CASE8:新しい依頼主
約束の時間に4人がそろった。時間にルーズなシェルスが遅れなかったのは、他の2人がしっかりしてからというのは言うまでもないだろう。
大理石の床に、1階から天窓まで吹き抜けのロビーには、いくつかの受付があった。
そのうちの1つに近寄り、4人はそれぞれ自分の顔写真がついた身分証明書を提示した。マイクフォンをした受付嬢に昨夜の依頼報告をしている。
リンの手にはしっかりと例のファイルが握られていた。
すると、受付嬢が立ち上がり4人を依頼主が待機している部屋まで案内しだした。
今朝のヘリポートものとは違い広めのエレベーターだ。
目的の階で降りると、通路の両サイドには部屋番の表札だけがあり、どれも同じような扉が並んでいた。
いくつかの部屋の前を過ぎると受付嬢が立ち止まった。
「今回の依頼主であるグローリーオーダー社の方がお待ちになっております。お話がお済みになられましたら、再度受け付けの方までお願いいたします。それではごゆっくりと」
「どうも」
リンの返事に受付嬢は軽くお辞儀をすると、来た道を戻っていった。
トーマが金属製のドアノブに手をかけようとした時、部屋の内側から依頼主が顔を出した。
「先輩遅いっすよ〜、受付のお姉さんに何回コーヒー入れてもらったことか。あっ、シェルスちゃんとカイル君もいるんだ。久しぶり〜」
服装は軍服、茶色髪はツンツンに立てられている男は、気さくに笑いながら4人に挨拶をしている。
この男の名は、コリン・ステイラー。
昔トーマがG・O社軍でいた時に、指揮していた部隊の人間なのである。
腕にはG・O社の社旗にも使用されているエンブレムが付けられている。
白い盾をモチーフにした、均衡を守るという意味を表すものである。
「遅い? ほとんど時間通りじゃないの。あなたそんなに時間にうるさかった?」
「昔は先輩方に時間通りに動けと言われてたんですけどね」
彼ははリンの言葉にほっぺをかきながら、困惑し答えている。
「まぁ、立って話をするのもいいが、そろそろ中へ入れてくれないか?」
トーマは腕時計を見ながらそう言うと、コリンの胸を押し退けながら部屋へと入って行った。
白い壁紙、ガラス板のテーブルには飲みかけのコーヒーカップ。。それを挟んで座り心地の良さそうなソファーが置いてある。
残りの3人も入室しようとしたが、カイルが何かを思い出したようで足を止めた。
「あっリンさん、僕買い物に行かないといけないので、街に行ってもいいですか?」
「そういえば冷蔵庫に何も入ってなかったね。う〜ん、いいよ! お願いするね」
「はい!」
カイルの方へ振り返り、返事をしている。
それを聞いたトーマは、入室したばかりのシェルスに指差して合図を送っている。
「え〜!! あたしも行くの!? カイルが行くって言ってるんだからいいじゃんか!」
「お前は、一々発言するのにどうしてそんなに声が大きいんだ。それにな、俺ら4人の中で一番エンゲル係数高いのは誰か知ってるのか?」
「知らない! っていうかエングル係数自体知らない!」
「エンゲル係数な……。飯代誰が一番掛かってるのか? ってことだよ。とにかくつべこべ言わず行ってこい」
いつもの元気なポニーテルがどこなく寂しく、元気のないように見える。
部屋から出ると、室内を見るように振り返り、悲しそうな表情でトーマにお願いをしている。
しかし、リンの手によって無常にも扉を閉められた。
「カイル待って〜!」
扉越しに彼女の声を聞こえた。
「良かったのですか?」
「いいのいいの。今日は仕事以外の話もしたかったしね」
室内の3人は、それぞれ顔を見合わせるとため息を漏らした。
「まぁ、仕事の話に入る。とりあえず今回の依頼物はここにある」
コリンは、リンからファイルを受け取った。
中身をチェックしながら、2人の顔をチラッと見た。
「コピーとかしてないですよね?」
「当たり前だ」
トーマは体をズイっとせり出した。
「そうですよね〜。なら取引成立ですね。金はこれに入ってますから。もちろん仲介屋の分は抜いてますけどね」
ニッコリと笑うと、カードらしき者をトーマに差し出した。
彼をカードを受け取るとすぐさま、携帯端末に差し込むとカードに入っているクレジットを確認した。
「確かに。それじゃこの話はこれまでにして、コリン、何か聞きたいことでもあるんじゃないのか? ん?」
端末とカードをしまいながら、彼に問いかけている。
彼は、再び2人をチラチラ見ると観念したのか、両膝に両手を置くと話し出した。
「実は、昨夜先輩達が侵入した施設に対して、我が軍が攻撃をしました。俺自身、こんな作戦があるなんて聞かされてなかったし、正直生きて帰って頂けたことがとても嬉しく思います。でも、その……ほんとすみません…」
「こんな仕事だ、それは仕方がない。それで占領は出来たのか?」
その質問に彼は中々口を開こうとしなかった。
しばらくの沈黙の後、ようやく話し始めた。
「それが、相手の施設駐屯部隊は1個大隊で、こちらは2個大隊を用いての作戦でした。兵力の差はこちらの方が断然有利で、地上部隊が施設目前に達した時、先行していた上空の魔道士隊2個小隊が急に現れたたった1人の奴に撃墜。その後スクランブルで予備の航空戦力も投入しましたが、これもまた全滅させられました。後の結果はあなた方ならよくわかるでしょう?」
「空と地上からの挟み撃ちか……悲惨だな」
「生き残った兵士の話によると、その奴は男で辺りが燃え盛る中、静かに笑っていたそうです」
その言葉に、トーマはビクッと体を震わせた。
「奴だな」
昨夜の出来事を、コリンに一部始終話している。
あまりヘリ中で、話を聞いていなかったリンも聞き耳を立てていた。
「ラッツ・ヴァランティーノ……社の方に戻って報告する必要がありますね」
「こんなもんだな、当然だが情報料はもらうぞ?」
「え?! いくらですか?」
身を縮めながら、聞き返した。
立ち上がったトーマは、彼の目の前に指を三本立てて掲示した。
「3千……ですか?」
「馬鹿ちがう、一桁少ない」
「3万?! 俺の安月給じゃいきなりは払えないですよ」
「それでも、聞かせてしまったしな〜、どうしようかリン?」
たじろぐコリンをしり目に、2人をニヤニヤと笑いながら相談し始めた。
よほど昔に怖い経験をしたのか、頭を抱えている。
「それじゃ、純正品の銃器パーツの横流しよろしく! 最近手に入りにずらくなってね〜」
「わかりましたよ、また持ってきます」
貴重なのか定かではない情報に対して、パーツの横流しという行為をしても良いものなのかと、彼の心の中の天使と悪魔が戦っていた。
しかし、聞いてしまった以上はそれに対して礼はしなくてはならない。という心理が働き、止む無く承諾してしまった。
部屋を後にした3人は、ロビーへとやってきた。
1人は浮かない顔をしているということは、言うまでもあるまい。
「では、またこっちに来た時、部屋まで行かせてもらいますね」
受付嬢と話を終えると、コリンは2人より先にその場から去って行った。
ツンツンの髪と手を揺らしながら。
「トーマ!」
これからどうしようかと話をしている2人に、受付の方から男の声が聞こえた。
受付に目をやると小太りで、白い短髪の男が立っている。紺色のスーツ姿ネクタイはしておらず、シャツは首もとのボタンを開けていた。
白髪ではあるが、年は30歳半ばほどの印象である。
「ダブジ・トランジット。また厄介事でも頼みにきたのか?」
受付に近づき、トーマは聞いた。
ダブジは薄ら笑いを浮かべている。
「VIPなお客だよ。社長さんだ。無事に目的の場所まで送り届けてくれるとたんまり報酬を出してくれるらしい。どうだ、のるか?」
「悪いが、仕事明けなんだ。疲れてるからまた、今度にしてくれないか?」
体を出口に向けながら、断りを入れている。
それもそうだ。明け方に帰ってきたのだ。
きっと目がしょぼしょぼとしているに違いない。
「そうかそうか、それは残念だな。じゃ、お前今すぐ、この前貸した金全額返しやがれ」
「なに! てめぇ! きたねーぞ!」
「うるさい! いいか。この仕事はかなりの大口なんだよ! うちとしても、かなりの利益になるんだ」
「ほかの奴らでも頼めばいいだろ?」
「全部断られた」
「じゃ、諦めろ。じゃな」
「待てーーい!」
その場から立ち去ろうとする彼を引き止めた。
2人の口論は激化し、淫らな発言が飛び交っている。
その場の空気に耐え切れず、受付嬢達は奥の部屋へと引っ込んで行った。
「いい加減しなさいよ!」
リンの声がロビーに轟いた。
2人は動きを止めると、彼女の勇ましいその姿に呆けている。
「トーマもういいんじゃない?」
「わかったよ、受けてやるよ」
彼女の一言によってまたしても、仕事を受けることになってしまったのが少しばかり癪に感じられたが、それでも事が上手く運んでいるのもまた事実なのである。
カイルと無理矢理行かされたシェルスは買い物を終え、ようやく部屋へと帰ろうとしていた。
帰りの街路時には紙袋いっぱいの食料品が入った袋を抱える2人の姿があった。
「シェルスさん、助かりますよ。僕1人じゃこの量は持てなかったですから」
「ふふ、そう言ってもらえると嫌々行かされたけど、ちょっぴり嬉しくなるよ」
2人が曲がり角に差しかかった時、角の先から出てきた男とぶつかった。
その衝撃によってシェルスの持って袋の物が宙へと舞った。
彼女自身もお尻を打ったようで、痛そうにさすっている。
カイルは袋を地面に置くと彼女に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「痛いな〜! 曲がり角はもっと慎重進みな……さいよ…」
「申し訳ありません。お怪我はございませんか?」
そこには、顔の整った男性が立っており、手を差し伸ばしてシェルスのことを気遣ってくれていた。
「はい、大丈夫です」
うっとりした表情で、彼の手をとりスッと立ち上がった。
背はトーマよりも高く、黒いスーツをしっかりと着こなしていた。赤いネクタイにシャツはウィングカラーを着ていた。
落ちた物を素早く拾い集めると、とある人物が写っている写真を取り出し、2人に見せた。
「すみません。この方をお見かけになられませんでしたでしょうか?」
写真を覗き込むとそこには、4人写っていた。
家族写真のように思える。
男性老人に良き夫に良き妻といったような感じ。
残る1人はオレンジ色の髪の毛をしている小さな女の子。
4人とも幸せそうな顔をしている。
「それで、どなたをお探しなのですか?」
カイルはその男に聞いた。
男は自分のミスに気づき、指を差した。
「このお方です。この写真自体は6年前に撮られたもので、もう少し背はお伸びになられておられます。お見かけいたしませんでしたか?」
2人は唸りながら考え込んだが、結局見かけなかったということを男に伝えた。
それを聞くと男は丁寧にお礼と再度お詫びを言うと、走ってその場を立ち去った。
「人探しも大変そうですね〜、シェルスさん?」
「うん、そだね〜、あんな素敵な人にならいつまでも探してもらいたい」
目をうっとりさせながら、男の去った方を見ている。
このぐらいの乙女は、それぞれタイプは違うだろうが、自分のタイプの異性にはとことんのめり込んでしまうのであろう。
その頃、トーマとリンは例の件の依頼主の居る部屋の前までやってきた。
先ほどのコリンと話をした部屋とは違い、室外からしてもとても贅沢な造りをしている。
「失礼します」
ダブジが扉をノックして、部屋の中に入って行った。
続いて2人が入ると、2人とも驚愕した。
部屋の造りの豪勢さはさて置き、依頼主がどっかどう見ても子どもであることに驚いた。
リンはそれだけの驚きで済んだが、彼は違った。
何故ならそこにいるのは、今朝会ったあのムカツク子どもだったからだ。




