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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第三章:セルディス王国編
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第077話 ラグネシアの教会にて

「なんなんだよアイツら! A級冒険者がそんなに偉いかよ! まだむしゃくしゃするぜ!」


 セルディス王国・ラグネシアの朝。


 石畳を踏み鳴らしながら、バルディアが吠えた。

 小柄な狐獣人の剣幕に、道行く人々が驚いて道を空けていた。


「落ち着きなさい、バルディアちゃん。昨日は、あそこで楯突いても意味がないと、エミル様は抑えてくれたんですから」

「わかってるけどよ! あんな言い草あるかよ!」


 尻尾を逆立てて怒るバルディアを、アヤメが苦笑しながらなだめている。


「バルディアの気持ちもわかるよ。おれだってムカつくさ。でもここで無用なトラブルを起こしても、シオン国に行くのが遅れるだけだからな……」

「気を遣っていただいてありがとうございます、エミル様」

「ちっ、アヤメのためだしな。今回は我慢するぜ」

「バルディアちゃんも、偉いですよ」


 アヤメがバルディアの頭を撫でた。ブラドに撫でられて怒っていた昨日とは違い、満更でもない様子で目を細めている。


「……わたしたちが、エミル様がE級だからって侮られないくらい、強くなればいいんですよね」

「おう! アタシがもっとすげえ武器にして、A級だろうがS級だろうが、ギャフンと言わせてやるぜ!」

「はは……。おれも昇級できるよう頑張るさ」


 二人の前向きな言葉に、エミルは苦笑する。


 自分一人の問題だったはずが、いつの間にかこいつらも巻き込んでしまっている。その事実に、申し訳なさと、同時に胸が熱くなるような不思議な感覚を覚えていた。


「そういえばさ、アヤメ」

「ん? なんですか?」

「いや……大丈夫かと思ってさ。その、教会に行くことについてな」


 エミルは言葉を選びながら続ける。


「シオン国はアストレア教とは距離を置いてるんだろ? 前に、異端扱いされてるって言ってただろ。その……嫌じゃないのか?」


 自分たちを否定する連中の膝元へ、頭を下げに行くようなものだ。王族の血を引く彼女なら、尚更抵抗があるはずだと思った。


 アヤメは一瞬きょとんとした後、苦笑交じりに視線を落とした。


「……そう、ですね。正直に言えば、複雑な気分ではあります」


 彼女の表情に、微かな陰りが差す。だが、それは一瞬のことだった。


 アヤメは顔を上げると、凛とした眼差しで前方を見据えた。


「ですが、ここはセルディス王国。郷に入っては郷に従え、です。それに父を、そして国民を救うためなら、なんだってやる覚悟はできています」


 迷いのない、強い言葉だった。


「……そっか。悪かったな、変なこと聞いて」

「いえ。お気遣い、ありがとうございます」


 アヤメがふわりと微笑む。


 その笑顔を見て、エミルも少しだけ肩の荷が下りた気がした。


 ブラドに教わった通り、西の大通りを進むと、他の建物を圧倒するような巨大な白亜の聖堂が見えてきた。ラグネシアの冒険者ギルドも荘厳だったが、ここはさらに規模が違う。信仰というものの力を感じさせる威容だった。


「でけえ……。これが教会か」

「立派ですね……。なんだか、緊張してきました」

「よし、入るぞ……」


 教会の重厚な扉を押し開けると、中は静謐な空気に満ちていた。高い天井には色鮮やかなステンドグラスが嵌め込まれ、そこから差し込む光が床に幻想的な模様を描き出している。


 中央の祭壇では、白い法衣に六芒星のペンダントをつけた司教が祈りを捧げていた。


「ようこそ、ラグネシア教会へ。冒険者の方々ですかな?」


 白い髭を蓄えた司教が振り返り、穏やかな笑顔を見せる。


「あ、ああ。星読師(ステラノート)を探していて……」


 エミルがギルドカードと推薦状を差し出すと、司教はそれを受け取り、事務的に目を通した。


 だが、エミルのE級のカードを見た瞬間、眉がピクリと動く。


「……リーダーの方が、E級?」


 あからさまな侮蔑ではない。だが、その声色には「E級ごときが何の用だ」という響きが含まれていた。


 ——ここでも、か。


 昨日の屈辱がフラッシュバックする。こめかみがピクリと動くのを、必死に抑えた。


「他の二人はC級だ。それに、ギルド長のブラド・ジェスタッド氏からの推薦状もある」

「推薦状は……確かに。ですが、ご紹介できる星読師(ステラノート)がいるかどうか……。それに、大丈夫ですかな? 道中は魔物も多く、大変ですぞ」


 言葉を濁す司教に、アヤメがすっと前に出た。


「司教様。わたしたちの実力が心配なのはわかりますが、まずはご紹介いただける範囲で構いません。お願いできませんか?」

「ふむ……。少しお待ちいただけますかな?」


 やれやれといった顔で、司教が奥へ向かおうとした、その時。


 ガラン、と、背後で重い扉が開く音がした。


 ——この感じ、まさか。


 嫌な予感がして振り返る。

 案の定だ。


 昨日ギルドで遭遇したA級パーティ「黒鷲」の四人組が立っていた。リーダーのエンデバーがエミルたちを見つけると、昨日よりもさらに歪んだ、悪意に満ちた笑みを浮かべた。


「おいおい、なんだよ。昨日のE級ヒモパーティじゃねえか。こんなところで何してんだ? 死なないようにお祈りか?」

「……あんたらこそなんの用だ」

「ああん? E級風情が生意気な口きいてんじゃねえぞ」


 エンデバーが凄む。


 すると、さっきまで渋い顔だった司教が、弾かれたように戻ってきた。


「おやおや、これはこれは『黒鷲』の皆様ではありませんか!」


 態度が百八十度変わった。揉み手でもしそうな勢いで、エンデバーたちに媚びへつらっている。


「よう司教さん。いつもの用事だ。今は取り込み中か?」

「いえいえ! とんでもない、問題ございませんとも! すぐに準備をさせますゆえ、少々お待ち下さい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! おれたちが先だったろ……!」


 エミルが抗議の声を上げるが、司教は見向きもしない。


 エンデバーはニヤニヤしながら、エミルの肩に手を置いた。


「司教さん、こいつは気にしなくていいぜ。冒険者ごっこやってるE級(ゴミ)パーティだからな」


 エンデバーは勝ち誇ったように笑うと、ふと、祭壇の上に置かれていた推薦状の存在に気づいた。


「なんだこれ、推薦状だぁ? なになに……『このパーティの実力は、当ギルド長の名において保証する』……?」


 芝居がかった声で読み上げ、そして吹き出した。


「ぷっ、ギャハハハハ! だっせえ! マジかよおい! E級がリーダーだから、わざわざこんな“保護者のお手紙”が必要なのかよ!」


 黒鷲の仲間たちも、腹を抱えて下品な笑い声を上げる。

 聖堂に響く嘲笑が、エミルの理性を削り取っていく。


「テメエ……! いい加減にしやがれ!」


 バルディアが遂にキレた。全身の毛を逆立て、ガントレットから爪を出す。


「やめなさい、バルディアちゃん!」

「離せアヤメ! こいつら、絶対に許さねえ!」


 アヤメが必死に止めるが、バルディアの怒りは収まらない。


「なんだぁ、チビっ子。やんのか?」


 エンデバーが一歩踏み出す。殺気が膨れ上がった。


「教会だろうが関係ねえぞ。A級に楯突いた代償、その体で教えてやろうか? ギルドに送り返される頃には、手足の一本くらいなくなってるかもしれねえがなぁ!」

「エンデバー様、おやめください! ここは神聖な教会です!」


 司教が慌てて割って入るが、エンデバーはそれを一喝する。


「うるせえ! その神聖な教会にE級(ゴミ)が紛れ込んでるのが問題だろうが! 俺が掃除してやるって言ってんだよ!」


 バルディアは完全に臨戦態勢に入り、アヤメも覚悟を決めたのか、刀の柄に手をかけた。


 ——ここまでか。


 二度もパーティを侮辱され、理性の糸も切れかかっていた。

 たとえ教会だろうと、ここで引くわけにはいかない。


 右手に闇の魔力を集中させようとする。指先がじわりと熱を帯び始めた、その瞬間。


「ヌハハハハ! これはこれは! 朝から随分と威勢のいいことですな!」


 地響きのような、それでいて底抜けに陽気な声が、教会全体に響き渡った。


 全員の視線が、入り口へと注がれる。


 そこに立っていたのは、大柄で鋼のように鍛え上げられた肉体を持つ、壮年のドワーフの男だった。


 燃えるような赤銅色の髪と、それに劣らぬ猛々しい髭を蓄え、琥珀色の瞳は獲物を射抜くかのように鋭い。豪華な装飾が施された大槌を肩に担ぎ、その身にまとうオーラは、エンデバーたちA級冒険者とは比較にならないほど強大で、濃密だった。


 男は豪快な笑みを浮かべたまま、悠然と歩み寄ってくる。


「A級の『黒鷲』殿が、揃いも揃って駆け出しの若者をいびるとは。随分と余裕なことですな?」


 その言葉に、さっきまであれほど強気だったエンデバーの顔から、サッと血の気が引いていく。


「なっ……グ、グリア・バナザード……!? S級冒険者のアンタが、なんでこんなところに……!」


 S級冒険者。その言葉に、エミルだけでなく、アヤメとバルディアも息を呑んだ。


 数多いる冒険者の頂点に立つ存在。その一人が、今、目の前に立っていた。

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