CASE17:魔法の力
不意を突かれた攻撃にオーダー社は、迎撃態勢を整えることも出来ずにいる。
ましてや相手は三大企業随一の火力を誇るヘファイストだ。
双眼鏡を目に当てた兵士には、荒れた山々の間に配備された戦車隊の後ろに大きな鉄の塊が見えた。
「飛空艦!?」
兵士が思わず口にした飛空艦というは、文字通り空飛ぶ戦艦のことだ。飛行機やヘリ以外、多大な質量物を空に浮かべる技術はヘファイスト社にしか保有されていない。
そのボディには赤を基調とし、長銃と剣を交差させて描かれたヘファイスト社の社旗が確認できる。
「状況は?!」
レミリアが司令室に着くと、すでに全モニターの前に兵士が配置についていた。
少し薄暗い室内には個々のモニターの他に、中央に大画面のメインモニターが備え付けられている。
「っと! 今のは危なかった。最悪ですよ大佐」
戦車隊からの一斉射撃が施設に放たれ、マイクフォンを付けた女オペレーターがその衝撃に驚きつつも答えた。
そんな中、動揺もせず、直立不動でモニターを見ている男がレミリアの目に映った。
「遅いですよ大佐」
振り向き、敬礼をすると文句を1つ垂れた。
髪はうすい緑色のシャギーヘアーに、紺色の背広にローズレッドのネクタイ。
「ごめんね、ランバート。急いで来たんだけどね」
そこいるの全員に軽く敬礼しながらに、自分の席へと着いた。
「現在、魔道兵に魔法障壁の詠唱を始めさせていますが、単体での障壁では長く持たずにいます。銃装兵に援護はさせていますが、やはりそこはヘファイストですよ。中々隙を与えてくれません」
「私が出ても良いんだけどな〜」
「ダメです。部隊長自らホイホイと前線に出るもんじゃないです」
変わらずの姿勢で言われ、人差し指でほっぺを掻き、困った素振りを見せている。
すると、そこに一本の無線がオペレーターに入った。
「え?! ウソでしょ? 見間違いじゃ? ……わかったこっちでも確認してみる」
「どうかしたのか?」
「敵戦車隊の後方に飛空艦を確認したと兵士からの報告が――」
「なに、画像出せるか?」
冷静を保っていた男が若干声を荒げた。
基地に備え付けられた高性能カメラが、飛空艦の姿を捉えた。
メインモニターに映し出されると、レミリアは鉛丹色の長い髪をなびかせながらゆっくりと席を立った。
「大佐、どちらへ?」
「決まってるじゃん、私も出撃の」
「しかし、それはなりません」
「ランバート君、確かに部隊長である私が指揮をとる必要はあると思うよ。でも、自分だけ安全な場所でいるのはどうもね。私自ら出向くことで兵士が元気になるんだったら、私は行くよ」
声のトーンを上げて出口へ向かう彼女の足を止めた彼だったが、ニッコリ笑いながら口にした言葉に言い返すことも出来ず、鋼色の扉の向こう側へと消えていく彼女を見送るしかなかった。
「大尉も大変ですね〜」
「そう思うなら、現在の各部隊の状況を聞き取りメインモニターに映してくれないかな? 一気に前線を押し上げるぞ」
女オペレーターの一声でやる気になったのか、目の前の机に置いてあるマイクフォンを耳に装着した。
その頃、トーマ達4人は基地の出入り口付近で合流していた。
爆音で少しはビクつくカイルの横で、シェルスは赤毛のポニーテールをもう一度きつく縛りなおしていた。
テッドに無線で呼びかけるトーマだったが、相変わらず反応がない。彼の荷物と銃はここに置きっぱなしである。
リンがジャケットの内ポケットから出した銃の弾装をチェックしていると、ゲートの1つが開きレミリアが出てきた。
「リン達は中へ入っておくと良いよ」
「そんなわけにはいかない。俺達は金で雇われたんだ。その分の働きぐらいはちゃんとするさ」
「別に構わないけど、足だけは引っ張らないでね」
その言葉に振り返った彼女の顔を見ることなく追い抜くと、トーマは基地の外へ通じるゲート前へと足を進めた。
「カイルは詠唱ありの魔障壁を展開して、他のカバーしろ、リンはその援護だ。俺がシェルスと大佐、2人を援護するからさっさと部隊を整えろ」
「相変わらず目上の人間にも容赦ない言葉使いだね。そこの2人! この青い髪の子と魔障壁で入り口を守れ。残りはいつもの混合編成で前線を押し上げるよ!」
それぞれ命令されたことに相槌で返事をした。
「向上の月よ、その光にて我にあだなすものから――」
カイルの詠唱が終わりに差し掛かった頃、トーマ、シェルス、レミリアは目で呼吸を合わせると一気に飛び出した。
所々に砲撃の跡が残る基地外。
「我を守護せよ!」
カイルと魔道兵による魔障壁は完璧に形成され、ゲート入り口から半円形10m範囲を砲撃から守ってくれている。弱弱しい青い光だが、守るという硬い意志が詠唱者から感じられた。
基地内から出られずにいた兵士達も、前線を押し返すべく基地外へ出始めた。
「はああ!」
「なんだこいつ、撃て撃て!」
砲撃に臆することなくシェルスは流れ込んでいた兵士を、ポニーテールと剣を舞わせながら次々と斬り倒していく。
「あいつを止めろ〜」
剣の届く距離にいない敵は、ただの剣士だと思い、力いっぱい握り締めた銃を彼女向けた。
「魔剣士をなめるな〜、スピットファイヤー!」
指先から迸る赤い閃光は一直線に敵に命中し、体を吹き飛ばした。
魔法の加減はまだ出来ないようで、若干暴発気味だ。
魔道兵と銃装兵の混合部隊は攻守ともに優れている。さらに、一定間隔で行動することによって、円形の魔障壁間に防御ラインを張ることができる。間隔が遠いほど強度は下がるが、その逆は何とも頼もしい。
ヘファイスト社が最高の火力誇る軍ならば、オーダー社は最高の防御力を誇る軍なのだ。
陣形を整えたオーダー社の前では、一兵士が持たされる銃なんてものは何の役にも立たない。
銃と魔法の一斉射撃によって先行していた敵部隊を殲滅に成功した。
逃げ帰る兵士達の先には、戦車隊と重々しい装備を身にまとった重歩兵が隊列を組みこちらへ迫って来るのが見える。
最前列は長方形の大きな盾を持ち、正面攻撃から隊列を守るように陣形を組んでいる。
「奴らやり方を変えたみたいだぞ、どうするんだ大佐」
「あの戦車はちょっと厄介だね」
そう言うと魔障壁の外側へ出ると、両手を前に突き出し詠唱を始めた。
「聖なる精霊よ――鉄槌の打ち手となりて、敵を討ち滅ぼせ。ファタスグレイブ!」
レミリアは体の前で一文字をきった。一筋の光が隊列中心に落ちると、青白い爆発を巻き起こし敵部隊を粉砕した。
巻き上がった瓦礫が落ちる音が聞こえるなか、何事なかったかのようにこちらに戻って来る。
34歳にして昇りつめた大佐という階級に恥じない、その圧倒的な力。
小さな体からにじみ出るそのオーラは何とも恐ろしい。
彼女の攻撃によって怒り心頭な敵は、ついに飛空艦を起動させた。