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♯13 女心に振り回される





 魂魄融合≪ソウル・フュージョン≫

 それは純正の魔導機兵の中でも、限られた一部に許された近代の魔法。

 幻想が終焉を迎えた時代で、唯一残っている神秘の御業だ。

 精霊核を元とする純正魔導炉を積んだ、いわゆる第二世代型魔導機兵の特徴は、操縦者の魔力供給が必要だということ。

 魔導機兵の全てを人体が生み出す魔力で賄うことは不可能な為、大原則として魔鉱石という魔法物質から抽出されるマナが、燃料として必要とされる。これは機兵だけでは無く、全ての魔導技術で動く物に当てはめられことだ。

 第三世代型の魔導炉や、簡易化された魔導エンジンは全ての動力をマナで賄っている。


 しかし、第二世代型は違う。

 魔導炉の源となるのは化石化した精霊であり、一般的には精霊石と呼ばれる。

 石化した精霊が高位であればあるほど、強い力を内包しそれらが純度によって区分され、一定の力を秘めた精霊石が純正と呼ばれる存在となり、純正魔導炉を動かせる人間を、現代ではウィザードと呼称されるのだ。


 術者が機兵と魔力を共有することで、得られるメリットは様々。

 積んでいる純正魔導炉の個性によって違うが、共通するのは感覚がよりシャープになり、機兵を動かしていながら、あたかも自分自身が動いているかのよう錯覚するほど。より感覚的に機兵を操作することが出来る。


 当然、デメリットも大きく、何よりも操縦者に高い技能を要求する。

 近年になって軍の主力が、第三世代に移り変わってしまったのは、リスクも少なく操作性も向上したことが大きいだろう。

 それでも操縦者の技術さえ伴なえば、未だに能力で他の追随を許さないのもまた事実。


 そのことを証明するかのよう、アイアンメイデンは吠え猛るよう荒ぶる。

 左の肩盾を失いアンバランスになった外見を補うよう、一つ目の鍵を外し操縦者からの魔力供給を受けて、赤い装甲の表面に更に赤い、深紅の魔法陣を展開する。

 素早く走る魔法陣は一瞬にして、アイアンメイデンの全身を覆い作る。

 不恰好な様を晒す鉄の乙女をドレスアップするかのように、広がりを見せる深紅の魔法陣は更に装甲の外側にまで進出。爆ぜる魔力による紫電を散らしながら、立体的に絡まり合いアイアンメイデンの脚部、腰部、そして肩部の肩口から肩先までに、魔法陣で作られた追加装甲を生み出した。


 それは、深紅の魔法陣で編み作られた砲塔だ。

 大中合わせて、全部で八門の砲塔を装着したアイアンメイデンは、ただでさえ巨大で重厚な立ち姿を更に膨れ上がらせた。

 巨大な機兵では無く、小さな戦艦と呼んだ方がしっくりとくる。

 光源がほぼ無い操縦席の中、メイベルは急速に搾り取られる魔力による苦痛を堪えながら、赤く輝く瞳でモノクロのモニターを見据える。

 見難い外の風景も、魂魄融合したメイベルには肉眼で見るよりよく見渡せた。


「良い位置取りね……そこなら、無辜の民草達を巻き込む心配も無いでしょう」


 野次馬達は左手側にいるので、射線上には剣を構えるバッドラックのみ。

 足を止め砲撃態勢に入るアイアンメイデンに危機を察知し、急ぎ防ぐ為こちらに踏み出そうとしていた。

 バッドラックの機動力は脅威。

 だが、そこは既にアイアンメイデンの射程領域だ。


「――我が砲火の謝肉祭に、易々と踏み入れると思わないことね!」


 魔力が燃え上がり気分が高揚するメイベルの目元に、魔法陣が展開してバイザーのように覆う。

 傍目からはモノクロの画面だが、魔法陣を通して見るメイベルの視界は良好。距離はミリ単位まで、風向きや風速も正確に目視出来る。

 左右の視点が合うよう、狙われぬよう左右ジグザグで動くバッドラックに、十字の照準がロックオンされた。


「砲門、八、七、六、五番、連続射撃……てぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」


 声に合わせて引き金を絞るよう、両手の小指、薬指を動かした。

 刹那、轟音と共に激しく機体が揺れ、反動に耐え切れぬようアイアンメイデンの巨体が地面を削るよう後ろに下がった。


 ◆◇◆◇


 放たれたと思った時には、目の前に深紅の閃光が爆ぜていた。

 アイアンメイデンが生み出した魔法陣の砲塔。

 脚部、腰部に装着された砲塔、計四つから連続で放たれたのは、実弾では無く圧縮された魔力による粒子砲。僅かに放電しながら赤く伸びる閃光は強い熱を帯びているらしく、地面に広がる青々とした草原を焦がして道を作る。

 直撃を喰らえば、一発でおしまいだ。


「だが、速度は緩い……これなら」


 回避は簡単だ。

 ゾッとする威力を持っていようが、大艦砲戦のように直線的な砲撃に、遅れを取るほどバッドラックはのろまでは無い。

 メイベルも予測済みだからこそ、残り四門を温存しているのだろう。

 回避する為に飛び上がれば、残りの砲塔で狙い撃ち出来る自信があるのだ。

 瞬きをする間には、もう砲撃は着弾している。

 考えている暇は、一秒として無い。

 手ぐすねを引いて待ち構えるメイベルの姿が、砲撃最中のアイアンメイデンに重なり、自然とジョウの頬には乾いた微笑が浮かび上がる。


「面白い……なら、競争といくかッ!」


 速度を更に跳ね上げて、羽ばたくようにウイングのスラスターから魔力粒子を最大放射し、バッドラックはほぼ垂直に急速上昇していった。


 ◆◇◆◇


「……あはッ♪」


 メイベルの唇が歓喜に歪む。


「釣れた……いいえ、用意した舞台に自ら望んで踏み入れたのね。いいわ、素晴らしい、それでこそ私の初陣を飾る相手に相応しい!」


 躍るような声色とは相反するよう、魔力の宿ったメイベルの眼光は怪しく輝く。

 跳躍するバッドラックの足元を、放った砲撃は通り過ぎいく。

 ある程度まで上昇したバッドラックは、速度を保ちつつ空中で反転すると、落下による加速を乗せて放射線の軌道を描きアイアンメイデンを狙う。

 当然、既に十字の照準はロックオン済みだ。


「出し惜しみは無しよ。魂魄果てるまで撃ち尽くす」


 呼吸を整える。

 砲撃に必要な過剰なまでの魔力供給に、熱が奪われ急速に身体が冷えていく。

 その癖、現状で最も魔力が集中している眼球だけが、燃えるような熱を持つ。

 感覚を一点に集中し集中し、更に焦点を絞るよう奥歯を限界まで噛み締め、メイベルは血走る両の目を限界まで見開いた。


「一番から四番まで一斉射撃ッ、てぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」


 肩背の一番、二番砲塔。肩口の三番、二番砲塔から一斉に砲撃が放たれ、アイアンメイデンの機体は更に後ろへとずり下がる。

 先ほどと同じく四筋の赤い閃光が、真っ直ぐとバッドラックに向かう。

 ジョウが、バッドラックが本当にあえて狙い通り動いたとすれば、この砲撃を躱せる自信があるのだろう。

 そこを更に一手、メイベルは奥の手を仕込む。


「――味わいなさい。これが初陣を彩る、劇的なる勝利への挨拶代わりよ!」


 ◆◇◆◇


「――マジかよッ!?」


 予想外の光景に、ジョウは声を荒げる。

 下降しながら剣を構えるバッドラックを狙って、四つの砲塔から赤い粒子砲の対空砲火が放たれる。

 放たれるとほぼ同時に、四つの粒子砲は爆ぜ、流星群のような無数の光へと化したのだ。


 躍るような軌道を描きながら、地表から空へと降り注ぐ赤い雨の如く、無数の閃光がバッドラックに襲い掛かってくる。

 複雑に絡み合いながら、独特な軌道を描く閃光はまるで自己の意思でもあるかのよう。


「誘導式かよッ。痺れるねぇ、全くッ!」


 ここまでの道中、賞金稼ぎ共に使われた兵装と似通った誘導式の砲撃。

 前回と相違点は数が倍以上あること。

 このタイミングでは、誘導妨害を使っても防ぎきれない。

 回避する方法を考えるまでも無く、本能が身体を突き動かし体内の魔力を更に振り絞る。

 思考する暇などありはしない。伸るか反るか、一か八かに賭ける局面だ。


「――ッ!?」


 高まる魔力に反応して、顔の紋様が一際眩く発光する。


「魂魄融合ッ、第二鍵解放ッ!」


 スペル入力すると同時に、後頭部に鋭い痛みが走り、目の奥が燃えるように熱くなる。

 人体と魔導機兵を繋ぐライン。安全装置とも言える全部で五つある内の、二つ目の鍵を解放することで、魔力供給は更に高まる。

 強制的に魔力が増幅され搾り取られ、全身に耐えがたい負荷がかかった。

 文字通り命を削り魂魄を燃やす技に応えるよう、バッドラックは更なる翼を得て、縦横無尽に空を行く。


 ◆◇◆◇


 血走り、ノイズのような揺らぎの入る視線の先に、メイベルはあり得ないモノを見た。


「……信じられない。アレが、空戦機兵の機動だとでも言うの?」


 赤い無数の閃光が切り裂く蒼穹を舞うのは、漆黒の装甲を纏う鋼の戦姫バッドラック。

 空戦機兵が発揮出来るであろう最高の速度で空を疾走するバッドラックの動きは、誰もが知る常識とはあまりにもかけ離れたモノだった。


 網の目のように絡みながら飛ぶ拡散粒子砲。互いに対消滅しない為に空いた僅かな隙間を、縫うように飛ぶバッドラックは、神業の如き機動を見せる。いや、神業だなんて表現は生温い。上下左右、三次元的空間を最大限に生かし、バッドラックは重力を無視するかのような多角的機動で赤い閃光を回避していた。

 狭い筒の中をボールが高速で跳ね回るような、そんな動きが最も近しいだろう。


「この私の目が、追い切れないとでも言うの?」


 メイベルの魂魄融合、カーニバル・ミリタリーマーチ。

 その効果は魔力を具現化した砲塔を追加武装するだけでは無く、胆はメイベルの視覚を遠距離戦闘に特化した仕様に増幅すること。先ほど発射された拡散粒子砲は視覚誘導であり、彼女の目の届く範囲は全てアイアンメイデンの射程距離に納められる。

 通常の視力、動体視力共に底上げされている為、逃れるのは困難を極める。

 この目がある限り、遠距離戦でメイベルの優位は揺るがない。その筈だった。


「動きはギリギリ追えている。けど、ロックオンから命令を受けて軌道を修正するまでの僅かなタイムラグが、後一手バッドラックを仕留めきれないッ」


 忙しなく動く眼球が、縦横無尽な回避行動を見せるバッドラックを捉え続ける。

 目は真っ赤に染まるほど充血し、今にも血が噴き出そうだ。

 ジワリと、胸の奥底から焦燥感が滲み出る。


「連続砲撃ッ、てぇぇぇぇぇぇッッッ!!!」


 狙い撃てないのなら、当たるようばら撒けばいい。

 続けて全砲門からの一斉射撃に、地響きが視界を揺らしアイアンメイデンの巨体を、更に後ろへと引き摺らせた。

 砲撃な勿論、拡散粒子砲。

 赤い閃光が群れをなして、天の蒼空を追い落とさんと襲い掛かる。


 ◆◇◆◇


 眼前を染め上げるのは、暴風雨のような粒子砲の嵐。

 ただでさえ絶望感に苛まれる弾幕が、追加の砲撃により数が単純に二倍となる。

 これはまさに、地表から天へと降り注ぐ雨が如く。

 降る雨を避け、濡れずに家路に帰るという無謀な遊びを、子供の頃一度は挑戦したことがあるかもしれない。結果は言うまでも無く失敗。当然だろう。雨の隙間を縫って濡れずに移動するなど、不可能なのだから。


 だが、不可能を可能にする方法こそが魂魄同調。現代に残った最後の魔法だ。

 一切加速を緩めず飛行を続けるバッドラックの操縦席内で、術式の紋様を顔に刻んだジョウは必死の形相で歯を噛み鳴らす。


「んぎぎぎッ!」


 超絶技巧による三次元機動。

 空中で舞い踊るように多角的な機動で粒子砲を回避し続けるバッドラック。

 人知を凌駕する動きに見えても、中で動かすのは一人の人間であるのだから、身体にかかる負荷は計り知れない。


 全身の様々な方向に加重がかかり、骨と筋肉が悲鳴を上げ軋み続ける。

 それでも。魂魄同調を解放し、重力から解き放たれた超三次元機動をもってしても、放たれる拡散粒子砲を全て回避出来るわけではなかった。

 上下反転しながら遠い地表を目指すバッドラックを、逃す者かと粒子砲は追いすがる。


「――ッ!? なにッ!」


 一撃一撃は破壊力の低い魔力粒子。

 邪魔をするなと言うように、数発を剣で切り払い強引に進むバッドラックの肩と左足を、上と横から飛来する赤い閃光が穿った。


「――ヤベェ、喰らっちまった!?」


 薄っぺらな装甲は容易く貫かれ、着弾した部位から黒煙が立ち上る。

 いや、今のは避けられるタイミングだったし、ジョウも完璧に反応出来ていた。

 回避行動を取った瞬間、機体の反応がワンテンポ遅れたのが原因だ。


「チイッ。操縦のレスポンスが悪いッ。この局面でご機嫌斜めかよ姫様ッ!」


 何とか立て直すが、二発の着弾は確実にバッドラックの推進力を削いだ。

 次々と群がる粒子砲が、黒い装甲を刺し貫く。

 僅かな減速と反応速度の鈍さの所為で、ついコンマ数秒前まで完璧な機動を披露していたバッドラックの姿が、見る間に損傷が激しくなる。

 それでも推進力が衰えないどころか、死中に活を見出すように再加速した。


 ◆◇◆◇


 歓喜に沸いていたメイベルの表情が、驚きによって崩れる。


「まさか……弾幕を抜けたですって!?」


 拡散粒子砲の一斉放射に捕えられ、機体は既に中破状態。

 それなのに、バッドラックは黒煙を上げる身体に鞭打つよう、ウイングのスラスターから限界以上の魔力粒子を放ち、此方へ向かって真っすぐ突貫してくる。

 既にその距離は近く、一斉放射で撃ち尽くした弾幕の内側に飛び込んでいた。


「クッ……チャージが、間に合わないッ」


 赤い魔法陣で構成されていた筈の砲塔は、今は消え去りそうな薄い桃色と化している。

 砲撃に必要な魔力が、足りていない証拠だ。

 不味い。と、メイベルは焦りから唇を噛み締める。


「踏み込まれたら、近接装備の無いアイアンメイデンは無力。このままでは……」


 敗北する。

 その二文字が脳裏に浮かんだ瞬間、カッと胸の奥に熱いモノが込み上げる。


「この私の初陣が負け戦? そんな馬鹿げた話……」


 小さく言葉を呟いてから、気持ちを落ち着かせるかのよう、鼻から大きく深呼吸をする。

 一瞬息を止めた後、メイベルは座席から腰を浮かせて血走った目を限界まで大きく見開いた。


「――許容出来るモンですかぁぁぁァァァァァッッッ!!!」


 咆哮が狭い操縦席を震わせ、メイベルの身体を取り囲むよう、複数の魔法陣が出現する。

 身体を覆う魔法陣はクルクルと横回転しながら、真っ赤な色で強く発光した。


「魔力が足りないんなら、限界まで搾り取れば済む話よッ!」


 狂気の混じる声を出すメイベルは、出現させた魔法陣を通して、強制的に限界以上の魔力をアイアンメイデンに注ぎ込む。

 リミッターを振り切って魔力を供給する方法を使用しているので、身体にかかる負荷は先ほどまでの非では無い。

 それこそ、命に係わると言って良いだろう。


「ぐっ……んぐぐッ」


 額に血管を浮き上がらせ、メイベルの表情が苦悶に歪む。

 頭の中は沸騰しているかのように逆上せ上り、熱が極限を超えてしまった為か、鼻からタラリと血が流れ顎先から滴り落ちる。

 迸る魔力供給を受けて、薄紅色だった砲塔は色鮮やかな深紅へと戻っていく。


「必中轟沈ッ! 死なば諸共ッ!」


 チャージが間に合った魔力は、右肩先の一門のみ。

 刹那の瞬間を見切り、必殺の覚悟を込めて悪運を穿つ一射を放った。


 ◆◇◆◇


 機体は既に満身創痍ながら、ギリギリとところで弾幕を切り抜けたからといって、油断して気を緩めるほどジョウは緩い人間では無い。

 距離は大分近づいた。


 しかし、これはまだ砲戦の距離。

 バッドラックの握る剣では、まだギリギリ届かない位置だ。

 逆にこの距離で魔弾の放射を許せば、避けるのは難しく直撃は避けられない。

 ウイングから加速の為の魔力粒子を放射し続け、超絶機動から通常の直線的な動きに機動を切り替えて、速度を保ちつつ一直線にアイアンメイデンを強襲する。

 直線的な動きは、砲撃者からすれば恰好の的だろう。

 向けられる砲塔。放射されれば、ジョウの勝ちの目は消える。


「俺は我慢強い方でね……コイツでコールだ!」


 バッドラックは右手に握る長剣を振り上げる。

 まだこの距離は剣の間合いでは無い。

 しかし、構わず無造作に上下へ振り落した。

 振るった瞬間刀身が発光すると、魔術を示す紋様が浮き上がり、出鱈目と思われた斬撃は魔力の塊と成って飛翔する。


 斬撃の放出。

 魔力で形成された三日月形の斬撃は、アイアンメイデンの右肩に衝突した。

 残念ながら装甲の分厚い部分に辺り、効果的なダメージは与えられなかったが、表面がひしゃげるほどの衝撃に巨体が大きく揺れ動く。

 それにより放射された魔弾の機動は僅かにずれ、バッドラックの真横を掠め空を裂いた。


 ◆◇◆◇


 口から短く息を吐くと、鼻から止めどなく流れる血が赤い霧となり飛び散る。

 決定的なチャンスを逃した。

 未熟者と内心で罵りながらも、魔法陣越しの瞳は勝機を見失ってはいなかった。


「まだよ。まだ終わらせるつもりは無いわ!」


 眼前には視界を塞ぐように、上空より強襲を仕掛けるバッドラックの姿がある。

 砲撃の間合いは終わりを告げ、ここよりは近接による剣の領域。

 武装を剥がされ裸身を晒すように無防備なアイアンメイデンが、最後に頼るのはその名の通り鋼の身体のみ。

 避ければ運よく次につながるかもしれない。

 しかし、メイベルは迷わず足を前に突き出した。




 ★☆★☆★☆




 めまぐるしく変わる激しい魔導機兵同士のドッグファイトに、野次馬や空賊達は声援を送るのも忘れて見入っていた。


 無理も無い。

 第二世代の魔導機兵同時が戦うだけでもレアなのに、ここまで熱の籠った激戦は、大金をはたいて見るコロシアムでも滅多にお目にかかれないだろう。それがわかっているから、空賊達の中には感極まって、既に泣いている者までいた。

 シャーリーも冷静さを保っていたが、見守る視線は誰よりも真剣だった。


 この中で一人。ユーリ一人だけだ。

 胸が締め付けられるような息苦しさで、この戦いの行く末を見ているのは。


「……ッ」


 知らずに自然と、奥歯を固く噛み締めている。

 悔しい。

 耐え難い苦しみを一言で表現するなら、その言葉が何よりも相応しいだろう。

 自由気まま、重力すら屈服させるように空を飛翔するバッドラック。

 圧倒的な砲火を撒き散らし、蒼天を追い落とそうと荒ぶるアイアンメイデン。

 どちらの姿もユーリには直視出来ぬほど眩く、魅力に満ち溢れていた。


 だからこそ妬ましく、ユーリは胸の内を嫉妬の炎で焦がした。

 自分には何も無い。誇るべき血統も、頼るべき家族も、競い合う友も、誇示できる力も、何一つ持ち合わせてはいない。鍵のかかっていない鳥かごの中で、何の努力もせず自らの不幸をこれみよがしに見せつけているだけ。


 見っとも無い情けなさに、吐き気を催してしまう。

 それでも今までは何とか、そのことに折り合いをつけて生きていくことが出来た。けど、一度空の青さを知ってしまうと、もう駄目だ。殺していた感情が溢れかえり、ここ数日はどうにも制御が利かなかった。


 極め付けば、目の前で繰り広げられているこの光景。

 戦いが激しさを増せば増すほど、ユーリは身を削るような孤独に苛まれていた。

 私も自由に飛びたい。

 そんな他愛も無い言葉も発せられないほど、ユーリにかせられた咎は重かった。


「……私は」


 自分でも意識しない内に、魂が抜け切ったような声が唇から零れる。


「私には何も無い……なにも」


 それはあまりにも空虚すぎる言葉で、直ぐ側にいたシャーリーにも届かず、魔力粒子に熱せられた風に掻き消されてしまう。

 虚ろな少女の悲鳴。それに気が付く人間は、一人としていなかった。

 その瞬間、異変は何の前触れも無く訪れた。




 ★☆★☆★☆




 振り下ろした剣がアイアンメイデンを、今まさに捕えようとした刹那、バツッと嫌な音を立ててモニターが消失した。


「――なんだとッ!?」


 消えたのはモニターだけでは無い。

 各種、機体の数値を示す計器類や内部を照らす照明も消え、操縦席内は一瞬にして闇に閉ざされた。

 辛うじて回っている駆動音も弱まりつつあり、今すぐにでも停止しそうだ。


「システムダウン!? 馬鹿なッ、このタイミングでッ!?」


 あり得ない、あり得てはいけない。考え付く限りでは、もっとも最悪なタイミングで、バッドラックはその全機能を急遽、強制停止させてしまった。

 原因は不明。だが、今一番問題なのは、そこでは無い。


「まだ決着が付いてないんだぞ姫様。勘弁してくれッ」


 流石のジョウのこの時ばかりは軽口も叩けず、操縦桿やコンソールを必死に弄る。

 現在は戦闘中で、しかも今まさにトドメの一撃を放とうとしていた最中だ。

 スラスターも停止している為、推進力を失ったバッドラックは急激に浮力を失い、重力に引かれていく。

 繋がっていた魔力のラインも切れ、ジョウの身体から急速に熱を失われる。


「これは、不味いッ」


 吐き捨てる言葉を肯定するよう、落ちていく機体の全身に衝撃が走った。

 前後に激しく揺すられる衝撃が駆け抜け、装甲の一部が押し潰されるような鈍い音と共に、破損したのか計器部分に僅かな紫電が迸る。


「――ググッ!?」


 身体が浮き上がるほどの振動に身体を揺さぶれ、ジョウの視界は僅かに白く染まった。

 それにより、バッドラックの動きは完全に停止してしまう。

 揺れが収まり、ジョウは咳き込みながら頭を軽く振り、素早く状況確認をする。


「俺の尻が座席の上にあるんだから、姫様は倒れ込んでは無いようだな」


 コンソールも反応は無く、モニターも沈黙したままで外の様子はわからない。

 恐らくアイアンメイデンは目の前にいる筈だが、追撃が無いというのは奇妙な話で、ジョウは眉根を潜めながら身体を沈ませ、操縦席に横にある留め金を外し蓋を開くと、中にあるレバーを右手で掴んだ。


「――よッ、と!」


 身体ごと持ち上げながら、固いレバーを引いた瞬間、操縦席内にプシューという空気が抜けるような音があちこちから響いた。

 同時に操縦席が動きだし前方へスライドすると、外の光が中に差し込んできた。


「どうやら、強制解除のレバーは生きてたようだな」


 眩しい太陽光に顔を顰め、完全にオープンになると差し込む風が、狭い操縦席の息苦しさからジョウを解放してくれた。

 しかし、安堵の表情は直ぐに、険しいモノへと変化する。


「……こりゃ、ちょっと参ったな」


 目の当たりにした光景に、ジョウは言葉も無く頭を掻く。

 前方にはアイアンメイデンの深紅の装甲が。

 そこから伸ばされた右腕が、バッドラックの喉元を鷲掴みして、持ち上げるような形になっていた。


 薄い装甲は容易く砕かれ、指先が突き刺さるよう食い込んでいる。

 大きく機体が揺れた正体は、減速したバッドラックに掌底を叩き込んだモノだったのだろう。

 原因不明のシステムダウン。不運と言えば、不運かもしれない。

 けれど、結果だけを求めるならこの決闘、ジョウの敗北は誰の目にも明らかだ。


「どうしたモンかね、これは」


 予想外の出来事が重なり、ジョウは苦いモノを噛み潰す。

 すると、直ぐ正面にあったアイアンメイデンの胸部が開き、中から操縦者であるメイベルが姿を現した。

 立ち上がると身を乗り出し、真っ赤に充血する瞳でジョウを睨み付けてきた。


「……貴様ッ、なによ最後のあの様はッ!」

「鼻。拭いた方がいいんじゃないのか。血が出てるぞ」


 自分の鼻を差して教えると、メイベルは睨み付けたまま手の平で乱暴に拭う。

 完全には拭いきれず、むしろ血の痕を大きく広げながら、メイベルは苛立つような罵声をジョウに浴びせた。


「心躍り血が沸き立つ勝負の結末が、あのような体たらくだなんて私は認めないわ!」

「認めない、ったってなぁ」


 困り顔で頭を掻く。

 勝負は時の運。実力に運の良さも含まれるのなら、どんなに理不尽なことでも負けは負けだ。ついていなかった自分が悪いのだ。

 だが、メイベルは認めるモノかとばかりに、充血する瞳に炎を灯す。


「運否天賦の結末ならば、私も天命と受け入れましょう。しかし、最後の勝敗を分けた原因は、明らかにそちらの機体のメンテナンス不足。他の有象無象の決闘ならいざ知らず、私の初陣の幕引きには相応しく無いわ!」

「だったら、どうしろって言うんだよ」

「再戦よ!」


 当然とばかりに、メイベルは自分の髪の毛を掻き上げた。

 再戦。それは明らかに、勝者が提案する言葉では無かった。


「貴方には数日間の猶予をあげるわ。その間に機体の調整を、完璧に仕上げなさい」

「……流石にそれは、面倒臭くないか? っていうか、本当にそれでいいのかよ」

「当然よ。このメイベル・C・マクスウェルに必要なのは、完全勝利のみなのだから」


 右手を横に振るいながら、メイベルは堂々とした態度で言い切る。

 何処からそんな自信が湧いてくるのか、向ける不敵な笑みには逞しいの一言。

 一方のジョウは喜ぶべきか悲しむべきか、反応に困りながら、咥えた煙草に火を点けた。


「勝手なことばかり言いやがって……だからガキは苦手だ。ったく」


 紫煙と共に嫌味を口にしながらも、胸の中にはある種の安堵が過っていた。

 謎のシステムダウンに迫りくる制限時間、バッドラックの修理費など頭の痛い問題は山積みだが、とにかく現状は首の皮一枚で繋がった。


「なんとかするしかないか」


 繋がってしまった以上は、大人として最大限の努力を続けなければならない。

 ジョウだって人間だし男だ。

 勝ち負けがある戦いなら、勝ったが愉快に決まっているのだから。





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