第093話 不器用な勧誘
ラグネシアの外れにある、小さな公園。
人気のない噴水広場で、サラは一人、石畳の縁に腰掛けていた。
銀色の髪が、夕日に染まって赤く揺れる。
その背中は、誰かを待っているようにも、誰からも見つかりたくないようにも見えた。
「……待たせた」
エミルが声をかけると、サラはちらりとこちらを見ただけで、すぐに視線を外す。
「別に。あたしもさっき来たところよ」
素っ気ない返事。
長い脚を組んで背筋を伸ばす姿は絵になるが、その横顔はどこか硬い。
サラの視線の先では、子どもたちが追いかけっこをしている。
教会の孤児院が閉鎖されて、今は近くの施設に身を寄せているらしい。
「……子どもたち、元気になってきたな」
「そう見える?」
サラが、ほんの少しだけ表情を緩めた。
「昼間ははしゃいでいても、夜になれば思い出して泣き叫ぶ子もいるの。……あたしが守れなかったせいね」
ぽつりとこぼれた声。
その淡々とした響きの奥に、何か重いものが沈んでいる気がした。
「それで? 今日はどうしたの?」
「おれたちと、一緒に来てほしい。サラを星読師として雇いたいんだ」
用意していた言葉を、ようやく口に出せた。
サラの動きが止まる。
噴水の水音がやけに大きく響いて、さっきまで聞こえていた子どもたちのはしゃぐ声が、急に遠くなった気がした。
「……本気で言ってるの?」
しばらくして、サラが呆れたように息を吐いた。
「あたしはあなたたちを一度は裏切ったのよ。それに、星読師としてはD級よ」
「ああ、事情はわかってるつもりだ。それに、こっちだって三人いる。足りないところはサポートするよ」
「大事な旅なんでしょう? せっかくC級に上がったのなら、同じC級程度の星読師なら雇えるはずよ」
「……他のやつじゃ、ダメなんだ」
言ってから、妙な気恥ずかしさが込み上げた。
——なんだこれ、まるで口説いてるみたいじゃないか。
サラが、はっとしたようにエミルの顔を見る。大きく見開かれた瞳が、揺れていた。
「……なんで」
「……上手く言えないんだけどさ」
エミルは照れ隠しに頭をガシガシと掻いた。
「あの夜の『連れ出してほしい』って言葉。……あれが嘘だとは、どうしても思えなかったんだ」
「……そう。残念だけれど、あの言葉は全部演技よ。リシャールに言わされていただけ。それであなたが本気になったのなら、あたしの演技力も大したものね」
「それこそ、嘘だ」
「……あなたがそう思うのなら、勝手にそう思ってなさい。話はそれだけ? だったら……」
サラは立ち上がり、冷たく背を向けた。
「なあ、なんでそんなに意地を張るんだ。見てて、苦しいんだよ」
「はあ……? いきなり何を……」
振り返ったサラの瞳には、呆れと微かな苛立ちが混じっていた。
「サラを見ていると、昔の自分をどうしても思い出してしまう。裏切られて、絶望して、全部どうでもよくなって……殻に閉じこもってしまった、あの頃の……だから、今のサラを放っておけないんだ」
「……何を言うかと思ったら。あなたがあたしの何を知っているの? 勝手に過去の自分と重ねて……昔のあなたを救いたいだけじゃない」
「ああ、おれの自己満足かもしれない。でも……それでも全部本心なんだ。おれはお前に嘘はつかない」
「……呆れた。そんな同情心で、あたしがわかりましたと言うとでも思った? バカにしないでよ」
「バカになんてしていない!」
エミルは一歩踏み出す。
「確かにおれは、お前のこれまでなんて知らない……。だけど! お前が今、逃げてることはわかるぞ! 自分で決めつけて、諦めていることはわかるぞ」
「そう、E級からC級に飛ぶと、随分と気持ちも大きくなるのね」
サラは皮肉を返すと、再び背を向けた。
「おい、待てって! まだ話は……」
「あたしたちを助けてくれたことには感謝してるわ。でも、それとこれとは別」
振り返らず、淡々と言葉を紡ぐ。
「勘違いされるのも癪だからこれだけは言っておくけど。あの子たちを置いて、あたしだけ行くことなんてできないわ。別に逃げても諦めてもいない。これがあたしのやりたいことなの」
「……それも嘘だ」
「いいえ、本当」
「おれには、そうは見えなかった。あの子供たちを『言い訳』にしてるだけじゃないか」
ビクリ、とサラの肩が跳ねた。
それから長い沈黙の後、彼女は肩越しに冷たい視線を投げかけた。
「……繰り返すけど、あなたがそう思うのならそう思っていなさい。人の気持ちを知った気になって、本当に不愉快」
「そんなこと……」
「教会にはもう代理の司教もいるはずよ。そこで別の星読師でも探しなさい」
それだけ言って、サラは歩き出した。
背中を追いかけようとして、エミルは足を止めた。
これ以上追えば、何かが決定的に壊れてしまう。そんな予感がした。
エミルは拳を握りしめ、去っていく背中に向かって、最後の言葉を投げかけた。
「明日だ。明日の朝、おれたちはこの地を発つ。お前のこと、待ってるから」
「……そう。勝手になさい」
振り返らずにそう答えると、サラは公園の外へと消えていった。
夕暮れ色だった公園に、静かに夜が落ちていく。




