"Fizz Out"
異種間の紛争は終わる兆しが視え無いが、世界で唯一この場所でだけは、其れが関係無い
加えて天気まで良いと、多少は気分が上向く気さえする
今日も仕事の為、僕は廃墟帯に在る崩れた古城を訪れて居た
今回を異種救済の成功モデルケースにしなくてならない
失敗は許されなかったし、また、眼前の生命を視捨てたいとも思わなかった
僕は一般に、『活動家』と呼ばれる集団に属して居る
活動内容は『貧困層の救済』
いま僕が行おうとして居るのは、人類の天敵たる吸血鬼種の貧困層支援だ
彼らの社会構造には、弱者救済の概念が存在し無い
もちろん、『人間の社会には其れが在る』とは到底断言出来たものでないが
若し『人間の社会には弱者救済の概念が在る』のなら、そもそも僕たちの様な活動家が存在する筈が無い
倒れた柱や落ちた天井、そうした構造物の死骸の横の横を通り、古城の中で唯一、陽射しの差さない部屋まで歩く
其処には『彼』が待って居た
既に先日、僕は自己紹介を終えて居る
今日こそ僕は彼の名前が知りたい、と考えて居た
彼は吸血鬼社会から追放された、乃至は社会に適応出来ず此処で生活して居る、逸れ者だ
だからこそ、一般的な吸血鬼的価値観に染まり過ぎて居ない可能性が有り、僕は其処に可能性を感じて居た
歳も幼く、僕と同じ位なのだと言う
仕事の事を抜きにしても、僕は彼と仲良くなりたかった
部屋に入るなり押し倒され、伸し掛かられる
襤褸を纏った姿が視界を覆い尽くす
吸血鬼の少年は、理性を喪失する程の飢餓を起こして居る様だった
「駄目だよ」
「やめて」
少年を可能な範囲で優しく押し退け、鞄から食料を与える
干した肉と果実だ
探検家も保存食に用いる程、栄養価が高い
『吸血鬼も食べる事が出来る』と学術的にも証明されて居る食品達だった
少年が僕の手の上に載せられて差し出された、食料品を視る
逡巡は有った様だが
結局、彼は僕をもう一度突き倒すと覆い被さり、肩口に噛み付いた
食料品が地面に落ちる
青褪めながら、僕は必死で手脚をばた付かせて抵抗した
此処で僕が殺された場合
異種間の垣根を超えた貧困の解決が、永遠に不可能になる様に思われたからだ
「駄目だ」
「頼む」
「こんな事はもう止めて」
連続して、飛沫が紅く弾ける
言葉は聞き入れられず
二度、三度と僕は躰を噛み裂かれた
文字通りの眼前で、真っ白な狂喜の顔が舌嘗めずりする
「此れは、命乞いじゃないんだ」
「僕を殺せば、君の為にも成らない」
「頼む、もう止めてくれ」
話す度、傷口から新しい出血が有る
『死ぬ事は惜しく無い』と何度も口にした事が有るが、其れは、こんな最後を想定して居なかった言葉だ
気付けば僕は、声を上げて泣きながら、がくがくと震える腕で彼の顔を遠ざけようとして居た
生きるか死ぬかの飢餓に曝された吸血鬼の前では、死にかけた僕の腕力などは全く通用し無い
無意味な抵抗を続けて居ると、数名の足音が近付いて来るのが聞こえた
活動家の仲間内でも、僕を心配する者は多いらしい
今回も、監視の為に尾行されて居た様だった
「襲われて居るぞ!」
声がする
予感は確信となった
やはり、活動家の仲間が様子を視に来たのだ
幾つかの剣を抜く音を聞き、僕は仲間たちに手のひらを向けようとした
無論、静止の為だ
現実には、上げようとした僕の手は、吸血鬼の少年に邪魔そうに躰で押し潰された
この人数の大人が剣を持って居るなら、彼はもう、一人では一方的に殺されてしまう筈だ
「にげて」
言おうとしたが
喉からは、掠れた吐息が僅かに漏れただけだった
吸血鬼の彼は血の味に狂って居るのか、差し迫った危機に気付いて居る筈だが、逃げようとしない
僕の傷口に唇を当てて、喉を鳴らすばかりだ
「かみさま」
「どうかこの子を、たすけてください」
口にした後
僕は頼む相手を間違えた様な気がして、力なく笑った




