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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第093話 不器用な勧誘

 ラグネシアの外れにある、小さな公園。

 人気(ひとけ)のない噴水広場で、サラは一人、石畳の縁に腰掛けていた。


 銀色の髪が、夕日に染まって赤く揺れる。

 その背中は、誰かを待っているようにも、誰からも見つかりたくないようにも見えた。


「……待たせた」


 エミルが声をかけると、サラはちらりとこちらを見ただけで、すぐに視線を外す。


「別に。あたしもさっき来たところよ」


 素っ気ない返事。

 長い脚を組んで背筋を伸ばす姿は絵になるが、その横顔はどこか硬い。


 サラの視線の先では、子どもたちが追いかけっこをしている。

 教会の孤児院が閉鎖されて、今は近くの施設に身を寄せているらしい。


「……子どもたち、元気になってきたな」

「そう見える?」


 サラが、ほんの少しだけ表情を緩めた。


「昼間ははしゃいでいても、夜になれば思い出して泣き叫ぶ子もいるの。……あたしが守れなかったせいね」


 ぽつりとこぼれた声。

 その淡々とした響きの奥に、何か重いものが沈んでいる気がした。


「それで? 今日はどうしたの?」

「おれたちと、一緒に来てほしい。サラを星読師(ステラノート)として雇いたいんだ」


 用意していた言葉を、ようやく口に出せた。


 サラの動きが止まる。

 噴水の水音がやけに大きく響いて、さっきまで聞こえていた子どもたちのはしゃぐ声が、急に遠くなった気がした。


「……本気で言ってるの?」


 しばらくして、サラが呆れたように息を吐いた。


「あたしはあなたたちを一度は裏切ったのよ。それに、星読師(ステラノート)としてはD級よ」

「ああ、事情はわかってるつもりだ。それに、こっちだって三人いる。足りないところはサポートするよ」

「大事な旅なんでしょう? せっかくC級に上がったのなら、同じC級程度の星読師(ステラノート)なら雇えるはずよ」

「……他のやつじゃ、ダメなんだ」


 言ってから、妙な気恥ずかしさが込み上げた。


 ——なんだこれ、まるで口説いてるみたいじゃないか。


 サラが、はっとしたようにエミルの顔を見る。大きく見開かれた瞳が、揺れていた。


「……なんで」

「……上手く言えないんだけどさ」


 エミルは照れ隠しに頭をガシガシと掻いた。


「あの夜の『連れ出してほしい』って言葉。……あれが嘘だとは、どうしても思えなかったんだ」

「……そう。残念だけれど、あの言葉は全部演技よ。リシャールに言わされていただけ。それであなたが本気になったのなら、あたしの演技力も大したものね」

「それこそ、嘘だ」

「……あなたがそう思うのなら、勝手にそう思ってなさい。話はそれだけ? だったら……」


 サラは立ち上がり、冷たく背を向けた。


「なあ、なんでそんなに意地を張るんだ。見てて、苦しいんだよ」

「はあ……? いきなり何を……」


 振り返ったサラの瞳には、呆れと微かな苛立ちが混じっていた。


「サラを見ていると、昔の自分をどうしても思い出してしまう。裏切られて、絶望して、全部どうでもよくなって……殻に閉じこもってしまった、あの頃の……だから、今のサラを放っておけないんだ」

「……何を言うかと思ったら。あなたがあたしの何を知っているの? 勝手に過去の自分と重ねて……昔のあなたを救いたいだけじゃない」

「ああ、おれの自己満足かもしれない。でも……それでも全部本心なんだ。おれはお前に嘘はつかない」

「……呆れた。そんな同情心で、あたしがわかりましたと言うとでも思った? バカにしないでよ」

「バカになんてしていない!」


 エミルは一歩踏み出す。


「確かにおれは、お前のこれまでなんて知らない……。だけど! お前が今、逃げてることはわかるぞ! 自分で決めつけて、諦めていることはわかるぞ」

「そう、E級からC級に飛ぶと、随分と気持ちも大きくなるのね」

 

 サラは皮肉を返すと、再び背を向けた。


「おい、待てって! まだ話は……」

「あたしたちを助けてくれたことには感謝してるわ。でも、それとこれとは別」


 振り返らず、淡々と言葉を紡ぐ。


「勘違いされるのも癪だからこれだけは言っておくけど。あの子たちを置いて、あたしだけ行くことなんてできないわ。別に逃げても諦めてもいない。これがあたしのやりたいことなの」

「……それも嘘だ」

「いいえ、本当」

「おれには、そうは見えなかった。あの子供たちを『言い訳』にしてるだけじゃないか」


 ビクリ、とサラの肩が跳ねた。


 それから長い沈黙の後、彼女は肩越しに冷たい視線を投げかけた。


「……繰り返すけど、あなたがそう思うのならそう思っていなさい。人の気持ちを知った気になって、本当に不愉快」

「そんなこと……」

「教会にはもう代理の司教もいるはずよ。そこで別の星読師(ステラノート)でも探しなさい」


 それだけ言って、サラは歩き出した。


 背中を追いかけようとして、エミルは足を止めた。

 これ以上追えば、何かが決定的に壊れてしまう。そんな予感がした。


 エミルは拳を握りしめ、去っていく背中に向かって、最後の言葉を投げかけた。


「明日だ。明日の朝、おれたちはこの地を発つ。お前のこと、待ってるから」

「……そう。勝手になさい」


 振り返らずにそう答えると、サラは公園の外へと消えていった。


 夕暮れ色だった公園に、静かに夜が落ちていく。

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