CASE5:赤い夜空
トーマはふと外に目をやった。今夜忍び込んだ施設近郊の夜空がと赤く染まっている。耳を澄ませると、プロペラ音に混じり爆音が木霊して聞こえる。
「嫌な空だね……」
後部座席からシェルスの声が聞こえた。それはいつもの明るいものではない。
「起きてたの?」
「今起きた」
じっと外を眺めながら、リンに浮ついた返事をしている。目線の先の赤い夜空には、時たま雷のような激しい閃光が迸るのが見えた。
「どうしてこんな世界になっちゃったのかな? 昔見た夜空が懐かしいよ……」
寄りかかり眠っているカイルの肩に手を当てながら呟いている。その姿からは切なさを感じさせられた。
機内は何とも言えない空気に包み、それぞれが答えを見つけようと自身に問いかけるが、簡単に出てくるほどの易い疑問ではない。
「20年前、管理者によって持ち込まれた魔法技術。それを使って企業があちこちでドンパチを始めたやがった。そしてその結果がこれだ」
沈黙を打破するように、トーマが口を開いた。その表情、口調は普段のシェルスに対するものではない。ただ、正面を向いて語っているだけ。
「幾百とあった企業も数を減らし、今や世界は大きく分けて3つの大企業によって分けられている。1つ目は今夜お邪魔した、軍事産業によって多きく成長したへファイスト・コーポレーション社。2つ目は今回の依頼主である、グローリー・オーダー社。3つ目は数十の中小企業による自由通商連合、ワンダラー・ユニオン社」
この世界にいる全員が知っていることだが、トーマの台詞に付け足し、改めて確認するかのように世界情勢をリンが語った。隣に座っている彼同様に、正面を見据えながら。
「それは知ってるよ! この世界の住人みんな知ってるよ! あたしだってそこまで馬鹿じゃないもん。あたしが知りたいのは、どうして企業に魔法技術が流れたのか? ってことなの」
しんみりとした今までの空気を台無しにするかのような声だ。口を尖らせ前に座っている2人に訴えている。
それを聞いた2人は顔を見合わせた。次の瞬間口から息が漏れ、一斉に笑い出した。リンは必死でこらえているが、トーマは膝をバシバシと叩きながら大笑いしている。
「お前が真面目な話を始めたときは、何かおかしな物でも食ったのかと思ったよ。でも、もう大丈夫そうだな?」
お腹を抱えながらケラケラと笑い、からかうように尋ねた。その姿は、彼女にとっては非常に腹立だしいものである。
シェルスの頬は膨らみ、今にも爆発しそうだ。
その笑い声で目を覚めたカイルが、眠たげそうな目を擦りながら3人を見渡している。
「何をそんなに笑っているんですか?」
ぼーっとした表情で誰に聞くわけでもなく、口に出した。
「ね〜カイル聞いてよ〜! 2人とも酷いんだよ。あたしがちょっと真面目な話しただけなのに、こんなに笑うんだよ!」
自分の気持ちをわかってもらおうとカイルの両肩を掴み、揺らしている。
そんな彼女の必死さを裏腹に、前の2人は相変わらず大爆笑だ。
「シェルスさんわかりましたから、とりあえず揺らすのやめて下さいませんか? それに2人ともいくら珍しく真面目な話したからって、笑いすぎですよ」
「あー!! 珍しくってカイルも普段からあたしのことそんな風に見てたんだ!? いいよいいよ、どうせあたしには真面目な話なんか似合いませんよ」
庇うはずだったが、かえって落ち込ませることになってしまった。窓際に寄り、体を丸めてボソボソと何か呟いている。それを見たカイルは慌てふためいて、2人に助け舟を求めるかのような表情をした。
「あーあ、カイル。女の子を泣かしせちゃった〜」
「人聞きの悪いこと言わないでください!」
トーマの言葉は助け舟どころか、逆に沈没寸前まで彼を追い詰めるものであった。
あたふたと周りを見るものの、トーマが顔をニヤつかせているだけだ。カイルはとっさに思い出したことを、窓際でいじけているシェルスに向かって口にした。
「あっ、そうだ! シェルスさん昔長髪の男の人に助けられたって言ってましたよね? 僕、あれは信じてますよ。また、会えるといいですね」
それを聞いた彼女は、うつむけていた頭をゆっくりと上げた。カイルの顔をじっと見つめながらニコリと笑顔で答えている。
カイルはそれを見て胸を撫で下ろした。
「助けてもらったのが長髪の男っていうのが確かなのかね〜? 第一、お前がいくつのときの話だ?」
「うんとね、あたしが6歳の時。住んでいた街が戦火巻き込まれた時だったかな」
質問に対して、人差し指をあごに当て、浮ついた表情で返事をしている。
トーマは何でもかんでも疑問を投げかけまくる癖がある。だが、それがこのチーム全体の安全のために機能しているのは間違いない。
特にシェルスは人が良い言うか、騙されやすいと言うか。1人では買い物にも行かせられないくらい心配な存在なのである。
「シェルスとカイルと初めて会ったのはそこだったね。もっとも、2人にとっては意識が戻った軍の病院が初対面だったね。覚えてる?」
「勿論ですよ。2人が戦災孤児の僕らを引き取ってくれた日、幼心なりに覚えてますよ」
「あたしは、あの男の人に引き取ってもらいたかったな〜」
カイルは、2人に引き取ってもらえたことを幸せに感じている様子だ。
一方のシェルスは頭の中では感謝しているものの、よほど例の男性に会いたいのだろうか。呆けた表情で、本音をついついこぼしてしまっている。
それを聞いたカイルは、空気を読めと言わんばかりの視線で彼女の顔をうかがっている。
いつもはここで、誰かが文句やら茶々を入れてくるはずなのだが今回は無い。
「誰がお前を連れてきたのか、俺らも知らないんだ。気がつくとそこに意識を失っているお前が居ただけなんだ」
「うん、分かってる。別に2人を疑ってる訳じゃないんだよ。ただ……」
「ただ…それでも会いたいか…?」
後部座席へと身を投げ出し、普段の接し方とは違う真面目な顔で彼女に語りかけた。会えるわけがないと心では整理がついているが、諦め切れない彼女は言葉を濁らせてしまった。
その言葉を繕うように語りかけられた彼女は、静かに頷き笑って見せている。
「そうか、また会えるといいな」
「うん!!」
いつもの笑顔を見れて、安心したのか。前の助手席へしっかりと座りなおしている。そして、おもむろに窓の外を眺めている。
他の3人も同じことをしている。だが、それぞれが赤く染まった夜空を見て、何を感じ、何を考え、何を想うのかは、互いに話すことも、知る由もない。
ただこれだけは、はっきりと解っていた。戦争が終わらない限りはこの夜空を見続けることになるということ。
ただただプロペラ音だけが機内に流れている。無言の時間が流れ始めた。
「ほんと…嫌な夜空……」
虚しくシェルスの声が機内に響いた。
ヘリは操縦されるがままに、4人を乗せて帰路へと飛行して行った。