第084話 ピンチでしたからな
「ヌハハハハハハ! 吾輩が出してしんぜよう!」
唐突に、牢獄に不釣り合いな声が響いた。
豪放で、底抜けに陽気な笑い声。この湿った空気を吹き飛ばすような、圧倒的な存在感。
「この声……まさか……!」
エミルの脳裏に、教会で遭遇したあの男の顔が浮かぶ。
闇の中から、重厚な足音と共に一つの巨大な影がゆっくりと姿を現した。影は鉄格子の前で止まり、松明の光にその姿が照らし出される。
「アンタは……!」
「グリア・バナザード様……!?」
バルディアとアヤメが同時に息を呑んだ。
鉄格子の向こうに仁王立ちしていたのは、教会でA級パーティを圧倒したドワーフの巨漢。S級冒険者、グリア・バナザードその人だった。
「ヌハハハ! 『友人』たちのピンチでしたからな!」
「なんでこんなところに……?」
「なに、セルディスのきな臭い噂を独自に追っておったのですぞ。あの教会が怪しいと踏んで、吾輩のパーティに見張らせておりましてな。そしたらどうです、お主らが捕らえられたとの報告が入るではありませんか。いやはや、タイミングが良いのか悪いのか!」
グリアは豪快に髭を撫でた。
——なるほど。昨日にしろ今日にしろ、やけにタイミングが良すぎると思った。
この話を聞いていなければ、グリアも疑っていたところだ。
「きな臭い噂って……もしかして星読師を貴族に売るって話か?」
エミルの言葉に、グリアは琥珀色の瞳をわずかに細めた。
「ほぅ……。エミル殿、問題の根っこはもっと深いのですぞ」
「もっと、深い……?」
エミルの脳裏に、冒険者ギルドで受付嬢ベリンダが漏らした忠告が蘇る。
——『この国で人身売買が密かに行われている噂があるとかで、オラクルズと連携して調査に向かわれました。エミルさんたちも、あまり夜中は出歩かないほうが良いですよ』
あの時は、現実味のない噂話だと聞き流していた。
「それってまさか……人身売買、か?」
「そこにたどり着いたのなら話は早いですな。まだ疑惑の域は出ておりませんがな」
グリアの肯定が、エミルの頭の中で最悪のピースを嵌めた。
——そうか、やはりサラは……『奴隷』として売られるんだ。
彼女の言葉は本当だった。あの諦めたような笑顔の意味が、今ならわかる。
なら、なぜおれたちを嵌めた? 脅されていた? 何のために?
考えてもわからない。わからないからこそ、直接会うしかない。
「おいオッサン! わかってたんなら、もっと早く助けに来てくれよ……!」
「ヌハハ、すまぬな獣人の娘よ。だが吾輩が動けば、黒幕に『S級が嗅ぎつけた』と知らせるようなもの。それでは尻尾を掴めませんからな」
「ちっ、正論すぎてムカつくぜ」
「あの、それで、どのように助けていただけるのでしょう……?」
アヤメが不安げに尋ねる。
この牢獄は、魔力を阻害する魔石が埋め込まれている特別製だ。グリアほどの実力者でも、魔法では——。
「なあに、簡単なことですぞ」
グリアは背負っていた巨大な大槌を壁に立てかけると、素手で鉄格子を掴んだ。
「阻害される魔力を、さらに上回る“力”でねじ伏せればよいだけのこと」
「おい、いくらなんでも無茶だ! ここは魔力が……!」
エミルが止めようとするが、グリアはニヤリと不敵に笑うだけだった。
「伊達にS級冒険者を、やってはおりませんぞ!」
ドッ!
グリアの全身から、魔力というより闘気と呼ぶべき莫大なエネルギーが噴き上がった。その巨体が、さらに膨張したかのような錯覚に陥る。
「フンンンンンッ!!!」
ギギギギギ……ッ!!
分厚い鉄格子が、まるで粘土細工のように歪んでいく。魔法ではない純粋な怪力。
金属が悲鳴を上げ、やがて人が通れるほどの隙間が開いた。
「「「…………」」」
三人は、ただ口を開けて呆然とするしかなかった。
これが、S級の力。道理も理屈もねじ伏せる、規格外の存在。
「ヌハハ! 離型完了。さあ、型から出なされ! 今の音で、リシャール殿が戻ってくるやもしれぬ」
「あ、ああ……」
エミルは我に返り、ひしゃげた鉄格子をくぐり抜けた。アヤメとバルディアも続く。
「お主らはこれからどうされる? このまま逃げますかな?」
「いや……」
エミルは首を横に振った。
「おれは、サラを探す。あいつに直接会って、何があったのか確かめないといけない」
「ほう。あのハーフエルフの娘ですかな。しかし、彼女がお主らを嵌めたのでは?」
「……だとしても、だ。あいつの口から聞くまでは信じない。それに……このままじゃ、ただの『死刑囚』として追われるだけだ。それはごめんだ」
エミルの迷いのない瞳を見て、グリアは満足そうに頷いた。
「よろしい。いい目をしておりますな。ならば手分けしましょう。吾輩は、もう少しこの事件の裏を調べる。オラクルズの支部そのものが、どうにも塗装が甘いですからな」
「とそう……? とにかく、わかった」
エミルが振り返ると、アヤメとバルディアはすでに覚悟を決めた顔をしていた。
「アタシはアタシの武器を取り戻しに行くぜ。あんなヤツらに渡したままにできるかよ! アタシの魂なんだ!」
「わたしもです。武器がなければ戦力になりませんし……バルディアちゃんの道具も、わたしの刀も、おそらくこの近くに保管されているはずです」
「ああ。おれのは押収されなかったみたいだしな。サラのことは任せてくれ」
「では、決まりのようですな。では、友人たちよ。ご武運を」
そう言い残すと、豪快な笑い声と共に、来た時と同じように闇の中へ消えていった。
騒ぎを聞きつけた兵士たちの足音が、遠くから近づいてくる。時間がない。
「……よし。二人とも充分気をつけてくれ。必ず無事に合流しよう」
「にしし、心配すんなって!」
「エミル様も、お気をつけて。無茶は、しないで……!」
三人は短く頷き合うと、それぞれの目的へ向かって走り出した。




