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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第088話 全員助ける

「……エ、エミル、君……?」


 掠れた声ではあったが、確かにサラの声だった。


 ——見つけた。


 その安堵を口には出さず、エミルは鉄格子に歩み寄る。


「な、なんで……どうして、こんなところに……」

「お前には聞きたいことが山ほどあるからな。ひとまずここから出よう」


 エミルは檻の鍵穴に手を伸ばした。

 しかし、サラは静かに首を横に振る。


「……放っておいて。もう、いいの」


 サラはか細い声でそう言うと、顔を伏せてしまった。


 ——なんだよ、それ。


 胸の奥がざわついた。この反応には、覚えがある。自分を責め続けて、もうどうでもいいと思い込もうとする——あの頃の自分と、同じ匂いがした。


「……おれはまだ、お前の本当の目的も聞いてない。おれたちを教会で気絶させたのも、何か理由があるんだろ」


 あの酒場での必死の訴え。震える声で語った『この地から連れ出してほしい』という願い。あれが全部嘘だったとは、どうしても思えない。


「何を……もういいって言ってるでしょ? 目的も何もないわ。あなたたちを罠にかけた、ただそれだけのこと」

「ああ、そういうのは良いから。待ってろ、今この鍵を……」


 エミルは檻の鍵穴に手を伸ばし、スキルで破壊しようとした。


 その瞬間だった。


「それ以上動くんじゃねえぞ、E級」


 背後から響いた、冷たく粘つくような声。


 エミルは弾かれたように振り返った。


「っ!?」


 通路の入り口を塞ぐように立っていたのは、見覚えのある三人の男たち。A級パーティ『黒鷲』。


 だが、エミルの視線を釘付けにしたのは、彼ら自身ではない。


「う……ぐ……っ」

「んー! んーッ!」


 バルディアが、リザードマンの男、ビルク・ホージマーに首元へナイフを突きつけられている。アヤメが、重装甲の巨漢、コンスティ・ホルトに首を掴まれ、身動きを封じられている。


 ——なんで、二人がここに。

 武器を探しに行っていたはずじゃ……!


「おやおや、随分と間抜けな顔をしてくれるじゃねえか」


 リーダーのエンデバーが、下卑た笑みを浮かべて一歩前に出た。


「E級の雑魚が、随分と出しゃばってくれるじゃねえか。お前のお仲間が地下で嗅ぎ回ってたんでな、捕まえるのに苦労したぜ」

「何言ってんだお前。人に冤罪なすりつけやがって。司教殺しに奴隷売買……お前らこそ何してるかわかってるのか?」

「何してるか、だぁ?」


 エンデバーは肩をすくめ、まるで世間知らずの子供を諭すような顔をした。


「商売だよ、商売。……だがまあ、この場所を見られちまった以上、生かして帰すわけにはいかねえな」


 その目が、獲物を狩る獣のそれに変わった。


 エミルは咄嗟に魔力を練ろうとした。だがそれより早く、エンデバーが右手を掲げる。


「おっと、変な真似はするなよ?」


 その掌で、バチバチと青白い雷が爆ぜた。


「お前の仲間は見ての通りだ。……だが、それだけじゃねえぞ」


 エンデバーは顎で檻の中をしゃくった。


「そこの奴隷どもがしてる手錠……見えるか? アレには、ちと強力な雷魔法が仕掛けてある。俺が合図すりゃ……わかるよなあ?」

「な……ッ!?」

「お前が妙な動きを見せたら、仲間の喉を掻っ切るのが先か、奴隷どもが黒焦げになるのが先か……試してみるか? ああ?」


 その言葉に、エミルの全身から力が抜けていく。


 アヤメとバルディアだけではない。檻の中の、無抵抗な子供たちまでもが人質になっている。


 『空間転移』で一気にケリを付けたいが、相手は三人。ちょっとしたタイミングのズレが命に関わる。仮に一人を倒せても、残りが人質を殺す時間は十分にある。


 ——考えろ、考えろ。

 何か方法があるはずだ。


「こいつらはお前にとっても『商品』なんだろ? おれひとり抑えるために、犠牲にしていいのかよ?」

「はっ。奴隷なんざ、また冒険ついでに捕まえりゃいいだけだ。魔物に襲われそうになっている女やガキ、スラム街で飯をねだるガキ……金のなる木は山ほどいるぞ? 代わりなんざいくらでもいるんだよ」

「……絵に描いたような外道だな、お前」

「褒め言葉と受け取っとくぜ」


 エンデバーの笑みが深まった。


 ——こいつは本気だ。

 自分の命や利益のためなら、他人の命など石ころ以下にしか思っていない。

 どうする。どうすればいい。


 思考が泥沼にはまっていく中、背後からサラの声が聞こえた。


「……ごめんなさい。まさか、ここまでの事態になるなんて……あたしのせいで……」

「なんだ? オラクルズにおれたちを捕まえさせておいて、こうなることを予想してなかったのか?」


 エミルは振り返らずに答えた。


「返す言葉もないわ……。お願い、あたしはどうなってもいい。せめてこの子たちだけでも……!」


 背後で、サラが立ち上がる気配がした。鉄格子を掴む音が聞こえる。


「おい、何をごちゃごちゃ話している。さあ、仲間もそいつらも殺されたくなきゃ、大人しく投降することだな。手足の一本や二本で許してやるよ」


 エンデバーが鬱陶しそうに手を振った。ビルクがナイフを強く押し当て、バルディアが苦悶の声を漏らす。


 ——『この地から、連れ出してほしいの』


 酒場でのサラの言葉が、脳裏をよぎった。


 あの時の彼女の目。必死で、切実で、そして——どこか諦めたような。


「……嫌だ」


 エミルは静かに、だが力強く言った。


「……え?」

「おれは、酒場で話してたお前の言葉が……嘘には思えない」


 エミルは檻に背を向けたまま、静かに、だが力強く言った。


「だから、全員助ける。……奴隷たちも、お前も、アヤメもバルディアも。全員だ」


 エミルの体から、ゆらりと黒いモヤが立ち昇った。

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