラック。接触しただけでも、この速度ではバラバラだ。


 なのに。

 何を血迷ったのかバッドラックは、ウイングを下に向けるとスラスターを全開。

 急上昇する態勢を取ったのだ。


「ハハッ! 獲物が自ら飛び込んできやがったぁ!」


 歓喜のあまり、裏返った雄叫びを掲げた。

 ダニエルは上昇しようとするバッドラックに狙いを定める。

 確実に仕留める為、左腕に備え付けてある、近接用の兵装を展開した。

 それは鋼鉄製の鉤爪。

 まさに鷹の名に相応しい、頑丈で凶悪な鉤爪ならば、バッドラックの薄い装甲など容易く引き裂けるだろう。


「命運……いや、悪運尽きたなぁ!」


 やはり風は吹いていると、喜び勇んで左腕を振り上げる。

 回線が開いたままの通信機が、ザザッとノイズが混じりに男の声を届けた。


『そいつぁ、どうかな? 自慢じゃないが、俺は悪運が強い方なんだ』


 次の瞬間、ダニエルは我が目を疑った。

 上昇し、速度が鈍る筈だったバッドラック。

 だがしかし、その細く美しいシルエットを持つ悪運の戦姫は、加速するよう、空に向かって落ちていた。


 ◆◇◆◇


 後方から迫りくるホークスを狙うよう、バッドラックは後ろに捻り込みながら、上空へと落ちていく。


 これは、上昇では無い、落下だ。

 バッドラックは上空を飛ぶホークス目掛けて、急速落下していた。

 意味がわからない。

 暗にそう示すよう、無防備を晒すホークスなど、ただの的にしか過ぎなかった。


「悪いな。これでもプロなんでね。素人さんには、負けてられないのさ」


 すれ違いざま、振り抜かれた一撃が背中のスラスターを斬り裂いた。

 スラスターを破壊され、制御不能に陥ったホークスは背中から黒煙を立ち昇らせ、グルグルと回転しながら一気に高度を落としていく。


 水面に叩きつけられれば、如何にホークスでも無事で済むまい。

 中のダニエルだが、高度から考えて大怪我はするだろうが、命には別状ない筈。

 任務終了と、吐息と共に脱力した時、繋がったままの回線がザザッと大きなノイズを立てる。


『……れは。お……ない……俺は…………終わって無い。運が……向いてるんだ!』


 酷いノイズ混じりの中、鬼気迫るダニエルの声が聞こえる。

 すると、落下するホークスの背中から、青白い光がぷつぷつと噴射していた。

 まさか! と、ジョウは大きく目を見開き、通信機に向かって怒鳴った。


「――止せッ! ブースターを噴射するなッ! 制御が利かなくなるぞッ!」


 しかし、その叫びも空しく、ホークスはブースターを最大で噴射した。

 スラスターの無い状態で、爆発的な推進力を制御出来る筈も無く、空中で大きく真横に軌道をずらしたホークスは、水切りの石のように、水面を跳ね回る。

 何度も水面に叩きつけられ、ホークスの頑丈な装甲は徐々に形状を変えていく。

 そして、月明かりから海面を隠すよう、顔を出した沈没船に衝突した。


「――ッッッ!?」


 声も出せず、ジョウは痛みを堪えるよう顔を歪める。

 何時の間にか、こんな場所にまで来ていたようだ。

 激しい音を撒き散らし、錆び付いた沈没船の表面を打ち抜いて衝突すると、ホークスはようやくその動きを止めた。


 数秒の静寂の後、空いた沈没船の穴から、青い閃光がスパークする。

 同時に、空気が震えるような音と共に爆発。

 ホークスは、沈没船の一部と共に、粉々に爆散した。

 轟々と音を立てて燃え盛る真っ赤な炎が、暗い海を染め上げる。

 その上空では制止したバッドラックが、モノ悲しげに立ち昇る黒煙を、まるで立ち尽くすように見下ろしていた。

 操縦席のモニター越しに、燃え盛る沈没船とホークスの残骸を眺めるジョウの瞳は、僅かだが悲しげに揺れる。


「……馬鹿野郎が」


 馬鹿の意味は、操縦ミスのことでも、金と機体を盗んだことでも、調子に乗り過ぎたことでも無い。

 ただ一度の、彼の口から娘を慈しむ言葉が出なかったこと。

 そんな他愛の無いことを憐れんでいる、自分自身に向けた言葉だ。




 ★☆★☆★☆




 夜の夜中に魔導機兵が戦闘をし、その一機が近くで大破したとなれば、何も無い港町では大事件だろう。

 朝から警察や軍関係者が、ひっきりなしに町を訪れ、人が溢れかえる事態に。

 静かなだけが取り柄の港町には、久しぶりの話題と人だかりに賑わっていた。

 人が増え町が賑わえば、そこで商売をしている人間には稼ぎ時だ。

 普段は暇を持て余し、日銭を稼ぐだけで満足している貧乏人達も、この機を逃してなるモノかと、皆こぞって朝から大張り切り。


 そして、ここにも一人、稼ぎ時に身体を張る少女が。

 町に一件しか無い酒場。

 珍しく満席になり、一人で店を営む店主がひーこら言いながら、忙しなく働いていると、常連の少女が店へとやってくる。

 少女、リラはカウンターに座る客の間に割り込むと、迷惑そうな顔に構わす声をかける。


「おっちゃん。サバサンド、テイクアウトでね」

「……今、忙しいだがな」


 フライパンを振るい、ジロッとした視線を向ける店主に、リラは唇を尖らせた。


「そ~やって常連を蔑ろにする態度、どうかと思うなぁ。満員御礼なんて長く続かないんだし、常連を大事にした方がいいと思うけど」

「……はぁ」


 口が減らない態度に、店主は大きくため息を吐く。


「少し待ってろ。あと、そこだと客の邪魔だ」


 狭い間に割り込まれ、迷惑そうな視線を向ける客に、愛想笑いを浮かべると、リラはそそくさとカウンターの横に移動する。

 普段は小汚い恰好のリタだが、今日は随分と小奇麗だった。


「……こんな昼間から仕事か?」

「あったりまえだろ。金持ちが大勢来てるんだ、たんまり稼がないと……アンタと同じさぁ」

「警察だけじゃなく、軍関係も来てるんだ。ヤバいぞ、止めとけ」

「なんだよ、ビビりだなぁ」


 リラはカウンターに寄りかかる。


「長く続けられる商売じゃないんだからさぁ、稼げる時に稼いでおかないと。だろ?」

「それで、稼いだ金を親父さんに取り上げられるのか?」


 店主の言葉に、リラは不愉快そうに眉を顰める。


「……なんだよ。何時もは無関心な癖に、今日はヤケに絡むじゃないか」

「別に、そういうわけじゃないがな」


 作業を続けながら、店主は素っ気なく言う。

 無愛想な変わり者ではあるが、ある意味で実の父親より長くリラを見守っていた人物。

 まだ少女であるリラの境遇を、哀れに思っているのだろう。

 暫く待つと、店主は伸びを一つしてから、紙袋をリラに差し出した。


「ほら。持ってけ……300ジット」

「へいへい」


 ズボンのポケットから小銭を取り出し、紙袋と引き換えに手渡す。

 それじゃあと手を振り、背を向けようとしたリラを、店主が呼び止める。


「はぁ……なに、まだ説教?」


 眉を潜めて振り返ると、首を左右に振った店主はキッチンの下にしゃがみ込む。

 ほどなく立ち上がった店主は、足元からアタッシュケースを取り出した。

 ケースを見たリラは、数回目を瞬かせた後、嫌そうに表情を顰める。


「うっわ。随分と汚ったないケースだなぁ」


 それは、火事場から持ってきたかのように、真っ黒焦げだった。

 しかし、防火加工された特殊なジュラルミンケースは、表面こそ煤で黒く焦げているが、中身には異常が無さそう。

 差し出されるが、汚れるのを嫌がってリラは受け取ろうとしない。


「ちょ、ちょっと何さ! 誰だよこんなゴミを押し付けようって奴はッ!」

「昨日、お前がサバサンドを奢った兄ちゃんがいただろ? そいつからだ」

「はぁ? ……まぁ、アイツからなら、受け取ってやっても構わないか」


 訝しげな顔をしながらも、不承不承とジュラルミンケースを受け取った。


「サバサンドの礼じゃないのか? 中身は何か知らんがね」

「礼でこんな小汚いモン押し付けるくらいなら、客になってくれりゃあいいのに。あのお兄さん、結構好みのタイプだったんだけどな」

「……お前さん、案外面食いなんだな」


 呆れ顔の店主にてへへと笑いかけ、リラはジュラルミンケースを肩に担ぐ。


「まぁ、いいさ。貧乏人の相手をしてるほど、こっちには余裕があるわけじゃないしね……んじゃ、食いながら仕事の相手でも探すとするよ」

「ま、気を付けてな」


 笑顔で手を振る少女を、店主は曖昧な笑みを覗かせ軽く手を上げた。

 右手に紙袋、左手にケースを持って、少女は小走りに店を後にする。

 日々を生きるということは、辛い出来事の連続なのかもしれない。

 リラ・ハモニカという少女は、同年代の少年少女に比べれば、確実に不幸と言える境遇だろう。


 店主が見ても、誰が見てもそう思う。

 けれど、それは所詮、他人の杓子定規だ。

 賢明に生きるということは、どんなに薄汚れていても、他人に後ろ指を差されようと、貴いことなのかもしれない。

 そんなことを思いながら店主は、リラ・ハモニカのこれからに幸あれと祈りつつ、追加注文を待たされて不満げな客達の為に、いそいそと仕事に戻っていった。




 ★☆★☆★☆




『もう、もう! 本当にもうッ! この役立たず、甲斐性なし! 機体を破壊した上に、お金まで燃やしたってどういうことよ!』

「だから、悪かったって謝ってんだろ? しつこい女は、婚期を逃すぞ」

『あ~ッ! また人の悪口を言ったぁ! 全ッ然、反省してないんだからこの男はッ!』


 バッドラックの操縦席内に、女性の金切声が響く。

 請け負ったクエストを完了させ、ジョウはバッドラックに乗り込み帰路についていた。

 目標を大破させてしまったことにより、軍や警察が港町に押し寄せて来てしまった為、面倒事に巻き込まれるのはゴメンと、後のことはギルドや依頼してきた州軍の担当者に丸投げし、逃げるように飛び出して来たのだ。


 晴天の空の下、青い海の上を飛ぶのは中々に気持ちが良い。

 風が殆ど無いからか、海面の波は穏やかで、太陽を反射した光がキラキラと輝いている。

 温かな陽気に誘われるがまま、遊覧飛行と洒落込みたいところだが、無粋な仕事女の怒鳴り声が、通信機越しに響き渡る。

 クドクドと続く説教に、いい加減面倒になってきたジョウは、舌打ちを一つ。


「クエストの内容には、機体を壊すなとも書いてなかっただろう。金に関してはそもそも、記述にも載ってない」

『壊したことが問題なんじゃないの! 騒ぎになって、機体が流出したことが明るみになっちゃったことが問題なの! 私達は汚れ仕事を請け負うギルドの人間だからこそ、この手の暗黙のルールは確り守らなきゃならないの』


 うんざりとした表情で、ジョウは大きくため息をつく。


「苦手なんだよなぁ、腹芸ってヤツは……射撃の次に苦手だ」


 言ってから煙草を取り出し、一本口に咥える。


「大方、機体と金を押さえて、州軍とマフィア、両方に恩を売るつもりだったんだろ? 追加のクエスト、州軍からじゃなくて、お前の独断だなキャシー」

『ぎ、ギクッ』


 わかりやすいリアクションに、火を点けて吸い込んだ紫煙を、煙草を咥えたまま吐き出す。

 本当に州軍からの依頼なら、ここまでの大騒ぎにはならなかった筈だ。

 つまり、追加情報でダニエルの一件を知ったキャシーが、横流しした機体と金を手に入れて、それを材料に州軍とマフィアに交渉事を持ち込もうとしたのだろう。

 反論出来ないらしく、通信機から歯軋りの音が聞こえてくる。


『し、仕方が無いじゃない! 私達のような零細企業ギルドは、こうやって小ズルく立ち回っていかなきゃ、立ち行かないのよ!』

「ま、そんなのどうだっていいさ。んで、報酬なんだが……」


 金の話を持ち出すと、逆切れしかけたキャシーの勢いが急激に萎える。


『え、えっと……今回は私の独断だから、依頼人がいるわけじゃないんだけど』

「――ああん?」


 通信機に顔を近づけて凄むと、『ひいっ』と怯えるような声が聞こえた。

 驚いてずっこけたのだろう。

 どんがらがっしゃんと、何やら派手な物音が聞こえる。


『わ、わかった、わかりました! 働いて貰ったのは事実だし、私のポケットマネーから払います! 払わせて頂きますッ!』


 やけっぱちな声に、ジョウはよしっと頷き、煙草の煙を吸い込んだ。

 まだ通信機からぶつぶつと聞こえる、キャシーの恨み言を聞き流しながら、ジョウは心地よい眠気に、紫煙を吐き出しながら欠伸を噛み殺す。


「ふぁ……流石に、徹夜明けはキツイなぁ」


 徹夜の原因は、ホークスが大破した後、ずっと海中を探索していたからだ。

 何時間も暗い夜の海の中を探し回り、ようやく目的の爆散したホークスから投げ出された、ジュラルミンケースを見つけ出し、海面に顔を出した頃には、もうすっかり夜が明けて太陽が顔を出していた。


 それを酒場の店主に託し、軍や警察が来る前に港町を飛び出したのだ。

 別に善人を気取るつもりは無いし、情が移ったわけでも無い。

 あの金でリラ・ハモニカが人生をやり直すのか、これまでの人生を続けるのか、それとも逆に破滅してしまうのか。


 ジョウには関係の無いことだし、知りたいとも思わない。

 それでも、あえて理由を述べるとしたら。


「悪運を引き当てた配当金。ってところか」


 言いながら視線をコンソールの上に向けると、そこには穴の開いた硬貨が一枚、乗せられていた。


「キャシー」

『……なによ?』


 まだ拗ねているのか、機嫌の悪い声を出す。

 鼻を啜っている音が聞こえるので、もしかしたら泣いているのかもしれない。


「帰ったら、一緒に飯でも食いに行くか。久しぶりに、二人で」

『――えっ!? ……ごほん。ま、まぁ、別に構わないけれど』


 一瞬、嬉しそうな声を出した後、咳払いをしてから取り繕うように気の無い返事をする。

 何やらソワソワと期待感が籠った声で、『それで、何処に行くの』と言う問い掛けに、ジョウは「そうだなぁ」と煙草を吹かしながら逡巡する。

 視線を、真上に昇る眩しい太陽に向け細めると一言。


「……美味いサバサンドでも食いに行ってみるか」





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