第075話 お先に頂きます
応接室に通されると、そこには見覚えのある水晶が置かれていた。
エミルが冒険者登録の際に触れた、あの魔力測定用の水晶だ。あの時は何の反応も示さず、「無属性・E級」という烙印を押された。
「まずはチビちゃんからだ。手を乗せてみな」
「だからチビじゃねえっての! 見てろよ、おっさん!」
バルディアはふん、と鼻を鳴らすと、自信満々に水晶へ手をかざす。
次の瞬間、水晶は眩いほどの赤色に輝いた。
「ほう……火属性か。しかも、こりゃ相当な魔力量だ。さすがはあの頑固ジジイの弟子だな」
「にしし、当然だろ!」
ブラドが感心すると、バルディアは得意げに胸を張った。
「次はそっちの嬢ちゃんだ」
ブラドの視線がアヤメに向く。
「失礼します……」
アヤメは緊張した面持ちで進み出ると、そっと水晶に手を触れた。
エミルは固唾を飲んで見守った。
ミストリアの長老・スランドルの言葉が、脳裏をよぎる。
——『その身に流れるは、古き「風」の力よのう』
あれが本当なら、アヤメにもその片鱗が現れるはずだ。
しかし。
水晶は——なんの変化も見せなかった。
微かな光すら灯らない。ただの透明な石のまま、沈黙している。
「……無属性、か」
ブラドが短く告げると、アヤメの肩が、がくりと落ちた。
——無属性だと?
話が違う。スランドルは確かに「風の力」と言っていた。あの爺さんが、でたらめを言うとは思えない。
だとすれば——アヤメの中にある力は、この水晶では測れないのか?
それとも、爺さんが言っていたギルドの水晶が「まやかし」とやらが関係しているのか……?
「そんな……わたしには、やっぱり魔法の才能は……」
アヤメの声が震えている。
だが、ブラドはそんなアヤメを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そう落ち込むなよ、嬢ちゃん」
「え……?」
「今回は特別だ。模擬戦はできるか? 俺の部下と軽く打ち合ってみないか?」
その言葉に、アヤメの目に光が戻った。
「ぜひ、やらせてください!」
アヤメが即座に頭を下げた。声に、さっきまでの弱々しさはない。
「おっ、楽しそうだな! アタシにもやらせてくれよ!」
バルディアも、待ってましたとばかりに拳を握った。
ブラドは満足げに頷くと、部屋の奥へ顎をしゃくった。
「ついてこい。訓練場に案内する」
—————
ドサァッ……!
重苦しい音が、訓練場に響き渡った。
ブラドの現在の部下であり、元C級冒険者である二人が、白目を剥いて伸びている。片方は盾ごと吹き飛ばされ、もう片方は刀の柄で鳩尾を打ち抜かれていた。
その横で、アヤメは涼しい顔で刀を納めている。息一つ乱れていない。
「準備運動にもなりゃしねえな」
バルディアは肩を回しながら、つまらなそうに鼻を鳴らした。ガントレットの爪には、かすり傷ひとつ付いていない。
「……ハッ。こりゃたまげた。とんでもねぇ逸材を拾ってきやがったな、エミル」
ギルド長ブラドは、呆れを通り越して愉快そうに笑っていた。
「……おれが拾ったわけじゃないけどな」
「文句なしだ。二人とも『C級』からスタートさせてやる」
ブラドの宣言に、アヤメが目を見開いた。
—————
受付に戻ると、ブラドは二人に真新しいギルドカードを手渡した。
「し、C級……!」
アヤメが自分のカードを見つめ、感極まったような声を漏らす。
「エミル様! じゃーん! お先にC級、頂いちゃいますね!」
アヤメはカードを見せびらかすようにして、自慢げな笑みを浮かべていた。
「……おい、ブラド。おれのときは模擬戦なんてやらなかったじゃないか」
「今回は特別だと言ったろ。お前をすぐに推薦できない、せめてもの取り計らいだと思ってくれ。……な?」
「……そういうことにしておくさ。おれの暴走を見ていたのは、あんただけじゃないしな」
一方で、バルディアは不満そうに口を尖らせていた。
「ちぇっ。B級じゃねーのかよ」
「贅沢を言うな。最初からC級自体、滅多にないんだぞ」
ブラドがバルディアの頭を鷲掴みにし、ワシャワシャとかき回す。薄金色の髪がぐしゃぐしゃになり、キツネ耳がぺたんと潰れた。
「あだだだだ! やめろって! アタシを子供扱いすんじゃねえ!」
「お前らの実力だけ見りゃB級……いや、それ以上でも通用するだろうよ。だがな、ギルドのランクってのは、それだけじゃ決まらんのだ。実績、経験、血筋……そういったもんが絡んでくる。最初からB級以上ってのは、本当に稀なんだよ」
バルディアは髪を直しながら、むくれた顔で聞いている。
「ともかく、これでパーティメンバーは揃ったわけだな。となると、『リーダー』を決めないといけない。パーティとしてクエストを受けるにはリーダー登録が必須だからな」
その言葉に、アヤメとバルディアが同時にエミルの方を向いた。
真っ直ぐな視線が、二つ。
迷いのない目が、エミルを見ている。
「え……? おれ?」




