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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第080話 ここから連れ出して

「お、おい……本気で言ってるのか?」


 サラの突然の申し出に、エミルは戸惑いを隠せなかった。


 彼女だって見ていたはずだ。司教や黒鷲の連中に、自分たちがどれだけ侮辱されていたか。

 だとしたら、何か企んでいる可能性だってゼロじゃない。


 だが、目の前のサラは唇を噛みしめ、拳を震わせている。とても演技には見えなかった。


「冗談でこんなところまで来ると思う?」


 彼女の手が、膝の上でぎゅっと握りしめられているのが見えた。


「あなたたち、まともな星読師(ステラノート)を雇えなくて困ってるんでしょ。あの司教にあんな啖呵切っていたんだものね」

「……っ」


 図星を突かれ、エミルは言葉に詰まる。


「あたしを雇うのは、あなたたちにとっても合理的な選択のはずよ。悪い話じゃないわ」

「あの、お言葉ですが……」


 アヤメが口を開く。


「あなたはD級の星読師(ステラノート)。申し訳ないのですが、どうしても他の方が優先となってしまいます」

「そうよ、あたしのランクはD。だけど……、あなたたちも選べる立場だと思ってるの?」


 サラがどこか挑発的な笑みをこぼした。

 その態度にバルディアがカチンときたのか、勢いよく立ち上がる。


「おい、雇うのはコッチだぞ! 少しは条件を選ばせろってんだ!」

「本当に何も知らないのね……」


 サラは呆れたようにため息をついた。その態度がさらにバルディアの神経を逆撫でするが、続く言葉に全員が黙り込むことになる。


「おおかた、『要警護』みたいな条件付きのC級星読師(ステラノート)でも考えているんでしょう? だけどね、冒険者の等級(ランク)によっては、星読師(ステラノート)の方から断られることだってあるのよ?」

「……なに?」

「当たり前でしょ? あたしたちだって命がかかっているの。神脈(ルミナスロード)で魔物に襲われたら、誰が守ってくれるのかしら?」

 

 ——サラの言うことももっともだ。

 星読師(ステラノート)側の視点がすっかり抜けて落ちていた。冒険者が命がけで神脈(ルミナスロード)を航行するように、星読師(ステラノート)だって同じリスクを負っているんだ。


「それにね。D級やE級のリストを見て落胆していたけど、あなたたちだって『黒鷲』にE級だとバカにされて怒っていたじゃない。あなたたちの行動と彼らの行動……一体何が違うのかしら?」


 テーブルに、沈黙が重く落ちた。


 誰も言い返せなかった。彼女の言っていることに、何も間違いはない。自分たちだって、知らず知らずのうちに低ランクの星読師(ステラノート)を下に見ていたのだ。


「あの……それなら、それこそ低ランク冒険者であるわたしたちにお願いする理由はなんなのでしょう? あなたにとってもリスクがある話。それこそ矛盾しているのでは?」


 アヤメが、テーブルの上で組んでいた手を解き、真っ直ぐにサラの目を見て指摘する。


「アヤメの言う通りだ。雇ってほしいなら、高ランク冒険者の旅に同行を願い出るほうがお前にとってもいい話だろ。なんでおれたちなんだ?」

「そうね……」


 サラは天井に視線を走らせた。どこか続きの言葉を言うか迷っている、そんな印象だ。


「あたしのような低ランクの星読師(ステラノート)が、高ランク冒険者に雇われることなんて、ほぼないの。あなたたちならわかるでしょ? それに、低ランクの星読師(ステラノート)がどうやって生計を立てているのか知ってる?」

「え……」

「あたしみたいに教会の仕事を手伝ったり、他の星読師(ステラノート)の補助に回ったり……。高ランクな星読師(ステラノート)の中には、育成も兼ねて低ランクを雇うこともあるみたいだけどね」


 サラは他人事のように淡々と語る。その声には、自分はその「育成」対象にすらなれなかったという諦めが滲んでいた。


 ——教会の仕事を手伝う、か。


 エミルは昼間の光景を思い出す。


 司教の補佐のような仕事をやっていたのは、そういう事情があったからだ。それでも、あの扱いを見る限り、大切に扱われているとはとても思えない。


「理由はもうひとつあるわ。あなたたちが、ギルドの推薦状を持っていたこと。普通、ギルドは推薦状なんて書かないの。高ランクの冒険者には、そもそも必要ないんだから」

「え、そうなのか?」

「まさか、知らずに持っていたの? ……驚いた。あなたたち、よっぽど信頼されているのね」


 サラが目を丸くする。


 ——ギルドが推薦状を書くのは、冒険者の信用を補填するため。

 つまり、社会的に信用がある高ランク冒険者には必要がない。少し考えればわかることじゃないか。どうして気づかなかったのだろう。ブラドは、そこまで自分たちを信頼してくれていたわけだ。


 沈黙の中、サラが拳をさらに強く握りしめるのが見えた。


「お願い。そこまでギルドが認めたあなたたちなら……あたしを、ここから連れ出して」


 必死の懇願だった。


 だが、エミルは即答できなかった。


 ——昼間、彼女に同情したのは事実だ。あの虚ろな目に、かつての引きこもっていた自分を重ねた。

 だが、アヤメの父を救うという大事な目的がある。そのシオン国に向かうための生命線とも言える星読師(ステラノート)を、今ここで即決しても良いものだろうか?


 押し黙るエミルを見て、サラの瞳から急速に光が失われていく。


 彼女は、諦めたように立ち上がり、自嘲気味に微笑んだ。


「……そう、よね。無理を言ったわ」


 その笑顔は、昼間見たどの表情よりも痛々しかった。


 サラはフードを目深にかぶり直すと、踵を返す。


「あ、おい……!」


 思わず呼び止めると、サラは歩みを止めた。背を向けたまま、口を開く。


「……明後日ね。あたしを引き取りたいっていう貴族が来ることになってるの」

「貴族が?」

「ええ。引退する冒険者や星読師(ステラノート)にはよくある話よ。教会への多額の寄付金と引き換えに、あたしをメイド代わりに引き取る……事実上、あたしは()()()()の」


 サラの左腕が、右手でぎゅっと震えるように掴まれた。


「でも、あたしは……」


 サラが振り返った。

 その瞳は、必死に涙を堪えているように潤んでいた。


「お願い。もう、明日しかないの。……教会で、待ってるから」


 その表情には、まだ言葉にしきれない何かが詰まっていた。


 それでも、サラは再び前を向くと歩き出す。酒場の喧騒の中に消えていくその背中を、ただ見送ることしかできなかった。


「……」


 エミルは、彼女の真意をはかりかねている自分がもどかしく、奥歯を噛み締めた。




 ◆◇◆◇◆◇◆




 同じ頃、教会近くの薄暗い路地裏。


「うぇっぷ……飲みすぎたぜ……」


 千鳥足の男が、壁に手をつきながら胃の中身をぶちまけていた。ツンとした酸っぱい臭いが、路地裏に充満する。


「……あ? なんだこりゃ……?」


 ふと、男は違和感に気づいた。


 地面に吐き出した汚物が、草むらの途中で不自然に吸い込まれていく。まるで、そこに穴でも空いているかのように。


「なんかここにあんのか……?」


 酔った頭で草をかき分ける。


 そこには、巧妙に隠された鉄製の取っ手があった。汚物はそこに流れている。


「へへ……隠し部屋か? こりゃあ、教会の隠し財産でも……」


 下卑た笑みを浮かべ、男は取っ手に手をかけた。


 ガコッ。


 開いた。


 男が中を覗き込もうとした、その瞬間。


 ザシュッ。


 首筋に走った熱い感覚が何なのかを理解する前に、男の視界は闇に落ちた。


「……ったく、酔っ払いが。油断も隙もありゃしねえ」


 背後に立っていた黒い影が、血濡れのナイフを振るう。ピシャリと、壁に赤い染みが散った。


「あーあ、こんなにぶちまけちまって」


 もう一人の影が、無造作に男の死体を蹴り転がす。


「……おい、面倒なことになる前に片付けるぞ」


 男を始末した二人組は辺りを警戒しながら、手際よくその場の処理を行う。そして、何事もなかったかのように闇へと消えていった。

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