リトルスター
俺は、川で生まれた。やさしい川の流れーお母さんからはぐれてしまって、おれ、どうなっちゃうの?
「リトルスター」
「昔は、野良犬が多くて恐かったわね
ぇ。」
「ほんとほんと、最近は見ないわねえ。」
人間の、しかも「おばさん」と呼ばれる種族は、ほんとによくしゃべる。自分の若かりし頃の自慢話、思い出話、ご近所のうわさ話と、話題がつきるということがないようだ。
普段は、そんなおしゃべりを聞いてる暇はないんだけど、今日はたまたま聞いてしまった。
だって、「自分」が話題に上っていたから。
俺、泳ぎが得意なんだ。川の上で生まれたんだから。川が、俺のお母さん。優しい流れで、赤ん坊の俺をあやしてくれた。小さな箱にはいっていたから、生まれながらにマイホームだってあったんだ。しかも、ミルク付き。だから、ちっとも寂しくなんかなかった。
でも、大雨が降ったとき、俺、お母さんとはぐれちまった。お母さんの腕から飛び出てしまって、マイホームと一緒に流れちまった。泳ぎ方は、お母さんと暮らしていたから、無意識に習得していたんだと思う。ともかくも、一才の冬、初めて陸に上がったってわけ。
もちろん、お母さんのところに戻りたかった。でも、体のそこら中がいたくていたくて、とても泳げそうになかった。マイホームも流されちまって、途方に暮れていたとき、
「わんわん、おいで、おいで」
と言う声が聞こえた。黄色い帽子の女の子だった。
「あたし、ひなっていうの。わんわんは?首輪ないね」
首輪?なんだそりゃ?聞いたこともないから、もってるはずないじゃねえか、
「わんわん、お家、ないの?」
ほっといてくれよ、前はあったんだよ。おれは、つんとそっぽを向いた。
「お名前、ひながつけてあげる。背中に小さい星があるからー、うーん、かっこいい名前がいいよねえ。」
ナマエ??こいつは、わけのわかんないことばっかりいうやつだ。でも、そいつの瞳が、きらきらしてて、おれは、気に入っちまったんだ。
「いっしょにいてやっても、いいかな。」
おれは、そう思うようになった。しっぽも、ふってやった。寂しかったからじゃ、ないぜ。
「うーん、そうだ、英会話で習った英語のお名前にしよう!あなたは、リトルスターよ。」
おれが首を傾げていると。
「私は、ひな。あなたは、リトルスター。みんな、お名前を持ってるのよ。」
こいつ、おれの思ってることがわかるのか?そんなわけないか。でも、「ひな」のおかげで、おれも、みんなが持ってるナマエとやらがついたわけだ。これで、おれも一人前さ。
「ママに、飼ってもいいか聞いてみる。リトルスター、いい子でいてね。」
カウ?また。わけわかんねえこといってるけど、おれは、ひなが気に入ったから。しばらくそこでひなの帰りを待つことにした。
それにしても、てめえの背中なんか、みることできねえから、おれが星を持ってるなんて知らなかった。背中に、空を写してるなんて、おれってかっこいい!
ひな、はやくこねえかな、おれ、ひなに泳ぎ教えてやりたかった。おれも、ひなに色々おそわったからな。待っても、待っても、ひなは戻ってこなかった。代わりに、細い棒みたいなものを持った、でかいやつが、二人、やってきた。なんだ、こいつら?
「よしよし、いいこだな。これ、食うか?」
うまそうなにおいがする。でも、おれは、ひなを待ってるんだ。ナマエをくれたやつを、裏切るようなことはしねえ。
おれが、その場でじっとしていると、もう一人の男が、
「めんどくせえ、まだちびだ、ふたりでおさえこめ!」
おれは、二人の男の手によって、暗いところに押し込められた。わけがわからねえ。おれは、待ってるやつがいるんだよ!』
地面が、がたがたゆれた。どうやら、動いているらしい。なんてこった!
「ちびでも、野生化したら面倒なことになるからな。」
「小さいうちの方が、楽にいけるさ」
大きい奴らが、この地面を動かしているみたいだった。
「早く教えてもらえてよかったよ、でも、バカ正直なちびだなあ。人間の言葉がわかってるのかねえ?」
教えてもらった?おれのことを知ってるのは、ひなだけだろ?ひなが、この大きい奴らを呼んだのか?どうして?これが、カウってことか?じゃあ、なんでひながこないんだよ。人間は、分けわかんねえよ!
やっと、地面の動きが止まった。おれは、大きい奴らの片方に押さえ込まれる形で、また、狭いところに入れられた。
「おわ、なかまだらけじゃねえか!」
おれは、自分以外のこんなにたくさんの犬を見たのは初めてだったもんで、ついはしゃいじまった。
「おれ、背中に星があるんだぜ。」
みんなに向けて背中を見せたが、だれも、なんにもいやしねえ。
「おい、みんな、元気ねえな。腹、へってるのか?」
「おまえさんも、そのうちわかるよ。」
小さな声で、年寄りの犬が言った。おれには、何のことだかわからなかったが、その夜は、久々に、あたたかいところで眠った。しかも、仲間と一緒にだ。そのときはまだ、ここでみんなと暮らすのもわるかねえな、なんて思っていた。ただ、「ひな」のことが、気がかりだった
翌日、大きい奴らがまたやってきた
「飯だぞ。」
なかなかうまそうじゃねえか。おれは、腹一杯、食べた。でも、ほかのみんなは、あんまり食べていなかった。ここのやつらは、元気がなさすぎるぜ。
飯が終わると、大きい奴らが、仲間のうちの三匹をどこかに連れて行こうとする。三匹が悲しそうな泣き声を上げながら、ひきずられていく。
「あいつら、どこにいくんだ?」
おれは、昨日のじいさんに尋ねた
「殺されにいくのさ」
「コロサレルってなんだ?」
「お前さんは、まだちいさいから、分からんじゃろうが、二度と動けないようにされて、ゴミと一緒に捨てられるってことさ。二度と動けなくなることを、死というようじゃのう」
シ?大きい奴らに、そんなことする権利、あるのかよ?じゃあ、おれも動けなくされるのか?カウは、シなのか?
おれは、あまりのことに、頭がグラングランして、そのひは、ばったり寝込んでしまった。
翌日、昨日の通り、でかいやつが飯を盛ってきた。おれは、意地でも食うかと思っていたのに、空腹に負けて、食ってしまった。そんな自分が、情けなかった。背中の星も、もう消えちまってるんじゃねえかと思った。
「ちび、こい」
おれは、また大きいやつに押さえ込まれた。おれ、コロされる、もう泳げなくされちまう、シだ、こわい!
おれは、ぎゃんぎゃんほえたけど、でかい奴らの力には、かなわなかった。
「このこは、どうでしょう?」
「このこ、かわいい!星があるよ、お母さん、このこがいいよお。」
ひなに似た声だ
でも、ひなじゃない。
「このこ、飼うー」
おれは、もうカワレルなんてごめんだ。コロされるじゃねえか。おれは、ぎゃんぎゃんほえることしかできなかった。
「もっと、ひとなつこいこのほうがいいんじゃないの?」
ひなににたのの親らしいのが、言う。
「いや、このこがいい!さき、この子と仲良くなれそうな気がするんだもん!」
「しっかり面倒見るのよ」
大きい奴らが、おれを、「さき」というナマエの奴に渡した。
「これから、仲良くなろうね。」
おれは、もう何もかもがどうでもよかった
どうせ、おれは、二度と動けなくなって、ゴミと一緒に捨てられるんだ
また、狭いところに入れられて、がたがた地面だ。前とおんなじ。おれは、吠える元気もなくなっていた。
下ろされたところに、仲間はいなかった。おれ、一人か?
「お風呂、入ろうねー」
さきに、ふろとやらに連れて行かれた。はっきり言って、悪くなかった。水はお母ちゃんを思い出させてくれるし、しかも、あたたかで、さきが優しく毛をなでてくれるのも、気持ちよかった。
「星も、ピカピカだよー。」
おれは、背中の星を思い出して、誇らしくなるのと同時に、「ひな」を、思い出していた。
さきのカウは、前と、全然違った。毎日なでてくれて、おいしいご飯。俺専用のトイレまであって、そこで用を足すと、さきはもちろん、さきの親も、おれをほめまくった。こんなこと、簡単さ。
「四人家族になって、うれしいねえ。」
さきがいった。
「そうね、お母さんも、こんなかわいい子がきてくれて、毎日楽しくって。」
「おとうさんも、早く会いたくて、飲みにいく回数が減ったよ。」
どうやら、さきと、親と、おれとで、「カゾクっていうらしい。ことばはわからなくても、そのあたたかさが、おれはうれしかった。仲間になれたって、感じたんだ。
「今日は、お友達を連れてくるからね。」
さきの、仲間か。さきは、すごくいいやつだから、きっとその仲間もいい奴だな。おれは、すごく楽しみにしていた。
数時間後、
「ただいまー。」
いつものさきの声。
「おじゃましまーす。」
この声は・・・
おれは、あの恐ろしい体験を思い出した。恐ろしい「カウ」を。ひなだったのだ。
「さいきん、うちにきたわんこだよー。まだ、ちゃんとお名前は決まってないんだけどね、すっかり家の家族だよー。みんな名前、迷ってるんだよねー。」
さきが、おれをだきながら、はしゃぐ。ひなのところに、連れて行かれる!こわい!
ひなは、少し大きくなっていた。でも、目は相変わらずキラキラで大きい。その瞳から、涙が、あふれだした。おれを見るなりだ。泣きたいのは、こっちだ。おれ、こわかったんだぞ。
「リトルスター、ごめんね。ママが、保健所に電話しちゃったの。野良犬は、あぶないって。ごめんね、ごめんね。」
さきは、ぽかんとしている。
ひなが、おそるおそるおれに手を伸ばす。まだ、涙が大きな瞳からあふれている。
おれは、お前のせいで、大変な目に遭った、こわい思いもたくさんした、動けなくなって、ゴミになっちゃうところだったんだぞ。でも、でも、ひなのなみだをみていると、そのてをなめずにはいられなかった。ひなは、こえをあげて、泣き出した。おれを抱きしめながら。
さきも、ひなから話を聞いて、少し泣いていた。
「絶対に、リトルスターを大事にするからね。」
さきは、おれを抱きしめた。おれのナマエ、が、帰ってきた。
おわり