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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
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第057話 エミル VS アレス①

「余所見してんじゃねえぞ、オラァ!」


 エルビラの爆炎を纏った拳が、エミルの腕にめり込んだ。


 ガードの上からでも伝わる衝撃。黒いグローブから噴き出す炎が肌を灼き、視界が白く点滅した。


 これは、エミルがバルディアを助けに飛び込む、ほんの少し前のこと。


「ギルドの時よりずいぶんと大人しいじゃねえか! あの威勢はハッタリだったのかよ、ああ!?」


 エルビラが、勝ち誇ったように口角を歪める。


 視界の端で、アヤメとバルディアの死闘が繰り広げられている。二人の助けに早く行かなければという焦りが、エミルの思考を鈍らせていた。


「アレス様にもらったこの特製グローブ。こいつにはな、火の魔石が埋め込んである。無様にやられたあの時の俺とは違うぞ、クソガキがあ!」


 エルビラは黒いグローブをはめた拳を打ち合わせ、これ見よがしに笑う。


「知ったことかよ」

「口の減らねえガキだな……後悔しても遅えぞ!」


 エルビラの巨体が突進してくる。左右の拳から放たれる爆炎の連打。回避に専念しながら、エミルは意識の一部を切り離していた。


 ——おれの目的はこいつを倒すことじゃない。

 だけど、他を気にして集中しないのも、逆に時間がかかるだけだな。


「悪かったよ。お前なんかに構っているほど、こっちは暇じゃないんだ」

「ああ!? てめえ、何を言って……」


 気づいた時にはもう遅い。


 エルビラの攻撃を躱しながら、エミルは密かに魔力を練り上げていた。

 頭上の空間に、逆円錐状の土塊が完成している。


「終わりだ、エロビラ。『黒土の落弾(ロック・フォール)』!」

「お、俺はエルビ……」


 ドォォォォン……!


 言い終わるより早く、巨大な土塊が無慈悲に落下する。


 轟音と共に地面が抉れ、土煙が舞い上がった。その中心で、白目を剥いたエルビラが完全に沈黙していた。


「……タフなやつだし、これでも死にはしないだろ」


 一瞥もせず、エミルは視線を向こう側に向けた。


 ボロボロになりながら戦う、小さな獣人の少女。その姿が、土煙の向こうに見える。




 —————




「よく頑張ったな、バルディア。後はおれに任せろ」


 アレスが振り下ろした攻撃を、エミルは片腕で受け止めていた。【硬化】スキルで極限まで硬めた腕が、命を刈り取る一撃をピタリと止める。


「エミル……!」


 バルディアの声には安堵と、そして自分の不甲斐なさを悔いるような色が滲んでいた。


 傷だらけのバルディアをそっと抱き上げ、アレスの攻撃が及ばない後方まで運ぶ。


「すまねえ……頼む……」

「ああ、わかってる。十分すぎるほど戦ったよ。ゆっくり休んでな」


 エミルの声には、バルディアを労わる優しさと、目の前の敵に対する凍てつくような怒りが同居していた。


「アレス、お前の相手はおれが引き受けるよ」

「エルビラちゃんは足止めにはならなかったか。ま、最後は君が来ると思っていたけどね」

「あいつは頑張ってたと思うぞ」

「優しいねえ。じゃあ君の実力、じっくりと見せてもらうとしようか」


 言葉と同時に、エミルの姿がかき消えた。


『空間転移』で一瞬で距離を詰め、アレスの死角へと回り込む。


「こっちも最初から全力だ!」


 反応する暇など与えない。漆黒の魔力を纏った拳を、アレスの横顔に叩き込む。


「『黒焔・(カルマ)』!!!」


 ドプン……!


 手応えはない。


 拳は抵抗なくアレスの身体を通過する。

 まるで水に手を突っ込んだように、泥の身体が不気味に波打つだけだった。


「ちっ……またそれか」

「学習しないねえ、エミルちゃん」

「エミル! ソイツには意識の外からの攻撃しか通じねえ!」


 後方から、バルディアの掠れた叫びが飛んでくる。


 その声に反応したアレスの目が、ギロリとバルディアを向いた。泥の身体の一部が鞭のようにしなり、傷ついた彼女へと襲いかかる。


「リング外からアドバイスは反則だよ、バルディアちゃん。死に損ないめ……」

「行かせないって言ってるだろ!」


 アレスがバルディアに気を取られた、その一瞬。


 エミルは再び転移し、無防備な背中へ黒焔を叩き込もうと踏み込んだ。


 だが——。


「エミル! 危な……」


 遅い。


 アレスは全身を泥へと変化させ、エミルを丸ごと飲み込んだ。


「ふふふ……狙いは最初から君だよ、エミルちゃん。『泥の揺籃(マッド・ウテルス)』」

「ぐっ……!?」


 視界が閉ざされた。


 光も、音も、空気さえも消える。

 鼻と口を泥が塞ぎ、肺が焦げ付くような苦しみに襲われた。


 ——またこれか……ッ!


 溺れる感覚。呼吸ができず、意識が遠のきかける。


「さっきとは違って、助ける人は誰もいないよ」


 アレスの嘲笑う声が、泥を伝って直接脳内に響く。


「エミル……! くそ、身体が……っ」


 バルディアが助けに動こうとするも、思うように動けない。


 ——大丈夫。さっきのコロシアムで対策は取れている。


 エミルは冷静に、意識を研ぎ澄ませた。


 全身から魔力を放出するイメージを描く。アレスごと、自身の魔力で呑み込む。


 ——うおおおおおおおおっ!!!


 泥の球体の内側から、漆黒の光が漏れ出した。


「うぐ……な、何を!?」


 アレスの声が狼狽に染まる。


 自分の泥が、逆にエミルのどす黒い魔力に侵食されていく。制御を失い、形を保てなくなっていく。


 耐えきれず、アレスはエミルを解放した。


 慌てて距離を取り、人型へと身体を再構築する。


 お互い、膝をついていた。


「はあ……はあ……嫌になるね。君、どうやったら倒せるわけ?」

「ハァ……ハァ……そりゃこっちのセリフだ」


 アレスは首を振り、やれやれといった様子で泥を払った。


「うーん、参ったなあ。君を倒すのは骨が折れそうだ。かといって君も僕を倒すのも苦労してるでしょ? ……そうだ、良いことを思いついた」


 アレスは芝居がかった仕草で、ポンと手を打った。


「エミルちゃん、僕らと組まない?」

「……は?」


 一瞬、エミルの思考が止まった。

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