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CASE6:それぞれの朝

主人たちを乗せたヘリは暁の光を浴びながら、4人が所属しているフリーランサーのある中立都市ラジスタへとたどり着いた。

中立であるため、街は自体あまり治安の良いものではない。

ヘリはゆっくりと着陸し、それとともにプロペラの空を切る音も小さくなっている。

ヘリポートは全部で8つあり、その中央に円形の建物が目に入った。8つのヘリポートのうち5つにヘリが止まっているのが見えた。トーマは眼を凝らしながら、それぞれに塗装されているエンブレムに視線を向けている。


「ふ〜、クライアントはもう着いてるみたいだが、約束のまでには時間がある。それまで各々自由行動! 俺はとりあえず部屋に戻る! 時間通りに集合場所に来いよ〜」

そう言い切ると彼はとヘリから降り、殺風景なヘリポートに佇む《たたずむ》エレベーターホールまで歩いて行った。

3人は目で追うように、彼の背中がホールへと消えていくのを見送った。

続いてリンがヘリから降りようとしている。


「2人はどこ行くの〜?」

特に予定の無いシェルスは、誰かに付いて行く気満々な顔をしている。


「え?! 私? 私はもちろんシャワーを浴びに行くわよ。その後は部屋でゆっくりするけど」

「僕は部屋に戻って洗濯します。今日は良い天気で洗濯日和になりそうですしね」

ドアを開けながらそう言い、軽く飛び降りた。

ビルの屋上にあるヘリポートからの景色は絶景である。見渡す限りのビル郡と街の外周にはビルほどは高くはないが、外からの侵入者を拒むための塀が見えた。

とりあえず3人は部屋に戻ることになり、エレベーターホールへと歩を進めた。朝ということもあり、少し肌寒さが感じられる。


「久々の夜中の仕事だったから体に堪えるわ」

肩に手をやり、首を右へ左へとほぐしている。セミロングの黒髪が朝日を浴び、鮮やかに輝いている。

どこか色っぽさを感じたのか、カイルは顔を少し赤らめながらも、彼女のその姿に見とれている。

それを見たシェルスも負けじと、束ねられていた髪を解いている。

しかし、チラリと彼の目線を確かめたが、全くこちらへは配られていない。


「もう! カイルのバカ〜!」

プンスカと1人で怒り出し、足早にホールまで駆け、ガラス張りの自動ドアが開き中へ入った。

カイルは困惑した面持ちでその場に立ち尽くした。赤くなっていた顔も肌色に戻っている。

相手が年下だとしても、彼女はお年頃なのだ。

何を怒っているのかさっぱりわからないリンは、カイルの顔を見ながら首を傾げている。


「リンさんの髪の毛って……すごい綺麗ですよね」

彼は再び顔を赤く染め上げると、それを隠そうと俯き《うつむき》加減でそう言った。


「そうかな〜。あっ! もしかして私の髪ずっと見てた?」

彼女は照れくさそうに答えると、何か気づいた様子である。すると、自分の髪を指差しカイルに尋ねている。

彼の首は静かに、そして恥ずかしそうに縦に振られた。

それを聞いた彼女は、微笑を浮かべている。


「えっ、何を笑っているんですか? その笑いはシェルスさんが怒った理由がわかったからですか?!」

「うん、ん〜。そんなとこかな」

心配そうな彼の顔を見ながら、微笑み答えた。

しかし、当の本人は、はっきりとした理由を聞かされていない。そのためか、ぱっとしない面持ちで見つめ返している。

そうこうしているうちに2人は先にシェルスがいるホールへと着いた。

床や壁がベージュ色で、3機のエレベーターがある以外に何もない殺風景なところだ。そのうちの1機と睨めっこをしている彼女がエレベーターを待っていた。

自然とカイルの表情は強張った。

リンは手で口を隠し、耳打ちをした。

彼は少し照れながらも、その言葉に耳を傾けている。


「え!? 本当にそれで機嫌が直るんですか?」

「もう! さっさと言ってくれば良いの」

彼の質問に答えながら、背中を叩いてご機嫌斜めな彼女の前と押し出した。

耳打ちされたことを伝えるべく、もじもじと自身なさ気にだが近寄っていく。

エレベーターの現在地を表すランプが、段々とRへと近づいてくるのを彼女は見上げている。


「あのっ! シェルスさんって髪、綺麗ですよね」

「……そうかな〜! カイルからそんなこと言われるとは思ってもなかったよ〜!」

彼女は、彼が渾身を込めた一言をあっさりと受け止めた。はじめは失敗かと思われたが、嬉しさを隠すように喜んでいる。

そんな彼女を見ながら、リン方を向きホッとした表情を浮かべるカイル。

対してナイスと言わんばかりの、これまた表情を返すリン。

そんなやり取りをしている間にエレベーターがやってきた。

扉が開き3人は順に中へと入り、シェルスが自分たちの部屋のある階のボタンを押した。先ほどカイルに褒められたこともあり、ボタンを押す指先からも明るさが出ている。

扉は閉まり、目的の階へと下降していった。

わいわいと喜ぶ声を響かせながら。



その頃トーマは、この都市にある酒場へとやって来た。酒を飲むためにやってきたということもあるが、自分達と同じような連中との情報交換をしに来たということもある。

情報というものは、どの時代、職業においても非常に重要なものなのである。こんな世界、こんな仕事ならばなおさらだ。

彼は酒場の扉を開き店内に入ると、薄明るい照明に照らされる木製の丸テーブルと椅子が並んでいるのが見えた。

彼には目つきの悪い野郎が、一斉に自分を見るのがわかった。

靴と木床がすらしながら、迷わず一直線へと長年使われているであろうカウンターの席へと腰を下ろした。

目の前には、細淵の丸眼鏡をかけ、切り下ろされた栗毛の優男なバーテンダーが1人立っている。服装もバーテンダーらしい格好で、首元には蝶ネクタイをしている。


「親父いつもの頼む〜」

注文するその声は気が抜けている。昨夜の仕事の疲れがにじみ出ているようだ。

親父は迷うことなくウィスキーグラスと酒瓶を彼の前へと突き出した。

グラスに酒を注ぐと一気に飲み干し、大きくため息をついている。


「お〜、元気か? この野郎!」

2杯目を飲もうと酒瓶に手をかけた瞬間、後ろからの男の掛け声と背中を叩かれる大きな衝撃が襲った。

とっさに声が下方へ振り返ると、そこにはぼさぼさとした黒髪の男が立っていた。その男の黒髪は店内の照明に当たると微かに青味がかっている。

叩かれた痛さで仰け反り返っているが、酒瓶とグラスはしっかりと握られている。


「親父〜、俺もいつもの頼むぜ」

男はそのままトーマの隣に座ると、人差し指立てながらそう言い放った。

それを聞くと酒場の親父は店の奥の方へと入って行った。


「痛ってーな! 朝からこんなとこ来るな、糞野郎!」

「おめえだってそうだろう?」

「うるせ〜、俺は仕事終わりだよ」

トーマは話ながら改めてグラスに酒を注ぎだした。

奥から戻ってきた親父の手には、牛乳と溶かしたチョコレートらしき物がある。

そのままシェイカーへ入れると勢いよく上下に振りはじめた。

男はそれを嬉しそうに眺めている。

振り終えるとパフェを入れるようなグラスに注いだ。最後にスッと白色のストローを差し込んで、男の前へと突き出した。

グラスには手をやらず、口をストローへと近づけると一気に残り6分ほどまで飲んだ。


「親父のミルクチョコレートは世界一だぜ!」

「テッド、よくそんな甘いもん飲めるな。うちのガキと一緒だ」

テッドというその男は親父を褒めると再びトーマの方をへと体を向けた。

トーマはそれに動じることなく酒を飲み続けている。


「昨日は散々だったみたいだな、え? おい。企業の野郎どもに足元すくわれたな」

「うるさい、俺は最初からあの仕事には反対だったんだ……それなのに」

テッドの口調は気分を逆立てるようなもので、昨夜の話を持ち出した。

それに対するトーマの返事は元気が無く、今だに納得がいかないようにみられる。

親父はグラスを磨きながら2人の話に耳を傾けている。


「ま〜、そんながっかりするなよ。こう考えろ! 人生山あり谷! ってな。じゃ俺はそろそろ行くぜ」

「そんな気軽考えられる奴なんか他には……いるな。いるいる」

テッドの格言を否定しようとしたが、身内の人間に思い当たる節があったようで思いとどまった。


その頃シャワーを浴びているシェルスが、くしゃみをしているのは言うまでもないだろう。


彼はミルクチョコレートを一気に飲み干すと、1枚の硬貨をカウンターに置くと後ろ手でに手を振りながら酒場を後にした。

開けられた扉から店内に朝日が差し込んでいる。


現在午前8時30分。

この街の者はいつものように労働に勤しむべく、動き始める時間帯である。

見慣れた人間、空気、景色。しかし、今朝は少し様子が違った。

オレンジ色の髪を肩まで伸ばした、女の子が1人。

その顔も育ちの良いものであるように見受けられる。

そんな子が息を切らしながら、逃げるように走っていたからだ。




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