第063話 魔石探し
バルディアが鍛冶場に籠もって三日目の朝。魔石探しの準備を整えたエミルとアヤメの前に、ひょっこりと顔を出した。
煤と汗にまみれた顔。目の下には隈。だが瞳だけは爛々と輝いている。エミルとアヤメの武器作りに取り掛かってから、食事を持っていっても生返事で、槌を振る音が夜通し響いていた。
「ほらよ、アヤメ。間に合わせだが、ないよりマシだろ」
投げ渡されたのは、試作品として打った剣だった。試作品といえど、ラグネシアで買ったありあわせの剣とは段違いだ。
「ありがとうございます、バルディアちゃん!」
「おう! 父ちゃんを助ける魔石、見つかることを祈ってるぜ」
バルディアに見送られ、二人は魔石探しへと向かった。
目指すのは、ヘパイストスが教えてくれたグロムハルト地下深くの古いダンジョン。かつては豊富な鉱石が採れたが、複雑な地形と魔物の巣窟と化したことで、今では熟練の冒険者でも奥まで進むことを避ける危険地帯だという。
「内部は迷路のように入り組んでいるとか。ベテランの冒険者でも遭難者が後を絶たないそうです」
「ああ。だから大半のやつは序盤で引き返すらしい。一般的な素材なら、そこでも十分見つかるからな。だが、おれたちが目指すは最深部だ」
アヤメが緊張した面持ちで剣の柄を握る。
——普通の冒険者なら地図と勘だけが頼りの博打だろうが、おれには“これ”がある。
エミルは目を閉じ、スキル【魔力探知】を展開させた。脳内に、ダンジョン内の魔力の流れが青白い地図のように広がる。無数の分岐、行き止まり、そして魔石が放つ微弱な魔力。
魔石には文字通り魔力が宿る。つまり、魔石自体が道しるべだ。道に迷う心配はないし、目的の魔石が放つ特殊な魔力だって、この"目"なら捉えられるはずだ。
「行くぞ」
「はい」
ダンジョンの内部は、ひんやりとした空気に満ちていた。壁や天井から様々な鉱物が淡い光を放ち、幻想的な光景を作り出している。
「すごい……綺麗な場所ですね」
「ああ。だが、油断はするなよ」
幸い、この階層に出現する魔物はゴブリンやスライムといった弱い部類ばかり。二人の敵ではない。問題は、無数の魔石から目的の物を見つけることだった。
「ヘパイストス様の話では、『紫色に強く発光する魔石』でしたね……」
「ああ。風は緑、雷は黄、水は青、氷は白、火は赤、そして土は茶。魔石は普通、そのどれかの色を帯びる。そのどれにも当てはまらない紫は、極めて珍しいという話だったな」
壁に埋まった魔石を確認しながら進む。青、緑、茶——どれも違う。
ふと、隣を歩くアヤメの歩調が速くなっていることに気づいた。呼吸も浅い。焦りが足に出ている。
「落ち着け。ここはまだ序盤だ、こんなところにはない。【魔力探知】は常に展開させているから、安心しろ」
アヤメは、はっと我に返った。
「……すみません。つい」
「気持ちは分かる。だが、焦って何かあったら元も子もない」
アヤメは小さく頷き、深呼吸をした。
少し間を置いて、エミルが口を開く。
「そういえば、この世界の魔法ってどうなってんだ? アレスは多分、土属性を使っていたよな。でも、あれは土っていうより泥だったし」
「エミル様の世界がどうなのかはわかりませんが……この世界の人は、誰もが体内に魔力を持っています。ただ、それを制御できる者は限られているんです。わたしも制御できないから、魔法は使えません」
アヤメは歩きながら、淡々と続けた。
「魔力制御の能力が高い者ほど、その人の素質に応じた形へ魔法が変化するんです。普通の火属性なら炎を操る程度ですが、上位になると、より高温の炎だったり、爆発だったり。土属性ならアレスのように泥へ変質させたり、植物操作や地形変化まで……」
「ってことは、“上級魔法”みたいなやつか」
「そうです。六属性といってもそれはあくまで基本の話。練度によってできることは大きく変わります。そこに人それぞれ個性が出ますね」
「なるほどな」
「それでいうと、バルディアちゃんは炎の制御にかなり長けています。……血の滲むような努力をしてきたのでしょうね」
あの小さな身体で、師匠の背中を追い続けてきたのだろう。エミルは工房で見たバルディアの真剣な横顔を思い出した。
それからどれほどの時間が経っただろうか。いくつもの偽りの鉱脈をやり過ごし、ついに最深部へと足を踏み入れた時だった。
「……待て。この奥だ。間違いない」
最奥の壁から、他とは明らかに違う魔力の流れを感じた。
「エミル様、あれを……!」
アヤメが指さす先。
岩盤から突き出すように生えた、紫色の魔石があった。
周囲の魔石とは明らかに異質な、深い紫の輝き。見つめていると、吸い込まれそうになるほどの存在感。
「……これ、でしょうか」
「だろうな。こいつだけ、魔力の密度が桁違いだ」
二人の胸に、確信が込み上げる。
アヤメが喜びのあまり、魔石に向かって駆け出そうとした、その瞬間。
グルルルルル……!
地の底から響くような唸り声と共に、地面が爆ぜた。
「っ……!」
現れたのは、岩の鎧をまとった巨大な熊の魔物だ。その巨体は洞窟の通路を完全に塞ぎ、血走った目が二人を侵入者と認識して爛々と輝いている。
「ちっ。タダじゃ取らせてはくれないらしいな」
「ええ。ですが、ここで退くわけにはいきません」
二人は静かに武器を構えた。
魔物が咆哮を上げ、巨大な爪を振りかぶりながら突進してくる。
「アヤメ、右から回り込め!」
「はいっ!」
エミルは地面を蹴り、正面から黒焔の拳で受け止めた。
ガギンッ!
金属同士がぶつかるような甲高い音が響き、衝撃で腕が痺れる。
「硬っ……! さすがB級クラスの魔物か……!」
岩の鎧は伊達ではない。黒焔の熱をもってしても、表面を焦がすのが精一杯だ。
だが、回り込んだアヤメの一閃が、ロックベアの脇腹——防御の薄い部分を正確に切り裂いた。
グオオオッ!
怒りの咆哮を上げ、魔物のターゲットがアヤメへと移る。その巨体からは想像もつかない俊敏さで、薙ぎ払われた爪がアヤメに襲いかかった。
「くっ……!」
アヤメは辛うじてそれを剣で受け流す。だが、あまりの威力に体勢を大きく崩した。
「『土の壁』!」
アヤメの眼前に、分厚い土の壁が出現した。魔物の追撃が壁を砕くが、態勢を立て直すには充分だ。
「アヤメ、ヤツの足を狙ってくれ!」
「わかりました!」
エミルは『土の壁』を解除すると同時に、魔物に向かって駆け出す。注意がこちらに向いた。
その背後から、アヤメが低い姿勢で突っ込み、魔物の足関節に渾身の一撃を叩き込んだ。
グァッ!
膝が折れ、巨体がよろめく。
「これで終わりだ。『黒焔・業』!」
がら空きになったロックベアの腹部に、漆黒の焔を纏った拳が深々と突き刺さる。轟音と共に鎧が内側から砕け散り、巨体がゆっくりと後方へ倒れていった。
ズウウン、と洞窟全体が揺れる。
「……ふう」
「……やりましたね、エミル様」
「ああ。やったな」
アヤメはそっと魔石に歩み寄り、慎重に岩盤から剥がす。
手のひらに乗せられた魔石は、ひんやりとしていて、どこか神聖な気配を漂わせていた。その輝きを見つめるアヤメの瞳に、うっすらと涙が滲む。
「これで……父上を……」
こらえきれなかった一粒の涙が、彼女の頬を伝った。その横顔を見て、エミルは静かに微笑む。
復讐のために使おうとしている、呪いのような力。だが、こうして誰かを守り、誰かの希望を繋ぐために使えるのなら、それも悪くない。
心の底から、そう思えた。




