素敵な魔法とドキドキめいど
「な、なるほどおー。君みたいな若い子もこの宮殿に来たんだあ」
物置の棚に隠れていた女性が出てきた。立ち上がり俺を見下ろす。
足の膝くらいまではあろう白髪が俺の頬を撫でてきた。ちょっと汗っぽい匂いとほこりの匂いが混ざっている。2メートルくらいはありそうな巨人だった。ダボっとした白い布一枚から顔を出しているような格好で髪の毛で顔はほとんど見えなかった。
「可愛いねえ。なんて言うんだい?」
「よ、米山裕也だ」
「ユーヤ? 聞かない名前だねえ。私はカルファだよ。あんたはヒメちゃんに連れられてきたのかい?」
ばばあみたいな喋り方だな。
「それってヒメヤのことか?」
「まあ、そうだねえ」
「そうだよ。ヒメヤに連れてこられた」
「あ、なるほどねえ。えーっと服を脱ぐように言われてるのかい?」
「え? まあそうだけど」
「……確かに可愛げはある。あれが気にいるのも無理はないかもねえ」
そう言ってクフフと不気味に笑って顔を近づけてきた。
「一つだけ質問だよ。お前はここからどこか別の場所に行きたいと思うかい?」
「え? まあせっかくだから色々と冒険はしてみたいな」
「何がせっかくかわからないが……じゃああの女とはあまり話さないことだねえ…じゃないと……クフフ! クフフフフフフフ!」
顔をぐいっと近づけてくる。鼻息が頬を掠める。ち、近い。
「こんな程度で心拍数が上がるようじゃダメかもしれないなあ」
「う、うるせえよ!」
「200年ものの私に発情してるようじゃあの小娘には耐えられんぞ」
「に、にひゃくねん?」
「クフフ……まあいいさ」
背中を押しながらさあ行った行ったと部屋を追い出されてしまった。
※
結局ヒメヤにポロシャツも脱いで渡して、この異世界らしい冒険者っぽい服に身を包んだ。
そもそもどうしてただの服屋がこんな大きな宮殿の主となれているのか。
聞いてみたところわたし以外に服を作れるものがいなかったからだそうだ。
完全に独占してる殿様商売と言ったところだろう。だとしても宮殿が建つほどってすごいけどな。
「ところでなのですが、あなた私のペットになる気はありませんか?」
「急にペット? 嫌だよおれは人間だぞ?」
「それがどうかしましたか? 別に人間が人間のペットになることも少なくないですよ?」
「何言ってんだ? ペットになんかなるわけないだろ」
「そうですか……あなたはきっと危険な目にあいますが……まあいいと言うなら見届けましょうか」
少しニヤッと笑う。だがその瞳は本能的に身震いさせる不快感を覚えた。
※
宮殿のことをもっと知ろうと思い各部屋を練り歩いていた。
「ここが食卓があるところで、ここが給湯室か。そしてベランダがここ……」
ベランダではさっきのおてんばメイドが洗濯物を干していた。
風に煽られるドレスと青い空はぴったりのはずが、当のメイドの様子が変だ。
タオルに顔を押し当てている。
「昨日姫屋様が使ってたタオル……おいしそう食べたいあの方ごと食べたい。あの豊満なお体が優しく触れていたタオル……こ、この辺が顔でs――」
一瞬顔を上げたさいに目が合ってしまった。きまずい。
「な、なるほどなあ。ここがベランダ――」
ごまかそうとしたその刹那、一瞬でメイドの姿が消えた後、俺の首には腕がかけられていた。
耳打ちされる。貴様は今何かを見たが、と。
「み、見ていない。青い空のしたきれいなメイドが洗濯物を干していただけだ!」
「そーだよね! じゃあ私まだ家事あるから邪魔しないでね!」
いわれるがままにベランダから建物の中へ入る。
やばい女だったようだ。そういえばまだ名前を聞いてなかったな。
名前を聞こうと思い、もう一度ベランダにもどった。
再びタオルに顔を近づけ舌をだしてるメイドがいた。
「さ、最後に! 最後に一口だけ……」
ビターンとドアを閉め蜘蛛の子を散らすかの如くにげた。
※
「そういえばヒメヤはただの服屋だし、ほかに王宮らしき建物もないけど、この国はだれが統率してるんだ?」
シンプルな疑問をまたも服を作ってる最中に聞いてみた。
「誰もやってないですね。外からはもちろん内乱がおこることがないのでわざわざ指導者を作るひつようもないんです」
「いつか破滅しそうな構造だな」
「素直ですね。たしかに珍しい形かもしれません」
それだけ言うと部屋から出ていき、戻ってくると金貨を一つ持っていた。
「世間知らずすぎるのでこれで街をみてきてください。きっと楽しいと思いますよ」
いくつなんだよと思いつつも、見たことない街の探検に胸を躍らせてる自分もいた。
※
果物や野菜が置いてあるところ、武器や鎧などが置いてあるところ。たくさんの店があったが雄也が最初から入るところは決めていた。
冒険者ギルドだ。
「それではこの部分にご自分の名前のサインをおねがします」
名前を書いてかみを提出する。
「それではこれがこのギルドに加入した証明書になりますのでご確認お願いいたします」
依頼成功時や他の方とパーティを組む時などに必要になりますので無くさないようにお願いします」
そういって渡されたのは小さなカードだった。
「あちらに依頼がまとめられた掲示板がありますので是非ともご活用ください」
「ちょっと待ってください。魔法を使う方法とかってないんですか」
一瞬視線が痛かった、気がした。
「…………ちょっとわたくしには教えかねます」
「そ、そうですよね。すんません」
すごく怪訝な顔をされた。どれだけ嫌だったのだろう。
それはさておき、俺も初級旅人ってところか!?
段々異世界が現実味を帯びてきて高揚感が高まってくるのを感じていた。
受付嬢にはあしらわれたが、異世界といえばやっぱり魔法だろう。そう思って次はいかにも怪しげな『魔導書』と書かれている胡散臭い小屋に入ってみた。
※
「それで私が上げた金貨でこの魔導書一つ買ってきたんですか??」
表紙には魔法陣、中身は様々な魔法の使い方が書かれたいかにもな魔導書だった。
「でもこれで幾千の魔法が使えるようになるって言われたぞ!」
「数千年前はそう言われてましたよ。ですが魔法なんてものはとっくになくなりましたし、いまやおとぎ話の中だけの世界です。金貨一枚といったら数日の間生活に困らなくなるほどの大金ですよ? いったい何歳なんですか……」
「そ、そうなのか。すまん……」
つまり騙されてしまったようだが、異世界らしいものを変えたなあと、内心では喜んでいる自分もいた。
※
「グリーングリーングリーングリーングリーン…………」
何度唱えても目の前の鉢に植えられた小さな苗は成長しない。魔導書には一瞬で完全に成熟すると書いてあるのだが……
「ほんとうにだまされたのか……」
大きなため息をついた。
「なに、また魔法の練習をしているのかい?」
隣にはカルファが寝っ転がっていた。
この数日間暇さえあればカルファの居る物置で魔法の練習をしていたので少し仲良くなった。
「ああそうだよ。全然出来る気配もないけどな」
「私がおしえてやろうかあ?」
「は? できるのか?」
「そーいうわけではないんだけどねえ」
クフフと一笑していた。
なにも面白くないと思いました。
この時現世のことを思い出した。
スポーツなんかは選手の動きを見様見真似でしてみると案外できるもんだ。
アニメなんかで見たように適当な木の枝を拾ってきて先端に意識を向けてとあえてみた。
「グリーン!!」
その瞬間目の前の苗が鉢からこぼれるほど急成長して真っ赤な果実をつけた。
「……おお! す、すごいねえ」
「すげえ! この世界にはまだ魔法があるんだ!!」
試しに果実を一つ取って食べてみる。自然な甘みと適度な酸味。味以上の感動が押し寄せていた。
魔法の発見者としてチヤホヤされるのかな? それとも誰にもやり方は教えないで俺だけ無双しちゃおうか__
「とりあえずここからは逃げる準備を始めようかねえ」
「え? 急になんで?」
「私の話を忘れたのかい? 冒険してみたいと思うのならあの女とは少しでもはやく距離をとるべきだねえ」
「なんだよそれー。別にもう少しくらいゆっくりしててもいいじゃねえかよー」
「ゆっくり教えてやりたいところなんだけどねえ……」
カツカツとこの物置にゆっくりと近づく足音が次第に大きくなっていく。
「手加減はないみたいだねえ!!」
カルファが壁に両手をついて目を裂けるくらい開く。同時に一面に白い壁のような結界らしきものができた。
「この世界に魔法使いが存在しない理由、それはねえ――」
入り口側の結界が割られる音が聞こえてくる。白いキラキラと光る刃のチェンソーをもったアンゲルが部屋に入ってきたのだ。
「失礼します。根源の魔女を根絶やしにする、魔狩りのアンゲルです」
スカートを持ち上げ優美に頭を下げる。その瞳は殺意で血濡れていた。
※




