CASE12:真実と裏切り
「ブラボ〜! ブラボ〜! ブラボ〜! 大変素晴らしい再会ですな〜。危うく私まで涙を流してしまうところでしたよ〜、ファリアス社長」
コニーが携帯電話に手をかけ耳に当てようとした時、玄関の方から男の声がした。
ベージュのスーツに赤い紐ネクタイ。髪型は黒と白が混じる軽めのオールバック。
「今日は不法侵入者が多いな。あんた誰だよ? せめて名乗ってもらえるとありがたいんだけど?」
トーマは朝からのトラブルの多さに、いい加減にしてもらいと言い出しそうな顔つきで口を動かす。
「いや〜、すみません。私W・U社顧問グリーシャ・トボルスキーと申します」
抑揚のある話し方で、少し聞くのが嫌になる声質である。
それでもコニー達4人は聞き慣れているようで、安心した面持ちである。
しかし、コニーはあることに気づいた。
そう、先程話していた協力者とはこの男であり、本当ならば現在G・O社本社都市のリゴール・シュタットにいるはずなのだ。
「グリーシャ、どうしてここに? リゴールで私を待っているはずじゃ?」
「あ〜、その件ですが、色々ありましてね〜。計画を変更せざるおえなかったのですよ」
「社長、協力者とはグリーシャさんだったので?」
シーマスは携帯電話を受け取りながら聞いた。
コニーは軽く頷いたが、その男が映る小さな瞳は丸し、疑問を投げかけている。
「まったく、あなたが付いていながら。我々にどうして連絡を入れてくださらなかったのですか?」
「すまないね〜、シーマス君。それに、アリエル君にナイン君。どうしても君達には秘密裏にしておく必要があったんだよ」
「……とりあえずヘリポートへ、話はそれからにしましょう」
コニーの肩を持つと出口へと誘う。
「私は見送ってくるね」
「あたしも行く〜」
コニー達の後を追うようにリンは部屋を出た。
それに続きシェルスも付いて行こうと出口に向かったが、またしてもトーマに止められている。今日2回目だ。
「お前とカイルは部屋の掃除。ガラスには気つけろよ」
「トーマとリンだけずるいよ〜、大人ばっかり良い思いしてさ〜」
「1日に2度も喉に刃物付きたてられたから、気使って家にいるように言ってるんだからな〜」
ふくれっ面の彼女を見ることなくそれだけ答えると、部屋から出て行った。
「カイル〜、……早く大人になれる食べ物とかないかな?」
「はい?」
部屋には彼女の突拍子な発言だけと、陰り始めた日差しだけが残った。
4人がヘリポートのある屋上へと着くと、夕日の赤くとも橙ともいえる色彩が包む。
エレベーターから降りるとコニーは疑問に感じていた事をグリーシャにぶつけた。
「グリーシャ、計画の変更とは何だったんだ?」
「そうですね、そろそろ話しましょうか。そもそも今日の計画は6年前の出来事が事の発端。そうですよね、社長?」
「あぁ、私に入ってきた情報の中で一番信頼できるものが、G・O社による犯行だったということだと聞いている」
4人はエレベータホールで立ち止まると話を進めた。
ホールとヘリポートを隔てるガラス張りの自動ドアの隙間からは、ひんやりと冷たい空気が流れ込んでいる。
「そう、あれはG・O社がやったことです。……しかし、それがもし真実を隠すためのカバーストーリーだったとすれば? あなたがやろうとしてことは誰かによって仕組まれていたことだとすれば?」
「……どういう意味だ?」
コニーは意味深な言葉に眉を細めながら聞き返した。
「フフ、ハッハッハッハッ! ……実はね、あの3人を殺したの私なんですよ。ま〜正確には殺すように命令しただけなのですがね」
彼は、とんでもない事をニコリと笑いながら言った。
4人はその言葉に驚愕を覚えた。
「グリーシャさん、あなたは……一体?」
「私? 私は私だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
彼はシーマスの問いにふてぶてしく答えている。
次の瞬間グリーシャはコニーを羽交い絞めにし、胸元から出した銃を彼女の頭に突きつけた。
コニーの首を押さえながら、指を鳴らすとエレベーターの左右にある非常階段の扉が開いた。
左右3人ずつ、ブリーフケースを持った黒服の男が入ってきた。
「私達はこれで失礼するよ。まだまだやらなければならないことがあるのでね」
「グリーシャ! 手前裏切りやがったな!」
飛び掛りそうになったナインをトーマは静止した。彼女の指と指の間には鋭いナイフが光っている。
「グリーシャさん、1つだけ聞かしてくれないか?」
「なんだね? タッカー君?」
シーマスの問いかけに首だけで振り向くと目を細めながら聞き返した。
あえてファミリーネームで呼んでいるのが、嫌らしく感じられる。
「今までのあなたの言動は全て嘘だったのですか?」
「優しく、信頼される人物になる必要があったからそうしていたまでだ。では、フライトに間に合わなくなるのと困るので今度こそこれで失礼するよ。出口は彼らに聞いてくれ」
シーマスは自然と拳を握りしめていた。それには、悔しさや怒りがこめられていた。
男達はブリーフケースの持ち手を勢いよく引いた。
ケース部分だけが床に落ち、中からアサルトライフルが姿を表し、彼らの手に握られた。
「バチンッ」と撃鉄を起こす音がホールに響く中、彼らの後ろには悠然と歩く奴の姿。
シーマス達は焦っていた。このままだとせっかく取り戻した社長がさらわれてしまう。
しかし、6人の構える銃からどうしても逃げられそうにない。
「ポーン!」というエレベーターの到着音が聞こえた。
6人のうち2人が扉の前へと進んだ。
扉が開くとそこにはリンが立っていた。
「すみませ〜ん、ボタン押し間違えちゃったみたいです〜」
周囲の状況を確かめるように見渡すと、大げさにおどけて見せている。
人数的に油断したのであろう、男達6人の視線は全員リンの方へと向いた。
男達4人の銃は依然、3人に向けられまま。動くに動けない状態だ。
このタイミングを待っていたかのように、男達から見て右手にある非常階段の扉を蹴破ると、両手にハンドガンを持ったトーマが乱入してきた。
「どうも、お邪魔します〜♪」
不意打ちのため男4人は抵抗する間もなく滅多撃ちにされた。
全弾撃ち尽くした銃は煙を上げている。
「貴様〜!」
リンを見ていた2人はトーマに銃口に向けた。しかし、リンを視界から外した時点で彼らに命はなかった。
「ズドン! ズドン!」鈍い銃声だ。
「突然の強襲の際の対応はあらかじめレクチャーしておきましょ〜♪ それとアーミーシューズに背広は似合わないよ」
「ったく、耳がキーンとしやがる」
トーマの両手の銃からマガジンが落とすと、新しいマガジンを装填している。
3人はその光景に呆気にとらていた。
「大事な社長を追わなくていいのかよ?」
「言われなくてもわかってる! いくぞ!」
アリエルとナインは頷くと、少し開いた自動ドアの隙間から押し出るようにと飛び出した。
しかし、ヘリに乗り込もうとするところであった。
「間に合わなかったの?!」
後から追ってきたリンが慌てた様子でシーマスに詰め寄った。
だが彼は割と落ち着いていた。
「ナイン! 今こそ、その俊足を見せてもらおうか」
「待ってました! ほんじゃ、いっくぜ〜!」
しゃがみ込むのような姿勢から一気にヘリまで突っ走りだした。
一足蹴る度にスピードが増し、足には小さな黄色の魔法陣が形成されている。
「うわっ! はえ〜なあの子」
瞬く間に50mほど先のヘリまでたどり着いた。
すかさず袖からナイフを出すと、嫌がるコニーの髪を引っ張る腕めがけて投げつけた。
吸い寄せられるようにグリーシャの腕にナイフは突き刺さり、コニーは開放された。
「ぐあ!」
コニーを抱きかかえ、バックステップでその場から離れた。
「社長、もう大丈夫だぜ」
「うん、すまない。……ありがとう」
満面の笑みで安心させるナインに、軽く頷きコニーは応えた。
「おのれぇぇ!! 貴様ら覚えておけよ!」
出血する腕を構いながら、こういう場面では定番の台詞を吐き捨てるとヘリへと乗り込んだ。
「逃がすのか?」
飛び立とうとするヘリを見ているシーマスは首を横をに振った。
「まさか。アリエル! 例のやつをくれてやれ」
「勿論、私も今そう思っていたところです」
メイド服の背中からは2つの物体が出てきた。
1つは筒状の物、もう1つはバットのような物。というか弾頭だ。
「なんつう物持ってんだあんた!」
「標準装備でございますよ」
驚くトーマをしり目に、筒と弾頭を1つにすると肩に担ぐと狙いを定めている。
ヘリ《まと》が地上から5mほどの高さになると、その筒から弾頭が発射された。
本来ならば戦車などの陸戦兵機に使われる代物を、ヘリに使うなんて考えただけでも恐ろしいことだ。
直撃した瞬間、爆炎とヘリの残骸がヘリポートに落ちてきた。
「音がうるせ〜よ! アリエル! 大体こんなところであんな物使うなんてありえねーよ!」
「そんことないよ! それにたまにはいいでしょ! こうでもしないと仕留められなかったかもしれないじゃない!」
トーマは姉妹喧嘩を片耳で聞きつつ、目の前の光景を見ている。
「まったくだよ、で? 誰が後片付けすんだよこれ?」
噴煙が止み視界が明けてきた頃、何か空中に浮いていることにその場の全員が気づいた。
「フフ、こんな下賎な物では私は殺せないよ」
グリーシャだ。ロケット弾の直撃を受けたというのに生きている。
「馬鹿な、あれを受けて生きているなんて」
「生身で受けれるわけがない。魔道士だよ。しかも飛びっきり強い」
空に浮く彼は、回りには冷たさのある青い光をまとっていた。
「まさかこんなに早く私の力をさらけ出してしまうとは予想外だ」
ニンマリとほくそ笑みながら彼特有の口調で話している。
「教えてくれ! どうしてだ? お前はどうしてママ、パパ、お祖父様を殺したんだ?!」
ビル風によって、オレンジ色の髪をなびかせながら必死で知ろうとしている。
「クハッハッハッハッハ! どうして? 私が? 残念ながら私にその質問は不適切だよ。私が望んだのではない」
「まさか……」
その場にいるだけで、この問題とはほとんど無関係なトーマが思わず口を開いた。
「ほう、察しがいいな、運び屋。そう! 彼らだよ! 彼らが望んだのだよ! これ以上の行動は無意味だ。それではまたお会いする日まで」
それだけ言うと、宙に浮いたまま軽くお辞儀しグリーシャは飛び去った。
「社長……あの」
「大丈夫だ、今日はもう泣かない」
「そうですか――それは良かったです」
きっぱりとした意見に、シーマス達3人は少し寂しさを覚えた。
「だけど、辛くなったらまた泣かせてくれ」
今までならここでさらに、強気の一言で一蹴する彼女である。しかし、今回は違った。少し照れながらも自分の弱みを他人に見せたのだ。
その言葉に3人は安堵とも喜びとも思える笑みを浮かべている。
それからしばらくするとシーマスが呼んだヘリがやってきた。
別れ際にコニーはさらりとサインすると小切手をトーマに手渡した。
「また今度何か頼む時はお前達を指名してやるよ。それじゃな!」
勢いよくヘリの扉を閉めると、夕暮れの冷たい空をプロペラで切りながら空へと舞って行った。
「彼ら……か」
「どうしたのトーマ?」
去り行くヘリを眺めながら呟くトーマ。そんな彼の顔をリンは覗き込んでいる。
「……なんでもないよ、帰って飯食って寝よう!」
少し間を空けて返事をした。
彼女はその意味深な言動に突っ込みたい気持ちはあった。しかし、今は触れない方がいいような気がしたのだ。
「待ってよ〜!」
エレベータホールへ向かおうとする彼の首筋に腕を絡ますと思いっきり飛びついた。
苦しそうにもがく彼とは裏腹に、彼女は楽しそうである。
2人のその愛くるしい姿を夕暮れのバックが際立たせている。
街には明かりが灯り始め、今日一日の疲れをとるために人々が酒場に集まりだしている。
そこに集まる人々は今日の出来事を知る由もない。
だがこの街はその事実を確実に刻み、1日は終えようとしているのであった。