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モノクロ・コード  作者: 来座
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03 御影総一



 翌日、クロは昨日と同じく『陽炎』の司令官室に居た。部屋には2人の上官。そしてもう一人、見知らぬ女性。

 扉を開いたクロに視線が集まる。クロは姿勢を正した。

 ソファから立ち上がった彼女は、ぺこりと頭を下げた。それにあわせ、クロも小さく礼を返す。

「お待ちしておりました。クロ様」

 黒縁の眼鏡の奥でやさしげな目が光る。長い髪を結い上げた彼女の襟元に、クロは銀色のバッジを見つけた。羽と剣を象ったそれは、照明を反射して煌いた。


(長官補佐級、か。若そうだけどたいしたものだな)


 政府関係者が着用を義務付けられるそのバッジには、階級毎に色が決められていた。

 広い権利と責任を負う、省長官級の金。それに次ぐ、銀。

 小さいながらもバッジは主張していた。この持ち主が政府要人と呼ばれるに値する人物である、と。


「はじめまして。亜州那美亜と申します」

 柔らかな物腰で彼女は手を差し出した。

「どうも」

 その手を握りながらも注意深く美亜を観察した。美亜は、クロが想像していた政府高官の像とはまるで適合しなかった。

 性別、若さ、丁寧な話し方。その全てが予想と違っていた。

 クロが観察していることに気づいていないのか。まったく緊張した様子もなく、美亜は言った。

「これから先に起こることは最高機密事項です。『陽炎』部隊外、特に政府のほかの部署への情報漏えいを禁じます。よろしいですか?」

「はい」

 最高機密事項。その言葉が司令室内の空気を張り詰めたものに変えた。

「かしこまりました。では、私が防衛省までご案内いたします」

 亜州那はそう言うと、ナガレに目を向けた。

「クロ様をお借りいたします」

「はい。お気をつけて」

 いつも通り、固い口調でナガレが言った。

 一瞬、ナガレとクロは目が合った。しかし、ナガレの気持ちは相変わらず読み取れなかった。

 先導する美亜。それに追随してクロは部屋を出た。


「緊張されていますか?」

「まあ、少しだけ」

 司令室を出て以来、拠点内ではずっと黙っていた美亜が話しかけた。

 長い洞窟から出ると、春と冬が混ざったさわやかな風を感じた。

「クロ様は変わっていられますね」

「そう、ですか? 自覚はありませんが」

 崩壊しかけの家屋から、2人は人通りのない路地に出た。

「変わっていますよ。さきほど、握手した際、私に敵意を持っていませんでした」


 その一言に、クロは瞬時に美亜から距離をとった。

 侮っていた。さすが政府高官ということだろうか。気づかないうちに、クロの内面は探られていた。美亜が危害を加えてくるとは思えなかったが、反射的にクロは迎撃体勢をとっていた。


 警戒されているにも関わらず、美亜は微笑みながら頭を下げた。

「申し訳ありません。軽率な発言でした」

「……『精神分析』か」

 クロは警戒を解かず、身構えながら言った。美亜はクロの言葉に、もう一度微笑んだ。

「良くご存知ですね」


 『精神分析』とは人の持つ超能力、『神威』のひとつだ。相手の発言の真偽をはじめ、気分や感情、人によっては思考まで読み取ることができるとされている。珍しい能力のひとつだが、今では精神患者の治療に応用されており、耳にする機会は多かった。


「俺の頭の中を覗いたのか」

「まさか」

 美亜は首を横に振った。

「私にそこまでの力はありません。せいぜい、敵意と好意の判別程度です」

 美亜は眼鏡の位置を直した。

 それでも十分強力な能力だとクロは思った。誰も相手の心のうちなど見えないのだから。

「私がお会いした『ファースト』の中で、敵意のない方は初めてでしたので、つい口が滑りました。警戒を解いていただけませんか?」

 美亜は御影の使いに過ぎない。

 敵ではない。そうクロは判断し肩の力を抜いた。

「わかりました」


 美亜の隣につき、クロはそのゆっくりとした歩調に合わせた。

 路地を抜け、大通りへと2人は出た。そのまま北へと進んでいく。クロは防衛省の位置を知らなかったが、美亜が徒歩で向かう様子を見ると、どうやらここから近いようだ。

「クロ様は『セカンド』を憎まれていないのですか?」


 先ほどの会話の続きだろうか。クロは苦笑をもらした。

「そんなことはないですよ。でも『セカンド』だからという理由だけでは嫌いにはなりません」

「そうですか」

 美亜は口元を隠して笑った。

「やはり、クロ様は変わっています。長官がご指名した理由が分かってきた気がします」

「はあ」

 曖昧な返事を返す。クロにはいまいち、言葉の真意がわからなかった。


 北へ。

 どれほど歩いただろうか、使いまわしのような街並みに巨大な砦のような建物が現われた。太い道路を遮るように、それはそこに鎮座していた。

「あれが?」

「はい。防衛省本部です」

 無骨な外見と遠近感を狂わせるほどの大きさ。近代的で均質な街の中で、異様な存在感を放つそれは一種の芸術性をクロに感じさせた。周囲に張り巡らされた塀はどこまでも続き、武装した兵士が見回っている。


 クロは正面に見える大きな門に吸い込まれる車を眺めた。しかし、美亜はそちらではなく、塀に作られた小ぶりな扉へとクロを誘った。

 関係者用通路と思われる入り口で、美亜は見張りに身分証を提示した。本人確認は無事完了したらしく、扉が開かれる。

 美亜はクロに向き直った。

「ここからは直接御影の執務室に続いております。突き当たりにエレベータがありますので、それを使って最上階へ向かってください」

「わかりました」

 案内の役目は終わったということだろうか、美亜はそれだけ告げると礼をした。周りの兵達もそれに倣い敬礼をする。なんとなく居心地の悪さを感じ、クロは急かされるように扉を通った。


 要人用の隠し通路の役割でもあるのだろうか。大理石でできた通路がまっすぐ伸びていた。

 美亜の言うとおり、突き当りにはエレベータがあった。最上階らしい8Fとかかれたボタンを押すと、音もなく扉が閉まった。

 上昇していくあの奇妙な浮遊感を感じながら、クロは少し大げさに息を吐く。これから何が起きるのか、少し不安を感じた。


 クロがこの任務を受けることを決めたのは、好奇心からだった。

 なぜ相手は自分を知っているのか。

 どんな任務を任されるのか。

 勢いともとれる動機でここまできて、ようやく頭が冷静になってきていた。

 これは、間違いなく面倒ごとだ。

 しかし、クロはその面倒ごとを求めていた。

 変わらない日常に。押しつぶされかけていた。

 地上というものは思ったよりも単調な世界だったから。


 軽い音ともに、扉が開く。

「あれか」

 このフロアには扉がひとつしかなかった。その重厚な木の観音扉は、その中が重要な部屋であることを来訪者に知らしめるかのように、重々しい威圧感を放っている。

 クロはひんやりと冷たい金のノッカーをつかんだ。

 2回。軽くうちつける。

 中から「どうぞ」と声がした。

 クロは一度深呼吸して扉を開いた。


「待っていたよ」

 一人の男が手にしていた本を閉じ、立ち上がった。

 広い室内には赤い絨毯が敷き詰められ、壁一面に本が詰まっている。これほどの量の本をクロは見たことがなかった。

「私が御影総一だ。防衛省の長官をしている」

 手を差し出す男は予想に反して若かった。30台後半ほどだろうか。短くそろえられた髪と整えられた髭は黒く、その目は強い意思を感じさせた。

「クロです」

 上質なスーツに金色のバッジをつけた、その男の握手に応じる。御影はその顔に柔和な笑みを浮かべた。

「かけたまえ」

 御影に指し示されたソファに座る。ゆるやかに体が沈んだ。

(これは柔らかいな)

 さすがは政府高官の執務室、といったところか。調度品はどれも一級品のようだ。


 御影はクロの向かいの椅子に腰掛け、その両眼をクロへと向けた。

「まずは礼を言っておこう。わざわざよく来てくれた」

「長官呼び出しとなれば、無視するわけにはいかないでしょう」

 御影の目がきらりと光った。その目に、クロは冷徹さと神経質さを感じた。油断なら無い相手だと気を引き締める。

「それもそうだな。私が行なっているのは交渉ではない。脅迫だ」

 それはそうだろう。この男の一言でクロどころか、『陽炎』そのものが消滅しかねない。

「物騒な発言ですね」

「あいにく、事実だからな。仕方あるまい」

 御影は胸元から一枚の写真を取り出し、机に置いた。

 そこに映っていたのは銀髪をした少女だった。年は高校生くらいだろうか。大人びた顔の中に子供らしさが残っている。

「あまり時間が無い。早速本題に入ろう」

 御影は深く椅子に身を預けた。

「君にはこの写真の少女を護衛してもらいたい」

「まだ子供に見えますが、彼女は政府にとって重要人物なんですか?」

 どこかのお偉いさんの護衛かと思いきや、その対象は子供だったようだ。

「これから重要人物になる」

 御影は謎めいた言い方をした。クロはわずかに顔をしかめる。

 情報を明かすつもりは無いのだと、御影は暗にそう語っていた。


「名前は白霧天音。都内の中央能力開発学園に通っている。いわゆる、エリート校だな。年は君と同じく17歳だ」

「中央開発学園。名門ですね」

「その通りだ。君には学園に生徒として侵入し、彼女の身辺を警戒して欲しい」

「待ってください」

 クロは御影が大きな見落としをしていることに気がついた。

「おれは『チップ』を持っていません」


 個人識別情報データ。通称、『チップ』。

 現在、日本の人口の約8割が『神威』と呼ばれる特殊能力を持ち生まれてくる。この『神威』は人それぞれ内容も違うのだが、さらにある特徴があった。それは「出生時にその発達限界が決定している」ということだった。

 どれだけの努力を積んでも超えられない、一線。

 一人ひとり異なる、限界値。

 それを『神威強度』、もしくは『能力強度』と呼んだ。

 これに着目した政府はある制度を作った。一人ひとり数値が異なることを利用し、それを元に個人の情報の管理を行なえばよい、と。

 そうして個人の識別と情報蓄積は全て『神威強度』で行なわれるようになっていく。それにより煩雑だった事務処理は効率化されていった。専用の読み取り機に手をかざすだけで、個人証明が行える。それは画期的なことだった。


 この識別データそのものを『チップ』と呼ぶのだが、その発展は『ファースト』の社会排斥に大きく貢献した。


 能力者『セカンド』とは、この『神威強度』が1以上ある者を指す。

 無能力者『ファースト』とは、この『神威強度』が0の者を指す。

 『チップ』は『神威強度』により決定、発行される。

 それはつまり、『ファースト』が『チップ』を所持し得ないことを意味した。

 なぜなら、彼らは皆同じ値、0をとるのだ。

 これでは、個人識別ができない。その結果、住民票発行、預金情報参照、年金受給権利。それら全ての社会的サービスから、『ファースト』は締め出される結果になった。


 当然、『ファースト』であるクロも『チップ』を持たない。

 だから、一般の学校には通えない。申請できない。

 クロがそれを指摘すると、御影は一度うなずき微笑んだ。

「すでに偽造チップを用意した。君は今日から、2つの人格を持ち、生活していく」


 クロは呆然とした。チップの情報量は一人分でも膨大だ。この男はその全ての情報を一から作り出したのだろうか。

 大胆なその手口に驚くとともに、疑問がクロの中で肥大化していく。なぜ、この男はそこまでしてこの少女を守ろうとしているのだろうか。

「随分、危険な橋をお渡りですね。陽炎の無断使用、チップの偽造。見つかれば謹慎ではすみませんよ」

 クロの言葉に御影は口元をゆがめた。

「わかっているさ。だが、どれだけの危険を冒しても、人にはやらねばならないことがあるものだ。君に彼女を護衛させるのは、それだけ私に価値があるんだ」

 御影の目がぎらぎらと光った。クロにはこの男の思考が読めなかった。

「やってくれるか?」


 拒否権は無い、と始めからクロは分かっていた。御影が脅迫だと言ったのは、おそらく比喩ではない。そう思わせるだけの決意が御影からは感じられた。

「わかりました。ただ、いくつかわからないことがあります」

「そうだろうな」

 御影は立ち上がると、読みかけだった本を手に取った。

 その場でそれをぺらぺらとめくりながら言う。

「私は重要なことを何一つ話していない。なぜ君を指名したか、なぜ白霧天音は狙われているのか、何から狙われているのか」

 じっと御影を見据える。クロは情報を引き出すのを諦めた。今のクロの交渉術では敵いそうになかった。

「教える気は無い、ということですか」

「時がくれば、あるいは。といったところだ」

 目当てのページが見つかったのか、御影は手を止めた。

「任務の開始は2月第一週の水曜日だ。すでに一人、白霧天音の近くに『協力者』が送り込んである。詳しい話は彼から聞くといい」

「はい」

 話は終わりかと立ち上がりかけたクロ。しかし、御影の「少し待ちなさい」という言葉にもう一度腰を落ち着けた。

「なんですか?」

「白霧天音という名前に聞き覚えはあるか?」

 最近はよく記憶を確かめられるな、と思いながら、クロは記憶を思い返した。

「はじめて聞きました」

「そうか。ならいい。気をつけて帰るように」

 質問の意図がよくわからなかったが、言われたとおり素直にクロは立ち上がり扉に向かった。

「失礼しました」

 クロは部屋を出た。




***


≪御影視点≫


「憶えていない、か」

 一人になった部屋の中で、御影は呟いた。

「それもそうだろうな」

 あの青年は守りきれるだろうか。白霧天音を。

 自分のデスクの写真たてに御影は目を落とした。

 そこには天音に良く似た、2人の男女が映っていた。

「君の記憶を消したのは私なのだから」

 御影がそう呟くと同時に。

 古い置時計が、0時を告げて低い音をたてた。


5月14日 修正

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