CASE10:語れない事
シェルスとカイルが大量の買い物品を冷蔵庫にしまっていると、金属の玄関扉が開きトーマが戻ってきた。
眠むたい眼を擦りながら、昨夜から着っぱなしのシャツのボタンを外している。
「おかえり〜」
「おう、2人とも飯食っとけよ。2時間後にまた仕事だ」
それだけ言うと、足どり重そうに風呂場へと消えて行った。
2人にはそれを聞く間しかなく、彼の背中を眺めながら呆けている。
傾きだした陽がブラインド越しに室内に差し込んでいた。
眩しそうにしながら彼女はブラインドの目を閉じに窓へと近づいている。
彼がシャワーを浴びる音が聞こえる中、カイルはお鍋を中身を温め直しにキッチンへ。
再び玄関が開く音がした。
「ただいま〜」
リンの声に反応し2人は玄関の方に目をやりながら、入ってきた彼女に返事を先程同様に返事をしている。
頻りに玄関の方を見ている彼女に対して、彼はキッチンから覗き込むように声を発した。
「どうかしたんですか?」
「うん、まぁ。うんちょと紹介したい人がいるんだ。トーマから聞いてるだろうけど、2時間後の仕事の依頼主さんを連れて来たの」
リンは玄関の方を見ると、手招きをしている。
次第に近づく床に響く靴音と共に、その先を2人は凝視している。
今までそんな事は、一度として無かったため、当然気になるのであろう。
するとそこには現れたのは、買い物帰りにあの男に見せられた写真の女の子がそこにいた。
きっちり閉じたはずのブラインドから漏れた光が、スポットライトのように女の子の足元を照らしている。
「あ〜!!」
2人は一度顔を見合わせると、女の子を指差しながら驚きの声をあげている。
室内に響き渡った声は、風呂場の彼の耳にもしっかりと聞こえていた。
そして、彼はニヤリと確信のような表情を浮かべている。
「この子のこと知ってるの?」
2人ともリンを見ながら首を縦に振っていた。
「さっきの男とは会ったかもだが、こいつらは絶対に知らんぞ」
室内に入ってきた女の子は、ふてぶてしい態度は見せながら反論した。
「買い物帰りに知り合った男の人がさ、この子を探してたみたいなんだよ」
「もしかして追っ手だったりするのかな? ファリアス社長?」
首からかけたタオルで黒髪を拭きながら、風呂場から現れたトーマが女の子に質問した。
4人とも彼の方に目を向けている。
「多分そうだ。そこの2人が会った男は恐らく私を連れ戻しに来た部下だろう…」
不安そうに答えるコニーを見ながら、トーマは電話を手にした。
「会った時から気になってたんだ。どうして大企業であるW・U社の社長である人間がお供すら付けずにこんな街にやってきたのか? 出発まで何も無ければ聞くつもりはなかったが、追っ手がこの街までやってきてるんだ。答えを聞かして貰えないか?」
昨夜の仕事の内容のこともあり、出来る限りの情報を集めておきたいという気持ちが表面上に浮かび上がっている。
それにこのまま子どもになめられたままであることも癪だったに違いないだろう。
「それは……」
女の子は俯き、膝で握り締められた拳を見つめている。
重いため息を一つ漏らした後、トーマが口を開いた。
「ダブジ、聞いただろう? 答えられないそうだ。経験上そういう依頼には、何かトラブルが含まれている時だ。なら、この話は終わりだ。ダブジとりあえず、今日中に金は集めて返す。それに、こんな奴の依頼じゃ、そりゃ誰だって断るさ」
「だが、待て! もう少し話を…」
「話を聞けとでも? 借りた金も返すって言ってるんだ。それ以上にダブジ、お前に義理立てる必要はないんだ。それにな、お前らは安全な事務仕事だけの仲介料でおいしいだろうがな、現場で命張るのはこっちだ。リスク相応の選択肢はこちらにあるはずだ。リンが今から社長を連れて行く」
長々と吐き捨てるように受話器に話すと、湿ったタオルをソファーに放り投げた。
そのまま自室へと歩を進めている。
リンも彼の言ってる事の正当さに納得はいくものの、女の子の先ほどの表情を思うと困惑を隠しきれないでいる。
お鍋がたてる音が聞こえる中、素足で歩く独特の足音がやけに大きく聞こえる。。
「待ってくれ!」
女の子の声に空気と彼の進める歩が止まった。
彼は振り返らず、背中で聞く格好になっている。
「いいか…よく聞けよ、この不抜け! 今はまだ答えられない! ……だが必ず、必ず答える。だから…頼む…この通りだ」
ソファーから立ち上がり、トーマに向かい深々と頭を下げている。
「ね〜、トーマ。女の子がこんなに頭下げてるんだよ? 請けてあげようよ? それに、本当はお金返す当てなんてないんでしょ?」
椅子の背もたれを抱きながら座っているシェルスが彼を見ながら、ニヤリと見透かすような目つきと共にその口を開いた。
普段馬鹿にしているシェルスから、痛いとこを突かれた事をもどかしそうに咳払いをしている。
リンは女の子の下へ行くと肩を手に置き、ニヤつきながら彼の方を見ている。
「わかったよ、請ける、請けますよ。とりあえず補給だけでも済ませておこう。というわけだ、ダブジ。良かったな、うちの美女2人にお前達の儲けは助けられたぞ」
それだけ言うと受話器を元の場所へ置いた。
女の子の顔を覗き込むリンの表情はとても緩んでいる。
そっぽを向きながらも嬉しさを隠し切れずに、笑顔の漏れが口元を緩ませる女の子。
そんなシーンを見ながらカイルがお鍋の火を止めようとした瞬間、ガラス張りの引き戸と玄関の扉が爆風によって吹き飛ばれた。
トーマとリンは進入して来た人物に対して近くにあった銃を手にすると迷わずに向けた。
玄関から現れたのは例の男。
窓側から豪快に入ってきたのは2人の女。
互いに銃を向け合う緊迫した状態だが、派手な登場をした3人はコニーを視界から外そうとはしなかった。
そうなぜなら、彼らにはどうしても女の子を連れ戻させねばならなかったから……。