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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第084話 ピンチでしたからな

「ヌハハハハハハ! 吾輩が出してしんぜよう!」


 唐突に、牢獄に不釣り合いな声が響いた。


 豪放で、底抜けに陽気な笑い声。この湿った空気を吹き飛ばすような、圧倒的な存在感。


「この声……まさか……!」


 エミルの脳裏に、教会で遭遇したあの男の顔が浮かぶ。


 闇の中から、重厚な足音と共に一つの巨大な影がゆっくりと姿を現した。影は鉄格子の前で止まり、松明の光にその姿が照らし出される。


「アンタは……!」

「グリア・バナザード様……!?」


 バルディアとアヤメが同時に息を呑んだ。


 鉄格子の向こうに仁王立ちしていたのは、教会でA級パーティを圧倒したドワーフの巨漢。S級冒険者、グリア・バナザードその人だった。


「ヌハハハ! 『友人』たちのピンチでしたからな!」

「なんでこんなところに……?」

「なに、セルディスのきな臭い噂を独自に追っておったのですぞ。あの教会が怪しいと踏んで、吾輩のパーティに見張らせておりましてな。そしたらどうです、お主らが捕らえられたとの報告が入るではありませんか。いやはや、タイミングが良いのか悪いのか!」


 グリアは豪快に髭を撫でた。


 ——なるほど。昨日にしろ今日にしろ、やけにタイミングが良すぎると思った。

 この話を聞いていなければ、グリアも疑っていたところだ。


「きな臭い噂って……もしかして星読師(ステラノート)を貴族に売るって話か?」


 エミルの言葉に、グリアは琥珀色の瞳をわずかに細めた。


「ほぅ……。エミル殿、問題の根っこはもっと深いのですぞ」

「もっと、深い……?」


 エミルの脳裏に、冒険者ギルドで受付嬢ベリンダが漏らした忠告が蘇る。


 ——『この国で人身売買が密かに行われている噂があるとかで、オラクルズと連携して調査に向かわれました。エミルさんたちも、あまり夜中は出歩かないほうが良いですよ』


 あの時は、現実味のない噂話だと聞き流していた。


「それってまさか……人身売買、か?」

「そこにたどり着いたのなら話は早いですな。まだ疑惑の域は出ておりませんがな」


 グリアの肯定が、エミルの頭の中で最悪のピースを嵌めた。


 ——そうか、やはりサラは……『奴隷』として売られるんだ。

 彼女の言葉は本当だった。あの諦めたような笑顔の意味が、今ならわかる。


 なら、なぜおれたちを嵌めた? 脅されていた? 何のために?

 考えてもわからない。わからないからこそ、直接会うしかない。


「おいオッサン! わかってたんなら、もっと早く助けに来てくれよ……!」

「ヌハハ、すまぬな獣人の娘よ。だが吾輩が動けば、黒幕に『S級が嗅ぎつけた』と知らせるようなもの。それでは尻尾を掴めませんからな」

「ちっ、正論すぎてムカつくぜ」

「あの、それで、どのように助けていただけるのでしょう……?」


 アヤメが不安げに尋ねる。


 この牢獄は、魔力を阻害する魔石が埋め込まれている特別製だ。グリアほどの実力者でも、魔法では——。


「なあに、簡単なことですぞ」


 グリアは背負っていた巨大な大槌を壁に立てかけると、素手で鉄格子を掴んだ。


「阻害される魔力を、さらに上回る“力”でねじ伏せればよいだけのこと」

「おい、いくらなんでも無茶だ! ここは魔力が……!」


 エミルが止めようとするが、グリアはニヤリと不敵に笑うだけだった。


「伊達にS級冒険者を、やってはおりませんぞ!」


 ドッ!


 グリアの全身から、魔力というより闘気と呼ぶべき莫大なエネルギーが噴き上がった。その巨体が、さらに膨張したかのような錯覚に陥る。


「フンンンンンッ!!!」


 ギギギギギ……ッ!!


 分厚い鉄格子が、まるで粘土細工のように歪んでいく。魔法ではない純粋な怪力。


 金属が悲鳴を上げ、やがて人が通れるほどの隙間が開いた。


「「「…………」」」


 三人は、ただ口を開けて呆然とするしかなかった。


 これが、S級の力。道理も理屈もねじ伏せる、規格外の存在。


「ヌハハ! 離型完了。さあ、型から出なされ! 今の音で、リシャール殿が戻ってくるやもしれぬ」

「あ、ああ……」


 エミルは我に返り、ひしゃげた鉄格子をくぐり抜けた。アヤメとバルディアも続く。


「お主らはこれからどうされる? このまま逃げますかな?」

「いや……」


 エミルは首を横に振った。


「おれは、サラを探す。あいつに直接会って、何があったのか確かめないといけない」

「ほう。あのハーフエルフの娘ですかな。しかし、彼女がお主らを嵌めたのでは?」

「……だとしても、だ。あいつの口から聞くまでは信じない。それに……このままじゃ、ただの『死刑囚』として追われるだけだ。それはごめんだ」


 エミルの迷いのない瞳を見て、グリアは満足そうに頷いた。


「よろしい。いい目をしておりますな。ならば手分けしましょう。吾輩は、もう少しこの事件の裏を調べる。オラクルズの支部そのものが、どうにも塗装が甘いですからな」

「とそう……? とにかく、わかった」


 エミルが振り返ると、アヤメとバルディアはすでに覚悟を決めた顔をしていた。


「アタシはアタシの武器を取り戻しに行くぜ。あんなヤツらに渡したままにできるかよ! アタシの魂なんだ!」

「わたしもです。武器がなければ戦力になりませんし……バルディアちゃんの道具も、わたしの刀も、おそらくこの近くに保管されているはずです」

「ああ。おれのは押収されなかったみたいだしな。サラのことは任せてくれ」

「では、決まりのようですな。では、友人たちよ。ご武運を」


 そう言い残すと、豪快な笑い声と共に、来た時と同じように闇の中へ消えていった。


 騒ぎを聞きつけた兵士たちの足音が、遠くから近づいてくる。時間がない。


「……よし。二人とも充分気をつけてくれ。必ず無事に合流しよう」

「にしし、心配すんなって!」

「エミル様も、お気をつけて。無茶は、しないで……!」


 三人は短く頷き合うと、それぞれの目的へ向かって走り出した。

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