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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第092話 C級冒険者の誕生

 ——いつの間に、そこにいた?


 エミルの背筋を、冷たい汗が伝い落ちた。


 限界まで張り詰めていた『魔力探知』。の網。リシャールの歪んだ魔力も、グリアの重厚な魔力も、全て把握していたはずだった。


 なのに。


 リシャールの背後に佇む、その小柄な人影だけが、最初からそこにいたかのように、エミルの網から完全に抜け落ちていた。


「……ミ、ミカル……様……?」


 リシャールの喉から、かすれた声が漏れた。


 純白のオラクルズの制服に中性的で整った顔立ち。だが、その瞳には何の感情も浮かんでいない。


 ——ヤバい。


 本能が警鐘を鳴らしている。グロムハルトで戦ったアレスとも、S級冒険者のグリアとも違う。ここだけ世界が切り取られているような、異質な存在感。


「グリア殿の言うことは正しいよ、リシャール」


 小さく息を吐くような声。

 だがその一言で、リシャールの肩がびくりと跳ね上がった。


「その、あの……。こ、これは……」

「言い訳はいいよ。君の行動に前から疑念を抱いていてね。グリア殿に極秘裏に調査を依頼していたんだ」


 ミカルは薄い笑みを浮かべたまま、淡々と続ける。


「奴隷商自体は黙認しているけれど、オラクルズが主催者となると話は別だよね? 市民への示しがつかない。それに、君は気づいてなかったみたいだけど、監視の目は最初から付けていたんだよ」

「そ、そんな……私は……私は、ただ……!」

「司教を殺したことは予想外だったよ。まあ、おおよそ教会を任すにふさわしくない人物だったんだ。いずれ任を解く予定ではあったけど、自ら罪を増やしてくれるとは……全く、愚かな男だね」


 トン、とミカルがリシャールの肩に手を置いた。


 たったそれだけの動作で、リシャールは糸が切れた操り人形のように崩れ落ちた。


「あ……ああ……」


 瞳から光が消え、絶望に染まっていく。

 もはや弁解する気力すら残っていないようだった。


 ミカルは興味を失ったように視線を外すと、くるりとエミルたちの方へ向き直った。

 無機質な瞳が、エミルを、アヤメを、バルディアを舐めるように観察する。


「すまなかったね。僕の部下が、君たちに随分と迷惑をかけてしまった」

「……え?」


 予想外の謝罪に、エミルは思わず間の抜けた声を漏らした。


「この支部の不始末は、僕らオラクルズ内部で処理させてもらうよ。君たちへの容疑は、これでなしだ。正式な書類はあとで回すけど……安心していい。これ以上、君たちを煩わせることはないからね」


 ミカルは微笑んでいるが、その目は笑っていない。


 ——『これ以上首を突っ込むな』、とでも言いたいのか。


 グリアの仲間やゴーレムたちが、オークションの客を次々と拘束していく。リシャールもまた、ミカルの部下たちに両脇を抱えられ、連行されていった。


 その光景を見送りながら、エミルの胸の中に残ったのは達成感ではなかった。


 ——『追われる側のようだね』


 グロムハルトで戦ったアレスの捨て台詞が、脳裏をよぎる。


 この騒動の裏に、アレスの組織が関わっているのではないか。そう疑っていたが、結局はっきりしたことは何ひとつ掴めないまま、幕が引かれようとしている。


 得体の知れない何かが、じわじわと近づいてきている。そんな感覚だけが、胸の奥に黒い染みのように広がっていく。


「……っ」


 頭を振って、その感覚を振り払う。

 今は目の前のことだ。


 エミルはサラの前で足を止めた。

 少し遅れて、アヤメとバルディアも並ぶ。


「エミル君……」


 サラは震える声で呟き、深く、深く頭を下げた。


「本当にごめんなさい。あたしが巻き込んでしまった……あたしが……っ」

「いいんだ、顔を上げてくれ。お前もリシャールに利用されていただけだろ」

「そうですよ、サラ様! あなたも、子どもたちも無事だったんです」

「あなたたち……」


 アヤメが、エミルの背後でむすっと腕を組んでいたバルディアの手を引き、ぐいっとサラの前に連れていく。


「ほら、バルディアちゃんも。言いたいことがあるなら今ですよ?」

「……ケッ。アタシは釈然としねえとこはあんだけどな!」


 バルディアはそっぽを向いたまま、ボリボリと頭をかいた。


「でもまあ、エミルもアヤメも許してんのに、アタシだけ怒ってるのもなんか違うっつーかよ。……その、なんだ、今回は貸しにしといてやるぜ」

「あ、ああ……バルディアちゃんは素直じゃなくて……」

「ふふっ、いいのよ。それ以上のことをやったんだもの。……本当にお人好しな人たち」


 そう言って微笑むサラの表情は、どこか儚くて、どこか寂しげで。

 視線だけが、エミルたちから逃げるように逸れていた。




 —————




 それから三日が過ぎた。


 奴隷として売られそうになっていた人々は保護され、教会の地下にあったオークション会場も封鎖された。


 公式発表によれば、事件の黒幕はA級冒険者パーティ『黒鷲』。リシャールは彼らに唆された()()()だったという。

 黒鷲は極刑。オラクルズは再発防止と信頼回復に努めると声明を出した。


 街ではその話題で持ちきりだ。


 ——ふざけた話だ。


 リシャールが糸を引いていたのは、あの場にいた人間なら誰でもわかる。だが、オラクルズは身内の不祥事を隠蔽し、全ての責任を冒険者に押し付けて幕引きを図った。


 三日間、エミルはその公式発表を何度も反芻していた。

 澱のような不快感が、胸の底に溜まっていく。


 そして今日、エミルたちは冒険者ギルドの重厚な扉をくぐっていた。


「……セルディスの闇を暴いた、ねえ」


 ギルド長室。

 書類の山に埋もれるようにして座っていたブラドが、呆れたようにため息をついた。


「冒険者登録してからわずかひと月だぞ? 薬草採取に行かせりゃ山賊を壊滅させ、今度は王国の暗部をひっくり返すたぁ……全く、どうなってやがる」

「ははは……そんなのはおれが知りたいところだ」


 苦笑いを返しながら、エミルは内心で別のことを考えていた。


 ——このタイミングでの呼び出し。嫌な予感しかしない。


「ま、結果オーライだ。……受け取れ」


 ブラドが無造作に放り投げたプレートを、エミルは慌ててキャッチする。


 それは、鈍く輝く銀色のギルドカードだった。

 刻まれたランクは『E』ではなく——『C』。


「……!」

「喜べ。お前は今日からC級だ」

「やりましたね、エミル様!」

「にしし。オマエの実力でE級ってのが理不尽だったからな、当然だぜ!」


 アヤメとバルディアが、興奮した様子で新しいギルドカードを覗き込む。


 カードの端をつまんだまま、エミルの手がわずかに震えた。


 ——C級冒険者、か。


 肩書きだけ聞けば、大きな前進だ。

 だが、素直に喜べなかった。


 黒鷲を黒幕に仕立てた情報操作。

 そしてこのタイミングでの昇格。


 ——「余計なことを喋るな」という、オラクルズとギルド上層部からの圧力だ。

 わかっている。今ここで騒いでも何も変わらない。飲み込むしかない。


「三人揃ってC級か。ま、悪くねえパーティだ」


 エミルの表情を読み取ったのか、ブラドがわざとらしく明るく言った。


「全員がC級なら、そこそこの星読師(ステラノート)だって雇えるようになる。お前らアプスの大地に行きたいんだろ? その神脈航行船の手配も、しやすくなるだろうよ」

「……そう、だな」


 頷きながら、エミルの脳裏に一人の女性の顔が浮かんだ。


 自分を卑下し、誰のことも信用できず、それでも子供たちを守ろうとした不器用なエルフ。

 あの時の、逃げるような視線。


 ——あれは、引きこもっていた頃のおれと同じ目だ。


 世界を恐れ、自分を諦め、誰かに手を伸ばしてほしいのに、その手を振り払ってしまう。

 そんなやつを、このまま置いていけるわけがない。


「おい、もしかして、もう星読師(ステラノート)のアテがあるのか?」

「……ああ。もう、決めてる」


 迷いは、もうなかった。


「そうか。C級に上がったからつって、無茶しすぎんじゃねえぞ」


 ブラドはそれだけ言って、いつもの乱暴な手つきで「とっとと行け」と手を振った。


 ギルドを出ると、アヤメが小走りで隣に並んできた。


「エミル様、さっきのって……」

「ああ。サラだ」


 エミルは歩みを止めず、前を向いたまま答えた。


 まだ教会との正式な手続きもある。サラ自身がどう思っているかも分からない。拒絶されるかもしれない。


 それでも。


「おれは、あいつを星読師(ステラノート)として雇いたい。……あいつじゃなきゃ、ダメなんだ」


 その気持ちだけは、もう誤魔化せなかった。

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