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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第086話 型破りの剣

 息を殺し、壁に背を預ける。


 アヤメとバルディアは、エミルとグリアと別れてから、兵士たちの警戒網をかいくぐり続けていた。地下牢の騒ぎで人手が割かれている今が好機。目指すは、押収品の保管庫だ。


「……こっちだ、アヤメ! たぶん、あそこだぜ!」


 バルディアが鼻をひくつかせ、アヤメの袖を引いた。


 通路の突き当たりに、他の部屋とは明らかに違う重厚な鉄扉が見える。見張りの姿はない。


「行きましょう!」


 二人は頷き合うと、扉に駆け寄った。

 鍵はかかっていない。バルディアが勢いよく扉を開け放つ。


 そこは間違いなく、押収品の保管庫だ。


「あった……!」

「へへっ、無事だったぜ!」


 棚の隅に、見慣れた白銀の鞘と、狐火色のガントレットを見つける。


 アヤメはすぐさま刀を手に取り、腰の帯に差した。


「これで一安心だな!」


 バルディアがガントレットに手を伸ばしかけた、その時。


「バルディアちゃん、あそこ……!」


 アヤメの視線が、保管庫の奥に釘付けになっていた。


 棚の影に隠れるようにして、もう一つの扉がある。

 他の壁とは材質が違う、まるで何かを隠すように設置された扉だった。


「なんだ、あれ……?」

「わかりません。ですが……」


 アヤメは刀の柄に手をかけたまま、警戒しながらその扉に近づいた。


 扉のノブにそっと手を伸ばした、その瞬間。


「……あんたたち、そこで何してる」


 背後から響く声。


「「ッ!?」」


 アヤメとバルディアが同時に飛び退き、振り返る。


 保管庫の入り口に立っていたのは、見覚えのある女だった。


 犬の耳をぴくりと動かし、細められた瞳が二人を射抜いている。


「あなたは……! 『黒鷲』の……!」

「……誰だっけか?」

「『エリー・ウォーカー』だ! なんだあんたたち……あたいに喧嘩売ってんのか?」


 昨日、教会でエミルたちに絡んできた、A級パーティの犬獣人の女。あの時と変わらぬ高圧的な態度で、エリーは腕を組んで立っていた。


「どうして、あなたがここに……!」


 アヤメが叫ぶと、エリーは心底面倒くさそうに肩をすくめた。


「そりゃこっちのセリフだよ。まさか、牢から抜け出してくるとはね……。おかげで面倒な仕事が増えた」

「仕事……?」

「ああ。昨日、あんたたちと接触したせいでね。リシャールのおっさんから『しばらくの間、オラクルズの警備に協力しろ』ってさ。もう、最悪」

「オラクルズに、協力……? あなたたちA級冒険者が、どうして……!」

「はっ。金がいいからに決まってんだろ」


 エリーは腰に下げた二振りの短剣を抜き放ち、その切っ先を軽く回した。


「ふん、あんたの刀、随分と上等なもんだな。どっかの貴族サマにでも買ってもらったのか?」

「何を……」

「あたいのこいつは、死体から剥いだよ。あんたみたいなお嬢様とは違うんでね」


 侮蔑を隠そうともしない視線。自分とは違う世界で生きてきた者への、明確な敵意が滲んでいる。


「ま、ちょうどいい。牢に戻すのも面倒だ。ここで死んでもらおうか。リーダー(エンデバー)もあんたらのこと、相当ムカついてたみたいだしね」


 次の瞬間、エリーの姿が掻き消えた。


「速い……!」


 獣人特有の瞬発力。床を蹴る音さえ置き去りにして、エリーはアヤメの懐深くに潜り込んでいた。


 キンッ!


 咄嗟に抜いた刀で、迫りくる刃を受け止める。

 小柄な体躯からは想像もできない重さが、刀を通じて伝わってくる。


「バルディアちゃん、下がって!」

「ちっ、わかってる!」


 バルディアは即座に距離を取り、ガントレットを取りに戻ろうとした。


 だが、エリーの動きはそれを許さない。

 アヤメの剣撃を紙一重でかわしながら、執拗に二人の間を高速で動き回る。ガントレットに手が届きそうになるたび、エリーが割り込んでくる。


「アヤメ! 気ぃつけろ、すばしっこいだけかと思いきや……動きに隙がねえ」

「わかってます……さすがA級パーティの冒険者。集中しないとやられる……!」

「集中しててもやられるんだよ……! あたいは冒険者ランクこそB級だがな、C級に負けるほど弱くはない!」


 武器庫の武具棚を蹴って軌道を変え、死角から刃を滑り込ませようとする。それを防げば、今度はバルディアを妨害するように二人の間に割って入る。


「ちっ、イヌッころのくせにネズミみてえにうろちょろと……!」

「あんたも似たようなモンでしょ……!」


 瞬間、エリーの蹴りがバルディアの腹を突いた。


「がっ……!」

「バルディアちゃん!」

「人の心配してる場合かよ……!」


 エリーの攻撃が、すぐさまアヤメへと向かう。無駄のない動きに防戦一方だ。


「遅いんだよ、お姫様!」


 嘲笑う声と共に、肩口に浅い傷が走った。


「いっ……! 誰が、お姫様って……」

「はっ、あんたの剣が随分と型にはまったお上品なものだって言ってんだよ。お姫様が道場で習う、形だけの剣みたいなさ!」


 血が滲む肩を押さえながら、アヤメは歯を食いしばった。


 ——形だけの……剣?


 魔法が使えない分、誰よりも刀に向き合ってきた。父に、兄に、必死に食らいつき磨いてきた剣術。それを、形だけと?


「その言葉、訂正してください!」


 アヤメはエリーの攻撃をかわすと、深く息を吸い込む。


「『翠風流剣技・木枯らし』!」

「それがお姫様って言ってんの」


 エリーは待っていたかのように、アヤメの踏み込みに合わせて半身になった。


 アヤメの刀が(くう)を斬る。


 しまった、と思った時には遅い。

 がら空きになった腹部に、エリーの蹴りが叩き込まれた。


「がふっ……!」


 息が詰まる。体勢を崩したところに、短剣の柄が顔面を捉えた。


「……!」


 視界が火花を散らし、アヤメは床に倒れ込んだ。口の中に、鉄の味が広がる。


「ほら、言ったろ? ゴミを漁って生き延びたこともない、綺麗な手で振るう剣だ。型通りの構え、型通りの反撃。全部思った通り」


 エリーが、倒れたアヤメを冷たい目で見下ろしながら、ゆっくりと近づいてくる。


 ——型通り……。読まれている……。


 否定できない自分がいた。


 道場での稽古。父や兄との手合わせ。それは全て、ルールの中での戦いだった。

 魔物は攻撃パターンが読みやすい。グロムハルトで戦ったキャラコという男も、真っ直ぐな攻撃だった。


 だが、苦戦したデュバル、そして目の前のエリーという女……。

 型破りの攻撃、か……。


「このままオラクルズに引き渡すのも惜しいな……。顔はいいから、リーダー(エンデバー)に渡しゃ満足するかな」


 エリーが短剣を持ち替え、アヤメを無力化しようと屈み込んだ、その時。


「……っ!」


 残った力を振り絞り、エリーの短剣を床すれすれで弾く。金属音が響き、エリーが「こいつ……!」と目を見開く。


 ——違う。型がないことが強さじゃない。


 脳裏をよぎるのは、デュバルとの戦い。アレスとエミルとの戦い。そして、自分が磨いてきた剣。父が、兄が教えてくれた技。


 それは決して、無駄なものなんかじゃない。


 ——わたしに流派そのものを急に変えるなど、そんな器用なことはできない。


 だから。


 型を捨てるんじゃない。

 型に「縛られる」のを、やめるんだ。


「……息を、吸って……」


 倒れたまま、深く、深く息を吸った。怒りでも焦りでもない。心臓の鼓動が、ゆっくりと、だが力強くなっていく。


「ちっ、まだやる気はあるか……」


 エリーの顔から、余裕の笑みが消えた。獲物を仕留め損ねた獣の目で、今度こそアヤメの心臓を狙い、短剣を突き出してきた。


 ——来る。


 アヤメは動かない。


 今までの自分なら、ここで受けの構えを取っていただろう。それが「型」だから。


 だが、今は違う。


「『翠風流居合・神渡し』!!」

「……!」


 倒れた体勢のまま、バネのように跳ね起きた。防御を捨てた、捨て身の居合。


 エリーは咄嗟に後方へ跳んだ。致命傷は避けたものの、その頬には赤い筋が刻まれている。


「くそ……! そんな付け焼き刃で、あたいを倒せると思うな……!」


 エリーの最速の突きが、アヤメの喉笛に迫る。


 ——見える。


 アヤメの目には、エリーの動きがスローモーションのように映っていた。


 相手は「型通りのアヤメ」を予測している。なら、その予測そのものを囮にすればいい。


 刀を引いた。防御の構え——と見せかけて、そのまま身体を回転させる。


 ——型破りな相手を真似するんじゃない。剣技の「定石」を利用して、その裏をかく……!


 「……! 消えた? どこだ?」


 一瞬の対応の遅れ。エリーの目の前からアヤメが消えている。


「遅いです、エリーさん」


 死角から、声だけが響いた。


 「『飛燕 小春凪(ひえん こはるなぎ)』」


 音もなく忍び寄った斬撃が、がら空きの脇腹を薙いだ。


「がっ…………!?」


 エリーは信じられないという表情で、自分の脇腹を見下ろした。そこには、一本の細い赤い線が、ゆっくりと浮かび上がってきている。


「……う、そ……。そんな……あたい、が……」


 膝から力が抜け、エリーはその場に崩れ落ちた。短剣が、カラン、と音を立てて床を転がる。


「はぁ、はぁ……」


 アヤメは乱れた呼吸を整えながら、倒れ伏すエリーを見下ろした。


「あなたがどんな過去を背負っているかは知りませんが……わたしだって、負けていい理由にはなりませんので」


 刀を納める。

 全身が軋むように痛んだが、立っていられる。それだけで十分だ。


「バルディアちゃん! 刀、すごく扱いやすいで……」


 言葉が途切れた。


「え……?」


 いるはずの場所に、バルディアの姿がない。


 保管庫の中を見回すと、いるのは気を失っているエリーと散乱した武具。

 そして——。


 狐火色のガントレットが、まだ棚の上に置かれたまま。


「バルディアちゃん!? どこですか!?」


 声を張り上げるが、返ってくるのは静寂だけ。背筋を、冷たい汗が伝った。


 ——まさか、彼女以外にも敵が……?


 アヤメの視線が、先ほど見つけた「奥の扉」に釘付けになった。閉まっていたはずのその扉が、わずかに開いている。


「戦闘のどさくさに紛れて……? いや、わたしを置いて勝手に行くような方ではないはず……」


 血の気が引いていく。ガントレットは、まだここにある。


「まずい、今バルディアちゃんには武器がない……!」


 混乱する思考を振り払い、アヤメは開かれた謎の扉を睨みつけた。


 迷っている暇はない。意を決し、その闇の中へと駆け出した。

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