00 5年前
基本的にはクロ視点なのですが、たまに他の人物の視点になるときがございます。
その際は≪名前≫と表示します。
この表示が無い場合は全てクロの視点であるとお考えください。
≪榊視点≫
「数値上昇、止まりません! あと1分ほどで暴走状態に入ります」
異常事態発生を示す赤いランプが点滅し、耳障りなブザー音が響く。榊は耳を覆いたくなるその不愉快な音に顔をしかめた。
白い壁に囲まれた室内には大量のコンピュータが並ぶ。その一つ一つに白衣を着た研究者たちが座り、必死の面持ちでキーを叩いている。
それを見ながら、榊は思った。
(無駄なことだ)
榊のその予想通り。
モニターには毒々しい赤色で「シグナル拒否」の文字。
「くそっ! あきらめるな!」
部屋の中央。少し高い台の上で所長が指示を飛ばす。
それを人事のように聞きながら、榊は自身のモニターを見て呟いた。
「『アダム』。やはり、おまえは人類を憎んでいるのか」
モニターの中の人影は揺らめくばかりで、何も答えはしない。
事の始まりはある実験だった。
政府より出された命令。それは『アダム』の拘束の解除だった。
榊は耳を疑った。ただでさえ状態が不安定な『アダム』に対し、これ以上の刺激を与えるなど危険すぎた。
冗談じゃないと思うと同時に。
榊は政府の認識を再確認した。
彼らにとって、『アダム』はただの道具であり、意志を持たない都合のいい存在なのだ。
人の傲慢。
榊は実験に反対した。
「『アダム』が暴走状態になる可能性があります。実験は中止するべきです」
しかし、一研究員の意見など聞き入れられるわけも無かった。
実験は強行。
その結果、わずか数分でこのアラームの嵐。
予想通り過ぎて、榊はため息も出なかった。
諦めたように背もたれに身を預け、画面を見つめる。自分でも意外なことに、脳裏に映るのは3人の同期の顔だった。
この研究所で出会ったその3人は、みな変わっていた。研究員とは孤独な生き物だ。あまり他者とかかわろうとしないものが多い。
しかし、彼らは違った。積極的で、社交的で、個性的だった。
榊は彼等の知性に見惚れた。いつしか、彼らは榊の友になっていた。
そして、その同期たちはここにはいない。
「あいつらはついてるな。今日に限って上層勤務か。昔から、なんでおれだけ不幸をつかまされるのかね」
榊は自分の運の悪さを呪わずにはいられなかった。
榊のいる部屋は研究所内でも最下層とよばれる、地下30階に位置した。この部屋こそが研究所の心臓であり、頭脳だった。
地下に作られたこの研究所は10階降りる毎に上層、中層、下層と区別され、研究員たちはローテーションで各階層の勤務に当たっていた。勤務地の変更は1週間間隔で行なわれ、今日は榊が下層で仕事をする、最後の日だった。
今頃、上層では退避が完了しているだろう、と榊は予想した。警報装置が作動して3分。中層以上の職員はマニュアルどおり緊急通路を使い、地上へと出ていてもおかしくない時間だ。
「爆発まで残り30秒!」
メインルーム内に室長の大声が響き渡った。
『アダム』になにか問題が発生した場合、証拠を隠滅するために施設を爆破することが決められていた。
榊は未だ無駄な努力を続ける同僚たちを眺める。
下層から地上まではエレベーターを使っても10分以上。
対して、自爆装置の猶予時間は5分。
はじめから決まっていた。
脱出は不可能。
「おれも最後の足掻きといきますか」
榊は≪強化≫と≪結界≫を発現させた。淡い光に体が包まれる。爆発の規模は未知数。この程度の防御で身を守れるかどうかはいささか以上に疑問。しかし、なにもせずに待つよりは気分が楽になった。
「3、2、1」
室長のカウントダウンが聞こえる。
そして。
「0」
その瞬間、榊の目の前が真っ赤に染まった。同時に、強烈な振動と熱波が襲う。体が宙を舞い、したたかに壁に打ち付けられる。
熱い。肌がただれそうなほどに。
薄れる意識と霞む視界。
モニターの中で、『アダム』が笑ったような気がした。
5月14日 修正