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♯11 物事には対価を支払う






 唐突な少女の乱入に、熱気に満ちかけた店内は一気に静まり返った。

 扉を失った入り口で腰に両手を添え仁王立ちする少女は、自らに衆目が集まる事に満足げに唇の端を吊り上げていた。


 赤い肩だしドレスにボレロを羽織った出で立ちは、上流階級のお嬢様のよう。

 店の外観的な物の見方をすれば、似合っているように思えるが、無法者達の集うこの場に置いては不釣り合いにも程があるだろう。


 一瞬、同じように迷い込んできたのかとも思ったが、様子を見る限りそれも無さそうだ。

 誰もどうすれば良いのかわらかず戸惑い顔を見合わせる中、真っ先に口を開いたのは事の張本人である少女。

 そばかすの浮かぶ顔立ちに、不敵な色を滲ませる。


「ふん。このメイベル・C・マクスェルが自ら名乗り出ているというのに、これだけ大勢の人がいて挨拶も返せないなんて、無礼千万極まりないわね」


 尊大な口調で、侮蔑するよう視線を細めた。

 当然、言われっぱなしを許容するような、空賊連中では無い。


「な、なんだこのクソガキがテメェ!」

「いきなり出てきて、舐めた事を抜かしてんじゃねぇぞ!」

「そうだそうだッ!」


 一人を切っ掛けに、非難の声は瞬く間に広がっていく。

 空賊達は口々に罵倒めいた言葉と足で床板を踏み慣らし、闖入者を追い払うかのよう威嚇するが、メイベルと名乗る少女は臆する事無く、逆に呆れたように嘆息する。

 優雅さを主張するような動作で、眉間に指を添えメイベルはゆっくり首を左右に振った。


「……シャーリー」

「御意に」


 名前を呼ぶと現れたのは、執事服姿の老女。

 眼帯をした老執事がその手に握るのは、ポンプアクションの銃火器だ。

 ハンドグリップを前後に往復させ銃弾を装填すると、シャーリーと呼ばれた老執事は、にこやか笑みを湛えたまま銃口を正面に構えた。


「――ヤバッ!? お嬢、伏せろ!?」

「えっ、え……むぎゅう!?」


 首筋が痺れるような嫌な殺気を敏感に察知し、ジョウは叫びながらカウンターを乗り越えると、まだ状況をハッキリと理解していないユーリの頭を抑え付け、強引に床の上に伏せさせた。


 刹那、爆音のような銃声が鳴り響き、空賊達の口から悲鳴が漏れた。

 銃声は一発では止まらず、途切れる事無く連続で撃ち続けられる。

 破壊力のある散弾は壁に人の頭と同じほどの大穴を開け、窓ガラスを外枠ごと砕き、カウンターの向こう側にある酒瓶や食器を、原型を留めぬ程に破砕。何かが一つ破壊される度に、阿鼻叫喚の叫び声が店内を包み込んでいた。

 カウンターに身を隠しながら、ジョウは冷や汗を背中にじんわりと浮かべる。


「人の多い室内で散弾ぶっ放すって、どういう神経してやがる。イカれてるぜ、全く」

「……ッ!?」


 無作為に撒き散らされる銃声と悲鳴、破壊音にユーリは床に伏せたまま身体を固くする。

 耳を押さえているのは銃声から鼓膜を守る為では無く、恐怖心を半減したくて無意識に行っている行動なのだろう。


 強がりな彼女には、珍しく弱気な行動。だからユーリは気が付くのに遅れてしまった。

 自分の背中に乗るようにして、ジョウが覆いかぶさっている事に。


「……ちょっ!?」」

「顔を上げるな。銃声が治まるまで大人しくしてろ」


 反射的に押しのけようと身体を起こすユーリの頭を、そう言ってジョウが軽く押さえた。

 ジョウが軽く動くと、床の近くにあるユーリの顔の正面に、パラパラと砕けた陶器の欠片が落ちてくる。


「庇って、くれた?」


 信じられないと言った呟きを口にするが、ジョウが返答をする事は無かった。

 ようやく弾切れになったのか、銃声が途切れると方々から空賊達の、安堵の息が一斉に漏れる。

 が、透かさずメイベルは無情に言い放つ。


「次」

「御意に」


 主の短い命令にシャーリーは笑顔のまま、弾薬の尽きた散弾銃を投げ捨てると、何処からか今度はドラム型弾倉のマシンガンを取り出した。


「――ひっ!?」


 空賊達の表情が青ざめ、口から情けない悲鳴が漏れる。

 シャーリーは安全装置を外し、一切の躊躇無く引き金を引き、フルオートでマシンガンを乱射した。

 リズミカルな銃声が、けたたましく鳴り響く。

 散弾銃とは違い、細かく途切れの無い銃声で数十発の弾丸が、縦横無尽にばら撒かれる。

 床に伏せテーブルや椅子を頼りなく盾にする空賊達の中には、床板に額を擦り付けて許しを乞うよう神に祈りを捧げる者までいた。


 乱れ飛ぶ弾丸が、散弾の脅威を逃れた人以外の形あるモノを、今度こそ完膚無きまでに粉砕し尽くす。

 硝煙と火薬の匂いが充満する中、悲痛な声を上げたのはゴリラ、いやゴリラ顔の空賊ジョナサンだ。


「わ、わかったヅラ! 大人しくするから、もう勘弁してくれヅラ!」

「シャーリー」

「御意」


 三度、同じ返事と共に撃ち方を止めると、シャーリーは満足そうな表情で煙を上げる銃口に、ふうっと息を吹きかけた。

 今度こそ、空賊達は安堵の息を漏らす。


「た、助かったヅラぁ」


 情けなく鼻水を垂らし、ゴリラのような巨躯を小さく丸めたジョナサンの言葉に、仲間の空賊達は同意するよう頷いていた。

 従順になった姿にご満悦なメイベルは、その長い髪の毛をサッと掻き上げる。


「無法の中にも法はあるは。空賊なればこそ、仁義と矜持を忘れるべきでは無いと、良い教訓になったわね。そうは思わないかしら、シャーリー」

「はい。素晴らしき勲等を得たと思いますよ、お嬢様」

「そうでしょうそうでしょう」


 肯定する老執事の言葉に、メイベルは少し照れるような表情で何度も頷く。

 この何とも言えない雰囲気を撒き散らす闖入者に、空賊達は床に伏せたまま困惑を深めるが、また撃たれては堪らないとリアクションを取りたくても取れずにいた。

 カウンターの向こう側に逃げ込んだジョウ達も、慎重に顔を出して様子を伺う。


「これって、助かったって判断していいのかしら?」

「さぁて、どうかな。ゴリラに襲われている途中、虎が飛び込んできたようなモンだ」

「……今の内に逃げるべきなんじゃないかしら」

「無理だろうなぁ」


 間髪入れず否定されたユーリは、眉を潜め何気なくメイベルの方に視線を向けると、バッチリと目が合ってしまった。

 真っ直ぐとユーリを見つめるメイベルは、ニヤリと唇を歪めて笑う。


「賞金首を発見。これでようやく私も、賞金稼ぎとしての本懐を遂げられるというモノね」

「お言葉ですがお嬢様。あのお方にかけられているのは、賞金では無く懸賞金で御座います」

「言われずとも、委細承知しているわ」


 二人の会話に、ユーリは迷惑そうに顔を顰めた。


「……アイツらも、私目当てなのね」

「そりゃ、そうだろうさ……しかし、無茶苦茶やりやがるな、あっちのお嬢様は」


 歳の頃はユーリと差ほど変わらないだろう、メイベルの異常とも言える行動力に、二人は呆れと通して感心してしまっていた。

 空賊達のたまり場とわかっていて足を踏み込むのも、常軌を逸した行動と言えるが、いきり立つ彼らを黙らせる為に、散弾銃やマシンガンで弾幕を張り、力尽くで沈黙させるだなんて、普通は考え付いても実行しないだろう。


 ここが空賊と繋がった店で無ければ、すぐさま警察が飛んでくるところだ。

 その辺の事情まで見越しての行動ならば、乱暴な行動以上にメイベル・C・マクスウェルという少女は、頭の回転が速い人物なのかもしれない。


「……ん? マクスウェル?」


 ふと、ジョウの頭の中の記憶で、とある名前が繋がる。


「マクスウェルって、まさか……ビリーボーイ・マクスウェルの関係者か?」

「――ッ!?」


 瞬間、メイベルの不敵な笑みは消え去り、突き刺すような鋭い視線が、発言者であるジョウを射抜く。

 同時にビリーボーイの名に、ジョナサンを始めとする空賊達がどよめいた。


「び、ビリーボーイって、あの悪漢王ヅラか?」

「伝説の無法者、ビリーボーイの身内だってんなら、あのヤバさは納得だ」


 それまでの常識外れで無茶な言動にも、納得がいく理由を得たのか、空賊達は送る視線に畏怖と尊敬、憧憬の眼差しを浮かべていた。

 一方のメイベルは、すこぶる不機嫌そうに眉根を寄せている。

 そしてユーリもまた、周囲の反応に付いて行けず困惑の表情を浮かべていた。


「誰なの、それ。知り合い?」

「ま、普通の奴ならそんなモンか」


 問われたジョウは立ち上がり、カウンターに手を付いて飛び越える。


「悪漢王ビリーボーイ・マクスウェル。荒事を稼業としてる連中なら、モグリでもなきゃ知ってる伝説の無法者さ」

「良く名前だけで、私が関係者だと気付いたわね。マクスウェルなんて名前、そう珍しいモノでも無いでしょうに」

「昔、チラッと見た事があるだけさ。生意気そうな面構え、特に目元がおたくとそっくりだぜ」


 指摘を受けて、メイベルは不愉快だと言わんばかりに顔を顰めた。

 ビリーボーイを実際に見た事がある。

 それだけでも、空賊達を動揺させるに十分な情報だった。

 だが、メイベルが発した次の言葉に、空賊達は誰もが仰天する。


「ビリーボーイは、このメイベルの父親よ。忌まわしい事にね」

「な、なぁぁぁにぃぃぃぃぃぃッッッヅラ!?!?」


 空賊達はジョナサンを筆頭に、誰もが声を荒げて驚愕する。

 ジョウもこれは流石に予想外だったらしく、唇を鳴らして驚きを現した。

 仏頂面を晒すメイベルの横顔を見つめる視線は、更に熱を帯び始め、中には手を合わせて拝む者もいた。


「何だと言うのよ、これは一体」


 一人、状況が全く呑み込めないユーリは、カウンターに頬杖をついて怪訝な顔をする。

 最早、空賊達はメイベルに対しての敵意は無い。リーダー格のジョナサンもまた、分厚い下唇をより突出し、感激するよう目元に涙を溜めていた。


「ままま、まさか、まさかあのビリーボーイ・マクスウェルのご息女にお目にかかる日が来るヅラとは、空賊冥利に尽きるヅラよぉぉぉう、お~いおい」

「本当に有名人なのね」

「――当たり前ヅラッ!」

「うわぁ!?」


 振り向きざまに指を差され、ユーリは驚いて飛び退く。

 正確に言えば急に顔を向けられて、ビックリしたのだが。

 喜びを口にする空賊達の中で、一際大仰な感激を見せるジョナサンは、拳を固く握りその胸の内を熱く語る。


「感激ヅラ、眩しいヅラ。ワイルドウエスト空賊団を率いた伝説の空賊。西部で空賊をやってる者にとって、憧れてやまない存在だヅラ」

「ああ。その人って、空賊なのね」

「ワイルドウエスト空賊団が解散になった以降、過去の罪状を突き付けられ投獄。十年前に獄中で、病で亡くなったと聞いた時は、オラ達は三日三晩泣き明かし、酒浸りの日々だったヅラ」


 思い出して悲しくなってきたのか、ジョナサンはズズッと鼻水を啜る。


「もう伝説に触れ合う機会は無いと思っていたヅラが、まさか娘っ子を追い駆けている最中にご息女と出会う事が出来るなんて……感激ヅラ。これは日頃、真面目に空賊として勤しんでいるオラ達に、天が与えてくれたご褒美なんだヅラなぁ」


 真面目な空賊とはこれ如何にと思いつつも、空賊達は同じく鼻を啜りながらジョナサンの言葉にうんうんと頷き続けていた。

 ジョウ、ユーリの二人は、空賊達の盛り上がりに付いて行けず、顔を見合わせて困惑気味。

 話の中心であるメイベルも、あまり好意的な表情には見えなかった。


「テメェら! オラ達は今、伝説の始まりに立ち会っているヅラ! この溢れんばかりの情熱で、ご息女を崇め奉るヅラ!」

『おおーッ!』


 腕を振り上げて空賊達は立ち上がり、入り口に立つメイベルの元へ駆け寄ろうとする。

 しかし。


「シャーリー」

「御意に」


 頷きながら笑顔で、老執事はドラム型弾倉を変えたマシンガンの銃口を、迫りくる空賊達に向けて軽く指先で引き金を叩く。

 瞬間、石像になったかのよう、駆け寄ろうとした空賊達は制止する。

 ふん、と鼻を鳴らして髪を掻き上げてから、メイベルは改めて燃えるような瞳でジョウを睨み付けた。


「確かに私は、悪漢王と呼ばれたビリーボーイの娘よ。しかし、父は無法のツケを払い、命を持ってその悪漢を贖った。でも……」


 バサッとボレロを靡かせて、メイベルは右手を真横に払うと、その手を自身の胸へ添えて高らかに語る。


「この私はメイベル・C・マクスウェル。父の威光も名誉も欲しない、ただ一人の賞金稼ぎよ」

「へぇ」


 若干、芝居がかってはいるが堂々とした態度の宣言に、ジョウは感心したように軽く顎を上向きにした。


「頭の茹であがったお嬢様かとも思ったが、随分といっちょ前な事を言うモンだな」

「お褒めに預かり光栄だわ。空撃社の悪運ジョウ」

「……俺の事を知っているのか?」


 てっきり、ユーリのおまけ扱いかと思っていたが、どうやらメイベルはジョウに関しても下調べをしてきたらしい。

 七光りでは無いという言葉は、どうやらお嬢様の慢心では無いようだ。


「曲りなりにも賞金稼ぎを名乗るのだから、この程度の調査は常識よ。でなければ、無法の中で硝煙を浴びる資格は無いわ」

「そいつは結構な考えだな。だが、コイツは俺が預かってる荷物だ。賞金首じゃあない」


 親指で後ろの差すと、差されたユーリはムッとした顔をする。


「横から強引に掠め盗るってのは、アンタの言う賞金稼ぎの矜持ってモンに反するじゃあないのか?」

「然り。全く持って最もな意見だわ」


 メイベルは頷いて、アッサリとジョウの指摘を認める。


「無法の中にも法はある。悪鬼羅刹に等しい賞金首ならいざ知らず、そこな娘は空の無法に晒された哀れな迷い子。内容に大きな疑問はあれど、親が子を救う為に示した報奨金を、私達が己の我欲の為に奪い取るのは、畜生にも劣る所業よ」


 たっぷりと皮肉を込めた物言いに、ジョナサン達は叱られた子供のように肩を落とす。

 彼らは空賊なのでメイベルが語る、賞金稼ぎの矜持とは関係無いのだが。

 話がわかる相手かと思いきや、気を緩めかけるジョウを牽制するように、メイベルは言葉を一端切って人差し指を一本立て、それを左右に振り始める。


「しかしながら、名声と栄誉を求めるのもまた、賞金稼ぎとしての性よ」

「……どういう意味だ」


 何やら不穏な気配を感じジョウが表情を顰めていると、振っていた指を止め先端を真っ直ぐ突き付けてきた。

 ワザとらしく大きなモーションの所為か、ボレロがバサッと音を立てる。


「奪い取るという行為が矜持に反するというならば、卑劣とは相反する仁義を持って勝負を挑めば、大義名分になると思わないかしら?」

「アンタの言い草は一々、回りくどくて理解し難い。もっと馬鹿でもわかる物言いにして貰えないか」

「つまりは」


 主のフォローをする為、老執事のシャーリーが一歩だけ前に進み出る。


「ユーリ様を賭けて私と勝負しろ。我が主はそう申しておるのですよ」

「……マジかよ」


 ゲンナリしたように、ジョウは肩を落とした。


「騎士道精神を語るつもりはないが、互いの誇りをかけた正々堂々の一騎打ちで雌雄を決した上の結論ならば、まさに大義名分が立つというモノでしょう」

「そりゃ、大義名分じゃなくて、免罪符って言うんだよ」


 呆れたような言葉にも、自身の提案に満足して頷いているメイベルの耳には届いていないようだ。


 決闘。

 時代錯誤も甚だしいが、賞金稼ぎの間でバッティングした獲物を巡って決闘をする事は、決して少ないわけでは無いので、メイベルが得意げに言っている事は、あながち間違いでは無いのだが……。


「す、スゲェヅラ。流石は悪漢王の血を引くメイベルお嬢様。言う事が一々男前ヅラ、眩いヅラ!」


 空賊達の胸にはグサッと刺さったらしく、ジョナサンを始めとして感激の面持ちで、メイベルの公明正大さを湛える声を上げる。


「勝手に賞品にしないで欲しいのだけれど」


 騒動の中心にいるべきはずなのに、ユーリはすっかり蚊帳の外に置かれてしまっている。


「そもそも俺は、賞金稼ぎじゃないんだけどねぇ」


 ジョウがぼやいてみるも、空賊達の万歳三唱に掻き消され、メイベルの耳には届かない。

 讃える声にメイベルは満更でも無い顔をしながら、腕を差し出すと空賊達はピタッと万歳三唱を止める。

 もうすっかり、彼女に飼いならされていた。

 この統一された空気を背に、メイベルは強気な顔立ちで迫る。


「さて。空撃社のジョウ……まさか、決闘を受けないだなんて惰弱な答えは、用意して無いでしょうね」

「そうだヅラ! 男なら潔く受けろヅラ!」


 ジョウの後押しを皮切りに、他の空賊達からも挑発めいた怒号が飛ぶ。

 決闘! 決闘!

 空賊達の野太い声と足で床板を叩く音が、破壊され尽くした店を揺らす。

 振動で風穴の空いた天井から、頭上に振る掛る埃を払いながら、ユーリは「どうするつもりよ?」とジョウに問い掛けた。

 ふむと頷いてから、頬を指で掻く。


「決闘、ねぇ」

「あら。言葉に気概を感じないわね。乗り気では無いのかしら?」

「そりゃ、な」


 熱気に満ちた空賊達とは対照的に、ジョウはため息交じりに言葉を返す。


「名誉や栄誉、金を得られてアンタは満足だろうが、仕事を邪魔される俺からしたら、わざわざ口車に乗ってまで決闘をする理由が無い」


 飄々とした態度で肩を竦め、首を左右に振って見せる。

 途端に空賊達の口から「逃げるつもりかッ!」「卑怯者!」と、口汚いブーイングが飛ぶ。

 それをメイベルが手を翳し制してから、納得するように顔を上下させた。


「確かに一理あるわ。勝敗の価値が等価で無ければ、決闘の正当性に欠けるわね……ならば」


 翳した手の指先でメイベルは自分の唇を一撫でし、誘うような流し目を向ける。


「貴方が勝ったのならばこの身、一晩好きに弄ぶ事を許すわよ」

「断る。ガキは嫌いだ」

「――うぐっ」


 にべもなく断られ、格好つけた手前かメイベルは気恥ずかしそうに顔を顰める。

 背後ではシャーリーが、主に気づかれぬよう笑い声を堪えていた。


「ふ、ふん。流石にこんな下世話な誘惑に乗るような、破廉恥漢では無かったようね。そでこそ私が、栄誉を得る為の決闘相手に相応しいわ」


 髪の毛を掻き上げながら、如何にも先ほどの発言は引っ掛けだったように振る舞うが、額から流れる一筋の汗までは誤魔化せなかった。

 周りの空賊達は「なるほど。流石はメイベル様!」と感心しきりだったが。

 何とも締まらない空気が流れ、すっかり緊張感を無くしたユーリは、鼻から息を抜きながらポツリと呟く。


「……アホくさ。賞金稼ぎも空賊も、間抜けばっかりなのかしら」

「――ッ!?」


 独り言に耳聡く気が付いたメイベルに、キッと鋭い視線を向けられ、ユーリは一瞬だけ戸惑うモノの気丈に睨み返した。


「な、なによ?」

「ユーリ・グーデリア。哀れ子である貴女に、我ら無法に生きる者を侮辱して欲しく無いわ」

「侮辱……それに、哀れ子ってッ」


 唐突に厳しい言葉を浴びせ掛けられ、ユーリの反骨心に火が点る。


「随分と偉そうな物言いね。暴力で日銭を得ている人間が、そんなに誇れる事なのかしら」

「当然よ。暴威を持って脅威を払うのが、私達賞金稼ぎの役目。市井の者にはただの無法なれど、矜持と仁義を胸に宿す我らが行いに、一切恥じるべきところは無いわ」

「なにそれ? 自分勝手にも程があるわ」


 語気を強めながら、ユーリはカウンターを乗り越えて前に進み出る。


「如何にも勝手。だが、それがどうしたと言うのかしら? 己が道を進むのに、一々足元を気にしたり立ち止まったりするのは、愚か者がする事よ」


 迎え撃つようにメイベルも、ボレロをはためかせ歩み寄る。


「開き直るつもり?」

「開き直って何故悪い?」


 互いに歩みを進めて足を止める頃には、二人の距離感はほぼゼロに等しくなっていた。

 吐息がかかる距離でユーリは敵意を込めて、メイベルは傲慢さを滲ませ、至近距離で睨み合う。

 その迫力に空賊達はゴクリと固唾を飲み、ジョウは面倒臭げに嘆息した。

 無言の睨み合いは数秒間続き、先に均衡を破ったのは、口元に不敵な笑みを張り付けるメイベルの方だった。


「苛立っているわね。そんなに気に入らないのかしら? 父の偉業をこの背に背負う、この私の存在が」

「――ッ!?」


 囁くような言葉に、ユーリは驚愕の表情を浮かべて仰け反る。


「……調べたの? 私の事を」

「ええ。依頼の背後関係を洗うのも、一流の賞金稼ぎになる為の仕事よ」


 低く震える声で睨み付けるが、メイベルは悪びれもしない。

 むしろ、自らの行為を誇るよう腰に手を当てて堂々と大見得を切った。


「貴女の生い立ちには同情するし、哀れとも思おう。しかし、己の不幸に甘んじて世を拗ねて無気力を生きる貴女に、我らが焔火の如き生き様を否定する資格は無い」

「知った風な口を利かないでッ。アンタなんかにッ、私の何を理解出来るって言うのッ!?」

「無法の法を解せぬ輩を、私が理解する必要は無い」


 笑みを消し、メイベルは嘘偽りが混じらぬ瞳で、真っ直ぐとユーリを見据えた。


「ユーリ・グーデリア。飛ぶべき翼を持たないのなら、ただ大人しく守られているだけの運命を許諾なさい」

「――ッ!? 馬鹿にしてッ!?」


 強い眼差しに怯みながらも、気の強さと反骨心から頭にカッと血が上り、ユーリは反射的に大きく手を振り翳した。

 メイベルは自分の頬を狙い、落される手の平に視線を向けるが、避ける動作を取ろうとはしない。


 むしろ両目を閉じ、受け入れるかのような態勢だ。

 空賊達が「あっ!?」と息を飲んだ瞬間、メイベルの頬を張りかけた手の平は、背後から手首を掴まれて寸前で停止していた。

 風圧だけを頬に受け、メイベルは片目を閉じた状態で鼻を鳴らす。


「無礼を口にした詫びに、一発くらいは許そうかと思ったのだけれど」

「そりゃ、余計なお世話だったな」


 手を掴んだまま、ジョウはもう一方の手で頭を掻いた。

 そして興奮から息遣いを荒くするユーリを見下ろすと。


「もう止めとけ」

「……グッ」


 奥歯を噛み鳴らし、掴まれた手を振り払おうとするがジョウはそれを許さず、解けぬまま脱力するよう悔しげに身体から力を抜く。

 ほっと胸を撫で下ろしユーリを後ろに下がらせながら、ジョウは挑戦的な口調を発する。


「条件だ、賞金稼ぎのお嬢様」

「条件?」


 首を傾げるメイベルに、ふてぶてしい笑みを向ける。


「決闘を受けるかわりに、アンタにゃ条件を一つ飲んで貰う」

「……内容は?」

「報奨金目当てでお嬢を狙う空賊と賞金稼ぎ連中。俺が勝ったら、アンタの方でそいつらを何とかして貰えないか?」

 提案された内容に驚いた後、メイベルの表情はみるみる苦々しいモノに変わる。

「……ビリーボーイの威光を使えと?」

「父親の偉業を背負ってるんだろ? 喧嘩を売ったのはそっちからなんだ。それくらいのツケは払って貰うぜ」

「…………」


 睨み付ける瞳の奥に、怒りが燃えるよう炎が揺れた。


「いいわ。受けて立ちましょう……後悔するのがどちらかは、至極単純な問いなのだから」

「決まりだな」


 互いに同意した瞬間、空賊達は腕を振り上げ、怒号のような歓声を上げた。

 敬愛するビリーボーイの娘、メイベルの戦いを間近に見られる喜びだけでは無く、彼らの持つ生来のお祭り好きの血が、決闘という一大イベントの決定に大いに沸き立ち、狂乱しているのだろう。


 既に一部ではどちらが勝つのか、賭け事まで始まっている。

 盛り上がりを見せる店内にあって、ユーリ一人だけが蚊帳の外に置かれ、悔しさに耐え忍ぶようキツク歯を噛み締めていた。


「……何なのよ。私の為だとでも言うつもり? ……馬鹿にしてッ」


 図星を突かれた事、ジョウに庇われた事に苛立ちを感じる。

 しかし、ユーリが一番悔しかったのは、まともに反論一つ出来ず子供のように癇癪を起した、矮小で情けない自分自身に関してだった。





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