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01 特殊部隊『陽炎』


 日本の首都。その直下20メートル。

 その地下道をクロ達は進んでいた。

 人数は10人。3列で静かに進む。


 湿気を含んだ空気がクロの肌にまとわりついた。それを払うようにクロは一つ大きく息を吐く。しかしにごった空気は温く、気分は晴れなかった。

 地下特有の湿度と温度。

 そして、なによりも暗い。

 足もとの誘導灯以外に光源はなく、クロの視界に映るのは前を歩く者の背中だけだった。


(まるで蛇に丸呑みにされたみたいだ)

 クロはそう思った。

 幅5メートル、高さ3メートル。音の響き方などから、このトンネルがそれくらいの大きさだろうとクロは予想していた。

 地下道は蛇行した一本道で、緩やかに下降していた。分かれ道も休憩所も無い。その単調さゆえ、クロは精神的な疲れを感じていた。

 暗い道を延々と歩く。

 思っていたよりも、それは苦行だった。

 機械的に足を動かす同士たち。10人分の足音だけが響く。時折、遠慮がちな話し声が聞こえるが、岩壁に吸い込まれるようにそれもすぐ消える。

 空気が重い。

 しかし、その息苦しい空気を壊す男が、クロの隣にいた。


「腹が、イタイ」

 唐突に、アキラがぽつりと呟いた。その何気ない一言に、クロは一瞬思考が停止した。

 恐る恐る隣を見ると、腹を押さえる馬鹿がいた。

「お前、本気で言ってるのか?」

 この洞窟はただの通路。当然、トイレなどない。これだけ空気がよどんでいるのだ、換気口がある可能性も低い。

 この場で催すなど、この場の全員の命に関わる。クロはなるべく冷静に、アキラに今の危険度を訊ねた。

「どれくらい痛い?」

「フライパンを丸呑みしたくらい痛い。これは、もしかすると駄目かもしれない」

 アキラが淡々と言った。

 言っている意味はよくわからなかったが、「相当痛い」だけはクロにも伝わった。

 その言葉を聞いていたのだろう。一人が大声で言った。

「まずい、緊急事態だ! 先頭、まだ基地には着かないのか!?」

 後ろに居た一人がアキラに声をかけた。

「もう少しのはずだ。アキラ、もう少しだけ、がんばってくれ」

 みなの必死な様子が、クロにも伝わってきた。

「わ、わかった」

 アキラは涙声になっていた。友の激励に感動したのか、それともただの腹の痛みか。

 クロは後者のような気がした。

「泣くな、アキラ。泣きたいのはおれ達だ」

「そ、そうだな。すまん」

 クロは一行の歩くペースが上がっていることに気づく。いつしかそれまでの緩んでいた空気は消えていた。クロたちを包んでいたのは張り詰めた緊張感だった。


(まったく、こいつは)

 訓練学校で初めて会った頃から何も変わっていない。そんなことを思いながら、クロはこうして地下道を歩く原因になった半年前の事を思い出していた。



***



「よお、クロ。もうちょい詰めてくれ」

 クロが丁度飯を食べ終わったところに、明るい色の髪をした少年が声をかけてきた。

 リュートだった。

 その手に昼食を持った彼のために、クロは少し席を動いた。


「随分遅かったな。またなにかやらかしたのか?」

 時刻はもう2時。昼を食べるには遅い時間だった。

 リュートが教官に連れていかれる姿を見ていたクロは笑いながら訊ねた。

「まあ、そんなところだ」

 リュートは曖昧に答えると、そこにできたスペースに勢いよく座った。そして、ようやくありつけた、といわんばかりに昼食にかぶりついた。

 クロはそれを見ながら言った。

「相変わらず豪快な食べっぷりだな。食器がかわいそうだ」

「そりゃ、どういう意味だ」

「そのままの意味だ」

 リュートの様子を見ていたらのどが渇いたクロは、コップに残っていた水を飲み干した。


「で、なんで教官に呼び出されたんだ?」

 リュートは肩をすくめた。

「まあ、色々あったんだよ、いろいろ」

「なんだよ、いろいろって」

「生きるってのは大変なのさ」

「なんだそりゃ、頭でも打ったのか?」

 クロのその言葉に、うるせえ、とリュートは脇を小突いた。

「そういえば」

 思い出したようにリュートはクロを見た。

「配属希望、どこにした?」


 クロ達は今、国立訓練学校の9年生だ。一般的な教育課程で言えば前期中等学校、いわゆる中学校3年生に当たる。

 半年後には卒業試験が控え、それに無事合格すれば様々な政府組織へと割り振られることが決まっていた。

 その配属希望の調査が、先日行なわれた。


(言いたくないな)

 クロはそう思った。

 とはいえ、隠した所でリュートはしつこく聞いて来るだろう。

 クロは諦めて白状した。

「おれは『陽炎』にした」

「はあ!?」

 リュートの大声に、クロは耳をふさいだ。

「馬鹿、声大きすぎだ。俺の左耳を破壊する気か」

 クロは文句を言った。しかし、それが聞こえた様子も無く、リュートは早口で言った。

「なんでだよ。お前、たしか成績上位者だろ? わざわざあんなハードな所にしなくても、いくらでも選べただろう」

「教官にも同じこといわれたよ。お前の成績ならもっと楽な配属先にしたらどうだ、ってな」


 特殊部隊、『陽炎』。

 その名は、この訓練学校では広く知られていた。しかし、その評判は、クロの聞く限りすこぶる悪かった。そこに進もうとする者を教官が止めるほどに。実態も評判どおりなのだろうと、クロは思っていた。


 噂で聞く話は大体同じだった。


 陽炎の部隊には広大な地下拠点が与えられていて、そこには近代技術が数え切れないほど投入されており、気温と湿度を一定に保つ空調や、光り輝く人口太陽が拠点内に存在するのだという。都市機能を全て備えたその拠点は、まさに地下都市であり、地球上でもっとも快適な街だとも言われていた。

 その一方で、快適な暮らしと引き換えに、陽炎は危険な任務を負わされる。少数精鋭で組織されるこの部隊からは、年間で1割近い死傷者を出すそうだ。


 あまりにも高いその死亡率が、陽炎の不評の原因だった。


「なんでも、教官によれば、1年目における死亡率だけだと3割を超えるんだとよ」

 クロは興味なさそうに言った。

 たしかに、その死亡率は高い。

 しかし、その危険を伴ってでも、『陽炎』に入りたい理由がクロにはあった。

 リュートは混乱したような顔でクロを見ていた。


「そんな危険な部隊に、なんでわざわざ行くんだよ。いくら快適な暮らしって言ったって、1年で死んだら意味無いだろう」

 クロは首を振った。

「別にそんなものはいらないんだ。ただ、おれは」

 言葉を切る。コップをとるが、もう水を飲み干したことを気づいて、戻した。

「おれは、地上に行きたい」

 クロの言葉にリュートは驚いたように目を丸くする。

「地上に行く? 無理に決まってる! おれたちは『ファースト』なんだぞ?」

 リュートはご飯粒を撒き散らしながら言った。


 『ファースト』。

 それは、地上から存在を消された、旧人類。

 だから、地下からは出れない。


 リュートの飛ばした飯粒を払いながら、クロは慎重に言葉を選んだ。

「普通はな。だけど、『陽炎』はその任務の性質上、地上への行き来が認められている。あそこなら、自由に外へ出られる」


 リュートは言葉を失ったように口をパクパクと動かした。そしてかすれる声で言った。

「そんなに、外へ行きたいのか?」

 その言葉に。

 クロはまっすぐリュートを見た。

「おまえは行きたくないのか?」

 リュートは少し声を荒げた。

「行きたいとか、行きたくないとか。そういう問題じゃない。おれ達は『ファースト』だ。地下でしか生きることを許されないんだよ」

「それはおれたちが、勝手に作った決まりだ。別に日の光を浴びたら蒸発するわけじゃないんだから」


 クロは見てみたかった。見たことの無い、地上にあるという、全てを。その思いは、背が伸びるにつれて肥大化していた。


 100年前、人類は絶滅の危機に瀕した。謎の生命体が突如襲来し、人類の半分が死に、大地の3割が人の住めない土地に変わったという。それでも人類はそれを乗り越えた。しかし、その先にあったのは、復興のための平和ではなく、新たな社会階級だった。

 『セカンド』と『ファースト』。

 そして、クロは階級が低かった。それが、地下に縛られる生活の始まりであり、クロの地上への憧れが生まれたきっかけでもあった。


 人類が滅びかけたその日を『終末の日』と人々は呼んでいた。その日以降、『神威』とよばれる超能力を持った人々が生まれるようになった。各国は終末の日により弱体化した国力を補強するために、こぞって『神威』を研究し始めたらしい。

 その成果もあり、時がたつにつれて能力者はその数を増大させていき、勢力を拡大させていった。彼らは自分たちを旧人類の無能力者と区別するために、『セカンド』と名乗った。


 我々は無能力者『ファースト』よりも優れ、力を持っている。

 クロには、そんな驕りが、そこから透けて見えるような気がした。

 『セカンド』はやがて人口の8割を超え、力の無い『ファースト』は社会から締め出されていった。


「おれは地上に行きたい」

 クロは繰り返した。

「そりゃ、お前が好奇心旺盛なのは知っているが」

 納得いかない、というようにリュートは眉をひそめた。

 そのとき、聞きなれた声がした。

「あんたたち、何の話してるの? 『陽炎』とか聞こえたけど」

 長い髪をした少女が向かい側の席に座った。

「シオンか」

 リュートやクロと同じく、訓練校の一人であるシオンだった。

 長身の彼女は長い足を組むとクロとリュートへ交互に視線をやった。

「それで、何を話してたの?」

「クロが所属希望を『陽炎』で出したんだとさ」

 不機嫌な声色でリュートが言った。それを聞いてシオンは前髪をくるくると弄っていた手を止めた。


「へえ。そうなんだ。あんたも物好きね、クロ」

 まっすぐクロを見つめたまま、シオンは続けた。

「あそこは長生きできないわよ。隊員の平均寿命が20とかそんなものらしいし。しかも入隊審査がきつすぎて、並みの卒業生じゃ入れないそうよ。でも、まあ、あんたなら大丈夫か。今期の成績、トップだっけ?」

「2位だよ。1位はツグミだ」

 ああ、そういえば彼女もいたか、とシオンは思い出したように言った。

「まあ、クロのことだし、どうせ外に行きたいから、みたいな理由で選んだんでしょ」

「鋭いな。なんでわかった」

「さあ、なぜでしょう」

 楽しそうにシオンは笑った。すると、それまで黙っていたリュートがシオンの方へと身を乗り出した。

「シオンもクロを止めてくれよ。『陽炎』は良くないって」

「諦めなさいよ、リュート。クロの頑固さは知っているでしょ? それに」

 シオンはリュートにウインクした。

「私も配属希望『陽炎』だし」

「はあ!?」

 リュートの大声に、クロとシオンは耳を押さえた。

「リュート、いい加減にしろよ」

「声は腹じゃなくてのどから出しなさいよね、まったく」

「お前も成績上位だろ、なんでシオンまで『陽炎』志望なんだよ!」

 理解できない、といった様子でリュートが叫んだ。それを聞いてシオンの目がわずかに細められる。

「私の目的はひとつだけよ」


 リュートの皿からファークを奪い、シオンは勢いよく机に突き刺した。木を抉り深くささったフォークはぶるぶると振るえ、不穏な音を発した。


「合法的に一人でも多くの『セカンド』を殺す。ただそれだけ」

 3人の間に沈黙が流れる。唯一、その沈黙の原因であるシオンだけがにこにことしていた。


「そういえば、おまえはそういう奴だったな」

 ぼそりと、クロは呟いた。初めてあったあの時から、シオンの行動原理はいまだ同じままなんだと、クロは理解した。それは考えてみれば、クロも同じだった。

 シオンにとって敵の排除が目的なら。

 外へ行く。

 それが、クロの夢であり、目標だった。

「どういう意味よ」

 シオンはクロを見ながら、フォークを指でつついた。そのたびにテーブルの表面がはがれて、木屑が跳ねた。

「いや、別に」

 シオンの破壊行動から目をそらし、クロはリュートへと向き直った。

「それで、おまえは配属希望、どこで出したんだ?」

「おれは別にいいだろう」

 なぜか目を泳がせながら、リュートは頑なに口をふさいだ。クロはリュートがなぜ隠そうとするのか、わからなかった。その様子を不審に思ったのか、シオンも追及を始めた。

「もしかして、あんたも『陽炎』とか?」

「馬鹿、違えよ」

 その単語に反応してシオンは眉を吊り上げた。

「馬鹿とはなによ、馬鹿とは。この場であんたを氷付けにしてやろうか?」

「能力行使はよせよ、シオン。ばれたら怒られる」

 クロは遠くに立つ教官を盗み見ながら言った。リュートのように呼び出しを食らうのはごめんだった。

「わかってるわよ」

「それにしてもさあ」

 自分の配属先の話題を変えようとしたのか、リュートが曖昧な笑みを浮かべながら言った。

「なんで、おれたち『ファースト』も、『神威』を使えるようになったんだろうな。昔は使えなかったから、こうして地下に隔離されてるわけだろ?」

「さあな」

 その疑問を聞くのが何度目か、クロはもう憶えていなかった。リュートだけではない、みなが一度は抱く、根本的な疑問。


 能力者『セカンド』に、能力を理由に迫害された無能力者『ファースト』。その境界線が、今では非常に曖昧なものになっていた。

 『神威』が使えないから差別されているというのに。

 クロたちは『神威』が扱えた。

 笑えない冗談だとクロは思った。


「さあ、なんでかしらね。でもひとつだけたしかなのは」

 うれしそうにそう言うシオンに、2人の目は吸い寄せられた。

 口元に、にやりと邪悪な笑みをシオンは浮かべた。

「そのおかげで、私たちは戦えるということよ」



***



「ついたぞ!」

 その大声に、クロの意識は現実へと引き戻された。

 気づけば、クロたちの前には今までの洞窟とは違う、明るく広々とした空間が広がっていた。天井は高く、闇にのまれてうかがえない。あたりには足元の誘導灯だけでなく、きちんとした照明が壁に埋め込まれている。それらが眩しくてクロは少し目を細めた。


 なによりも注意を引いたのは、目の前に現われた巨大な扉だった。

 光を浴びて、暗闇に浮かび上がるようなたたずまい。金属特有の鈍い輝きを放つそれは圧倒的な存在感と共に、一行の前に立ちふさがった。

 その真ん中には、そこがクロたちの目的地であることを示す2文字。


 『陽炎』。


 訓練生卒業、配属初日。今日、クロは『陽炎』の一員となる。

(やっとだ)

 地上へ行くことが許されると聞いて以来、ようやく。

 クロはスタートラインに立っていた。


 クロたちを待っていたように、低い音を立てて扉がゆっくりと開いた。岩と金属がこすれる重低音に心がざわつく。

 扉の隙間から光が漏れ出す。そのあまりの強さにクロは目を覆った。指の間から様子を伺うとひとつの人影が扉から出てくるのが見えた。コツコツという足音を響かせながら、徐々に近付いてくる。

 少し離れた場所で、足音は止まった。クロはようやく手をどけて、その人影を捕らえた。女性だった。それも、飛び切りの美人だった。

 茶色がかった明るい髪は肩の上でそろえられ、前髪は目に入らないようピンで留められている。整った顔立ちは人形を思わせるほど。


「訓練生諸君、ようこそ。私が『陽炎』の司令官、ナガレだ」

 凜と張った声は厳格さを持っていた。自然とクロは敬礼の姿勢をとっていたが、彼女には無意識にそれを行なわせる力があった。たとえ、司令官を名乗らなくても、クロはこの女性こそが自分の上官であると瞬時に理解しただろう。

 それだけの威厳が、彼女には備わっていた。

 見た目の若さとはアンバランスな内面。クロはそれを感じた。


 ナガレと名乗った彼女は言葉を続けた。

「君達が優秀な訓練生であることは知っている。だが、それはあくまでも過去の話だ。今日から、君たちは部隊の一員となる。ここにはややこしい規則も、うるさい教官もいない。あるのはひとつのルールだけだ」


 ナガレは一度言葉を切ると、立ち並ぶ10人の顔をずらっと見渡した。一瞬目が此方に向いたのを感じ、クロは背筋を伸ばした。


「この部隊は『ファースト』のみで編成される。『セカンド』からすれば、我々は人の数にも入らない。それは皆も経験してきたとおりだ。社会は我々を拒絶し、排除した。我々が死んでも、世界は問題なく回る。諸君の死はあくまで欠員として処理され、新しく人員が補給される。つまり、君たちもまた、誰かのかけた穴を埋めるためにここにいる」


「よって、今日を持って諸君は私の命令無しに死ぬことは許さん。諸君の死には何の意味も無いからだ。君たちの命は私が預かる。その命令に従えるものだけ私について来い」


 ナガレはきびすを返し、扉の中へと歩き始めた。


(やってやる)


 もとより死ぬつもりなどない。クロは地上に行くためにこの部隊に来たのだ。覚悟と共に、クロは一歩を踏み出した。

 その場の全員がそれに続いた。


5月14日 修正

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