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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第078話 万岩創主

「あんたは……、万岩創主(ゴーレムロード)のグリア・バナザード……!? S級冒険者が、なんでこんなところに……!」


 エンデバーの引き攣った声が、静まり返った教会に響いた。


 ついさっきまでエミルたちを見下していたA級冒険者の顔から、みるみる血の気が引いていく。


 教会の扉を背にするその存在感は、ただ立っているだけでその場の空気を塗り替えていた。


 アヤメもバルディアも、そしてエミルも、息を呑んでその巨漢を見上げる。


 ——こいつが、S級……!


 本物が放つ威圧感は想像を遥かに超えていた。A級のエンデバーですら、このドワーフの前では子供のようだ。


 グリア・バナザードと呼ばれた男は、琥珀色の瞳を細め、ニカッと豪快に笑った。


「ヌハハハ! 吾輩がどこにいようと関係あるまい。それよりエンデバー殿、ちと仕上げが雑ではありませんかな?」

「ぐっ……」


 先程までの威勢はどこへやら、エンデバーは明らかに狼狽えている。視線が泳ぎ、額に汗が浮かんでいた。


 A級パーティ「黒鷲」の他のメンバーも、完全に押し黙ってしまっている。特に、さっきまで下品な笑い声を上げていた犬の獣人族の女は、尻尾を股の間に挟んでエンデバーの背後に隠れていた。


「ま、まさか……このE級どもと、知り合いで……?」

「知り合い? いや、今初めてお会いした方々ですぞ」

「だったら……!」


 エンデバーが色めき立つ。赤の他人なら引く理由はない、そう言いたげだ。


 だが、グリアは笑みを消し、スッと目を細めた。


「だったら、駆け出しをいびっても良いと? エンデバー殿。貴殿のその台座の甘さ、いずれ足元を掬われる原因となりますぞ」


 声は笑っている。だが、その瞳は一切笑っていなかった。


 絶対的な強者が持つ、揺るぎない眼差し。


 エンデバーは屈辱に顔を歪め、ギリッと歯ぎしりをした。


「……いいのかよ、あんた。俺達には、あのゾイザックの兄貴が……」

「ゾイザック殿が、どうしたと?」

「……チッ。行くぞ」


 エンデバーは吐き捨てるように言うと、踵を返した。


 仲間たちも慌てて後に続き、足早に教会を去っていく。その背中は、先程までの傲慢さが嘘のように小さく見えた。


「ヌハハハ! 原型は立派でも、塗装が剥げれば地金が見えるものですな」


 グリアは肩をすくめると、くるりとエミルたちに向き直った。


 エミルはごくり、と唾を飲み込む。

 助けられたのは事実だ。だが、この男もまた、エンデバーとは別種の圧を放っている。


 ——このタイミングでの助け舟。一体何が目的だ?


 そんなエミルの内心を知ってか知らずか、グリアはニカッと人懐っこい笑みを浮かべた。


「いやはや、災難でしたな」

「あ、ああ……助かった。ありがとう」


 エミルは警戒を解かないまま、短く礼を言った。


「ヌハハハ! 構いませぬ。ああいう手合いは、本来人形のバリ取りのごとく丁寧に処理せねばなりませんがな!」

「に、人形……?」

「おっと、失礼。こちらの話です。それより司教殿」


 グリアの視線が、凍りついたように立ち尽くしていた司教へと移った。


「ひゃ、ひゃい! グリア様! 本日はどのようなご用件で……!」


 司教の変わり身の早さは、もはや芸術の域だった。


 エンデバーに対する媚びへつらいとは比較にならない、絶対的な服従の姿勢だ。


「吾輩は後ですぞ。そちらの若者たちが先客でしょう。星読師(ステラノート)を探しているとお見受けましたが?」

「は、はい! ですが、その……」


 司教はチラリとエミルのE級ギルドカードを見て、言葉を濁す。


 S級冒険者の前であっても、E級に紹介できる星読師(ステラノート)はいないと、その目が雄弁に物語っていた。


 グリアはそんな司教の内心を見透かしたように、わざとらしく太い眉を上げた。


「何をためらっておるのです。この方々は吾輩の……そう、『友人』ですぞ」

「「「えっ?」」」


 エミル、アヤメ、バルディアの三人の声が見事に重なった。


 ——友人……?

 な、なんなんだこの人……?


 エミルが戸惑っていると、グリアが片目を瞑り、悪戯っぽく笑った。


 その巨漢に似合わない仕草に、思わず拍子抜けしてしまう。


「グリア様の……ご友人……? し、しかし、さっきは『今初めてお会いした』と……」

「『友人』、ですぞ?」


 笑顔のまま、一切の反論を許さない重圧が司教を襲う。

 

「ひぃぃぃっ! も、申し訳ございません! 大変失礼いたしました!」


 司教は顔面蒼白になり、慌てて奥の棚から一冊の分厚い名簿を取り出してきた。


「ど、どうぞ! こちらが、現在この教会で契約可能な星読師(ステラノート)のリストでございます!」


 深々と頭を下げる司教から、エミルは名簿を受け取った。


 ずしりと重いその一冊に、希望を感じる。

 これなら、力を貸してくれる星読師(ステラノート)が見つかるかもしれない。


「悪いな、グリアさん」


 エミルは礼を言い、ページをめくった。


 そこには、星読師(ステラノート)たちの名前、種族、ランク、得意分野、そして契約金がびっしりと書き連ねられていた。


 だが。


 数ページめくったところで、エミルの指が止まった。


 リストの大半はD級やE級の星読師(ステラノート)ばかり。


 C級も数えるほどしかおらず、それも「短距離航路専門」や「非戦闘につき要警護」「実務経験なし」といった条件付きだ。


 B級以上は、一人もいない。


 ——なんだこれ。


 期待は、すぐに失望に変わった。


 ——これじゃ、ブラドが言っていた通りだ。たとえS級の口添えがあったとしても、無い袖は振れないということか。それとも、この司教が意図的に低ランクのリストを渡してきたのか。


 エミルが溜息をつき、どう切り出すか悩んでいた、その時だった。


 教会の奥にある小さな通用口が開き、一人の女性が静かに入ってきた。


 長く美しい銀髪に、透き通るような白い肌。エルフ特有の尖った耳。

 誰もが振り返るような美貌の持ち主だ。


 だが、深い蒼色の瞳は、まるで全てを諦めたかのように虚ろだった。


 女性は司教の元へ歩み寄り、小声で話しかけた。


「司教様、先ほどのお話ですが……」

「うるさい! 今、取り込み中だとわからんのか!」


 パァンッ!


 乾いた音が、教会に響き渡った。


 司教が、その女性の頬を思い切り平手打ちしていた。


 一瞬、時が止まったような錯覚を覚える。


 叩かれた銀髪の女性は、表情一つ変えなかった。ただうつむき、叩かれた頬を隠すように髪を垂らす。


「おいあんた、一体何を……」

「その姉ちゃん、何もしてねえだろ!」


 エミルとバルディアが同時に声を上げた。


 司教に詰め寄ろうとするエミルを制し、アヤメが女性の元へと駆け寄る。


「あの、大丈夫ですか!?」

「……あたしに構わないで」


 その女性はアヤメに一瞥もくれずすっと立ち上がると、司教の方へ向き直った。


「……申し訳、ございません」


 か細い声で謝罪し、彼女は一歩下がる。


「チッ……。気の利かん奴だ」


 司教はハンカチで手を拭うと、汚らわしいものを見る目で彼女を一瞥し、何事もなかったかのようにエミルたちに向き直った。その顔には、先程までの温和な笑みが張り付いている。


「お目汚しを失礼いたしました。それで……リストはいかがでしたかな?」

「……おい」


 エミルは、名簿を閉じることなく、低い声で司教に問いかけた。


「今の人は、ここの職員じゃないのか」

「職員? ああ、あれのことですかな?」


 司教は、まるで汚物でも指差すかのように、銀髪の女性を顎でしゃくった。


「さっきの女はそのリストにもいる、『サラ』というハーフエルフです。種族としても半端なら、実力も半端な出来損ないの星読師(ステラノート)ですよ。おすすめはしませんな」

「半端……?」


 バルディアが、その言葉に鋭く反応した。


 獣人族と人族の間に生まれ、ドワーフに育てられ、「半端者」の烙印を押され続けてきた彼女だ。その言葉がどれほど心を抉るか、誰よりも知っている。


「テメェ、今なんて言いやがった? 半端だぁ?」

「ひっ……!?」


 司教が後ずさる。だが、すぐに気を取り直しと、卑しい笑みを浮かべた。


「グ、グリア様のご友人とはいえ、E級の方がリーダーでは、まともな星読師(ステラノート)を雇うのは難しいでしょう。……もしよろしければ、さっきの女を格安で斡旋いたしますが? ランクはDで、どうせ使い道もないゴミですので。ハッハッハ」


 下品な笑い声が、神聖であるはずの教会に響き渡る。


 もう、こいつと話すことは何もない。目の前で起きている全てに、強烈な吐き気を覚えていた。


「……もういい」


 エミルは分厚い名簿を閉じると、司教の胸に叩きつけるように押し付けた。


「え……?」

「ここには、おれたちが求める星読師(ステラノート)はいないみたいだ」

「エミル様……」


 アヤメが心配そうにエミルの顔を覗き込む。バルディアも、怒りを通り越して呆れたように司教を睨んでいた。


「グリアさん、あんたもありがとう。せっかく気を利かしてくれたのに、すまない」

「ヌハハ! 謝る必要などありませぬぞ」


 グリアは豪快に笑い、それから司教に向き直った。


「……司教殿。どうやら吾輩の『友人』は、貴殿の塗り方がお気に召さなかったようだ。この話、団長殿のお耳にも入れておきましょうかな?」

「ひぃっ!? も、申し訳ございません! どうかそれだけはご容赦を……!」


 司教が真っ青になって許しを乞うている。その光景を横目に、エミルは視界の端であの銀髪の女性を捉えていた。


 サラ、と呼ばれた彼女は、うつむいたまま、微かに唇を噛んでいる。


 ——あの目……。

 諦めと、無力感と……ほんの少しの悔しさ。

 引きこもっていた頃の自分を見ているようだ。


 エミルはサラと一瞬だけ視線を交わし、それから力強く扉を開け放った。


「行こう、アヤメ、バルディア」


 エミルは二人に声をかけると、背を向けた。一刻も早く、この胸糞悪い場所から離れたかった。

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