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黒焔の復讐者は禁忌を宿して異世界を往く  作者: 美希昌希
第二章:グロムハルト編
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第053話 敵は三人、こちらも三人

「おかげで、最高のショーになった。ああ、楽しかったなあ……」


 土煙の晴れたダンジョン最奥。


 ふらりと立ち上がったアレスは、服についた土埃を払うと、満足げに手を叩いた。パン、パンと乾いた音が、岩壁に虚しく反響する。


「でもね、前座はここまでだ」


 その表情から、すっと笑みが消えた。


 底知れない魔力が、細身の男から噴き出す。さっきまでの飄々とした雰囲気が嘘のように、空気が重くなる。


「テメエに隙なんか与えるかよッ!!!」


 間髪入れず、バルディアが突っ込んだ。小さな身体が怒りの弾丸となって床を蹴る。


「『狂気掻(クルペオ)・アプセット』ォォッ!!」


 獣人ならではの瞬発力を最大限に活かした、最短、最速の一撃。


 しかし——。


「おっと、危ない危ない」


 アレスの指先がひらりと動く。それだけで、足元から泥が噴水のように隆起した。


 ドォンッ!


 灼熱の炎爪が分厚い泥壁に阻まれ、甲高い音を立てて弾かれた。


「なっ……!?」

「捕まえた」


 体勢を崩したバルディアの胴体に、泥が生き物のように巻き付いた。

 鞭のようにしなり、彼女の身体を宙へと吊り上げる。


「離せ、この……ッ!」

「冷静になろうかバルディアちゃん。僕はまだ、そこのドワーフの爺さんたちを殺す気はないよ?」

「ああ!? なんだ“まだ”って? それにテメエ、さっき刻限がなんだとか……!」

「いやあ、それは演出だよ。その方が盛り上がるだろ?」


 アレスは拘束したバルディアをぷらぷらと揺らしながら、嗜虐的な笑みを深める。


「テメエ、どこまでも弄びやがって……」

「ふふふ。そんなに怖い顔しないでよ。ただ、師匠はもう、君の元からは離れるけどね」

「あ……?」

「ルーベルグ獣王国で、ちょっとしたお祭りが始まるんだ」

「ルーベルグ、だと……?」


 バルディアの動きが止まる。


「戦争という名のお祭りさ。獣人、オーガ、リザードマンにダークエルフ……血の気の多い連中が集まったあの国は、火種さえあればいつでも燃え上がる。あとは、ここにいるドワーフたちに作らせた“最高傑作”をそっと与えるだけでいい」


 エミルの背筋に、冷たいものが走った。


 こいつの目的は、ドワーフの誘拐だけじゃない。

 この世界そのものを、戦火に沈めようとしているのか。


「テメエ……っ! 師匠は、師匠たちはな……そんなモン作るために槌を振るってんじゃねえぞ!!」

「あはは! 武器は人を殺す道具だよ? もしかして『守るための道具』だなんて言いたいわけ? 青いねえ、バルディアちゃん」


 アレスは心底楽しそうに笑った。

 その飄々とした態度が、バルディアの怒りにさらに油を注ぐ。


「くそ……テメエの言葉すべてが、師匠の魂と相容れねえ!」

「ふふふ……悔しかったらさあ、僕に傷一つでもつけてみなよ。できるのなら、さ?」


 アレスの瞳が冷たく細められた。


 泥の拘束が強まり、バルディアが苦悶の声を漏らす。


「させるか! 『追尾型冥尖(ダイヤグラム)』!」


 影の中から、漆黒の岩槍が射出された。狙うはアレスの心臓。


「おっと、その攻撃は嫌いだなあ」


 アレスは笑ったまま、自身の身体をドロドロに変化させた。

 槍はアレスの泥の身体をすり抜け、そのまま後方へ突き進む。


 その先には、巨漢の男が立っていた。キャラコだ。


 ガキンッ!


 キャラコは一歩も動かず、巨斧を軽く振るって岩槍を粉砕した。


「おいアレス。俺が後ろにいることを忘れたか」

「ああ、ごめんねえ。でも、君ならこんな攻撃食らわないでしょ」

「バルディアちゃん!」


 攻撃が防がれたのを見て、アヤメが飛び出す。

 だが、それよりも速く、キャラコが動いた。


「……気に食わん男だが、これでも仲間なんでな。行かせんぞ」


 巨体が動く城壁のように、アヤメの進路を塞いだ。


「ぐ、あああああっ……!」


 その間にも、アレスの泥腕がギリギリと絞まる。

 バルディアの身体から、ミシミシと嫌な音が響いた。


「やめろ!」


 エミルが叫ぶが、アレスは視線すら向けない。

 空いた片手で、今度はアヤメの足元を指差した。


「そっちも捕まえちゃおうか」

「きゃっ!?」


 咄嗟に飛び退くも、着地した地面がすでに泥沼と化していた。


 無数の泥の触手が這い上がり、アヤメの四肢に、身体に絡みつく。剣を振るう間もない。


「くっ……離して……!」

「おい、アレス。この女は俺が相手をすると言ったはずだ」

「ああ、ごめんねキャラコちゃん。その子弱そうだし、そのままなぶり殺しちゃっていいよ」

「……貴様と違ってそんな趣味はない」


 キャラコは不快そうに舌打ちし、動けないアヤメを見下ろした。


 二人が、なすすべなく無力化された。


 ——クソッ、動け。

 思考を止めるな。


 エミルが脂汗を流し、次の一手を模索した、その時だ。


「よう、E級のクソガキ。こんなとこまで来やがって……本当に目障りだなぁ」


 背後から響く、聞き覚えのある下卑た声。


 振り返ったエミルの視線の先に立っていたのは、グロムハルトのギルドで因縁を吹っかけてきたB級冒険者、エルビラだった。


 巨大な戦斧を肩に担ぎ、血走った目が憎悪にギラついている。


「お前……エロビラか。なんでこんなとこに」

「俺はエ“ル”ビラだッ、このクソガキがァ……! よっぽど殺されてえらしいな」


 額に青筋を浮かべ、エルビラが吠える。


 アレスの手駒になっていたらしい。ギルドでの一件をずっと根に持っていたのだろう。B級冒険者としてのプライドを傷つけられ、今度は裏でこんな仕事を引き受けるとは、どこまでも腐った性根だ。


「なあ、アレスさん! こいつは俺が殺っちまっていいんだよな?」

「いいよ、もちろん。厄介そうなエミルちゃんは、君に任せようか」

「おい、なんでこいつがここにいるんだ」

「エルビラちゃんはねえ、僕が雇った……そうだな、傭兵みたいなものかな。君へのささやかなプレゼントだよ」


 ニタニタと笑うアレス。

 無表情なキャラコ。

 そして殺意を漲らせるエルビラ。


 敵は三人。こちらは一人。


 状況は最悪だ。


 ——ちっ、一人で三人相手……魔力は残ってるが、持つか?

 いや、違うな。

 持たせるんだ。今度はおれが、二人を解放する番だ。


 エミルは、目の前で斧を構えるエルビラを見据えつつ、意識を深く、静かに沈めていく。


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 

 ——今だって、一番の動力源は復讐心だ。母さんを奪った奴への憎しみが消えることはない。

 だけど今は。

 あの二人を助けたい。その想いも嘘じゃない。

 復讐心と守りたい心——。相反するように見えて、どちらも今の自分を突き動かす本物の感情。

 どちらも受け入れて、その両方を使えばいいんだ。


 「なんだ、ビビって声も出ねえか? 所詮は低ランクの雑魚がよぉ……俺に歯向かったこと、地獄で後悔するんだなァ!!」


 エルビラが勝利を確信し、巨大な戦斧を振りかぶる。


 その巨体がエミルに襲いかかろうとした、まさにその瞬間。


 ドッ!


 アレスの足元。

 バルディアを締め上げている泥の腕の真下から、鋭利な岩のトゲが槍のように突き出した。


「なっ……!?」


 不意の奇襲に、アレスの反応が一瞬遅れた。


 岩のトゲが泥の腕を貫き、拘束の圧力が緩んだ。


 その好機を、バルディアが見逃すはずがない。


「『爆炎爪(スウィフト)・オルソデジ』ッ!!」


 咆哮とともに、ガントレットの排気口から爆発的な炎が噴射される。その推進力で、泥の拘束を無理やり引きちぎった。


「にししッ、自由だぜェ!」


 宙を舞う小さな身体。

 彼女は着地することなく、そのままの勢いでアヤメを拘束している泥の塊へと突っ込む。


「燃えろッ!」


 灼熱の爪が泥を叩く。ジュワッという音と共に水分が蒸発し、泥が乾いた土塊となって崩れ落ちた。


「っ、ありがとうございます!」


 自由を取り戻したアヤメが、即座に剣を構え直す。


「助かったぜ、エミル!」

「エミル様もバルディアちゃんも、ナイスです!」


 二人の声が響く。エミルの口元に、微かな笑みが浮かんだ。


「て、てめえ……ッ!!」


 目の前で、エルビラの顔が驚愕と屈辱に歪む。


 自分の攻撃の瞬間に、あろうことか他所見をして魔法を放った。その事実が、B級冒険者としてのプライドをズタズタに引き裂いたのだろう。


「俺の前で! よそ見してんじゃねえぞオオオオッ!!」


 轟音と共に、戦斧が振り下ろされる。


 だが、エミルは動じない。


 最小限の動きで身を翻す。石畳が砕け、破片がエミルの頬を傷つけるが、その瞳は冷徹にエルビラを見据えていた。


 状況は変わった。


 敵は三人、こちらも三人。絶望的な状況は、今覆ったのだ。

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