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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
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第060話 正直な男

 ——『追われる側のようだね』


 アレスが最期に残した言葉が、呪いのように脳内で何度も響く。


 しん、と静まり返った広間で、エミルは呆然と立ち尽くしていた。アレスとキャラコが消えた場所には、もう何も残っていない。光の粒子となって霧散していく姿が、まだ網膜に焼き付いている。


 ——追われる側。

 そんなの、元の世界で母さんが殺されたあの夜から、ずっとそうだったのかもしれない。理由も分からずこの世界に飛ばされ、復讐心だけを支えに、がむしゃらに生き抜いてきた。なのに、追い求めていた情報が、またあと一歩のところで消えてしまったのだ。


 「師匠!」


 バルディアの切迫した声が、思考の海からエミルを引き戻した。


 視線を向ければ、バルディアが鉄格子にしがみついている。その背中は小刻みに震えていた。


「よかった……! 息してる、生きてるぞ!」


 ヘパイストスをはじめとするドワーフたちが、牢の中で静かに寝息を立てていた。首には禍々しい紋様の刻まれた鉄の輪——呪いの首輪が嵌められたまま、けれど確かに胸が上下している。


 その無事を確認した途端、張り詰めていた糸が切れたのだろう。バルディアはその場にへたり込んだ。


「……っ」


 声にならない嗚咽を、必死に噛み殺している。


「よかったですね、バルディアちゃん」

「おう……! ありがとな、アヤメ」


 バルディアは乱暴に目元を拭い、ふらつきながらも立ち上がった。


「ひとまず、師匠たちを安全な場所に運ぼうぜ。あの首輪、外せねえのか?」

「おれの力なら外せるってアレスが言ってたんだよな……」


 エミルは牢の鍵を力ずくで破壊し、中へ踏み込んだ。


 ドワーフたちの首に嵌められた鉄の輪からは、強力な呪いのような魔力が漂っている。触れるだけで嫌な予感がするが、試すしかない。


 一人のドワーフの前に膝をつき、黒い焔をゆらりと手のひらに纏わせる。首輪に手をかざした瞬間、呪印が反発するように赤く光った。


 だが、黒い焔がその魔力を飲み込んでいく。魔物からスキルを奪う時と同じ感覚だ。


 パキン。


 乾いた音が響き、首輪が砕け散った。


「すげえ……本当に外れた」

「呪印が消えるとただの鉄の輪だな。この調子で全員分外していこう」


 一人、また一人。

 黒い焔を操りながら、エミルはふと思う。


 ——アレスの言葉、全部本当だったんだな。


 敵だったとはいえ、最後まで嘘はつかなかった。

 飄々として掴みどころのない男だったが、どこか楽しそうだった。


 ——『僕はただ、楽しく仕事がしたいだけなんだけどね』

 ——『死んでまで組織に忠誠を誓うほどじゃないかな』


 アレスの言葉が脳裏に蘇る。


 あんな価値観で生きていた奴が、最期に何を思ったのか。

 考えても仕方のないことだ。今は目の前のことに集中するしかない。


「エミル様、この方で最後です」


 アヤメの声で我に返る。


「……ああ、ありがとう」


 最後の一人の首輪を砕き、エミルは息をつく。だが、ドワーフたちは依然として深い眠りの中だ。


「師匠たち、まだ起きねえな……」


 バルディアが不安そうにヘパイストスの顔を覗き込む。師匠の傍らに膝をつき、皺だらけの手を両手で包み込んでいた。


「呪いが解けたとはいえ、ずっと眠らされてたんだ。無理に起こすより自然に目が覚めるのを待ったほうがいいんじゃないか」

「そうですね。そのためにも、どうにかして地上へお連れしないと……」


 アヤメが困ったように周囲を見渡す。これだけの人数を担いで脱出するのは現実的じゃない。どこから魔物が襲ってくるかも分からないのだ。


 どうしたものかと思考を巡らせたエミルの視線が、部屋の隅で気を失っているエルビラを捉えた。


 ——そうだ、あいつがいたな。


 エミルはエルビラのもとへ歩み寄ると、遠慮なくその頬をひっぱたいた。


「起きろ」

「んぐっ……うぅ……なんだよ、母ちゃん……もう食べらんねぇ……」

「誰が母ちゃんだ。起きろ!」


 ビタンッともう一発入れると、エルビラがガバッと飛び起きた。


「いってぇ!! な、なんだよクソガキ……!」

「おい、ちょっと協力しろ」

「あぁ? ふざけんな!」

「お前、ここに入ってみてくれ」


 エミルは虚空に手をかざし、【アイテムボックス】の亜空間を展開する。黒い穴が口を開けた。


「は? な、なんだそれ……」

「つべこべ言うな、入れ!」

「ちょ、まっ……うわあああああ!?」


 抵抗する巨体を無理やり亜空間へと押し込み、そのまま入口を閉じる。


「エ、エミル様? 生きている人間をそこに入れるなんて……大丈夫なんですか?」


 アヤメが引きつった顔で尋ねる。


「そのための実験なんだ」

「実験って……」


 一分後。


 ボトッ、とエルビラが床に吐き出された。

 真っ青な顔をしてその場にへたり込んでいる。


「て、てめえ……! 何しやがった!」

「生きてるな。よし」

「よしじゃねえよ!!」


 エルビラが涙目で絶叫した。


「あの中、マジでヤベえぞ! 音も光もねぇ! 上も下もわからねぇ! 自分が存在してるのかどうかもわからなくなるんだよ! あんなとこに長時間いさせられたら発狂しちまうぞ!!」


 想像以上の空間らしい。


「……やっぱ、意識がある人間を入れるもんじゃないか」

「鬼かテメェは!!」


 エミルは視線をドワーフたちに戻す。


「ドワーフたちを運ぶなら、眠ってる今のうちだ」


 ヘパイストスだけは丁重にエルビラに背負わせ、残りのドワーフたちを一人ずつ慎重に【アイテムボックス】に収納していく。


 アレスやキャラコが謎の消滅を遂げた後だ。意識のない彼らを、こんな危険な場所に置いていくわけにもいかない。


「よし、撤収だ!」


 全員を収納し終え、一行はアジトを後にした。


 道中、エルビラに雇い主の組織について問い詰めたが、「金で雇われただけだ。それ以上のことは知らねえ」の一点張り。どうやら、ここでもアレスの言葉に嘘はなかったようだ。


 ——あの男、本当に何者だったんだ。


 答えの出ない問いを胸に抱えたまま、エミルは地上を目指した。

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