表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/23

♯2 運の悪い男・中編






 無数のコンテナが並べられ港の一角。

 既に日が落ちて数刻立つ為、周囲はどっぷりと闇に包まれていた。

 元より人の少ない町だけあって、日が沈めばすぐに住人は眠りにつく。

 港町としての機能を失っても、長らく続いた習慣から、皆早寝早起きなのだ。

 昔なら夜に来る船を導く為、灯台が光を照らしていたのだが、予算が回らず無期限停止状態。お蔭で、迷い込んだ旅客船が浅瀬で座礁し、丘から横転した船体が眺められる。


 港も殆ど使われていないので、並んでいる鉄のコンテナは空っぽ。

 錆だらけのコンテナの隙間に身を滑らせ、落ち着き無く周囲を見回す中年男性が一人、緊張感から漏れる荒い息遣いを、手で押さえ必死になって堪えていた。


「はぁ、はぁ……ま、まだか?」


 随分と焦っているらしく、暑くも無いのに男性は額に汗を浮かべている。

 中年男性と表現したが、実際は三十代前半くらい。

 多少、くたびれた外見はしているが、十分に色男と言える顔立ちだろう。

 男は血走った目でギョロギョロと、闇の中に凝らしながら、大きなアタッシュケースをギュッと両手で抱き締める。

 しつこいくらい周囲を見渡しては、忙しなく貧乏ゆすりを繰り返す。

 まるで、誰かが来るのを、待っているかのようだ。


「待ち人なら、どんなに待ったところでもう来ないぜ」

「――ッ!?」


 不意に背後から声をかけられ、男は飛び上がらんばかりに驚く。

 慌てて振り返ると、何時の間に現れたのか。若い男ジョウが笑みを浮かべ立っていた。

 ジョウは両手をズボンのポケットに突っこんだまま、男に問い掛ける。


「ダニエル・ハモニカだな?」

「だ、誰だ? ……組織の追っ手か? それとも州警察か?」

「どっちも違う、ただの便利屋さ」


 そう言ってジョウは、視線を細めてダニエルを睨み付ける。


「大人しく奪った金と物を渡しな。そうすれば、数年臭い飯を食うだけで済む。アンタ、このままじゃ命まで危ないぞ」

「ふ、ふん! 見ず知らずの人間に、そんなことを言われる筋合いは無い! それより、待ち人が来ないってどういう意味だッ! アイツに、何を吹き込みやがった!」


 唾を飛ばし、怒気を滲ませてダニエルは叫ぶ。

 剣幕が強まれば強まるほど、ダニエルに向ける視線は鋭く冷たさを帯びていく。


「随分と威勢がいいじゃないか。ヒモ暮らししてた愛人を連れて逃げるつもりだったんだろ? 残念だったな。アンタの愛人、アンタに愛想尽きてたらしいぜ。今頃、新しい若い彼氏と、よろしくやってるだろうさ」

「――なッ!?」


 ダニエルは咄嗟に、否定しようと大きく口を開いた。

 けれど、思い当る節があったのか、出かけた言葉は悔しげに閉じた奥歯に噛み砕かれる。


「あ、あの女ぁぁぁッ! クソッ、馬鹿にしやがってッ!」

「……実の娘を放り出して逃げようとする男なんざ、愛想突かされて当然だ」

「娘? お、お前、リラのことを知ってやがるのか?」


 問いかけには答えず、ジョウはただ睨み付けるだけ。

 沈黙を好きに解釈したらしく、ダニエルは脂汗を掻きながら、途端にヘラヘラと小馬鹿にするよう笑い出した。


「な、なんだよぉ。お前、アイツの客か? そうかそうか、そういうことかよ……」


 そう言ってから一転、ギリッと奥歯を噛み締め、眼球を血走らせながら怒気を込めてジョウを睨み付けてきた。


「あのガキが俺を、父親を売りやがったんだなぁぁぁッ!」

「……ああ、本物の馬鹿野郎か」

「クソッ、クソッ! どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって! 殺してやる……お前も、あのクソガキもッ!」


 癇癪を起すよう怒鳴り散らすと、ダニエルは懐から拳銃を取り出し、血走った視線と共に銃口をジョウへと向けた。

 が、既にジョウも素早く腰のリボルバーを引き抜き、親指で撃鉄を上げていた。


「――なッ!?」

「遅いんだよ」


 銃声が、ほぼ同時に鳴り響く。

 マズルフラッシュが暗闇を一瞬だけ明るく照らし出し、残響が木霊する。

 互いの銃口から薄らと、白い煙が立ち上っていた。

 ジョウの放った弾丸は、ダニエルの身体に命中することなく、明後日の方向へ。

 代わりにダニエルの放った弾丸は、吸い込まれるよう真っ直ぐとジョウの胸に飛び込み、お気に入りのジャケットに焦げ目のついた穴を空けていた。


「……俺、射撃苦手なんだよなぁ」


 呟いてから、ジョウは背中から後ろに、大の字になって倒れてしまう。

 暫し奇妙な沈黙が流れ、ダニエルな数回、目を瞬かせた。

 まさか、一発で倒せるとは思っていなかったのだろう。

 撃った本人であるダニエル自身も状況が呑み込めず、銃を構えたまま停止。


「……は……っはは」


 ようやく事態を飲み込めてきたのか、掠れる引き笑いと共に、肩を上下させた。


「ば、ばばば、馬鹿が。運の無い奴がしゃしゃり出るから、こうなるんだよ……そうだ。運だ、運は今、俺に向いているんだ、追い風なんだ」


 自分に言い聞かせながら、震える手で拳銃をしまうと、アタッシュケースをまたギュッと両手で抱きかかえる。

 人を撃ったという興奮から、ダニエルの鼻息を異常なほど荒くする。


「この金と、アレがあれば、俺はやり直せる……身体売る以外に使えねぇガキを抱えて、チンピラのパシリにされる日々なんざ、もううんざりだ。金と物を使って、人生をやり直すんだ。糞みてぇだった俺の運命に、リベンジを決めてやるんだッ!」


 言葉だけは前向きなことを叫んで、ダニエルは逃げるよその場から駆け出した。

 港の静寂が戻り、聞こえてくるのは寄せては返す波と風の音だけ。

 残されたのは、錆びたコンテナの隙間に、大の字になって横たわる青年の死体。

 いや、胸に穴こそあいてはいるが、血などは一切流れていなかった。


『――ッ! ――る!? ――ョウ!』


 波風に紛れて微かに、女性の声が何処かから聞こえてくる。

 壁一枚隔てた部屋から漏れ聞こえるような音声が、断片的に内容がギリギリくみ取れない音量で、夜の港の空気を僅かに震わせた。

 それに呼応するよう、横たわるジョウの身体が、ピクッと動く。

 大きく息を吸い込む音と共に、上半身を起こしたジョウは、痛みを堪えるように顔を顰めながら胸に空いた穴を指で穿った。


「ってぇなぁ……ったく、俺じゃなけりゃ、死んでたぞ」


 空いた穴から指を引き抜くと、奇妙な形にひしゃげた硬貨が一枚。

 サバサンドを奢って貰った時、お釣りで貰った硬貨に弾丸が命中し、受け止めてくれたのだ。

 指で摘んだそれを眺め、ジョウは皮肉交じりにふんと笑う。


「相変わらず、忌々しいくらいの悪運の強さだ」


 弾丸でひしゃげた硬貨をギュッと握りしめ、反対側の胸ポケットにしまった。

 その間も、奇妙な女性の声が聞こえてくる。

 声の発生源は、すぐ真横にあるコンテナからだ。

 軽く嘆息してからジョウは、コンコンと合図するかのようコンテナを叩く。


「聞こえてるよキャシー……説得は失敗。フェイズ2だ」


 コンテナの向こうから微かに、「OK」と言う声が聞こえた。

 もう一度息を吐いてから、ジョウは膝を叩いて立ち上がる。

 横のコンテナを見上げると、自分の身長より大分高い。

 戸惑うことなく軽く助走距離を空け、口の中で何やらブツブツと呪文を唱え地面を蹴った。


 普通だったら、どんなに跳躍しても届かない高さだ。

 しかし、跳躍の限界点まで達したジョウの身体は、不自然にグインと押し上げられるかのよう持ち上がった。

 伸ばした手がコンテナの縁にかかり、腕力だけで身体を上へと引っ張る。

 登ったコンテナの蓋部分は不自然に半分、千切れるように破損していた。


「待たせたな、お姫様」


 雲間から覗く月明かりが、コンテナの内部を薄く照らし出す。

 コンテナの中に寝そべるよう隠されていたのは、人型の機械人形。

 魔導機兵だ。

 胸のちょっと下。人間でいうところの、鳩尾付近が展開していて、露わになった操縦席にジョウは身を滑り込ませる。

 良く馴染む座席に腰を下ろし、前屈みになる態勢で二つの操縦桿を握った。


「――クローズ」


 唱えると、音を立てて展開していた装甲が閉じていき、操縦席は闇に包まれる。

 正面にある計器だけが、淡く発光しているだけ。


「――スタンドアップ」


 もう一度、言葉を唱える。

 頭の中でガチッと撃鉄が落ちるような音が響き、体内で螺旋状に魔力が回転を始めた。

 神経の一部が魔力を通して、何処かに繋がったかのような感覚が全身を巡る。同時に一際甲高い金属音が回転を増すように鳴り響き、それが駆動音となって機体に魔力を注ぎ込み、操縦席内部に光が灯された。

 覚醒して瞳を開くよう、前方向180度のモニターが展開。

半分剥がされたコンテナの蓋と夜空を映し出した。


『感度良好。ご機嫌はいかがかしら?』

「問題無い。ウチの姫様は、狭くて魚臭い場所の押し込まれても、空さえ見えてりゃご満悦らしい」


 通信機から届くキャシーの声に、コンソールを弄りながら軽口を返す。

 その間、キャシーが改めて依頼内容をおさらいした。


『今回の依頼。本当は州軍から闇ルートに流失した物資を、押さえるのが仕事だったわ。けれど、情報戦でまんまと出し抜かれて、予定より前倒しで物資の金銭による受け渡しが行われた……それだけかと思ってたんだけど』

「実際は、下っ端だったダニエルが、妙な欲を出して物と金を強奪し逃走。取引はご破綻ってわけだ。まぁ、州軍としてはテロリストに横流しされる、ギリギリで阻止されたんだから、首の皮一枚で助かったってところだろうな」


 操縦桿の具合を微調整しながら、ジョウも貰った情報を反芻する。


「だから、妙なチンピラが娘のところまで来て、脅しをかけてたのか」

『……娘、ね』


 独り言が聞こえたらしく、キャシーが通信機越しに、意味深に繰り返す。


「何だよ? 何か、言いたいことでもあるのか」

『……まさかとは思うけど、妙な正義感なんて、出すつもりじゃないわよね?』


 疑わしげな声に、ジョウはすぐさまハッと鼻で笑った。


「馬鹿を言うなキャシー。俺はまだ、子を持つ父親の気持ちがわかるほど、人生が充実しちゃいないさ」

『でも、クソッたれな親を持つ子の気持ちは、わかるんでしょ?』

「…………」


 グサッと、胸の奥底に刃が突き刺さる一言に、ジョウは思わず言葉を飲み込んでしまう。

 その沈黙に確信を得たのか、キャシーは厳しい口調で言葉を重ねる。


『依頼の内容は、あくまで物資の奪還、または破壊よ……ダニエル・ハモニカの生死は問われていない。勿論、生きていた場合、拘束して軍か警察に引き渡す必要はあるけれど』

「……そうだな」

『まさか、迷っているの? 自分の子供に売春をさせた挙句、捨てるような屑親なのよ? どうなろうと、貴方の知ったことじゃないじゃない』

「……そうだな」

『仮に親子でまた暮らせるようになっても、舌の根も乾かぬ内に、同じことを繰り返すに決まってる……それに彼の所属していた組織だって、生きているとわかったら、必ず制裁にやってくるわ。娘諸共だろうと、お構いなしにね』


 甘さを非難するよう警告も交えて、キャシーは捲し立てる。

 彼女の意見は最も。何も間違えたことは言っていない。

 妙な情と正義感を抱いて、ダニエルを見逃したとしても、彼は遠からず制裁を受けることになる。本人は気づいていないが、それほどまでにダニエル・ハモニカは大きな勢力を、敵に回してしまったのだ。

 下手な立ち回りをすれば、その矛先がジョウに向けられ兼ねない。


「なぁ、キャシー……いつも思うよ、お前はいい女だって」

『な、何よ急に……貴方がそう言う時って、大概、碌なことが起きない前振りなんだけど』


 警戒するような声を出しながらも、いい女と言われて、満更でも無い声色だ。

 そこそこ長い付き合いだが、この素直さはジョウにとって、とても好ましい。


「常々思うよ。俺が今も、こうして飯を食っていけるのも、ギルドマスターのキャシーが仕事を回してくれるおかげだって」

『そりゃ、まぁ……私もお仕事ですからぁ。腕のいい人間に、仕事を回すのは当然のことよ』

「その仕事だって、キャシーのバックアップがあるから、安心して打ち込めるんだ。感謝してるぜ」

『な、何よぉ、急に。照れるじゃない』


 恥ずかしがる風だが、口調は完全に蕩けきっている。

 少し褒めただけでこれとは、まるてティーンの学生のような初心さだ。


「仕事が終わったら、今までの礼を込めて食事でも奢るよ。いいだろ?」

『そ、そう? それなら、私の自宅でもいいのよ? ちょうど、先月買ったワインが飲みごろだから……』

「そいつは重畳。素晴らしい考えに、楽しみが増えたぜキャシー……だからさ」


 自分が出せる限界まで甘い声色で語りかけ、一拍間を置いて息を吸い込む。


「俺のやり方に口を挟むな、そんな暇があるならベッドの上で俺を誘う方法でも考えてな」

『――なッ!?』


 次に響くであろう罵声を阻止する為、通信機のスイッチを切ってしまう。

 音声が途切れ操縦席に駆動音だけが戻ると、ジョウは満足そうに眼を細めた。


「悪いなキャシー。俺は俺のやり方を通させて貰うぜ……例え、どんな結果になろうとな」


 甘い考えを抱いているのは、誰よりも自分がよく知っている。

 こんな時代、世の中は弱肉強食だと得意げに語るまでも無く、弱者が食い物にされるのは子供でもわかりきっている。下手に弱者を助けようと手を伸ばせば、自分も泥沼に引きずり込まれて、はいそれまでよ。

 弱気を助け強気を挫くなんてことが出来るのは、英雄譚で語られる勇者だけだ。

 金にもならないお節介なんて、焼くだけ馬鹿を見るのがオチ。見て見ぬふりをするのが、賢い人間のやりかただろう。

 わかっている。わかっているが、どうにもジョウは、それが出来ない性質らしい。

 改めて操縦桿を握り直し、数回深呼吸をする。


「マークⅦ・バッドラック。さぁ、夜の遊覧飛行と洒落込もうか!」


 握った操縦桿を押し込み、右足のペダルを段階的に踏む。

 駆動音がより大きく、甲高く響くと、小刻みな振動と共にモニター越しの視界が動く。

 半分だけ残った蓋を押し外して、魔導機兵バッドラックが立ち上がる。

 背にM字型のウイングを展開すると、そこから淡い青色の粒子を放射した。

スラスターから噴出する粒子が地場に干渉して浮力を生みだすと、夜空を青白く幻想的な光を撒き散らして、バッドラックは導かれるよう上昇していき、激しい駆動音と共に急速発進していった。




 ★☆★☆★☆




 アタッシュケースを抱えたダニエル・ハモニカは、息を切らせながら走っていた。

 コンテナの並ぶ港の海沿い。右手には、暗い海が広がっている。

 潮風が吹き抜ける夜の海は、真っ暗でどす黒く不安感が余計に煽られた。


「ハァハァ……クソ、クソッ! どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって!」


 走って乱れる呼吸でも、ダニエルは八つ当たりでもするよう毒づく。

 繰り返す言葉は数年前から同じ。こんな筈じゃなかったという言葉が、既にダニエルの口癖になっていた。


 若い頃はそれなりに夢があり、努力すれば夢に手が届くと信じて疑わなかった。

 成長するにつれ現実を知り、才能の限界を知り、けれど諦めきれずに夢を追い続けた結果、気が付けばダニエル・ハモニカは三十を超えてしまっていた。

 夢を追う振りをして現実を直視せず、努力という言葉を建前に自分を偽り続ける日々。

 何時しか夢の中でも夢を見なくなり、やっていることはチンピラの使いっ走り。

 行きずりの女と関係を結び、病気で死なれた挙句、余計なお荷物まで背負わされた。


 ああ、こんな筈では無かった。これは何かの間違いだ。

 内心で苛立ちながら、腕力自慢のチンピラ達に毎日、へこへこと頭を下げる。


「けど、けどそんな日々はもう終わりだッ。金とアレがありゃ、こんなごみ溜めから抜け出せる……人生は、人生は何歳からだってやり直しが利くんだッ!」


 汗をダラダラと流しながら、思い描く明るい未来にへらへらと頬を緩ませる。

 明るい希望を象徴するよう、灯台の青白い光がピカッと周囲を照らしていた。


「……ハッ? 灯台?」


 そんな馬鹿なと、ダニエルは足を止める。

 灯台なんて、ここ数年動いているのを見た覚えが無い。

 そう思った瞬間、頭上を光が轟音と共に駆け抜けた。


「――わっぷ!?」


 背中を押し倒すような強い突風に煽られ、ダニエルは無様に地面に倒れ込んでしまう。

 倒れた拍子に腕から離れたアタッシュケースを、地面を這いずりながら慌てて抱き込み、何事かと周囲に首を巡らせた。

 頭上から降り注ぐ光の粒子と、生温かい突風。


「……あ、あれは!?」


 地べたに倒れ込むダニエルを見下ろすよう、空中で旋回する大きな人の姿をした何か。


「ま、マークⅦ? ワルキューレ社製、第二世代型の、空戦姫機兵試作七号機かッ!?」


 現代錬金学の至宝、魔導機兵と呼ばれる、人型の機械人形だ。

 その中で空戦機兵と言う種別に分類される機体に、ダニエルは我が目を疑った。

 細部や装甲の塗装こそ違うが、確かに見覚えのある独特のシルエット。

 戦姫と呼称されるよう、何処となく女性を連想させる細い機体のライン。鋭角に装甲が突き出た肩部や、腰回り、膝関節などは棘を秘めた華を思わせる。何よりも特徴的なのは、左右で微妙に形の違うアシンメトリーな構造だ。

 これこそが、独自のデザイン性を追求し続けていた、ワルキューレ社の特徴でもある。


 唯一、ダニエルの知識と違う所があるとすれば、黒曜石のような美しい光沢を持つ装甲を汚すよう、所々に散りばめられた真っ赤な模様だろう。

 血飛沫を連想させる赤は、何処と無く不吉さを見る者に与えていた。


『――ダニエル・ハモニカ!』


 頭上を飛ぶ機体から、スピーカーを通して男の声が飛ぶ。

 聞き覚えのある声に、ダニエルは驚いたよう目を見開いた。


「その声……さっきの。生きていやがったのかッ!」


 ◆◇◆◇


 モニター越しに見下ろすよう、地面に倒れるダニエルの姿が確認出来た。

 背中のウイングから発せられる、推進力を生み出す魔力粒子のおかげで、ライトを点けずとも確りと姿を見つけることが可能だ。

 外部へのスピーカーは音になっているので、ジョウは普通に会話するよう言葉を発する。


「諦めろダニエル。アンタに逃げ場は無い。ここで、捕まっとくのが身の為だ」


 言いながら、向こうの声が聞こえるよう、集音のボリュームを調整する。

 同時にモニターに別ウインドウを展開し、ダニエルの姿を拡大で映し出した。


『ば、馬鹿を言うなッ! 俺は、俺の人生はこれからが本番なんだよッ! 屑共を出し抜いて、数年は遊んで暮らせる金と、物を手に入れたんだ……俺はついてる。糞みたいな人生を抜け出して、ようやく追い風が吹き始めてるんだッ!』


 大事そうにアタッシュケースを抱きかかえ、ダニエルは唾を飛ばして叫ぶ。

 これはもう、話し合う余地は無いと、ジョウは大きく息を吐き出した。


「やれやれ。んじゃ、無理やりにでも……ん?」


 ダニエルは立ち上がると、逃げるようにコンテナ群の奥へと入り込む。

 隠れてやり過ごすつもりか?

 一瞬そう思いかけたが、直ぐに考えを改めた。


「アイツ、まさかッ!?」


 慌てて操縦桿を倒し、バッドラックで逃げたダニエルを追う。

 奪った物が何かを思い出せば、彼が何をしようとするかは容易に想像が出来る。


「高を括ってたがもしかして……動かせるのか?」


 早口で呟き、モニター越しに目を凝らしてダニエルの姿を探す。

 バッドラックに探索系の機能は備わってないので、人を追うとなればモニターから自分の目で探さなければならない。


 いっそのこと、強引にでも炙り出すか?

 そんな物騒な考えが過った瞬間、視界の隅に何か光る物が見えた。

 赤い尾を引き、真っ直ぐバッドラックを狙って飛んでくるそれに、ジョウは叫んだ。


「――火炎弾かッ!?」


 バッドラックは身体の向きを真っ赤に燃え盛る火炎弾の方に向けると、後ろに背負う細長い鉱石のような物を引き抜く。

 白銀と黒鋼が混ざり合った、奇妙な色合いの細く長く、先端が鋭く尖った長物。

 酷く武骨ではあるが、それは一本の長剣だった。


「いきなり、危ないんだよッ!」


 縦に真っ直ぐ振り落された刃は、火炎弾を真っ二つに切り裂く。

 火花が散るように、周囲を一際赤く明るく染めた後、火炎弾は消え去っていった。


『クソッ。上手く防ぎやがって、忌々しいッ!』


 地の声では無く、スピーカーを通したダニエルの声が響く。

 コンテナ群の一角から、鉄箱を吹き飛ばしながら跳躍する、一機の魔導機兵。

 バッドラックよりも武骨で、洗練されたデザインの空戦機兵は、装甲に刻まれた魔術兵装の文様を展開しつつ、周囲に火炎弾を五発程生み出す。

 その姿に、ジョウは皮肉交じりに唇を吊り上げて笑う。


「払下げの横流し品とはいえ、流石は軍用……素人でも機動がスンナリだ」

『ハハッ。そりゃ、お前の失敗作に比べればなぁ……どんだけ腕が立つか知らないが、俺には今、風が吹いているんだッ。負ける理由など、無いッ!』


 叫び、ダニエルの機体は火炎弾を連続で発射してきた。

 相手は軍隊が正式採用していた、信頼性抜群の一品。

 これは中々、骨が折れるかもしれないと思いながら、ジョウは飛んでくる火炎弾を見据え、操縦桿を握る手に魔力を集中していた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ