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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第079話 突然の来訪者

 教会を出てから、数時間が経っていた。


 セルディス王国の夜は活気に満ちている。エミルたちが宿の近くで見つけた酒場も、冒険者や商人たちの陽気な声が響いていた。


 だというのに、エミルたちのテーブルだけは、どんよりと重い空気に包まれていた。


「……ったく、胸糞悪りぃぜ」


 バルディアの尻尾が、不機嫌そうにパタンと椅子を叩く。


「あのクソ司教も、あの『黒鷲』とかいう連中もだ! どいつもこいつも、人を見下した目しやがって……! 大っ嫌いだあんなヤツら!」

「あまりいい印象はありませんね……」


 アヤメも、テーブルに置かれた水差しを見つめながら、か細い声で同意した。


「なあ、あの助けてくれたグリアってやつのことなんだが……。S級冒険者って珍しいのか?」


 重苦しい空気を変えようと、エミルは話題を変えた。


「珍しいなんてもんじゃねえよ。冒険者ランクの最高峰、世界にたった九人しかいねえ化け物揃いだ。その一角、万岩創主(ゴーレムロード)、グリア・バナザード……まさかこんなとこで拝めるとはな」

「そのような方が、どうしてわたしたちを……」

「ま、あのオッサンのお陰でスカッとしたのは事実だけどな!」


 バルディアの険しかった表情が少し和らいだ。


 エンデバーですら子供扱いだった、あの圧倒的な威圧感。「友人ですぞ」などと笑っていたが、本気のはずがない。気まぐれか、あるいは何か別の目的があったのか。


 グリアの真意は読めないが、今はそれどころではなかった。


「……悪かった、アヤメ」

「え?」


 唐突な謝罪に、アヤメが目をぱちくりさせる。


「おれのせいで……その、結局、星読師(ステラノート)を探す手段を失ってしまった」


 自分でも情けないと思った。だが、言わずにはいられない。


 ——『ここには、おれたちが求める星読師(ステラノート)はいないみたいだ』


 あの時は頭に血が上っていた。司教の態度と、あのハーフエルフへの仕打ちを見て、冷静さを完全に失っていた。結果として、アヤメの父を救うための大事な手がかりを、一時の感情で台無しにしてしまった。


 ブラドとの模擬戦で暴走した時と同じだ。黒い感情に飲み込まれ、制御できなくなる。


「……何言ってやがるんだ、エミル」


 バルディアが呆れたように、果実ジュースの入ったジョッキを置いた。


「オマエは悪くねえだろ。あのクソ司教、最初から訳ありな星読師(ステラノート)しか見せる気なかったじゃねえか」

「でもな……」

「エミル様」


 反論しようとしたエミルを、アヤメが静かに遮った。


「わたしも、バルディアちゃんと同じ気持ちですよ」

「……」

「あそこで怒ってくれるのが、エミル様らしいと思います」


 アヤメは穏やかに笑う。

 だが、エミルの胸の奥では、黒い泥がぐるぐると渦を巻いていた。


「いや、そもそも……おれがブラドの前で暴走しなければ、推薦で等級(ランク)が上がれたかもしれない。E級でさえなければ、今日みたいに門前払いされることも……おれのせいで皆を……」


 E級。無属性。最低ランク。

 この世界に来てまで貼られた「落ちこぼれ」のレッテルが、エミルの思考を侵食していく。


 ——どうせおれなんて。


 その声が、頭の奥で木霊する。十年間の引きこもり生活で、骨の髄まで刻み込まれた自己否定の呪いだ。何をやっても無駄。どうせ失敗する。周りに迷惑をかけるだけ。


 元の世界でも、この世界でも、結局は同じ——。


「エミル!」

「エミル様!」


 二人の声が、同時に響いた。


 ハッとして顔を上げると、アヤメとバルディアが、真剣な眼差しでこちらを見据えていた。


「誰もオマエを責めてねえだろ。だから、オマエもオマエ自身を責めんなよ」

「そうですよ、エミル様」


 アヤメがバルディアの言葉に力強く頷く。


「わたしたちが今、C級パーティとしてここにいられるのは、エミル様が戦ってきてくれたお陰なんです。それをどうか、忘れないでください」

「つーかよ、自分自身を責めんなつったのはオマエじゃねえかよ」


 バルディアがびしりと指を突きつける。


「オマエのことを信じてるアタシらを、裏切ることになるんじゃねえのか?」

「おまえら……」


 二人の真っ直ぐな視線が、エミルに突き刺さった。


 脳裏に、グロムハルトでバルディアに話した言葉が蘇る。


 ——『お前がお前を認めなかったら、お前のことを想ってるヘパイストスさんや、おれたちまで裏切ることになる』


 あの時は、バルディアを励ますために言った言葉だった。

 なのに、自分自身がその言葉を忘れていた。

 

 思えば、失敗は責められて当然のものだと思っていた。それが、自分がいた環境の()()()()だったからだ。


 けれど、こいつらは違う。失敗を責めるどころか、「お陰だ」と言う。


 それは、エミルのこれまでの人生で、もっとも縁遠かったもの。それを今、確かに受け取った気がした。


 じんわりと、胸の奥が熱くなる。自分の行動が、誰かにこんな風に真っ直ぐ受け止められたことなど、あっただろうか。


「……そうだな。おまえらの言う通りだ。また、悪い癖が出てしまったかもな」


 込み上げる気恥ずかしさを隠すように、エミルはぽりぽりと頬を掻いた。


「にしし、わかればいいんだよ、わかれば」

「エミル様は素直じゃないんだから、もっと喜んでもいいんですよ?」


 バルディアとアヤメが、やれやれといった笑みを浮かべる。ようやく、テーブルに温かな空気が戻ってきた。


 だが、肝心の問題は解決していないのも事実だ。


「……となると後は、星読師(ステラノート)だな」


 エミルが切り出すと、アヤメとバルディアの表情が再び曇った。


「仕方ない。もう一度あの司教に頭を下げて、低ランクでも星読師(ステラノート)を雇えないか交渉するしか……」

「げっ、マジかよ。アレに頭下げんのか?」

「そうしないと先に進めないしな。星読師(ステラノート)の力が低くても、おれの魔力で補助すれば、もしかしたら……」

「確かに、エミル様と星読師(ステラノート)が協力して、わたしとバルディアちゃんで前衛をこなせば、あるいは……」

 

 今後の作戦を練り始めた、その時だった。


「あの……」


 酒場の喧騒を割って、不意に澄んだ声がかけられた。


 テーブルの脇に、一人の人影が立っている。


「あんたは……」


 目深に被ったフードの下から、銀色の髪がこぼれていた。隙間から覗く、深い蒼色の瞳。そして、エルフ特有の尖った耳。


 間違いない。昼間、教会で司教に殴られていた、あのハーフエルフの女性だ。


「……サラ。サラ・イネリアよ」


 声は努めて平静を装っていた。けれど、微かに震えている。


「サラ……何の用だ? こんなところまで、どうしておれたちを?」

「あなたたちにお願いがあって来たの」


 サラは空いている椅子を引き寄せると、許可も待たずに腰を下ろした。


「あたしを、あなたたちのパーティの星読師(ステラノート)として雇ってくれないかしら?」


 エミル、アヤメ、バルディアが息を呑む。


「……あたしを、この地から連れ出してほしいの」

「「「はあっ!?」」」


 三人の驚愕の声が、綺麗に重なった。

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