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モノクロ・コード  作者: 来座
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9/11

08 目覚め



「とりあえず、質問なしで聞いてくれるか?」

 クロの言葉に、天音はうなずいた。

(なにから話せばいいかな)

 クロはしばし悩み、とりあえずはじめから話すことにした。

「おれがあの学園に入ったのは天音を護衛するためなんだ」

 天音はクロの言葉に、何かいいたげに口を開いた。しかし、先ほどの同意を思い出したのか、あわてたようにすぐにその口を閉じた。


 クロは続けた。

「護衛を頼んできたのは政府の高官だ。御影総一と言う男に直接頼まれた。敵の狙いは不明。それについては俺も教えてもらっていない。とりあえず、今の天音は命を狙われている。そして、俺はそれから守るためにいる」

 そこまで言ってクロは口を閉じた。

 何か質問はあるか、と天音に訊ねる。


「御影総一は、誰?」

「防衛省の長官だ。知り合いか?」

 天音は少し考え込んで首を振った。

「ううん。知らない人、かな。たぶん」

「そうか」

 天音は御影を知らない。それなら、なぜ御影は天音を護衛したいのだろうか。

 クロの中に、またひとつ疑問が浮かんだ。


「じゃあ、次に。クロは、私を守るために学園にきたの?」

「そうだ」

「じゃあ、私と話してくれたのも護衛のため?」

 クロは一瞬言葉に詰まった。

「それは……」

 出会ってから、たった1週間。

 それは、互いを知ることも、自分のことを知るためにも。あまりにも短すぎた。

「わからない」

 そういってから、クロは自分の情けなさに自嘲的な笑いを漏らした。

 しかし、天音はそれには何も言わず、ただまっすぐクロを見つめていた。


「じゃあ最後の質問」

 天音は息を吸って、そして吐いた。

「クロは、何者なの?」

 天音は小声で訊ねた。

(まあ、そうなるよな)

 政府から護衛任務を受けるような同年代の男。怪しまない方がおかしい。

「おれは……」

 そこまで言ってなかなか言葉が出てこない。

 クロは気づいた。

 自分が緊張していることに。

 それがなんだか恥ずかしくて、強引に言葉を続けた。


「おれは国に育てられた『ファースト』。特殊な教育を受けた特殊戦闘員だ」

「『ファースト』?」

 天音は首をかしげた。

「でも、『神威』、使ってたよね?」

「ああ、それなんだが」

 天音の反応も当然だった。


 『ファースト』は『神威』を持たない旧人類。

 世間ではそうなっている。

 『セカンド』のように、『神威』に適応できなかったかわいそうな存在。それが『ファースト』。


「『ファースト』でも『神威』は使える。理由は聞かないでくれ。俺も知らん」

 天音は混乱したような顔で「ちょっと待って」と言った。

 クロはうなずいた。

 すぐに理解できるとはクロも期待していなかった。

 普通の人にしてみれば、『ファースト』自体が過去の存在なのだ。社会が『セカンド』だけで回るようになって、もう数十年経つ。

 『ファースト』を街中で見かけることはない。

 もはや都市伝説みたいなものだ、とクロは思う。


 それが目の前にいるのだ。しかも、『ファースト』と呼ばれる所以すら否定。時間も欲しくなるだろう。

「それじゃあ、クロは『チップ』を持っていないの?」

「ああ。今使っているのは偽造物だ。鈴掛黒哉も偽名。俺の本当の名前はクロだ」

 天音はまた黙り込んだ。

 しばらくして。


「鈴掛、ううん。クロは」

 天音は言い直した。

「今までに人を殺したことがある?」

 さっきの戦闘を思い出したのだろうか。ためらい無く3人を殺した、クロの姿を。天音の瞳が揺れた。


 殺人。


 わざわざ聞くということは、それは彼女にとって最大の禁忌とも言える行為なのだろう。

 クロにはもうその感覚は無い。そんなことを思うには、クロはすでに殺しすぎていた。

「ああ」

 短く、それだけをクロは答えた。

「そっか」

 天音はそういって笑った。

「クロは、波乱万丈な人生を送ってきたんだねえ」

 その言葉にクロは激しく動揺した。

「なんで」

「え?」

 クロは信じられない面持ちで、天音に訊ねた。

「おれは『ファースト』だ。それなのに、なんで笑える?」


 見知らぬ人間に襲われ、社会の敗者である『ファースト』である男に護衛されて。大勢殺してきたクロの心配をして、笑うことができる天音に。


 クロは思わず訊ねた。

 その余裕はどこから来るのかと。


「なんでって言われても」

 天音は困ったようにあごに指を置いた。

「だって、クロは私を守ってくれたし」

 天音のそのあまりにもシンプルな答えに、クロは脱力した。

 そうだった。この少女は「変わった子」だった。

 思わずクロは笑ってしまった。

「くっくっ」

「ク、クロ?」

 クロは天音の心配そうな視線を感じた。

「悪い。なんでもない」

 自分が『ファースト』だと告げたとき。

 自分が人を殺したことがあると答えたとき。

 クロは心の中で恐れていた。天音に拒絶されることを。

「天音。やっぱおまえは変わってるな」

「ええー。どういう意味?」

 今まで何度もクロは経験してきた。『セカンド』に虐げられ、馬鹿にされ。

 中には遊びで殺された奴もいた。

 『セカンド』は『ファースト』など人として見ていない。

 それがクロの出した結論だった。

 しかし、天音は違った。


 『ファースト』と『セカンド』とは住む世界が違う。

 だから、分かり合うことはできない。

 そうやってクロは心の中で壁を作っていた。

 しかし、天音はたった一言で、クロの心の内側へと入ってきた。

「見くびってたよ」

 どこかのんびりとしたこの少女を、クロは過小評価していた。

 見た目とは裏腹に、天音の内面はとても素直で許容範囲が広かった。

 臆病なクロとは違い。

 腕力も無いこの少女は強かった。


「他に聞きたいことはあるか?」

 肩の力が抜けて、クロは体が軽くなった気がした。それはクロが天音を恐れていた、なによりもの証拠だった。

「色々あるんだけど、今はまだまとまらないみたい」

「そうか。そしたら、今度はこっちから質問だ」


 クロはなぜこんな夜に出歩いていたのかを訊ねた。

 その質問に、天音はポケットから手紙を取り出した。

「これが届いたの」

 クロはそれに目を落とした。そして、見つけた。

 政府の印章。


 クロの中で、ひとつの疑問が消えた。


(御影総一が秘密裏に任務を依頼してきたのは、これのせいか)

 政府の中に、天音を排除しようと考えている者がいる。

 だから、御影は公式の手続きを踏まずに任務を発行したのだ。

 クロの敵は政府だ。だから御影は敵の詳細をぼかしたのだろう。

 だとすれば。

 新しい疑問がクロの中に浮かんだ。

(御影は、政府の思惑とは別で動いているのか?)

 疑問が消えたと思いきや、新しい疑問ができてしまった。

(御影総一)

 あの男は何者だ。

 クロが無言で考え込んでいると、いくぶん顔色の良くなった天音が立ち上がった。

「もうそろそろ帰らなきゃ」

 門限だから、と天音は付け加えた。

 時間を思い出し、クロもそれにうなずいた。

「そうか。じゃあ、校門まで送ろう」

 クロと天音は外へと出た。





 工業地区にある高層ビルの屋上。

 風の強いその場所で、クロは空を見上げていた。

 あれから天音を学園まで無事送り届けて、クロは頭を冷やすためにこの場所へと着ていた。

 建設途中で打ち捨てられたため、屋上には置き去りにされた建材や地面から伸びる鉄柱などが散乱している。

 風にあおられて、ブルーシートがなびいた。

 クロの前髪も乱された。

(白霧天音)

 結局。

 天音はあれから何も質問をせず、ひたすら自身のことを話した。

 好きなこと、苦手なこと、愚痴。

 クロには何も訊ねなかった。彼女なりの気配りなのだろう。そしてそれは、クロにはとてもありがたかった。

(頭の中ごちゃごちゃだったのは俺のほうか)

 自分がなぜ狙われるのか。

 何から狙われているのか。

 その全ての疑問を飲み込んで、天音は納得した。

 そういうものなんだね、と。


 神経質な所があるクロにはまねできないことだった。わからないことは徹底的に考えてしまう癖がクロにはあった。


(天音に心配はいらなかったか)


 天音の思考回路がクロには理解できなかった。

 だからこそ、クロは天音に興味を抱き始めていた。

 あの強さはどうやって育まれたのか。一体何を考えているのか。

「今日、クロのおかげでまた知らないことが増えたよ。『ファースト』とか、クロ自身のこととか。あと、自分のこともね」

 送迎の途中で天音は言った。そして静かに笑った。

「やっぱり、この世界はおもしろいよね」


 クロは知りたいと思った。

 天音の目に世界はどう映っているのか。

 ただ灰色ににじむこの世界が、天音にはどれだけ鮮やかに見えるのか。


 そしてもうひとつ。

 興味と言うよりは、それは警戒。

 あの時。

 クロの背後で天音から感じた力の波動はなんだったのか。


「私もよくわからないんだけど、声がしたんだ」

「声?」

 帰り道。天音は難しい顔をしながらそういった。

「うん。なんだか自分のものじゃない感情が流れ込んできたような、そんな気がする」

 あれは天音の力だったのだろうか。しかし、窮地に立った人間が発揮する力にしては、異質すぎていた。

 まるで、手の届くもの全てを破壊することを願ったような。

 純粋な力。

 クロが到着してすぐに消えたが、あの感触を思い出すと、今でもクロは全身の毛が逆立つ。

(神谷の言っていた『鍵』ってのは、あれのことか?)

 天音には、なにかある。それを思い、クロは不定形な不安に飲み込まれる。

 天音自身にはその心当たりが無いということがなによりも、不気味だった。

 彼女の全てを知ったとき。

 なにか恐ろしいことがおきる予感がして、クロは手に力を入れた。


 雲の間から、月が顔を出した。




***



≪???視点≫



 久し振りに感情の揺れを感じた。

 心地よい。

 それでいい。

 怒りや悲しみが、私を刺激する。

 まどろみから目覚めたような頭に、彼女のイメージが流れ込んでくる。

 やっとだ。

 時は近付いている。


 100年前の復讐を。

 私の苦しみを思い知らせてやろう。


 今度こそ。

 本当の終末を。


5月14日 修正

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