CASE2:こんなわけで……
今回は、施設に来る羽目になった理由を書かせていただきました。
『やっぱし、やめときゃよかった……』
トーマは心で呟きながら3日前のことを思い出していた。
今回のこの仕事は、いつもより幾分か報酬が良く、危険でもあった。
4人が住まう部屋のリビングでの出来事。
ガラス張りの引き違い戸には白いレースのカーテンが掛けられ、それを静かになびかせる風とともに日差しが差し込んでいた。
四角の角を丸く削られた木製机を挟み2人が向かい、今の自分達では無理だと考え、断るように話を進めていた。
だがその時、1人異を唱える者が現れたのだ。
「毎回同じような仕事じゃつまんないから受けよ〜よ。それにさ、今までよりランクの高い仕事なら評価も上がるんじゃないの? だったらチャンスだよ〜」
目をときめきさせながら二人に詰め寄った。
シェルスは普段は仕事の話にはあまり口を挟まないが、今回は違った。
今までがよほどつまらなかったのだろうか、珍しく食いついてきた。
「あのな、俺達にはこの手の仕事はまだ早い」
やれやれといった具合にシェルスの両肩を持ち押し返すトーマ。
「それもそうよね〜、確かに張り合いの無い仕事にも飽きたしね。しかもこの仕事結構おいしいんだ。思い切って受けようか?」
それを尻目に耳を貸すはずがないと思われていたリンが、シェルスの肩を持ちだした。
思わずリンに顔向けるトーマ。
「おいおい、俺だって護送とか張り合いの無い仕事には飽きた。だけどさっきも言ったけど、俺達にはこういう仕事はまだ早い」
トーマの発言に2人が湿った視線を注いでいる。
「ちゃんと協会を通してる依頼だし大丈夫だって。それとも何?あんたびびってんの?」
リンはそう言うと、太しく鼻で笑った。
「そんなんじゃねーよ、大体お前はいつもヘリから指示出すだけだろうが」
たまらずトーマは言い返した。
リンと口喧嘩になるいつもこの話題でトーマは反撃するのだ。
2人を見かねたシェルスが口を開いた。
「じゃ、多数決にしない?」
シェルスはそう言うと、洗濯物を干していたカイルを連れて来た。
男の子なのに、新婚の若妻ぐらいにエプロン姿が似合っていた。
「何の多数決ですか?」
首を傾げ、3人の顔を見渡した。
リンが今までの趣旨を話し終えると、さっそく挙手での多数決が行われた。
「賛成の人〜?」
リンとシェルスが、勢いよく手を上げながら号令をだした。
トーマはもちろんだが、普段より物騒なことから身を遠ざけているカイルも挙手するはずもなかった。
ほっとした面持ちで胸を撫で下ろしたトーマだったが、カイルは膝ぐらいでエプロンを握り締めがら固まっていた。
どうしたのかと思いカイルの目線の先を追うと、そこには睨みを効かせている二人の姿があった。
一層睨みを効かせると、カイルの体はビクっと反応した。
恐らく殺気かそれに近いものを感じたのだろう。
握り締めていたエプロンを離すと、カイルはゆっくりと手を上げた。
「やったー! さすがカイルは賢い子だね〜」
シェルスは抱きつきながら歓声をあげた。
「お前ら、汚ねーぞ。脅してまで票稼ぎなんて」
血相を変えて反論した。
「脅してなんてしてないもん。ね、カイル?」
不気味な笑顔で肩をぎゅっと握りながら語りかけた。
またもや体をびくっとさせた。
「はい……」
静かに答えると、とぼとぼ歩き洗濯場の方に戻って行った。
そんなこんなで半ば強引に依頼を受けることになってしまった。
そして、今この状況に立っているのである。
初めて音を聞いたかのように、シェルスとカイルはおろおろと焦っている。
これまでにこういった経験がなかった2人にとっては当然の反応だ。
「落ち着け!」
声に反応し、トーマを見る2人。
だがそれはまるで、自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
シェルスは焦りすぎてさっきまでの笑顔が崩れ、カイルは今にも泣き出しそうな顔だ。
「とにかく、逃げるぞ」
来た道を大急ぎで戻っていく3人。
ついさっき使った通路なのに、警報音と焦りのせいか別物に見える。
「この後どうするの?」
少し落ち着きだしたシェルスが口を開いた。
「え?どうするってこのまま逃げるんだよ。そんなことより変だな」
不思議そうに顔をしかめた。
「何が変なのよ?」
どういう意味なのかさっぱりそうに聞き返した。
「警報装置が作動したら、お迎えの1人や2人来てもいいはずなんだがな」
「そういえば、来る途中の通路にも誰もいなかったね」
2人が会話していると、通路間の黒色の圧迫感のある防壁が閉まり始めた。