第090話 エミル VS A級冒険者パーティ
「ハッ……ハハハハハッ!」
A級冒険者パーティ『黒鷲』のリーダー、エンデバーが腹を抱えて笑い出した。
「全員助けるだぁ? 寝言は寝て言うから寝言なんだぜE級! 俺たちA級相手に、テメェごときに何ができるってんだァ!?」
嘲笑が地下室に反響する。
そのエンデヴァーの両隣、リザードマンのビルクは、バルディアの首筋に冷たい刃を押し当てていた。巨漢のコンスティは、アヤメの細い首を太い腕で締め上げながら、嗜虐的な目でエミルを見据えている。
——状況は最悪だ。
エミルは歯を食いしばり、周囲を観察した。
人質はアヤメ、バルディア。そして檻の中の奴隷全員。
——最優先で潰すべきはエンデバーだ。
あいつの雷魔法が奴隷たちへの起爆スイッチ。無力化するには奇襲しかない。
かといって『空間転移』での同時制圧は難しい、二人が限界だ。コンマ数秒の遅れが、人質の死に直結する。
ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。
脳裏に、あの日の光景がフラッシュバックする。
——『母さん! どうしたんだよ、これ……何があったんだよ……!』
血まみれで倒れていた母。
冷たくなっていく手。
何もできなかった、あの日の自分。
あの絶望的な無力感が、喉元までせり上がってくる。
——嫌だ。
目の前で誰かが死ぬのは、もう二度とごめんだ。
おれはもう、あの頃のおれじゃない。
十年も部屋に引きこもって腐っていた、何もできなかったあの頃とは違う。
全員助けると誓った。やるしか、ない。
奥歯をギリ、と噛み締める。
「おい、黙ってねえで泣き言のひとつでも言えよ。それとも、大口叩いたことを後悔してんのか?」
エンデバーがニヤリと口角を吊り上げ、指先でパチパチと雷光を弄んだ。
「さあ、命が惜しけりゃ土下座して……」
——今だ。
エミルの右手が、床に向けられた。
「『遮覆黒土』!」
ドォンッ!!
石畳が爆ぜた。
床から噴き上がった泥流が、エンデバーの右腕に食らいつく。
「ぐっ……! なんだ……これは!?」
泥は瞬時に乾燥し、鋼鉄のような硬度で固まる。指一本動かせないほどの圧力で、彼の腕を固定する。
パチ、と微かに鳴った雷光が、土塊の中で虚しく霧散した。
「チッ、雷が通らねえ……!」
エンデバーが顔を引きつらせる。
その時にはもう、正面にいたはずのエミルの姿は消えていた。
「次は、お前だ」
「!?」
ビルクの背後。
振り向こうとした側頭部に、漆黒の焔を纏った拳がめり込んでいた。
ドォォォンッ!
「が……」
衝撃が脳を揺らし、ビルクの意識を強制的に暗転させる。
白目を剥いて崩れ落ちる手から、カラン、とナイフが滑り落ちた。
「バルディア!」
崩れ落ちるビルクからバルディアを抱え上げ、即座に距離を取る。
「はぁ、はぁ……。助かったぜ、エミル!」
腕の中でバルディアが荒い息を吐いた。張り詰めていた緊張から解放され、全身が汗で濡れている。
そして、ほぼ同時。
エミルの奇襲にコンスティの意識が一瞬逸れた、その刹那。
「ッ!」
アヤメは拘束されたまま、全身のバネを使った頭突きを、無防備なコンスティの顎先へと突き上げた。
ゴッ!
「んぐっ!?」
脳が揺れ、コンスティがよろめく。拘束が緩んだ隙を逃さず、アヤメは身体を捻り脱出した。
「くそ、逃がすかァ!」
コンスティが怒号と共に腕を振り上げる。だが、アヤメの視線はそこにはなかった。
懐から取り出したそれを、宙へと放る。
「バルディアちゃん、これを!」
宙を舞うのは、保管庫で回収しそこねていたバルディアのガントレット。
「にししっ、ナイスだアヤメ!」
バルディアがエミルの腕から飛び出し、空中で回転しながらガントレットに両腕を通す。カシャン、と小気味よい金属音が響き、鋭い爪に灼熱の火花が散った。
「やっと暴れられるぜ……! 行くぞオラァッ!」
「はいっ!」
アヤメが落ちていた剣を蹴り上げて掴み、バルディアが炎を噴射して加速する。二人の同時攻撃が、コンスティに襲いかかった。
「お、お前らあああああッッッ!!」
後方では、未だエンデバーが右腕の拘束を解こうと喚き散らしている。攻撃を完全に封じられたA級冒険者など、ただの的でしかない。
戦況は一変した。
アヤメたちがコンスティを圧倒しているのを確認し、エミルはゆっくりと振り返る。
「ひっ……!?」
エンデバーの怒声が、引きつった悲鳴に変わった。
土の拘束を解こうともがいていた彼の眼前に、エミルが音もなく現れていた。漆黒の焔が、静かに揺れている。
「た、助け……」
言葉が終わる前に、エミルの拳が、容赦なくその顔面に叩き込まれた。




