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♯12 魂に火を灯せ






 決闘の話は、瞬く間に町全体に広がってしまった。

 鉄道が通っているといっても町自体は小さく、秋の収穫祭など祭りの時期にならねば、ここら一帯が賑わう事は少ない。

 鉄道により安定した収入を得ている住人達は、何時だって娯楽に餓えている。

 魔導機兵同士の決闘など、大都市のコロシアムで高いチケット代を払わなければ拝めないようなモノを、みすみす見逃す間抜けはいないだろう。ましてや互いの面子を賭けた本物の決闘となれば、見る方も否応なくボルテージが上がってしまうだろう。


 流石に町の中で決闘を行うわけにはいかないので、場所を郊外の開けた草原地帯に移す。

 遮蔽物の殆ど無いだだっ広い平原は、観戦するのにも適していた。

 既に噂を聞きつけた住人が集まり、決闘の始まりを今か今かと待ち侘びている。

 結界で安全が確保されたコロシアムならいざ知らず、何の対処もしていない野良決闘の観戦は危険極まりないのだが、野次馬達は巻き添えを食わない位置にまで下がらされ、張り巡らされたロープによって行動を制限されていた。


 最低限の安全しか確保できないが、野次馬達はそれでも構わないと詰めかける。

 ロープのすぐ近くには、カトラスを腰に差した男達が、しきりに大声を張り上げていた。


「はいはい! 危ないから、このロープより先に出ちゃ駄目だヅラ! ちゃんと全員が観戦出来るよう、小さな子供達が前、大人達が後ろでお願いするヅラ! あッ!? そこ、割り込みは駄目だヅラ。誘導員に指示に従って、指定の席に向かうヅラよ!」


 ジョナサンを筆頭とした空賊達が、率先して野次馬達の整理をしていた。

 人相は怖いが甲斐甲斐しい空賊達の仕切に、町の住人達は素直に従っている。

 中にはチャッカリ屋台を始めている空賊もいて、決闘はちょっとしたお祭り騒ぎの様相になってきた。


 老若男女、堅気から無法者まで。

 異様な光景だが、考えてみれば空賊は、この町を拠点としているようなので、この馴染みっぷりも当然なのかもしれない。

 空賊が設営した観覧席には、草原を一望出来るベストポジションが存在する。

 他の観客が入れぬよう厳重に柵が巡らされており、人垣の中にポツンと空いた空間には、VIP待遇を受けるユーリとシャーリーの二人だけがいた。


 椅子に座り老執事まで横に控えさせるユーリに、周囲からの奇異な視線が突き刺さる。

 悪目立ちしている状況に、ユーリは顔を赤らめながら身を縮こませていた。


「……酷い恥辱だわ」

「まぁまぁ、ユーリ様。気を安らげる為にも、お茶でも一杯いかがですかな?」


 笑顔を湛えながら私物のティーポットで入れたお茶を、俯くユーリの目の前に差し出す。


「いや、でも……」

「ご遠慮なさらずに。さぁさぁ」

「……ううっ。何かしら、この何とも言えない逆らい難い雰囲気は」


 躊躇うように顔を見上げるが、シャーリーの温和だが不思議と押しの強い笑顔に押し切られ、ソーサーに乗せられたティーカップを受け取る。

 一口含むと、少し苦みがある爽やかな飲み口がスッと喉の奥に染み込んで行く。


「……美味しい」

「恐悦至極に御座います」


 自然と漏れた言葉に、ニコニコと老執事は優雅に一礼した。

 乗り物酔いで気分が優れないユーリに合わせて、茶葉を選んでくれたのだろう。

 執事らしいシャーリーの心遣いに、思わずユーリの頬が緩みかける。


「……って、何を和んでいるのよ私は」


 直ぐにハッとなって、ユーリはふくれっ面を晒すが、手に持った紅茶は離すつもりは無いらしい。

 その様子をシャーリーはただ黙って、微笑ましげに見つめていた。

 決闘の始まりを待ち望む人々の中、少女と執事の間には特に会話は無い。

 ユーリ自身が人との会話を好まないものあるが、それをシャーリーは察して、無駄話を控えるよう配慮しているのだろう。


「…………」


 申し訳なさそうに横目を向けるが、正直その配慮はとてもありがたかった。

 ユーリの立場からすれば決闘の行方など、どちらが勝っても関係の無いこと。

 性格こそ反りは合わないが、メイベルは他の無法者達とは違い、仁義と礼儀を弁えている人物。決闘の勝利者としてユーリを送り届ける権利を得たとしても、傷一つつけることなく忠実に仕事を全うするだろう。


 対してジョウとの関係は、決して良好なモノでは無かった。

 男性に対する警戒心が強いというのもあるが、ジョウは此方側に大きく踏み込まない代わりに、自分の胸の内に踏み込ませることも無い。

 互いに不干渉を貫く関係は、ユーリにとっても都合が良い。


 空賊達から助けて貰った恩はある。ここまで来る道中、無関心を装いながらも色々と気遣ってくれていることに、ユーリは本当は気づいていた。でも、それは仕事だから。父親から依頼を受けた、ただそれだけのこと。

 積極的にジョウの勝利を応援する理由は、ユーリには無かった。

 なのに……。


「……私が何も言えなくなった時、代わりに前に出てくれたことを不覚にも、嬉しいと思ってしまった」


 僅かな羞恥を滲ませ、ユーリは呟く。

 感情的になった自分を諌めてくれたこと。ただそれだけの行為が、糸を繰るようにほんの僅かだがユーリの心を揺り動かした。

 単純な理由。

 単純だからこそ、ユーリは酷い気恥ずかしさと苛立ちを内心に抱いた。

 イガイガと痛む胸中を誤魔化すよう、渋味のあるお茶を一気に飲み干すと、ざわついていた野次馬達の間に歓声が響いた。

 決闘の一人、ジョウの操るバッドラックが姿を現したのだ。


 M字型のウイングを展開しスラスターを稼働させながら、駆動音と青い魔力粒子を撒き散らして黒い装甲の空戦機兵、バッドラックは草原の上に着地する。

 噴射による風に煽られ、草原の表面が湖畔のように波打つ。

 同時に歓声は更に大きくなり、バッドラックに向かって拍手と口笛が飛んだ。


「マークⅦで御座いますか」


 見上げたシャーリーが、日差しを遮るよう手の平で顔に影を作る。


「名機と呼ぶには些か曰く付きで御座いますが、あの尖がった性能を使いこなせているのならば、ジョウ様は噂に違わぬ名ウィザードなので御座いましょうな」

「……そうなの?」


 思わず、ユーリは聞き返してしまう。

 マークⅦ・バッドラックに関しては、多少の知識とカタログスペックは頭にあるが、実際の性能がどういうモノかは知らないからだ。

 急に問われてもシャーリーは慌てたりはせず、冷静に「はい」と頷く。


「ハイアームズ社の新技術の開発により、操作性は格段に上がりましたが、それはあくまで軍用機に話。民間や型落ちした空戦機兵の操縦には、未だ膨大な訓練量が必要となります。ましてやワルキューレ社に機体ともなれば、操作の難しさと魔力消費はけた違いで御座いましょう。あの会社の機体は、乗り手に尋常では無いレベルの技能を求めますので」

「そこまでなの?」

「はい。わたくしも数名、ワルキューレ社製の機体を乗るウィザードを知りますが、いずれも超一流と呼んで差支えない方々ばかりで御座います」


 信じられないといった顔をするが、執事の口振りからユーリを楽しませるだけのリップサービスでは無いことは理解出来た。

 確認するよう、ユーリは正面の草原で相手を待つ、バッドラックに視線を注ぐ。

 佇む黒い機体に、悠々と操縦桿を操るジョウの姿がダブり、ユーリは慌てて幻を追い払うよう首を左右に振った。


「だ、だったら、彼の勝利は決まったようなモノでは無いのかしら。アナタも彼女に仕える身の上ならば、無茶な決闘は引き留めるべきだったのでは?」


 思考を切り替える為、わざわざ挑発的な物言いをしてしまう。

 しかし、シャーリーは気分を害することもなく、悠然とした立ち姿でニコリと笑った。


「ご心配には及びません。ジョウ様が優秀なウィザードであるように、我が主もまた非凡な才能を持つお人に御座います」

「……悪漢王、ビリーボーイの娘だから?」

「いいえ」


 首を左右に振ったシャーリーの左目に、背筋が寒くなるような鋭い光が宿る。


「メイベル様に戦闘のイロハを叩き込んだのは、このわたくしに御座いますから」

「……ッ!?」


 身内贔屓なんて嫌味も言えぬほどに、シャーリーの言葉には自信が満ちていた。

 その言葉に答えるよう、一際大きな駆動音を轟かせて、一体の魔導機兵が森の中から滑るようにして開けた草原へと飛び出してくる。


 甲高い歌うようなバッドラックの駆動音とは違い、腹部に響くような重低音。

 土埃を上げて姿を現した大型の魔導機兵に、野次馬達の間に歓声が広がるった。

 野次馬や空賊達の喝采を浴びながら、魔導機兵は背に装着したマントを靡かせ、雄々しく決戦の場へと参上する。


 バッドラックより二回りは大きく、分厚い装甲を纏う重量級陸戦機兵。

 左右に巨大な肩盾を装着し、真っ赤に塗装された装甲に身を包む姿は、中世の時代に活躍した重装騎士を思わせる。

 その気高くも凛々しく聳える魔導機兵に、ユーリは目を見張った。


「凄い……あんな魔導機兵、見たことがないわ」

「シュヴァリエL41カスタム……わたくし共は愛称を、アイアンメイデンと呼んで御座います」

「無垢な少女と呼ぶには、外見が武骨過ぎると思うのだけれど」

「だからこそ、無法者なので御座いましょう」


 無理やりなこじ付けのように思いながら、ユーリは見た事も無い規格の陸戦魔導騎兵を見上げた。

 左の肩盾には自らの無法を示すよう、交差するライフルの紋様が刻まれている。

 この重厚な姿こそが、メイベルの無法と仁義を象徴しているモノなのだろう。


 ◆◇◆◇


 別ウィンドウにアイアンメイデンを拡大表示で映し出したジョウは、思わず「おおっ!」と驚きの声を口から漏らしてしまった。

 ビリーボーイの娘なので、乗る機体も空戦機兵だと思い込んでいたからだ。


「あの独特のフォルム。国内で制作されたモンじゃなく、海外からの輸入物だな、こりゃ」


 装甲の重厚さと騎士を模した姿から、恐らくは北にある帝国製の魔導機兵と予想される。

 厳しい支配階級が敷かれる帝国において、国を守る騎士は軍の象徴とされている。その為、国内における魔導機兵のデザインは騎士風に統一されるのが一般的であり、技術的にも美術的にも優れた評価を持つ、甲冑装甲という特殊な兵装を生み出した。


 甲冑装甲の技術は帝国内の秘術とされるので、連邦内でお目にかかることは非常に稀だ。

 基本的には海外への売買は禁止されている品物だし、仮に手に入れられたとしても、お値段の方が通常に魔導機兵より桁が一つ違うだろう。


「レプリカのこけおどしなら、俺も楽なんだけど」


 言いながらも、そうでない事はバッドラックのレーダーが教えてくれた。

 敵性を示す赤いポインタは点滅し、危険を示している。


「純正魔導炉の反応が、ビンビン出ているな。コイツは少しばかり、骨が折れるかもしれん」


 油断ならないと、ジョウが胸の前で手の平を擦り合わせ、改めて二つの操縦桿をがっしりと握り締めた。

 既に準備は出来ているので、後は決闘の開始を待つだけだ。

 気合を入れ直していると、オープン状態の回線から通信が繋がる。


『ふふっ。どうかしら、この私の愛機アイアンメイデンの威風堂々たる姿は』

「輸入物は部品までレアだからな。ぶっ壊れても修理代は、こっちに請求しないでくれよ」

『決闘の場において金勘定の計算とは無粋ね。心配をするなら、己の命の方では無いかしら? 私のアイアンメイデンには、その名の如く慈悲は無いわよ』

「そいつはおっかないが、心配はするなよ。悪運は強い方なんで、ボチボチとやるさ」

『……ふん』


 のらりくらりと挑発を躱され、通信機から不機嫌そうな鼻息が届く。


『まぁ、いいわ。ここよりは互いの誇りをかけた決闘……納得が行くまで心血を注ぎ尽くしましょう』

「ああ。どっちが勝っても、恨みっこなしだ」

『勿論だわ。では……』


 最後は意識を切り替えるよう鬼気迫る低い口調で、メイベルは通信を終了した。

 操縦席内には魔導炉が駆動する音だけが響き、ジョウは数回深呼吸をしてから、チラリとモニター越しに離れた場所で陣取る野次馬達に視線を向ける。

 そのちょうど真ん中。

 一番目立つ場所にいる見知った顔に、軽く苦笑を漏らした。


「応援してくれるような、殊勝な性格はしてないだろうが、無様な姿を見せるのは癪だな」


 自分に言い訳してから、ジョウは吸い込んだ息を止めて身体に力を漲らせる。

 全身の下腹部からつむじの天辺まで、熱のようなモノが螺旋状に昇って行くのがわかる。


 この熱が魔力の本流。

 体内で練られ高められた魔力がバッドラックと融合し、本当の意味で魔導炉に力が宿る。


「よぉし、いい子だ……頼むぜ姫様。今日はこのまま、ご機嫌を損ねないでくれよ」


 あやすように呟いて、バッドラックは背中の剣を引き抜き白刃を横に一薙ぎして、戦闘態勢へと移行する。

 通信が切れた時点で、もう決闘は始まっている。

 後はどちらがファーストインパクトを取るか、今は互いに隙を伺っているのだ。

 相対するアイアンメイデンも、当然、戦闘の準備は完了している。

 両手に握る予想外の武器に、ジョウは軽く驚いて眉を潜めた。


「銃? てっきり近接戦をしてくると思ったんだがな」


 アイアンメイデンが両の手に握るのは、タイプの違う銃を二丁。

 右手にバレルが長い大口径のライフル銃。左手に回転式の6砲身、ガトリング砲を装備していた。

 本来なら両手で構える大きさだが、大型機であるが故に片手で悠々と操る。


「火力と防御力に優れる砲戦特化型か……これは少しばかり、姫様と相性が悪そうだな」


 空を飛べるバッドラックの方が、一見すれば優位に思えるかもしれないが実際は真逆。

 遠距離からの攻撃手段を持たないバッドラックが、無策で飛翔すれば上昇し速度を得るまえに狙い撃ちされてしまう。

 かといって、普通に攻めてもあの強固な装甲を打ち破るのは難しい。


「ここは一つ、小賢しく立ち回ってみますかね」


 相手のスペックが不明な現状で、様子見に徹していてもジリ貧だ。

 多少は危険だとしても、アイアンメイデンを繰るメイベルがどの程度の腕を持つのか図る必要がある。

 ならばまず取るべき行動は。


「――先手、だな」


 下っ腹に力を込めると、ジョウは一気にフットペダルを踏み込んだ。

 背中のウイングを展開し、スラスターから魔力粒子を噴射させると、アイアンメイデン目掛けて真っ直ぐ加速する。

 地面スレスレを滑るように飛ぶバッドラック。

 愚直な行動に驚いたのか、アイアンメイデンの挙動が僅かに乱れるモノの、慌てることなく右手のライフル銃で狙いを定める。

 照準から間を置かず引き金は絞られ、マズルフラッシュと共に弾丸が発射された。


(魔力による魔砲兵装じゃなく実弾による射撃?)


 てっきり圧縮された魔力による粒子砲でも飛んでくるのかと思ったが、予想に反しての実弾攻撃。マズルフラッシュが起こったことから、火薬を利用した通常兵器だ。

 音速で飛ぶ弾丸は空気を裂き、バッドラックの右横ギリギリを掠めていく。


「ふぅッ。危ない危ない」


 冷や汗交じりに、ジョウは口笛を鳴らす。

 外れたのでは無く、照準が向けられた時点で既に回避行動を取っていたのだ。

 続けて二射、三射と弾丸を放つがジョウは巧みな技術により、ギリギリとところで全てを回避。間合いは見る間に縮まっていく。


 間合いは中距離を割り、ライフル銃では狙い難くなったのだろう。

 アイアンメイデンは態勢の左右を入れ替え、ガトリングでバッドラックを狙う。

 6連式の砲塔が回転し、数十発の弾丸が文字通り撒き散らされた。

 途切れなく響く銃声と共に、排出された薬莢が次々と地面に落ちて、加熱された鉄の塊が草原を焦がす。

 狙い澄ました狙撃では無く弾幕を張る為の射撃なので、弾丸の殆どは地面に着弾して土煙を巻き起こしていた。


「流石にこれは踏み込めないか」


 無造作にばら撒かれる弾幕を避ける為、バッドラックは直進から大きく軌道を変えて、右に折れるよう迂回。それを追うように砲塔も向きを変え、バッドラックの背後で抉られた地面が土煙を次々と立ち昇らせていた。


 途切れないガトリングの弾幕に、バッドラックは近づけない。

 いや、近づけてないように思えるが、バッドラックは大きく背後に回るよう迂回する緩やかな軌道を利用して、少しずつだが距離を詰めていた。

 その事に感づいてかメイベルは、ガトリングによる射撃をやめ、射撃位置を調整する。


 間合いを狭められないよう牽制する為。

 射撃を止めたのは反動の大きいガトリングでは、撃ちながらの微調整は難しいからだ。

 ジョウが狙っていたのは、まさにその瞬間だった。


「――その隙、貰った」


 回り込む速度は落とさず、むしろ更に加速しながら地面を蹴って無理やり機動を代えると、バッドラックは剣を構えて直進する。

 ウイングからは一際眩く魔力粒子が放出され、青い光が尾を引くように伸びた。

 慌ててアイアンメイデンがガトリングを放とうとするが、修正しよとした時より内側に踏み込まれているため照準がぶれてしまう。


 間合いは中距離から近距離に。

 剣戟の領域まで接敵すると、装甲の薄い関節の隙間に刃を打ち出した。

 刹那、アイアンメイデンは機体を引かず、逆に肩を大きく振りながら前方へ踏み出して来た。


「――なにッ!?」


 強引に間合いを修正され、斬りおとした一撃は割り込んだ肩盾により阻まれる。

 更には踏み込まれた勢いと重量差で、軽量なバッドラックは後ろに弾き飛ばされるが、寸でのところでスラスターを僅かに噴射しバランスを立て直すと、突き付けようとしたガトリングの砲身を剣で払い、ワンテンポ遅れて発射された弾丸が真横で土煙を上げた。

 バッドラックは止まらず、もう一歩深く懐に踏み込んだ。


「――このッ!」


 刃を振り下ろすも、反対側の肩盾に防がれた。

 大きく火花を散らして接触する刃と肩盾は、力比べをするかのようその場で拮抗する。

 接近すると炎の如き赤い装甲の機兵はより大きく、圧倒的な存在感をジョウに与えた。

 アレだけの重量の機兵を操るのだから、基礎となる魔導炉はかなり大型なモノを積んでいるのだろう。

 馬力では太刀打ちが出来ない。


「自在に操れるんだとしたら、あの七光りなんて舐めた口は叩けないかもな」


 気を抜けば押し返されそうな圧力を肌に受け、ジョウは負けじと体に流れる魔力に熱を込めた。

 迂闊に距離を取れば、また狙い撃ちされる。


 今度はこうも容易く間合いに踏み込ませてはくれないだろう。

 ならば銃器の扱い辛い、この超接近戦で勝負を決める。

 巡る魔力が一定量に達した瞬間、ジョウの瞳にボンヤリとした光が宿り、機体に魔力を供給する補助として頬や額、手の甲などに紋様が浮かび上がる。


「魂魄融合。第一鍵、解放」


 言霊によるスペル入力に反応するよう、操縦席内のモニターに魔法陣が走った。

 魔法陣は内部だけでは無く外部にまで波及する。

 バッドラックの肩から腕にかけて、魔力の光で構成された複雑な魔法陣が展開されると、殻でも破るかのよう弾けて握る剣の刀身に集約していった。

 魔法陣に刀身がコーティングされた剣が、激しい火花を散らして肩盾に裂傷を作りながら食い込む。


 流石に驚いたのか、アイアンメイデンが身を仰け反らせ離れようとするが、ジョウはさせまいと肩盾に刃を食い込ませながら大きく踏み込んだ。

 火花は激しさを増し、ついには斬撃に耐え兼ねたよう大きく刃を食い込ませた。


 肩盾ごと斬り裂かれる。

 誰もがそう思いかけた刹那、切断されかけた左の肩盾を強制分離した。

 肩のパーツ部分に小さな爆発が起こり、留め金を破壊。自由になった左腕を引きながら急速後退するアイアンメイデンは、同時に左手に持ったガトリングガンの銃口をバッドラックに向ける。


 が、肩盾を完全に切断した刃は返す刀で、下から突き上げるようにして銃口を裂いた。

 ガトリングガンは砲身の半分を分断され、完全に使用不可能。しかし、躊躇することなく急速後退していたので、間合いの外に逃げられ続く追撃は届かなかった。

 供給される魔力の影響で、紋様が浮かぶ部分に紫電が散る。


「仕留めきれないか……やるねぇ」


 楽しげに頬を緩めながら、ジョウは大きく息を吐き出し荒ぶる魔力を整える。

 可能ならば今ので決めたかったが、最低条件であるガトリングガンは潰せた。

 相手は重量型だけあって機動性なら、バッドラックの方に分がある。連射が利くガトリングの弾幕が一番の問題だったので、これを封じられたのは大きい。


「後は止まらず狙い撃ちにさえ気を付けりゃ、事は無し……なんだが」


 牽制の為に放たれる弾丸を剣で弾きながら、緩めていた頬を引き締める。

 銃撃による攻勢を崩し、状況は此方側優位に傾けた。

 だが、ウィザードとして長年、鉄火場を渡り歩いてきた経験が、油断するなと激しく警笛を鳴らしている。


 追撃をしなかったのは失敗だったか? いや、虎の尾を踏む危険性の方が強い。

 この違和感の正体……問うまでも無い。

 アイアンメイデンが純正魔導炉、俗に第二世代と呼ばれる機体ならば、追い込まれた時に使う手段など一つしか無いだろう。


「……魂魄融合か」


 ◆◇◆◇


 アイアンメイデンの操縦席内は、巨大は見た目に反して通常より手狭だ。

 少女であるメイベルは小柄なのでよいが、体格のよい成人男性なら窮屈すぎて呼吸困難になってしまうだろう。

 灯りは全面と左右に展開する三面モニターの光だけ。

 ボレロを脱いだ絢爛なドレス姿とは相反する武骨さで、機能性だけを追求した玄人好みの操縦席に座り、メイベルは興奮気味に息遣いを荒くする。


「このひり付く空気、硝煙の香り。実に素晴らしいわ」


 ふぅと、熱っぽい吐息が漏れる。

 これがメイベル・C・マクスウェルが体験する、初めての真剣勝負。

 新兵なら震えて何も出来ないか、興奮して何もわからなくなるだろう。


 だが、メイベルは違った。

 興奮こそしてはいるが、理性がギリギリのラインで思考が鈍くなるのを遮っている。それどころか、緊張感が彼女の感覚をより鋭利に、シャープに研ぎ澄ましていく。この高揚感は、訓練などでは決して味わえない。


 今も尚、けたたましい銃声により放たれる弾丸を、正面で肉食獣の如く此方を狙う黒い空戦機兵が振るう剣で弾き返している。

 素晴らしい反射速度。並の使い手に出来る芸当では無い。


「ふふっ……私は幸運ね。人生に一度しか無い初陣を、このように艶やかに染め上げられるだなんて」


 老執事であるシャーリーの手ほどきを受け、メイベルは既に一流と呼んで差支えのない技能を習得していた。本人の努力や師であるシャーリーが優秀だったのもあるが、それ以上にメイベルの才覚は天才的なのがもっともな要因だろう。

 本来ならば初めての戦闘でも、彼女が苦戦する相手など少ない。


 空撃社の悪運ジョウ。

 一部では名の通ったウィザードではあるが、一流どころと比べれば無名と言える人物。

 そんな彼に追い込まれている状況に、メイベルは驚き以上に歓喜の感情に溢れていた。

 ジョウとバッドラックは強い。

 だからこそ、打ち倒すべき価値があると言いモノ。


「この実に素晴らしい初陣を、勝利の栄光で飾る為にも、私は全身全霊、魂魄を焼き尽くして貴方の悪運を打ち砕いてあげるッ!」


 叫んで両サイドで握った操縦桿を横に倒し、思い切り前へ押し込んだ。


「――魂魄融合……第一鍵、解放」


 スペル入力に呼応して、メイベルの体内に渦巻く魔力に火が点る。

 燃えるような熱に呼応するよう、瞳が真っ赤に発光し、血管が張り巡らされるように赤い紋様が目元から側頭部にまで走る。

 同時に、正面の三面モニターが消滅。暗闇に閉ざされた操縦席に、ぼんやりと眼光の如き赤い光が灯る。


「――カーニバル・ミリタリーマーチ。これが私とアイアンメイデンの、魂の力よ」





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