第076話 C級冒険者パーティの誕生
「え……? おれ?」
エミルは素っ頓狂な声を上げた。
「ここはやっぱり、エミル様でしょう!」
「アタシも異論ねえな。オマエ、十七だったよな? ま、年功序列ってやつで敬ってやるよ」
アヤメが即答すれば、バルディアもにししと意地悪く笑う。
「でも、おれはE級冒険者だぞ?」
「エミルさん。パーティ登録に、リーダーのランクは問わないんですよ? ね、ブラドさん」
やり取りを見ていた受付嬢のベリンダが、食い気味に口を挟んだ。なぜか嬉しそうだ。
「ああ、そうだ。お前が始めに冒険者登録をして、そして二人を連れてきたんだ。お前が適任だろう」
エミルはため息をつき、どこか居心地悪そうに頭を掻いた。
「……仕方ないか。あんまりそういう柄じゃないんだけどな」
「よし、決まりだな。ベリンダ、リーダー登録も済ませておけ」
「はい!」
ベリンダは嬉しそうに頷くと、エミルのカードを手際よく処理していく。
「これでエミルさんは、正式にパーティリーダーです!」
ほどなくして、カードが戻ってきた。
表面には新たな刻印が加わっている。パーティリーダーを示す小さな紋章。
たったそれだけのことなのに、カードがやけに重く感じた。
「さて、お前のパーティは、これで所属メンバーの過半数がC級以上になったわけだ」
「ああ。……それが、どうかしたのか?」
「どうかしたか、じゃねぇよ」
ブラドは呆れたようにため息をついた。
「パーティ規定だ。聞いてねえのか? 冒険者の等級に関係なく、パーティ内で最も多い等級で、受けられるクエストが決まる。つまり、たとえリーダーがE級でも、お前らはC級クエストが受けられるってわけだ」
「……C級」
「ああ。本格的な『ダンジョンクエスト』も受注可能になる。これで勝手に魔物を討伐されても、俺が冷や汗をかかずに済むってもんだ」
ダンジョンクエスト。
その言葉に、エミルの目が光った。
これで正式にダンジョンに潜れる。神獣や扉の手がかりを探せるだけでなく、通常の討伐クエストとは比べ物にならない報酬が期待できる。今後の活動資金も安定して稼げるはずだ。
「良かったですね、エミル様」
「へへっ、グロムハルト以外のダンジョンも楽しみだな」
二人の笑顔を横目に、エミルは自分の手元を見つめた。
輝かしいC級のカードを手にした二人。それに比べて自分のカードは、見慣れたE級のまま。
——リーダーがE級のままって、なんか格好つかないよな……。
それに、ついこの間までただの引きこもりだった男が、いまやパーティのリーダーだ。現実感がまるでない。
そんなエミルの内心を見透かしたように、ブラドがニヤリと笑った。
「ま、リーダーがしっかりしねぇと、パーティってのはすぐに瓦解するぞ。せいぜい、E級リーダーさんのお手並み拝見とさせてもらうぜ」
「はあ。まあとにかく、これで星読師を探しにいけるわけだな」
パーティ登録という予想外のイベントを終え、エミルは本来の目的を切り出した。
「それでブラド、頼みがある。推薦状を書いてくれないか? 星読師を雇うには、ギルドの口添えがあった方が有利だと聞いたんだ」
「ああ、それは構わんが……。結局のところ、斡旋するのは教会次第だぞ?」
「……どういうことだ?」
「ギルドの推薦状があろうとなかろうと、相手が高名な商人や冒険者、貴族ほど腕利きの星読師を紹介する。逆にそうでなけりゃ期待するなってこった」
「なんだそれ……。結局、コネと実績かよ」
エミルは思わず頭を掻いた。異世界に来ても、世知辛いルールは変わらない。
「教会だって寄付で成り立っているところがある。人間がやっている以上、ピンキリだ。ま、推薦状だけは用意してやる。ちょっと待ってろ」
ブラドが奥へ引っ込むと、三人は受付ロビーで待機することになった。夕方のギルドは、クエストから戻った冒険者たちの熱気と酒の匂いで満ちている。
ガアンッ!
その喧騒を、乱暴な音が切り裂いた。
蹴り飛ばされたように扉が開き、四人組の冒険者がギルドに入ってきた。
先頭を歩くのは、雷の意匠が施された黒い軽鎧の男。整った顔立ちだが、その表情には隠しようのない傲慢さが滲んでいる。
男はギルド内を一瞥し、エミルたちの方へ視線を向けた。
「おい、邪魔だ。どけ」
「あ?」
エミルが反応するより早く、バルディアの大きな口がつり上がった。
「んだ、テメエら……?」
だが、男はバルディアを意にも介さず、その視線をアヤメ、そしてエミルの持つギルドカードへと移す。
カードに刻まれた「E」の文字を見た瞬間、男の口元が侮蔑の形に歪んだ。
「ハッ、なんだありゃ。C級の小娘どもに寄生するE級もいるんだな。情けねえ」
侮蔑が色濃く込められたその言葉は、先ほどよりも大きくギルド内に響いた。
「ははは、だっせぇパーティだな」
「ヒモみたいな野郎だ。女の稼ぎで食う酒は美味いかよ?」
後ろに控えていた仲間たちが、同調するように笑い声を上げる。犬の獣人族の女と、リザードマンらしき男。もう一人の重装甲の男は黙って腕を組んでいるが、その視線は明らかにエミルたちを見下していた。
「この……ッ!」
バルディアが激昂し、アヤメの制止を振り払って飛び出そうとした。
「やめとけ、バルディア」
エミルは、絞り出すような低い声でそれを制した。
自分でも驚くほど、冷静な声だった。内心は煮えくり返っているのに、声だけが別人のように落ち着いている。
「エミル!? でも、アイツらよ……!」
「ここで揉めても仕方ない。……おれたちには、やることがあるだろ」
エミルは男たちに背を向け、バルディアに視線を送る。バルディアは納得行かない様子で唇を噛み、俯いてしまった。
「エミル。推薦状だ、待たせたな」
ちょうどそこへ、何も知らないブラドが戻ってきた。ピリついた空気に一瞬戸惑ったが、すぐにその原因に気づいたようだ。
「誰かと思えばエンデバーか? 久しぶりだな」
「……ああ。ちょっと野暮用でな。……チッ、行くぞ」
エンデバーと呼ばれた男はブラドに短く応えると、仲間と共にギルドの奥へと消えていった。
「……なんなんだよ、アイツら!」
バルディアが床を蹴りつける。
「あいつらはA級パーティ『黒鷲』の連中だ。リーダーのエンデバーは、実力はあるが性格に難があってな。まあ、積極的に関わる必要もないさ」
「……いいんだ。気にしてない」
エミルは努めて平静を装い、笑ってみせた。
——気にしてないなんてのは嘘だ。
エンデバーとかいう男のあの人を見下したような目は、否応なしにトラウマを抉ってくる。
それでも、今はシオン国に向かうのが最優先だ。あんな連中に構う暇はないと自分に言い聞かせた。
「あとブラド、教会の場所を教えてくれるか?」
「ああ。教会なら、この中央広場を抜けて、西の大通りに出た先にあるぞ。一際大きな建物だから、すぐにわかるはずだ」
「ありがとう、助かったよ」
エミルは推薦状を受け取ると、ギルドを後にした。
胸の内には、A級冒険者から浴びせられた侮辱が、黒いシミのようにこびりついていた。




