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♯21 勝利の女神は背中を引っ叩く





 勝負を分けるのは、何時だって一瞬の決断だ。

 近接用の剣しか装備せず、空を飛ぶ速さだけが武器のバッドラックが勝機を掴むのは、幾重にも張り巡らされた選択肢を全て正しく選び取る必要がある。相手の思考や戦場の条件、そして時の運など様々な要素を味方に付け、初めて勝利の女神が微笑んでくれる。


 弓兵がつがえた矢を限界まで引き絞るように、高めた魔力が鳩尾付近に渦巻く。

 相変わらずピクリとも動かないアイアンメイデンを、モニター越しに見据えながら、ジョウは「なぁ」と、同じく背後で緊張したかのよう息を止めるユーリに話しかけた。


「勝負の勝ち運ってのを引き寄せる方法は、何だかわかるか?」

「……わからないけれど」


 考えるよう、一端言葉を区切る。


「貴方が考えそうな事は、強引に奪い取るって事かしら」

「それも悪く無いが、残念。違う」

「じゃあ、正解は?」

「いちいち難しい事は考えず、出来る事を全部やるってだけさ」


 そう言ってユーリが何かリアクションを取るより早く、ジョウはフットペダルを思い切り踏み込んだ。

 同時に展開する背中のウイング。

 M字型の左右がそれぞれ開き、青白い魔力粒子が噴射して、細かい砂浜の粒子を吹き飛ばす。


「――ッッッ!?」


 前準備も無しの急な機動に、押し潰されるような加重が身体にかかる。

 主に左手側から。

 操縦桿を左側に捻ったことで、急速発進したバッドラックは楕円状の軌道を描きながら海上へとその身を晒した。

 足元は海面スレスレを滑るように飛び、噴射される魔力粒子が水面を煽る。

 飛び散る海水が霧状に霧散し、太陽光に照らされて小さな虹を作り出していた。

 平然と飛んではいるが、装甲の軽いバッドラックの足が水面に触れれば、途端にバランスを崩して横転してしまうだろう。同時に遮蔽物の無い海面では、アイアンメイデンからの射撃を防ぐ手段は限られてしまう。

 それでもジョウは、一度は海面に出るしかなかった。


 ◆◇◆◇


「ビンゴ。思った通りね」


 マーカーが追尾する目標の動きを視線で追いながら、予測通りの動きに歓喜を表すよう、握る操縦桿を指先でリズミカルに叩いた。

 モニターの先には、水飛沫を上げて沖へと進むバッドラックの姿があった。

 チラリと一度、反対方向に視線を向けてから、再び海面へと戻す。


「海岸沿いで戦ってギャラリーを巻き込む可能性を嫌ったか。存外、甘い男のようね」


 安全を考えてある程度の距離は保っている。

 しかし、結界で守られたコロシアムとは違い、野ざらしの青天井。高速機動のバッドラックが操作を誤って突っ込むか、戦いに熱くなりすぎて乱射した砲塔が直撃するか。どちらもあり得ない事態では無い。

 だからジョウは、少しでも距離を取ろうと広い海面に出たのだ。


「この位置なら私は、ギャラリー席に背を向ける事になるわね。そうなれば少なくとも、私の方が誤射をする可能性はグッと低くなる」


 吊り上げていた唇の端を元に戻し、不機嫌を表すよう鼻を鳴らす。


「心外ね。このメイベルの射撃も、舐められたモノだわ」


 言いながら視線だけは動きを追うけれど、アイアンメイデンはまだ完全な戦闘態勢に入ってはいない。

 いわば銃を、ホルスターに納めたままの状態だ。

 油断しているわけでも、ましてや勝負を捨てているわけでも無い。


 今回の間合いは遠すぎず、近すぎず。いわば中距離戦だ。

 重いアイアンメイデンと軽いバッドラックでは、機動力の差は歴然。おまけに足元は柔らかい砂浜で、機体が沈み込むほど重量のあるアイアンメイデンでは、どうやったって機動に制限がついてしまう。

 前回のように長々と魔力をチャージして、ぶっ放す戦闘方では後に続かないのだ。


「狙うなら一撃必中……死中に活を見出す光は、その一点のみよ」


 立地条件的に不利なのは最初からわかっていた。

 あえてこの場所を選んだのは、自分の中に潜む甘さを消す為。完全勝利とは相手を力で打ち負かす事のみでは無く、弱い過去の自分から脱却する事も含まれる。前回の決闘で勝ちきれなかったのは、自分自身に慢心があったからだとメイベルは分析する。

 偉大な父、ビリーボーイを超える為には、悪運すら幸運へと変える絶対的な力が必要だ。


「必殺必中は私の決意の表れ。我、外さず、我、迷わず。一心不乱の無法も振るって、勝利の略奪する一撃を穿つッ」


 大きく息を吸い込み、吐き出す。

 既に体内に充満しつつある魔力が、ピリピリと目の奥に痺れるような痛みを与えている。

 長々と決闘を長引かせるつもりは無い。


「……恐らくは、彼奴も同じ」


 遠く海面で飛沫を上げるバッドラックを横目に、メイベルは撃鉄を上げるが如く、魔力の本流を集中させていた。


◆◇◆◇


 振り回されるような加速による重力が、全身を軋ませる。

 海上へと飛び出たバッドラックは、水面ギリギリのところを飛翔し、砂浜に悠然と佇むアイアンメイデンを起点にグルリと円を描くよう、曲線を描きながら駆けていた。

 空中や陸地とは違い、常に変化する海面だからか、操作には繊細さを要する。


 放射されるスラスターの魔力粒子に煽られ、跳ね返る反動に操縦桿が取られるからだ。

 今日は風も強く遮蔽物の無い海面上では、横からの吹き抜ける強風もあって、普段飛んでいる時より何倍も高い操縦技能が要求されている。しかも後ろに大切なお届け物を預かっているのだから、ジョウも珍しく本気の面持ちで集中していた。

 集中力と魔力をより高く維持する為、痛みを感じるまで奥歯を噛み締める。


「――ッッッ。こりゃ、中々にしんどいぜ」


 動き出してまだ五分とたってないが、身体にはじんわりと汗が滲み始めた。


「……ううッ」


 背後からは必死で加重に耐える、ユーリの呻き声が聞こえる。

 可哀想だが、速度を緩めるわけにはいかない。

 操縦桿を握る指の動き、ペダルを踏み込む足の加減は一ミリとして誤差は許されない繊細さを必要とされる。


「……クソッ、社長め。操縦系の遊びが殆ど無いじゃないか!」


 踏み込めば踏み込んだぶんだけ、操縦桿を動かせば動かしたぶんだけバッドラックは微妙な差異を見分けるよう駆動する。

 人体は構造上、静止し続けている方が難しい。

 僅かな震えで誤作動を起こさぬよう、基本的に魔導機兵の操縦系には遊びと言われる部分が存在する。それは人が操る乗り物ならば、共通する事だろう。

 バッドラックも以前まで、普通にその遊びが存在していたのだが。


「確かに機動性は抜群に精密さをましたが、こりゃやり過ぎだろ……手足が攣りそうだッ」


 身体が無駄な動きをしないよう、全身に力を込めて強引にブレを制限する。

 圧し掛かる加重の中、全身の筋肉をフル活用せねばならないから、引き攣るような痺れが筋という筋を駆け巡っていた。

 百戦錬磨のジョウでも、これは肉体的にキツイ。

 長期戦が不利なのは最初からわかり切っていること。

 ここは多少、無茶を働いても短期決戦に挑むしかない。


「動かない。ってことは、相手も考えることは同じか」


 足が攣りそうになるのを必死で耐えながら、横目でモニターを確認する。

 遠距離主体の魔導機兵ならば、距離を詰められる事を一番嫌がるはず。なのに牽制の一つもしてこないと言う事は、別に狙いがあると推測出来る。恐らくは一撃必殺。確実に仕留められる自信が、向こうにはあるのだろう。

 羨まし限りだと、唇の端だけで笑う。


「一発勝負か……銃と剣じゃ、ちょいとばかり分が悪いじゃないか」


 言葉とは裏腹に、ジョウは楽しげな雰囲気を醸し出す。

 以前の決闘の時も同じだ。その前は、寂れた港町で軍用魔導機兵と戦った時も、ジョウは今日のように不利な状況を愚痴りながらも、子供が遊具で遊ぶ時のように、危険を楽しんでいるような様子があった。


 不謹慎な事だが、間違い無くジョウは、今日のひりつく戦いを楽しんでいた。

 別にジョウが戦う事を趣味や生きがいとする、戦闘狂というわけでは無い。

 ジョウの人の子だ。ユーリが心に深い傷を抱き、未だに苦しんでいるとおなじよう、彼も様々な辛い思いを経験している。友と呼んだ男を裏切った事もあったし、愛していると囁いた女の死に目に立ち合わせた事もあった。


 傷つき、疲れ果てた男の辿り着いた場所が、子供の頃から焦がれていた空。

 その意味では、ユーリに同調してしまうのも、無理からぬ事だろう。

 いつ死んでも構わないと思う度に、自分が生きている事を不思議に思う。

 だから、死の淵が間近に見えるギリギリの瞬間が、まだ燃え尽きない命の炎を再認識出来る事が、ジョウは堪らなく楽しく感じるのだ。

 狂っていると思うのなら、遠慮なく思うといい。

 狂わねば生き残れない地獄を、ジョウは潜り抜けてきたのだから。


「なぁ、お嬢。負けちゃいけない勝負事に、絶対に勝つ方法って知ってるか」

「な、なによ? まさか、逃げるが勝ち。なんて情けない事、言わないわよね?」

「当たらずとも、遠からず。正解は……」


 すぅっと、ユーリの耳にも届くくらい、思い切り息を吸い込んだ。


「負ける可能性なんざ、最初っから考えない事だ」


 それは現実逃避なんじゃ?

 言いかけるより早く、バッドラックの速度が最高速に達し、ユーリの身体を一際強く押し潰した。

 悲鳴も上げられぬほどの加重に、座席にしがみ付くユーリの顔が歪む。


「んぐぐっ……ぐぐぐぐッ!」


 ジョウも同じだ。

 後ろに吹き飛ばされそうな重力を全身に感じながら、砕け散らんばかりに奥歯をキツク噛み締める。

 海面を切り裂くような飛沫を上げ、バッドラックが楕円状の軌跡を海に描く。

 既に海岸に佇むアイアンメイデンとはすれ違い、後方へと抜けている。


「――ここからッ」


 重い操縦桿を右へと力増させに倒し、バッドラックの軌道と態勢を無理やり変えた。

 バッドラックは足を大きく横に回転させ、その遠心力を使って、強引に振り返るよう後ろに態勢を変化させる。

 速度は変えず向きだけ変えるので、遠心力の乗った操縦席内は酷い有様だ。


「――ッ!?」


 全方向から身体が圧迫され、息すらまともに吸えない。

 更に急速転換した所為で、視界は自ら上げた水飛沫の壁により、真っ白に閉ざされて見えなくなっている。

 逆を言えば、向こうからも此方が確認出来ないと言う事だ。


(ま。狙いが読まれてるなら、ある程度、方向も見当がついてるだろうがな)


 加重により意識が遠のきかけるのを必死で耐え、バッドラックは飛沫を打ち破るように再加速した。

 打ち抜く水の衝撃に機体を揺らし、開けた視界の先には砂浜が見える。

 同じ位置、同じ場所に佇むのは、此方に背を向けたまま、変化無く同じ態勢を晒すアイアンメイデン。

 このままの軌道で砂浜に出れば、確実に背後を取ることが出来る。


 勝てる。

 剣の間合いに納めるまで、五秒もあれば十分だ。

 十分に加速も稼いでいるから、アイアンメイデンの装甲が幾ら分厚かろうと、切り裂けるだけの技量と自信がジョウにはあった。


「――ッ!?」


 瞬間、弛みかける精神状態を、強引に危機感で押し戻す。

 弾丸のような速度でバッドラックは、海面から砂浜へと滑り込み、上げる飛沫が黄色がかった砂浜の、細かい砂の粒子へとすり替わる。

 四秒。

 加重と筋肉の緊張で、足先と指先に電気が走るような痺れを帯びる。

 直線上に捕えたアイアンメイデンの背中は、不気味なくらいの静けさを纏っていた。


「……くっ」


 緊張感を代弁するよう、心音が一段高い音を奏でた。

 罠かもしれない。疑心暗鬼が鎌首をもたげてきた。

 迷いが恐怖を生み、恐怖が決断を鈍らせる。


「チイッ」


 苛立ちから、舌打ちを鳴らす。

 三秒。

 思考を巡らせる時間も与えてはくれない。決断を迷い躊躇すれば、待ち受ける結末は敗北のみ。

 土壇場で思考に乱れを生じさせたのは、不動なるアイアンメイデンの背を見たからだ。


 乗るか、反るか。

 決断を迷うより早く、背中の座席が叩かれ、叱るような激が飛んだ。


「――ジョウ! 行きなさいッ!」

「――言われなくたってッ!」


 バッドラックが握った剣を構えた瞬間、アイアンメイデンはその銃を抜き放った。


 ◆◇◆◇


「――貰った!」


 勝利を確信したメイベルは、間合いに入る二秒前に、自らの銃身を構える。

 アイアンメイデンは駆動音を高らかに上げながらも、魔力を吸い込むのみで指先一つ挙動する事は無かった。

 代わりに展開するのは、魔法陣により編まれた砲身。

 魂魄融合による、魔力の砲塔だ。


 最大で全八門あった砲塔だが、今回は左肩の一本のみ。それも銃身が半分以下の短砲身で、何よりも先端が正面では無く背後を向いていた。

 つまりは、真後ろに回ったバッドラックを、狙っているのだ。


「かかったな悪運! そこは既に我が射線上、我が領域よ!」


 魔力によって生み出されたバイザーを目元に装備し、メイベルは高らかに宣言する。

 正面の三面モニターは、当然前の風景しか映し出しておらず、装備しているバイザーに背後が確認出来るような機能は存在しない。


 メイベル最大の武器は、神業の如き射撃を可能とする目だ。

 彼女を視覚としたアイアンメイデンの射撃からは、何人たりとも逃れる事は出来ない。例えそれが人知を超える超絶機動を可能とし、従来の空戦機兵を凌駕する速度を持つ、バッドラックとて例外では無い。

 既にバッドラックの動きは、メイベルの両眼に捕らわれているのだから。


「その速度、その動き、その反応。全ては私の両目が覚えている。何人たりとも、私の視界からは逃れられないわ!」


 砲身が具現化すると同時に、躊躇なく引き金を絞った。

 必殺必中。

 命中を約束された一撃が、赤い光弾となって風を纏って飛ぶバッドラックを襲う。


 バッドラックの速度は驚異的だ。操縦者の腕前も侮り難い。

 ただ撃ち放つ砲撃では仕留めきれないのは、前回の戦いで十分に学習している。

 手数で倒しきれないなら、狙いの焦点を別の要素に絞るしか無い。


 弾速と命中率。

 不規則な機動と速度を狙い撃つには、放つ魔弾の速度が重要視される。特に初速。射撃位置が相手に丸見えな以上、相手の反応速度を上回る弾速が必要となる。更に大事なのは距離の概念だ。如何に速度を稼ぐ事が出来ても、着弾までの間合いが離れていれば、必然的に反応される時間も長くなってしまう。


 メイベルがギリギリまで、戦闘態勢に入らなかったのも、これが理由だ。

 砲撃の速度、間合いの調整、そしてリズム。

 様々な要素を加味した結果、完璧なタイミングでトリガーを引くことが出来た。


「……私の勝ちよ」


 脳裏に描かれた勝利のイメージに、メイベルは確信を持ってほくそ笑む。

 真っ直ぐ、バッドラックの魔導炉を狙い伸びる赤い閃光が、装甲を蒸発させ刺し貫くよう撃ち抜ける。

 推進力を失えば、空戦機兵は地に堕ちるのみ。砂浜を転げ、アイアンメイデンの真横を瓦礫として抜けてくのだろう。運が悪ければ爆散は免れるだろうが、ギリギリの戦いだったので、メイベルにも相手の命を気に掛ける余裕は無かった。


 決闘が始まって、僅か一分後の決着。

 とても短かったが、永遠のように感じられた一瞬の終焉に、メイベルは勝利の余韻と僅かな詫びしさと共に、肺の中に堪った空気をゆっくりと吐き出した。

 経験が勝敗を分けるのなら、やはりメイベルは経験不足だったのだろう。


「――ッ!?」


 心臓が凍りつきそうな程、恐ろしいまでの悪寒が背中から駆け抜けた。

 モニターが赤く点滅し、センサーが危険を知らせるアラームを鳴らす。


「――まさか!?」


 無意識に悲鳴にも似た声が漏れ、弛んだ指先に力を込めようとするが、時既に遅し。

 振り上げた筈の死神の鎌は、自分へと返って来た。


 ◆◇◆◇


 一秒。

 展開された短砲塔から赤い魔弾が放たれた時には、既に回避不能の距離にまで詰め寄っていた。


(――これはッ!?)


 反応し切れない。

 脳が正しく現状を理解した時には既に、魔弾はバッドラックを撃ち抜きジョウの敗北が決定しているだろう。

 本能すらも反応し切れない、必殺の瞬間だった。

 あえて表現しようとするのなら、幸運の女神がほほ笑んだとでも言うべきだろう。


 直前に魂魄融合を使用し、更にもう一段階加速した直後だった。

 限界の壁を破り、身体に悪影響を及ぼすレベルまで引き上げた加速が身体を軋ませ、空気抵抗からバッドラックの身を僅かに下へと沈みこませてしまう。直後に魔導炉を狙っていたと思われる魔弾は、肩口へと直撃する。

 着弾地点が中心寄りだったのなら、何の問題も無く撃ち抜けただろう。


 バッドラックの装甲は風の抵抗力を最大限に抑える為、流線型の丸みを帯びている。その僅かな角度に弾かれ、滑るように魔弾は表層を削っただけで、後ろへと抜けていってしまった。

 装甲が薄いと甘く見、速度を重視して威力を下げた結果だ。

 表面を掠り逸れている魔弾の衝撃が、操縦桿を通じてジョウの手の平をビリビリと痺れさせる。

 死の恐怖が真横をすり抜ける感覚に鳥肌を立てながら、構える剣で狙いを澄ます。


「悪いな、メイベル」


 口調だけは軽く、身体と心は一切の油断無く、弛むよう無防備を晒すアイアンメイデンの頭部を、すれ違いざまに刀身で叩き落とした。

 二機の魔導機兵が交差した瞬間、一方から激しく紫電が舞い散る。


「勝負は俺の勝ちだ……あばよ」


 そう呟くと同時にすり抜けていったバッドラックは、そのままの加速でウイングの魔力粒子を展開。再び海上へ向けて飛び立っていった。


 ◆◇◆◇


「……未熟者ね、私は」


 三面モニターが沈黙し、暗闇に閉ざされた操縦席内で、メイベルが力無く呟く。

 自嘲からの脱力では無く、死力を尽くした倦怠感に酔いしれているのだ。

 顔を上向きに宙を扇ぐと、くくっと笑みを零した。


「シャーリー」

『はい。聞こえております』


 無線機がノイズを立てて、老執事であるシャーリーの音声を届ける。


「大至急、無法者連中に通達を出しなさい。我が宿敵に、決して手を出してはならぬと」

『既に滞りなく。恐らくはあのまま無事、目的地まで辿り着けることでしょう』

「……まるで最初から、私が負ける事がわかっていたような口ぶりね」

『主を約束も守れない不心得者と、後ろ指を差されぬ為の配慮に御座います』


 したたかな言い回しに、メイベルはジト目でふんと鼻を鳴らすが、それ以上は追及する事なく操縦桿から手を離し、背もたれに体重を預けた。

 頭部を失っただけで、アイアンメイデンはまだ動けるが、メイベルは負けを認めていた。


「狙撃者が目を奪われて、戦えるモノかよ」


 モニターだけの話では無い。

 最後の一瞬、油断さえしなければ、まだ勝負を引っくり返す事が出来た。

 分厚い肩盾で刃を受け止められれば、交差する瞬間に体重差でバッドラックを押し潰す事も可能だった。

 考えて、目を瞑りながらフッと笑みを零す。


「無意味な事ね。奴が勝って、私が負けた。ただそれだけよ」


 言いながらも、何処か満足そうな表情でメイベルは決闘の余韻に浸る。

 決闘は黒星に終わった。栄光も栄誉も掴めず、彼女を無意味に信奉していた空賊の中には、失望する者達も存在するだろう。

 だが、それがどうしたと心の中で嘯く。

 アレだけの強敵と死力を尽くし、二度も決闘が出来たのだ。デビュー戦としては、上々だろう。


「負けた、か」


 改めて口にすると、胸の中でモヤモヤとした感情が湧き出る。

 その感情の正体に気が付き、メイベルは苛立つよう舌打ちを鳴らす。


「これが、悔しさか……ああ、くそっ。みっともない」


 勝敗には納得いっている。けれど、拭えない悔しさが、溢れるよう胸を満たしていく。

 敗北の味を知り、敗北の悔しさを知る。

 これも経験と頭ではわかっていても、目尻から零れる一筋の雫を留める事が、どうしても出来なかった。





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